俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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五日目(金) 手紙の差出人が意外だった件

 最後の最後で波乱万丈だった体育祭も、無事に閉会式を迎え解散する。

 始まる前は地獄としか思っていなかったが、何だかんだで平和的に終わって本当に良かった。正直な話、食品販売の店番をさせられただけの文化祭よりは楽しめたと思う。

 そして何よりも忘れてはいけない、とっておきのイベントが俺には残っていた。

 

「……………………っ!」

 

 正面から見知らぬ女子生徒が歩いてくる。

 しかし少女はスマホを操作しつつ、俺の横を黙って通り過ぎていった。

 

(また外れか……これで何人目だ?)

 

 通りがかった女子生徒の人数でも数えていれば、少しは暇潰しになったかもしれない。

 手紙に書かれていた通り、俺はスタンド裏の広場で差出人を待っていた。花をつけていなければ桜もただの大木だが、プレートが掛かっているため判別はできている。

 先程から女子が通る度にチラリと視線を向けるものの、誰一人として当たりではない様子。桜の木は他にも数本植えられているが、それらしい姿はどこにも見当たらない。

 

(…………桜だったよな?)

 

 ひょっとしたら桃や梅と見間違えたのか不安になり、ポケットから手紙を取り出すと再確認。二、三回に渡り読み返してみるが間違いなく桜の木だ。

 仮にこのまま誰も来なかったら、やはり下駄箱を入れ間違えたと考えるべきだろう。ひょっとしたら通り過ぎた女子の中に、呼び出した少女がいたのかもしれない。

 渡辺を呼び出そうとしたら、一つ前の米倉の靴箱に入れていた。そんな可能性は充分にある訳で、きっと差出人も俺を見て内心では慌てふためいていたに違いない。

 

「さ、櫻君……?」

「っ? あ……何だ、葵か」

 

 背後から掛けられた高い声に、慌てて手紙を後ろ手に隠しつつ振り返る。てっきり女子が来たのかと勘違いしたが、そこにいたのは見慣れた友人だった。

 

「どうしたんだ? こんな所で」

「う、うん。櫻君に聞きたいことが……って、手紙の差出人が僕だったこと、驚かないんだね」

「…………は?」

「えっ?」

「ちょ、ちょっと待て葵。手紙って、まさかこれか?」

「う、うん……」

「THIS IS YOU?」

「さ、櫻君。文法がおかしくなってるよっ?」

 

 持っていた手紙を見せると、申し訳なさそうに頷いた葵。

 視線を何度か往復させてから、ラブレターではなかったことに溜息を吐き脱力する。

 

「ご、ごめんね! でも、どうしても櫻君に直接聞きたいことがあって……」

「何だよ?」

「そ、その……櫻君って好きな人とか……いる?」

「さあな」

「そ、そうだよね……そう簡単には教えられないよね……」

 

 誤魔化すように苦笑いを浮かべる葵。わざわざ呼び出すくらいだから重要な話かと思いきや、それこそ修学旅行の夜にでも話しそうな内容だ。

 ………………いや、ちょっと待て。

 こんな話がしたいだけなら、何でわざわざラブレターじみた手紙で呼ぶ必要があるのか。それも桜の木の下という、いかにも告白スポットと言わんばかりの場所で。

 

「ぼ、僕はね……いるんだ」

「?」

「す、好きな人がいるんだ」

 

 …………何だろう、この空気は。

 再確認しておくが相生葵は男子生徒だ。例え挙動や振る舞いが女っぽくても、女装コンテストで優勝していたとしても、性別は男のまま変わることはない。

 そりゃ冗談で女扱いすることはあるし、下手すりゃ一部の女子より可愛いと思う。しかし例え男の娘だろうと♂であり、少なくとも俺は恋愛対象として見たことはなかった。

 

「今日は櫻君にそれを伝えたくて呼んだんだよ」

 

 真面目な顔をした葵は大きく息を吐き出す。

 そして馬鹿みたいな勘違いをしている俺に向けて、聞き間違える余地もないくらいはっきりと言った。

 

 

 

 ――――僕、夢野さんのことが好きなんだ――――

 

 

 

 葵の言葉を聞いて、自分は一体どんな顔をしていたのだろう。

 安心だったのか。

 驚きだったのか。

 困惑だったのか。

 緊張だったのか。

 少なくとも心の中では、そういった感情が複雑に入り混じっていた。

 しかし最終的には納得に落ち着く。

 何故なら相生葵もまた、俺と同じ至極普通の高校一年生なのだから。

 

「こ、こんなこと突然言われても困るよね……でも最近になって櫻君、夢野さんの呼び方とか接し方が変わったでしょ?」

 

 幼稚園のボランティアに夢野を誘ったのも――。

 映画のチケットを夢野に渡したのも――。

 

「ひ、ひょっとしたら櫻君も、夢野さんのことが好きなんじゃないかって不安で……」

 

 別に葵は、俺と夢野を引き合わせようとした訳じゃなかった。

 この前のハロウィンパーティーだって、女装が嫌なら無理して来る理由もない。

 

「だから僕、知りたかったんだ。櫻君は好きな人が、夢野さんなのかどうか」

 

 弱々しいイメージだった少年は、真正面に俺を見据えつつ問いかける。

 米倉櫻が好きな相手は阿久津水無月だ。

 もしも夢野蕾のことを好きだとしたら、きっと彼女の提示した300円という思い出を死に物狂いになって探している筈だろう。

 そう自分へ言い聞かせるような確認をした後で、俺は葵の質問に対して静かに答えた。

 

「安心しろって。俺も好きな人はいるけど、夢野じゃない」

 

 不安そうだった表情がパァッと明るくなる。

 ほっと胸を撫で下ろす友人を見ながら、心の中では小さな疑問が沸いていた。

 

「そ、そっか……良かった。やっぱり櫻君は、阿久津さんが好きなんだね」

「勝手に阿久津って決めつけんなって」

「じ、じゃあ誰なの?」

「さあな」

 

 傍から見てもわかるものなのか、はたまた葵が鋭いだけか。見事に言い当てられたのを適当に誤魔化しつつ、話題を切り替える。

 

「それよりそういうことなら、こんなラブレターみたいな呼び出しは勘弁してくれよ」

「ご、ごめんっ! で、でも大切な話だったし、櫻君の口から直接聞きたかったから……」

「危うくお前が見た目だけじゃなくて、中身まで乙女なのかと思ったぞ? ホモォ」

「そ、そんなことないってば!」

 

 しかしこうなると結果的にはラブレターというより、果たし状に近かったかもな。

 無事に用件も済んだ葵は、広場の時計をチラリと見る。

 

「じ、時間取らせちゃってごめんね」

「全くだ。時間より俺のトキメキを返せ」

「そっちなのっ? こ、今度奢るから……」

「なら許す。まあ今日はお疲れ、また休み明けにな」

「うん、櫻君もお疲れ様。本当にありがとう!」

 

 礼を言った後で小さく手を振り、葵は駆け足で去っていく。

 そんな後ろ姿を眺めながら、俺の胸の中では消えることのない疑問が渦巻いていた。

 

 

 

 好きとは一体何なのか。

 俺と夢野との繋がりは、本当に単なる男女間の友情なのか……と。


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