俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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5章:俺の友人が片想いだった件①
初日(火) 節分が「鬼は外っ!」だった件


 表があるから裏があり、内を作るから外が「鬼は外っ!」生まれる。

 哲学書や小説などで「鬼は外っ!」この手の話は割とよく見られ「鬼は外っ!」るが……すまない。雑学の途中だが少しばかり待ってほしい。

 

「鬼は外っ!」

「ええいっ! 鬱陶しいっ!」

 

 この俺、米倉櫻(よねくらさくら)に向けて一粒ずつ飛んでくる豆。投げられているならまだ良いが、デコピンの要領で勢いよく射出されているため普通に痛い。

 妹の米倉梅(よねくらうめ)が散らかした豆を回収もとい口へ放り込む。コイツは豆撒きを『合法的に傷害行為を行える行事』と勘違いしているんじゃないだろうか。

 

「あっ! お兄ちゃん、梅のお豆さん食べた~っ!」

「そういう誤解を招く発言をするな」

「はえ? それより早く豆撒きしようよ~」

 

 そう、世の中には記念日が山ほどある。

 例えば今日、2月3日が節分なのは誰もが知っている記念日だ。しかし大豆の日や乳酸菌の日、のり巻きの日でもあることを知る人は少ないだろう。

 こうした記念日は企業が制定したものだが、実は2025年以降は節分が2月2日になる年があったり「鬼は外っ!」……すまん。ちょっと豆撒いてくるわ。

 

「あんまり遠くに撒いちゃ駄目だからね」

「は~い!」

 

 母上の指示を受け、豆の入った箱を片手に玄関へ。流石にこの年になると鬼を相手に投げる様な真似はせず、家の庭と入り口周辺に軽く撒く程度だ。

 

「鬼は~外~っ!」

「福はー内ー」

「鬼ちゃ~ん外~っ!」

「ん?」

「まくの~うち~っ!」

「おい」

 

 梅の身体が∞の字を描く……が、何かメトロノームみたいだな。

 第二声が可愛くちゃん付けしたのか「お兄ちゃん外」と言ったのか疑惑の判定を残しつつ、玄関を終えるとリビングに戻り雨戸を開けてから庭へ豆を撒く。

 

「お庭~外~っ!」

「福はー内ー」

「とよの~さとっ!」

「どこの相撲取りだよ?」

 

 一通り撒き終えた後は、のんびりテレビを眺めつつ年の数だけ豆を食べる。

『では続いてのニュースです。東京ネズミースカイの合計来場者数が、ついに10億人を突破しました』

 

「はえ~。10億人だってお兄ちゃん」

「一円ずつ巻き上げたら10億円か」

「そんなこと考えるくらいなら、夢野さんとかミナちゃんデートに誘えば?」

「俺は梅とデートしたいな」

「うわ~。お兄ちゃんのそういうシスコンなところ見せられると、梅引くわ~」

 

 面倒な話題を掘り下げられる前に、適当な冗談で誤魔化しておく。姉貴と三人だったら喜んで行く癖に俺と二人は嫌だとか、地味に傷つくんだよな。

 そりゃ俺だって、できることなら夢野や阿久津と遊びに行きたい。しかし自分から言い出すなんて到底無理な話であり、所詮は夢の国だけに夢物語だ。

 

(火水木の奴が提案でもしてくれればな…………)

 

 思わず溜息を吐いていると、今いくつ豆を食べたのかわからなくなってしまった。まあ多分十五は超えているだろうし、この辺りで終わりにしていいだろう。

 さてさて、節分といえば忘れてはいけない恒例行事がもう一つあった。

 

「お兄ちゃん見てっ! これ凄いキモくないっ?」

「はいはい」

 

 豆を半分に割って中を見せてくる梅。本人曰く豆開きという儀式で、中身の気持ち悪さナンバーワンを決めるらしいが……うん、何やってんだコイツ。

 勿論もう一つの恒例とはこんな謎行事ではなく、キャッキャと豆割りに没頭している妹の前に母上が作った太巻きが運ばれる。

 

「あっ! そうだった!」

 

 例年なら米倉家の節分は豆撒きで終わりだが、今年は流行しているゴリ押しイベントに母上が乗せられた結果、恵方巻きが導入された。

 元々は大阪の風習であり知識は曖昧。梅に至っては恵方巻きを恵方撒きと、投げられた鬼がドン引きするようなイベントと勘違いしていたくらいである。

 

「美味しそ~っ! えっと、西北東を見ながら食べるんだっけ?」

「そんな方角はない」

「お母さん調べといたけど、今年は南南東微南だからこっちじゃないかしら」

 

 スマホを操作して確認した母上の指示に従い、俺と梅がくるりと方向転換。目の前にテーブルがあるのにそっぽを向くのは、何だか物凄く違和感がある。

 

「いっただっきま~す」

「ちょっと待て梅。食べてる間は喋っちゃ駄目だぞ」

「はえ? そ~なの?」

「確か口から福が逃げないようにするため……だったかな」

「了解っ!」

「「………………」」

 

 友人から聞いたうろ覚えの知識を伝えつつ、俺と梅が黙々と食事を開始。テレビのニュースだけが聞こえる中で、不意に玄関の鍵を開く音がした。

 

「ただいま。お? 恵方巻きか?」

「あらお父さん、お帰りなさい」

「「………………」」

「二人とも黙ってそっぽ向いて、どうしたんだ?」

「何でも恵方巻きを食べる間は話したら駄目で、食べる際に向く方向が決まってるんですって。今年は南南東微南らしいけど、お父さんも食べる?」

「せっかくだし貰おうかな……ん? でも南ってこっちだぞ」

「「………………」」

 

 母さんの指示した方角とは90度ずれた方向を父上が指さす。

 口から福が逃げないようにする筈が、危うく口から噴くところだった。

 

「あら本当」

 

 あのですね母上様、節分なんだし、まめに確認してくださいよ。

 既に半分ほど食べてしまっている俺と梅は、正しい方向へ黙って向きを変える。

 

「若干東や西にずれることもあるけど、基本的にベランダがある方角が南だよ。そうじゃないと北にベランダがあったら、洗濯物が乾かないだろう?」

「「………………」」

 

 確かに言われてみればそれもそうだ。

 ウンチクを語った後で、父さんも一緒に太巻きを口にする。すると丁度テレビでも節分特集になり、ニュースキャスターが豆撒きや恵方巻きの話を始めた。

 

『――――そういえば今年の方角は北北西ですが――――』

「「「………………」」」

「間違えちゃった。南ってこれ、去年だったわ」

 

 そんな一言を聞いた犠牲者三名は、黙って母上に背を向けるのだった。


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