俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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六日目(火) アキトラップとオタノートだった件

「第一回!」

「チ、チキチキ……?」

「バレンタイン結果発表会だお!」

「「「イエーイ!」」」

 

 毎度おなじみ、昼休みの教室。台詞だけ聞いたらノリノリっぽいが、台詞の打ち合わせがあったり、実際は割と小声だったりするのは言うまでもない。

 まあクラスに残っている男子の中には火水木ばりに声がでかい奴もいるし、冬雪と如月が着替えに行っていない今なら別に問題ないけどな。

 

「エントリーナンバー一番。アキト選手の個数はっ?」

「七個だお」

「おおっと! これはいきなりのハイスコア! 優勝は決まりでしょうかっ?」

「す、凄いねアキト君」

「七個全てが天海氏の残りものですが何か?」

 

「「「…………」」」

 

「さあ気を取り直して、次の選手に参りましょう!」

「エントリーナンバー二番は米倉氏だお。一体何個貰ったので?」

「一応五個だな」

「リア充爆発しろ」

「さ、櫻君も凄いね」

「二個は家族からだし、誕生日効果付きで三個なんだぜ?」

 

「「「…………」」」

 

「さあ最後を飾るのはエントリーナンバー三番、葵選手ですっ!」

「ぶっちゃけこの結果発表、最初からこれが聞きたかっただけな希ガス」

「えっと……い、言わなきゃ駄目かな?」

「米倉氏。特別に許してあげてもいいのでは?」

「却下だ。チョコは甘くても、世の中はそんなに甘くないんだよ」

「誰うま」

 

 そうだ……この世界は……残酷なんだ。

 モジモジしながら視線を逸らす葵を見て、アキトが何やらぬるいことを抜かす。確かに可愛いは正義かもしれないが、男女平等パンチって知ってるか?

 

「さあ言え葵。ジャッジメントですの」

「に」

「死刑」

「えぇっ? な、何でっ? 僕まだ二しか言ってないよっ?」

「二個な訳ないだろうがっ! 二十個とかふざけんなっ!」

「ちょい待ち米倉氏。二百個の可能性も微レ存」

「ええぇっ?」

 

 優勝のわかりきっていた出来レースだが、文字通り桁違いの勝負だった。ってか二十個とか何なの? ぃみゎかんなぃ。もぅマヂ無理。アシカしょ……。

 

「オウッオウッオウッ!」

「と、突然どうしたの櫻君っ?」

「アオウッ! アオウッ! アオイッ! ニクイッ!」

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!」

「で、でも僕もほら、全部友チョコと義理チョコだし」

「五個」

「七個カッコカリ」

「ご、ごめん……」

 

 謝られると逆に罪悪感を覚える不思議。アキトなら迷わずヘッドロックだが、そんなことをすればクラスメイトからのヘイトが増えること間違いなしだ。

 二十個も貰っていれば一つくらい本命がありそうなものだが、葵というキャラクターを考えると友チョコと義理チョコだけってのも普通にありえるか。

 

「あーあ。アホなことしたら眠くなってきたぞ。どうしてくれる葵」

「えええぇっ? ぼ、僕のせいなの?」

「先刻の授業の時点で既にウトウトだった件」

「何で先頭のお前がそれを知ってるんだよ?」

「後ろへプリントを回す際に、渡辺氏の陰に隠れた米倉氏が船漕いでるのを偶然にも目撃してますしおすし」

「なら話は早いな。アキト、生物のノート貸してくれ」

「そのパン一つくれるなら、拙者の机から持って行って構わないお」

 

 昨日でテスト一週間前になったが、暖房のせいで四限の生物にうっかりウトウト。一度黒板を写し損ねると、モチベーションって一気に下がるよな。

 今日の昼飯は購買じゃなく、たまの気分転換にコンビニで買ったスティックパン。それを一本渡してからアキトの席へ向かい、生物と書かれたノートを開く。

 

 

 

 国語「生物を勉強するようだな」

 数学「ククク……奴は五教科の中でも最弱」

 社会「一夜漬けでも何とかなるとは、理科の面汚しよ!」

 英語「My father is taller than you.」

 

 

 

「ぶふっ!」

 

 想定外の英文に思わず噴いた結果、傍にいた女子から疑惑の視線を向けられた。何でもないと慌てて誤魔化しつつ、自分の席へと早足で戻る。

 

「おいアキトっ! これ世界史だけじゃなかったのかよっ?」

「ふも?」

 

 もぐもぐと口を動かしていたガラオタに、ノートの一ページ目を見せた。

 

「その手のコピペなら拙者のノートには全教科書いてあるお」

「何でだっ?」

「勉強ってのは、いかに面白おかしくやるかですしおすし」

 

 昔の俺が数学で『兄を追いかける弟』とかに突っ込んでたのと同じか。何をそんなに毎回毎回忘れ物をして、そして何故兄は徒歩で弟はチャリなんだ。

 このアキトの罠、アキトラップに掛かったのは初めてじゃない。以前に世界史のノートを授業中に見せてもらったことがある。

 

 

 

【国語】 えー、中国に仏教伝来は67年です。

【数学】 10000011年でーす。

【理科】 ホルミウムっす。

【英語】 WRYYY(オライッ、オライッ)

 

 

 

 …………うん、確かこんな感じだった気がした。幸い当時は元ネタを知らず笑いのツボに入ることはなかったが、今思えば決まって英語がオチ担当なんだな。

 

「ど、どうしたの櫻君?」

「ほれ」

「…………っ! げほっ、えほっ」

 

 ガラオタノート……いや、オタノートを見て葵がむせた。心臓麻痺か?

 

「なあこれ、他のノートにはどんなアキトラップが仕掛けてあるんだ?」

「YOYO。見たいならYO。好きに見ていいYO」

「区切る所が違うんだYO」

 

 見ていい言われると気になってしまい、再びアキトの席へ向かう。適当にノートを三冊ほど抜き取った後で、自分の席に戻ってから中身を確認した。

 

 

 

 ――英語――

 

 英語「英語やりませんか……?」

 国語「ダメだよ! もっと自分の教科をアピールしなきゃ!」

 英語「え、英語やりませんかっ?」

 国語「下向いてちゃ何も伝わらないよ! もっと大声出して!」

 英語「英語やりませんかっ!」

 国語「やらない!」

 英語「Fuck!」

 

 

 

 ――数学――

 

 国語:生活する上で必須な勉強。

 理科:擬人化、フッ素が可愛い。

 社会:戦争。

 英語:何それ。

 数学:狭義には伝統的な数論や幾何学などの分野における研究とその成果の総称として、またそれらの成果を肯定的に内包する公理と推論からなる論理と理論の体系を指して言うものである。また広義には超数学(メタ数学)などと呼ばれる枠組みに従って、公理と推論規則が定められた体系一般を指す。現代的な数学においては(以下略)

 

 

 

 ――国語――

 

「パンツを見ない」が未然形。

「パンツを見ます」が連用形。

「パンツを見る」が終止形。

「パンツを見るとき」が連体形。

「パンツを見れば」が仮定形。

「パンツを見ろ」が命令形。

「パンツを見よ」も命令形。

「パンツで興奮する」のが変態。

 

 

 

「…………なあアキト」

「どしたん米倉氏?」

「これ書くのに掛かった時間は?」

「一時間ちょいってとこだお」

「その対価は?」

「こうして米倉氏と相生氏の笑顔を見たことでござる……なんつって」

 

 バカと天才は紙一重というが、頭の良い奴のやることはよくわからんな。

 生物のノートで抜けていた部分を写し終えると、全てのノートを返し終えた後で最近の恒例と化している電子辞書の解錠作業へと入る。

 

「どの程度まで進んだので?」

「丁度半分。まあ3000まで打って開かないから、気分転換がてら9999から逆に入れ始めて8000まできたところだけどな」

「そういうやり方をした場合に限って、3500とかだったりする希ガス」

 

 妙なフラグを立てるのは勘弁してほしい。まあそれより怖いのは全部入力してもロック解除されずに、最初からやり直すってパターンだけどな。

 

「進んだと言えば、リリスの方は上手くいったのか?」

「う、うん。今日から放課後、四人で一緒に勉強することになったんだ」

「四人?」

「えっと……僕と部活の友達と、リリスさんとフンババさん。そ、そういえばフンババって調べたんだけど、フンババさんは別にフンババって感じじゃないからね?」

 

 こうして何度も言われると、フンババって中々のパワーワードだな。

 

「話の響き的には、何か合コンみたいだお」

「フンババさんフンババさん、一人飛ばしてフンババさんっ!」

「えぇっ? フンババさん多すぎだよっ?」

「最早フンババがゲシュタルト崩壊を起こしてる件」

「まあ、順調みたいで何よりだな」

 

 リリスと一緒に勉強する約束を取り付けるまで、一体どんな過程があったのか詳しくは知らない。アキトの提案した作戦はSNSでのやり取りであり、ガラケーの俺には協力できることもなく無縁だったからだ。

 

「あ! ネズミースカイの話も聞いたけど、二十七日の金曜日でいいんだよね?」

「みたいだな。そういやアキト、何で来ないんだ?」

「拙者が行った場合は七人になって、何をするにも半端になるお」

「ちょっと待て。そんな理由でか?」

「そんな理由と言われましても、リリスとペアになる確率的にも死活問題では?」

 

 俺が悩んでいた自己犠牲を、コイツはこうも易々とやってのけるのか。

 さらりと答えるガラオタに、思わず驚きを隠せない。いくら友の恋愛を応援するためとはいえ、女子とネズミーに行く貴重な機会を普通は棒に振らないだろ。

 

「あ、ありがとうアキト君」

「それに拙者にとって夢の国は、ヨンヨンのいるスマホの中ですしおすし」

 

 怪しく笑うガラオタだが、無駄に恰好良く見えたりする。外見はオタクの癖に中身は秀才かつイケメンとか、マジで何なんだよコイツ最強過ぎるだろ。

 

「…………なあアキト、今日の放課後って空いてるか?」

「どしたん米倉氏?」

「編集委員でアンケートやるんだが、集計手伝ってくれると助かる」

「ジュース一本で付き合うお」

「サンキュー。ちなみに冬雪と如月さんも一緒だ」

「集計どころか統計解析まで全て拙者に任せてもらおう。キリッ」

 

 人手は多い方が良いが、誘ったのは建前に過ぎない。

 もしアキトが俺の立場だったなら、一体どんな行動を取ったのか。リリスの件について俺がどうすべきか、コイツの意見を聞きたくなっている自分がいた。


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