BanG_Dream! Lover SS 作:本醸醤油味の黒豆
──弱かったあたしはもういない。みんなに支えられて、みんなを支えて、あたしは本当の夕焼けを歌えるようになった。
だから全員が同じ進路じゃなくたって、平気だった。そりゃ、ずっと一緒にいたから、寂しくはなったけど、Afterglowがあればすぐに会えるから。
「らーんー! 今から一限出る?」
「ひまり……うん」
「じゃあ一緒に行こっ!」
「いいけど、巴は?」
「知らないっ、ぜーんぜん電話に出ないんだもん!」
そんなあたしたちが五人が一緒じゃなくなって、それもすっかり慣れちゃった頃のこと。家を出てすぐ、幼馴染の上原ひまりがそうやって声を掛けてきた。頬を膨らませるひまりは、あたしの前でもう一度だけ電話をすると、やっぱり出ない! と声を上げた。
「朝から元気だね……ひまりは」
「だってだって! 今日は絶対に行くからな、ってゆってたんだよ!? なのに寝坊ってありえなくない!?」
「まぁ、巴だからね」
ズボラだし、というあたしの言葉にひまりはそーだけどさ、そーなんだけどっ、と唇を尖らせる。
前々から、思ってたんだけど、ひまりは表情がころころ変わるし、ちょっと童顔っぽいところとか、それに反して大きい胸とか、元気なところとか、異性に好かれるタイプだよね。やっぱ、男ってひまりみたいな子が好き……なのかな。
「ん? どしたの?」
「……なんでもない」
そう思って
「あ、ひまりじゃん、おはよ〜」
「おはよっ! あれあれ、今日は独り? さみしー」
「いきなりいじってこないでくれる? この間別れたって教えただろー?」
──コイツは、大学で出会った男。見た目にチャラめの、ガサツそうな男。あたしは、この男のことが、嫌いだ。
ひまりが言ってたように、つい最近、カノジョと別れたらしい。あたしが知ってるだけで片手の指を全部使わなくちゃいけないくらい。ほとんど一週間とか、長くて一ヶ月くらい。そんな軽薄なヤツがひまりと、あたしの大事な幼馴染と仲良く話してるのが、嫌だ。モヤモヤする。
「美竹も、おはよ」
「……はよ」
「なんだよ、愛想ねぇな。生理か?」
「は?」
こういうところが、ムカつく。デリカシーないし、怒っても全然気にしないでへらへら話しかけてくる。ひまりが、そーゆーこと言っちゃうからフラれるんだよー、と茶化して、うるせぇ、とか言いながら、またへらへら笑う。
──なんで、こうやって突き放そうとするのに、どうして、アンタはそこにいるの? 自分でも理不尽だとわかる怒りが、吐き出せない。
「ホントに体調悪そうだな、美竹のやつ」
「蘭、大丈夫?」
「平気、だから」
「平気そうには見えねぇな」
「うるさい。いちいち構ってこないで」
「はぁ……マジで愛想ないやつ」
そんなの、わかってる。あたしはひまりみたいにいっつもにこにこなんてしてられない。巴みたいに快活に笑ってられない。いっつも睨んでるみたい、顔が怖くて誤解されやすいんだから、そんな風に言われても……あたしは、かわいくはなれない。
「それじゃあ、二人ともまたね!」
「おう!」
でもよりにもよって、そんなコイツと二人きり。気まずい、なんて思ってると彼はため息を吐いて、あたしに向かって笑いかけてきた。
「サボるか」
「は?」
「たまにはいいだろ? なーんか今日の美竹は変だしな、ひまりには言えねぇことでも、オレには言えるんじゃねぇの?」
「……うるさい」
コイツの、こういうところも嫌いだ。デリカシーがないくせに、察しは悪くないし、無駄にカッコつけてくる。いいから、とあたしの手を引いてエレベーターを上がっていく。行先は、屋上だった。
「んー、いい景色だろ? オレのお気に入りのスポットなんだよ」
「屋上……か」
それは、あたしにとって馴染みのある名前だった。屋上、あたしは中学の時も、高校の時も、こうして屋上から空を見上げていた。あの時はいつも夕焼けで、今は太陽は南に向かってる真っ最中だけど。
彼は大きく伸びをしたと思ったら、おもむろにポケットからタバコを取り出してライターで火を点けた。
「……未成年じゃないの?」
「残念、オレ、今日でハタチなんだなこれが」
「つまり今日が初めて……なわけないか」
「当然」
ニヤっと笑って、ソイツは煙を吐いた。不良……なんて似合いそうもない性格のクセに。
あたしは、知ってるよ。アンタの、ホントの顔を。
「フラれた」
「さっき聞いた」
「……参ったよ。美竹の言った通りだったなんてな」
「ヒトのハナシを聞かないから……いい気味」
二週間くらい前、いい感じの子ができた、と聞いた。その子はあんまりいい噂、何股かしてるってのを聞いたからやめときな、って言ったのに、コイツは一週間前、付き合って、フラれた。
「まーたフリーに戻っちまった、やんなるね」
「大体、タバコ吸う男は基本、嫌われるよ」
「そんなもんかね」
だって……あたしが嫌いだもん。タバコの匂いも、肺を黒く穢すっていうその性質も、なにもかも。
バンドやってるヒトは吸ってるヒト多いけど、あたしは、あんまりいいイメージがなかった。
「やめないの?」
「誰かのために、ってんなら……やめれるかな」
「なにそれ、ダッサ」
「おい」
「そうやってすぐカッコつけるんだから……バカみたい」
ホントにバカみたい。カッコつけなくても、あたしは……ありのままのアンタのことを見てるのに。
アンタに不良なんて似合わないよ。あの時のアンタは、不良には程遠いくらい優しかったし、今だって……あたしのことを心配してくれて、屋上に連れ出してくれたのに。
──好きだ、なんて言えたらいいのに。あたしは、その言葉で傷つかない方法を、知らない。傷つくと、傷つく性格だってことくらい、あたしにだってわかる。だから、あたしは言えない。
「悪いな……サボらせて」
「いい、そんなこと、どうだって」
「いやよくはねぇだろ」
「……あたしには、どうだっていいの」
どうだっていい。今、アンタが何を考えてるのか、知りたい。そうやってほのかに灰色をした煙を吐いて、アンタは何を空に浮かべてるの?
「なぁ……美竹」
「なに」
「えっと……だな、ひ、ひまりって……カレシとかいんのか?」
「──は?」
ああ……そういうこと。アンタは、またあたしの手の届かないところまで行っちゃうんだ。
今度はひまりってわけ? 確かに大学入ったばっかりの時から仲いいもんね。ひまりも悪感情なんて抱いてないと思うよ。
「いないよ……だから、いいん、じゃ……ない?」
「いいって?」
「お似合いだと思うよ、ひまりとアンタ」
それだけ言って、あたしは眩しい屋上から逃げ出した。まただ、まだだ、まだ、あたしは、この気持ちに涙を枯らせないままでいる。
その数は両指の数くらい……アイツが、恋をした回数だけ、あたしは誰も知らないところで涙を流すんだ。
「なんで……なんで、あたしじゃ……あたしじゃないの……っ」
手を伸ばしたって、届かない。人の距離は、人の腕二つ分だから。あたしがどれだけ手を伸ばしたって、どれだけ想っても、願っても、届かないようになってる。残酷な片手分の距離。
これが、あたしの片思いが迎える、末路なんだ。
──あたしにハッピーエンドは、ない。
彼と彼女の出逢いは、なんてことのないものだった。大学の講義で宇田川巴、上原ひまりと一緒にいるところの近くに彼がいて、話しかけた。少しだけそれがナンパのようだったが故に、蘭が目を吊り上げて追い払うようにしたのだった。
「昨日は、悪かった」
「なに?」
「いやだって……前から気になってたんだよ、美竹のこと」
「あたし?」
──巴がそれにお、結局ナンパっぽいぞ、と囃し立てる。実際にナンパされた経験を持つひまりは少し警戒心を露わにする。そんな周囲の二人の反応に彼はまた、頭を下げた。
「そんなつもりはねぇんだって……高校の時初めて見て、めちゃくちゃカッコいいって思ってからさ、同じ大学で講義受けてて、舞い上がっちまって、それで暴走したのが理由ってか、なんつうか」
「もしかして、蘭のファンかなにかか?」
「Afterglowのってこと?」
「そうそう」
理由を聞いて軟化していく二人に、けれども蘭はまた目を吊り上げた。
あまりにも信用が早いだろう、という蘭の考えだったが、巴はいや大丈夫だろ、とあっけらかんと笑った。
「それだけ有名になったってことだろ、アタシらの夕焼けが」
「……それは」
巴の言葉で蘭はそれ以上彼を糾弾することができなくなってしまった。美竹蘭にとっての誇り、それは厳格だが密かに認めてくれる、威厳のある父。そして個性的で誰が欠けてもいけなかっただろう幼馴染たち。それらが全てとなって背中を押した、Afterglowという一つの音楽。
彼女はそれらのいずれかを肯定されて、非難できるような人物ではなかった。
「じゃーな!」
「痛っ、おう! また美味いラーメン屋、教えてくれよ?」
「任せとけっ、ってな! あはは」
幾度か話していくうちに、彼はすっかり、馴染んでいった。まるで最初から知り合いだったかのようにするりと、彼が話しかけて、ひまりや巴、そして蘭自身が返事をするという、新しいいつも通りへと変わっていった。
「なー、ひまり、こういう時は、どうするんだ?」
「はぁ~、ホントさ、デリカシーないよねぇ。女の子はそういうの嫌うからね?」
「うぐ……気をつけます」
そのうち、一年の後半になって見られるようになったのは、ひまりに恋愛相談をする彼の姿だった。自分を磨き始め、大学デビューと呼ぶに相応しく、彼の姿が変わっていく中で、ひまりのアドバイスがあることは一目瞭然だった。そして、その間に告白され流されるように付き合い、そしてフラれる、という繰り返しをよく見るようになった。
「また付き合ったの?」
「……おう、ってかまた、は余計な」
「はぁ……次は長持ちしなよ」
最初は、幼馴染が彼と話していることが嫌なんだと思っていた蘭だったが、それが、次第に違う感情であることに気づいたのは、偶々デートをする彼の姿を見たときだった。
「蘭ちゃん……?」
「あたし……なんで」
久しぶりに一緒に映画を見に行った親友の前で泣き崩れてしまった蘭は、初めて気づいてしまったのだった。
──大学で失いたくない、新しいいつも通りを見つけてしまったことに。彼女にとっての夕焼けのような存在が、彼であることに。
そして、蘭が考える限り最悪のパターンが、片想いを初めてからおおよそ四ヶ月後、発生してしまった。彼が次に恋人候補に名前を挙げた人物が、それもまた大切な人物である上原ひまりだった。
それが発覚した日、美竹蘭は体調が悪いという理由をつけて講義には出席せずに帰路についた。逃げた、と言っても過言ではなかった。
しかし、逃げたところで現実はなにも変わらない。変わらないどころか、益々気まずくなって、朝会うことすら、億劫だと感じるようになっていった。
「おはよ、美竹」
「……はよ」
ひまりとはどんな話をした? もう、付き合えちゃいそうなのかな。蘭の頭の中で、考えたくもないくらいに嫌な想像が、彼の顔を見るたびに浮かんでは、消えた。
同時期に、風の噂で、タバコを吸うのをやめたことを知った。ひまりがあんまり好きではないと口にしていたことが理由なんだろうと当たりをつけた蘭は、そうやってすぐにカッコつける、と誰に言うでもなく、夕焼けに零した。
「でも、好きな人に好きになってほしいから、振り向いてほしいから自分を変えようとする気持ち、あたしもわかるよ。だって、あたしもそうだから」
その言葉は、誰が聞くわけでもなく。夕闇に溶けていった。
それから一週間、二週間と、彼と会わない、会っても話すらしない日々が続いたある日。
「ねぇ蘭! 最近、アイツと喧嘩してるの?」
「なんで?」
「なんでって……話してるところ、みなくなったし……」
ついにひまりにそんなことを言われるくらいに、アイツとの交流が途絶えたのか、と蘭はため息を吐いた。どういうこと、と問い詰めるひまりだったが、蘭は本当のことを言わずに、別に、と言うだけだった。
「……なんで、昔みたいになってるの、蘭……」
「昔って……あたしは、なにも」
昔みたいに、なんでも独りになろうとする、寂しがりやの彼女の背中という記憶がひまりを悲しませていた。
カッコいい幼馴染が歪んでしまっていること、独りで苦しもうとしていることを知ったひまりは、涙でぬれた頬をぬぐいながら、叫んだ。
「やだよ! 蘭は、せっかく変われたのに……みんなで前に進めたのに……どうして、何処かに行こうとするの? やだ……そんなのやだよ……わたしたちは、みんなでAfterglowなんだよ?」
──離れても、アタシらはずーっと五人だ! と快活に笑う顔があった。わたし、いつでもウチでみんなが来るの、待ってるから! と拳を握った決意の顔があった。前に進まないと、いけないんだよね~、と穏やかに、けれど寂しそうに、目元を赤くしたまま微笑む顔があった。ずっとずぅっと、一緒だもんね、と今と同じように泣きじゃくるひまりの顔があった。
蘭の、思い出にある、別れの瞬間。ずっと一緒に過ごしてきたAfterglowが、それぞれの道を歩む最初の日に蘭自身は言ったことを思い出した。
「──いつだって、同じ夕焼けを見てるよ、あたしたち!」
そんな簡単なことを忘れていたのか、と蘭は恋に曇った自身の頭を殴りたい衝動に駆られた。
恋敵だったとして、
「ひまり……実は」
蘭は、ひまりに全てを打ち明けた。カッコつけで、けれどイマイチ蘭の思うカッコいいには届かない彼の、そのカッコいいけれどカッコよくない姿に、いつしか惹かれていたこと。些細な嫉妬と片想いに疲れて、なにもかもが嫌になったこと。
全てを知ったひまりは、腕を組んで唸り声を上げた。何かを迷う表情。考えて、考えて、そんな、う~ん、というリアクションにたっぷりと十秒ほど使った末に、泣き腫らした目を蘭に向けて、一言だけ呟いた。
「かんっぺきに、蘭の勘違いだよ」
「かん……ちがい……? ん? ねぇまってひまり、どういうこと?」
疑問符を頭に、かつ大量に浮かべた蘭に向かってひまりはどう説明したらいいかと悩んで、面倒になったらしく、まるでもう一人の幼馴染、宇田川巴のように、明け透けに全てを話すことにした。
「あのね、アイツが好きなヒト、私じゃないことも、本命は誰かも、知ってるんだ~」
「へ? えっ?」
「……アイツもね、ず~っと、それこそ一年の時から、好きなんだけど~、って何回も聞かされてるからね?」
「は?」
疑問詞でしか会話ができなくなった蘭は、その情報を整理していく。勘が間違ってないことは間違ってない。
彼は惚れた女のためなら自分を変えられるくらいまっすぐなところがある。タバコをやめたのだってそれが理由だった。ならば、その相手がひまりではないなら……その答えは、蘭が全く予想もしていないところに転がっていた。
「……あたし、だったり、する?」
「……うん」
「マジで?」
「マジで」
「冗談じゃ、ないよね?」
「蘭、私のこと疑いすぎじゃない?」
「いやだってひまりだし」
「どーゆーこと!?」
先ほどまでの重苦しい空気がまるで夢か幻だったかのように、蘭とひまりは、弛緩した空気の中、いつも通りの会話を繰り広げていた。
「ってか巴は?」
「寝坊」
「単位大丈夫なの、巴……」
「しーらないっ」
繰り返しな気がするやり取りをして、その先には彼がいる。それもまた、蘭が大学で見つけた新しい、いつも通り、だった。
甘酸っぱいだけでなく、苦い恋をした。それじゃあごゆっくり~、と意味ありげに去っていくひまりに感謝と、面白がっていることに対する不満の目線を送り、蘭はずっと距離を感じていた想い人に向き直った。
「……とりあえず、屋上?」
「だな……なんか話があるってひまりに言われたんだけど」
「……ひまり」
まだ、手を伸ばしても触れることのできない、そんなもどかしい距離に目を細め、蘭はひとまずは文句を言ってやろうと決めていた。
──本命がいるくせに他の女と付き合うから、失恋が嵩むんだ、と。そうやってバカにして、笑いあって、いつか、手を伸ばさなくたって届く距離にいてやる、と蘭は決意を新たにしたのだった。
「とりあえず、アンタ当分禁煙ね」
「だよなぁ……」
「あはは、いーじゃん、あたしがいるんだからさっ!」
いっそ、そのまま生涯、禁煙生活を送らせてやる。
蘭のそんな目論見に気付くことなく、彼は彼女と共にひまりの待つ食堂へと歩くのだった。
解説は必要ないかと思いますがミタケランとひまり、そして寝坊しかしてない宇田川姐さんが同じ大学、羽沢さんちのつぐつぐと青葉さんはそれぞれ別の進路を歩いています。
また新しい景色を見つけ、そして歩いていくミタケラン先生の次回作に、是非ご期待ください――!