黒金の戦姉妹   作:kakapobeans

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どうも!

油揚げの味噌汁にはまっているかかぽまめです。
あえて油分を残してちょっとだけこってりしたみそ汁にウマウマ!キヌサヤかインゲンがあれば尚旨し!


良く冷える夜が始まりました。
クロは何事もなく夜を越えられるのでしょうか?


ん、では始まります!





探求の振子(ダウジング・ペンデュラム)

 

 

 

(うう……外は寒い、ですね)

 

 

時刻は夜の9時を迎えた。

今夜は8時からセリエAでのASローマの試合が放送されるとあって、サッカー大好きヨーロッパの道を行き交う人波はない。後半戦が箱庭の少し前に始まっていたようだ。おかげで暗い夜道をパラティーノの丘以来の独り散歩。

夜戦用の黒いロングコートは動きを阻害せず、防寒機能もある優れた良品であるが、寒いものは寒い。お店で買った食後のホットコーヒーも空になっちゃった。

よく食べた後の風は気持ちが良いもの。しかし、変な奴らばかりに絡まれる私からしてみれば、()()()()()風は不幸を運ぶ風そのものだ。

 

……そら来なすった。

正面から、それこそパラティーノの丘で出会った少女が被っていた物と同型、つばの大きい中折れ帽子からゴールデンオーカーのツインテールを垂れ下げて、1人歩いて来る。

マリンブルーのブレザーに白のチノパンと黒い革靴、フォーマルなメンズファッションなのにネクタイは締めていない。彼女は箱庭で橙色同盟の起点となったイギリスの代表者で、名前は……あれ?……あ!そう、確か……えっと。

 

 

なんだっけ。

 

 

少女は手に持った金属製の振り子を上着の内ポケットにしまい、柄悪くこちらを睨んだ。いきなりやる気か?

こっそりとスイッチを入れ、周囲を探る。敵が1人とは限らないからね。現に後ろから挟まれているようだし。

 

 

「"チュラ。明日は探偵科の任務があるから帰るんじゃなかったんですか?"」

 

 

前方に人影が現れスイッチの入った私は、コソコソと尾けて来ていたチュラの気配を感じ取る。

強襲科でありながら探偵科の任務ばかりをこなしている戦妹(いもうと)は、長く過ごした探偵科の先輩や同輩と行動を共にすることが多く尾行が地味に上手い。通常状態だと足音も拾えなかった。

 

不思議ちゃんの考えまでは読めないものの、お国の為に闇討ちしようって腹ではないらしい。

名前を呼ばれると、素直に建物の陰からひょっこりとオレンジゴールドのショートヘアーをちらつかせる。

 

 

「"戦姉(おねえちゃん)からシュッシュの匂いがしてたから。カナお姉ちゃんはお部屋の中なのにすごく寒そうだったー"」

 

 

頭の中のチュラ語辞典では、シュッシュ=香水、消臭、汚れ落とし。私から匂いがしたという事は香水――ジネストラの香りを指しているのだろう。良く視る戦妹は、睡眠期に入ろうとしているカナの変化にも気付いていた。

 

姉さんの――金一兄さんのヒステリアモードは常時スイッチオンのような状態。それで長期間を活動するものだから、自律神経への負担が大きすぎて、元に戻る頃には体温調節すらままならなくなる。

夕食の際にコートを羽織っていたのは単に戦闘を予測してではなく、室内の寒さでパフォーマンスが低下するのを防ぐ為。食卓に並んだサーモンやチーズは体温を上げる陽性食品だし、ビスケットも香りは甘いが天然塩にすることで砂糖による体温の低下を避けていたのか。

 

香水の匂いが強い時は任務の時だと認識しているチュラは、カナ不在の状況で戦闘が行われる可能性を想定し、寮に到る道程の半分まで送り届けた私を心配してくれてたんだ。

送迎の意味がないけど助かった、未知の相手に2対1のアドバンテージを取れるのはでかい。

 

正面の相手から敵意を感じ取れていたし、何となくだが超能力者の雰囲気ってものが分かるようになってきたよ。きっとステルスに関わる案件が多かったからだと思う。

また新手の魔女。それもパトラやヒルダ、メーヤさんみたいな規格外には及ばずとも、武偵高の殲魔科に所属する先輩方より格上だ。

 

 

「"こんな時に命知らずを見付けた。スペインの思主も一緒か。イチナの言っ通りだったな"」

「"一菜?一菜が何か言っていたんですか?"」

 

 

同盟を組んでいたんだし、チュラと私が一緒に行動していることを情報共有していたのかな。

発音が幾らかマシになったけど、あれだけ恥を掻いたろうに日本語にチャレンジする精神は賞賛に値するね。

 

程なく、話題に挙がったチュラが私の隣に並ぶ。

準備は万全。補給したてだからスイッチの入りも深いぞ。

 

しかし、質問に対し帽子のつばを持ち上げた彼女の顔にはでかでかと面倒臭いと書いてある。良く知らんが既に消耗してるっぽい。

 

 

「"おい、命知らず。イチナはお前が……Umm(あむむ)、親切な奴だと言ってた。手伝え"」

 

 

会話のキャッチボールをしてはくれないようだ。大まかな説明をも省いて手伝えと来たか。嫌ですよ、めんどくさい。

 

 

……ま、まあ困ってるみたいだし、話くらいなら聞いてあげなくもないけど。

 

 

「"さっきのペンダントと関係がある仕事ですか"」

「"ん、ばか。これはペンデュラム。芯にオランダ古来の加工技術で研磨されたダイヤ、外地はpt900(プラチナ)で覆った一級品。わち……ウチのは小さいけど、ニュートラルな大質量のアクセサリーはレアなんだぞ。ダウジングの成功率は90パーセントより高い"」

 

 

(ペンデュラム?新しい小麦の品種かな?)

 

とぼけてみてもダウジングという魔術用語は聞き流せなかった。ナチュラルにバカって言われたのも聞き逃してないぞ。

ダウジングとは科学が発展した現代でも捜査の最終手段として用いられることもある、失せ物を見付け出す超能力。使用器具による成功率の上下は知らないが、自信満々に紹介してくれたデュラム小麦……じゃなく、ペンデュラムは高価なだけでなく貴重な装飾品らしい。

 

L字の棒を持ち歩く生徒を校内で見かける日もあるが、振り子装備で彷徨う輩は彼女の言う通りレアだね、まずいない。歩きながらじゃ勝手に揺れて使い辛いでしょうに。

 

 

「"失せ物ですね。大事なものを落としてしまったと"」

「"うせもの……?とにかく大事な(もん)、すぐにいなくなる。ウチのダウジングの大半は無駄な浪費してた"」

 

 

頻繁に物をなくすのか。そして何故落し物が自分から消えるみたいな言い方するんだよ。子供かいな。

ふぅと息つく顔はてんで反省してなさそうで、無償で助けてあげたいとは思えない。それどころか恩を仇で返してきそうな予感がする。

 

 

「"それを手伝う事で、私に利益はあるのでしょうか?武偵はロハの仕事を推奨していないんです"」

「"ん、けち。ジンジャーブレットを焼いてやる。うまい"」

 

 

(ジンジャーブレットかー。報酬がやっすいなぁ)

 

強襲科の個人経営店舗の警備とか探偵科のペット探しの相場を軽く下回ってきた。でも、税金も発生しない報酬なら仲介も必要ないか。

敵対関係といっても私怨がある訳でもないんだし、遅い時間に街中を女の子独りで練り歩いて事件でも起きたら夢見が悪いもんね。起こす側かもわからんけど。

 

判断材料として、横で微動だにしない戦妹を見る。初見が対象だと精度は落ちるが、チュラのウソ発見器にも反応なし。

戦意が消えた事は振り子を取り出してブラブラさせている様子から窺い知れたけど、確認が取れたよ。

 

今、話し掛けていいのかな。

 

 

「"詳しい話を聞かせてください。探しているのはどんな特徴を持っていますか?"」

「"どんな?どんなって……赤い"」

 

 

(大雑把すぎるだろ。家からトマトピューレ持ってくるぞ)

 

集中しているのか返答がかなり適当だ。

円錐型に加工されたプラチナ製アクセサリーの鋭角が小さな円を描く。こんな真っ暗闇の舞台裏でなく、光源の溢れるステージに上がれば本来の光沢を存分に披露したろうに。

 

 

「"場所の検討は付いているのでしょうか、その占いで"」

「"ノー、また移動してる。どっち行った……?"」

 

 

移動しているなら拾われたか、盗まれたか。

精度は高くても発見してから移動するまでに距離が離れてしまうらしい。GPSと違って速攻性がないんだ、彼女のダウジングは。

 

(日本なら交番に届けてくれそうなんだけどね、望み薄かな)

 

持ち去られた。そんな事は百も承知で追っている彼女の額に汗が流れる。

人外の派手な魔法を経験していると不思議に思うけど、人間が超能力を行使する事の大変さを知らない。フラヴィアも回転の後はいつもだるそうにしていた。

 

 

「"手分けをしましょう。私達が足を務めますから、あなたは位置の特定に専念してください。チュラ、行けますね?"」

「"うんー!チュラ、戦姉とおさんぽしたーい!"」

 

 

理由はともあれ、チュラはノーウェイトで引き受けてくれた。イギリスの代表戦士も数秒間だけ首を傾げ、

 

 

「"足になる?……っ!お前……面白い発想してる。イエス!それで行くか、落とすなよ"」

「"??"」

 

 

え、落とす?

 

(大事な(もん)を落としたのはあんたでしょ、そう突っ込んで欲しいのかな。ツッコミ待ちなのかな?)

 

別段面白い事も言ってない。つば広の帽子を押さえて、にしし……って笑われても私が首を傾げる番なんですけど。

 

 

「"さあ膝をつけ"」

「"何でですか!?"」

 

「"乗れない!"」

「"何にですか!?"」

 

「"お前にっ!"」

「"どーしてそうなるんですかッ!"」

 

「"足になるって言ったろ!"」

「"それ、ちがっ……比喩表現ですよ!アッシー君になるとは一言も言ってません!"」

 

「"乗ってみたい!"」

「"やですっ!"」

 

「"身長が高いのはズルい!乗せろっ!"」

「"おんぶなら彼氏にでも頼んでくださいよっ!"」

 

 

なんで!なんなの!なんでなの!

 

 

どうして私は敵国の戦士におんぶをせがまれてるんだ。

遂には実力行使に出始めたけど身長が低いから全然届かず、木登りの要領でしがみついてきている。重い。

チュラも対抗しない!後ろを取られたからって前に抱き着くんじゃありません!

 

前に後ろに隙無くいなし、前後のおでこを正面衝突させる。

小気味いい音が眼下で響き、私の頭突き説法で鍛えられたチュラだけが額をさすって立ち上がった。もう片方は伸びちゃいないけど、頭を押さえ込んで臥せってる。痛かろう、私の頭突きはもっと痛いぞ?

 

 

「"アゥーチ……ソーリー、マイバッド"」

「"分かればよろしい。それで、携帯は持ち歩いてますね"」

「"ある。メンゴ、身長が伸びないのが……あむむ、ネガティブしてる"」

 

メンゴて……。あいつから学んだか、間違った日本語を。

ネガティブ少女の身長は確かに低い。個人差は覆せないし、中学生で成長が止まっちゃったパターンかな。

 

「"言う程低くないですよ、世にはあなたより低い人もいますから。パオラって名前のクラスメイトも同じ悩みを持ってます"」

「"そうか。そいつ、彼氏はいるか?"」

「"え?えーと、たぶんいないかと"」

 

意外にも彼氏の有無が気になってるようだ。

パオラは男女関係なくマスコット的な可愛さはあるけど、仕事熱心で真面目過ぎる。彼女の魅力に恋愛感情を持ってくれる男子は……残念ながら少ないだろう。外見がね、色気とは縁遠いキュートな子供だから。

 

「"魔女か?"」

「"非超能力者です。武偵ですので、一般人ではありませんが"」

 

パオラに随分と興味がおありで。同じ悩みを持つ仲間を探してるんだね。

 

「"お前、何歳だ?"」

「"13です"」

「"……聞きたくなかった。そのスタイルでメラニーと同い年か"」

 

メラニー?友達かな。

 

「"エンドユー?"」

「"シャラッププリーズ"」

 

不機嫌になった。なんだよ。

 

まだ足取りは覚束ないみたいだけど寝そべりからは復活し、閉店しているお店の軒先で脚を開いてどっしりと階段に腰掛けた。

パンツのポケットから取り出した携帯を開け、電話帳を準備している。

 

 

「"ナンバー教えろ"」

「"いいですよ……あ、すみません、間違えて普段使い用の携帯を持ってきちゃったみたいです"」

「"なんでもいい。どうせ今夜だけのもん"」

 

 

彼女の言い様に思う所はあるけど、必要な処置なので番号を伝える。

間もなくバイブレーションが手元に伝わった。音は消してるからヴー、ヴーという音が耳に良く聞こえ、カラフルな明滅が着信をお知らせ――ブツッ!

 

 

――――着拒。

 

 

「"おいいっ!出ろよ!"」

「"焦らない焦らない。電話料金がかさむので、先に自己紹介しましょう"」

「"は、はぁ?"」

 

 

任務を開始したら名前を知らないのは致命的だ。

呼び慣れるとまではいかずとも、多少のコミュニケーションを取っておけば意思疎通も図り易くなるはず。

 

 

「"私はクロ、好きなパスタはカルボナーラ、好きなピッツァはビスマルクとフォルマリッジ、好きなスイーツは――"」

「"食ってばっかだろ!なんで自己紹介なんか――"」

「"チュラはチュラだよー。好きなパス――"」

「"聞いてない!"」

 

 

む、自己紹介の内容が気に食わないご様子。好きな食べ物が合致すれば会話も弾むかな、と思ったんだけど。遮られたチュラがトラフグならぬチュラフグになる結果となった。

好きな物の共有は会話の幅を広げる要素、嫌いな物の共有は互いを尊重する為の要素。折角話す機会を得たんだ。知りたいじゃないか、相手の事を。

どうせ今夜だけ、だなんて寂しい事を言われたんじゃ、シャラップしてられないよ。

 

 

「"どうぞ、あなたの順です。チュラも、知らないもんモードを解除して聞いてあげて下さい"」

「"むー……"」

「"ウチはやるって言ってない"」

「"お・な・ま・え。教えてくださいな"」

「"おーなーまーえー"」

「"トゥー、ノイズィー……"」

 

 

チュラと力を合わせた配慮の欠片もないごり押しは無事に勝利をもぎ取った。

しかめっ面を引っ込めてようやく話し始めてくれる。

 

 

「"急いでるから乗ってやる。ウチの名前は箱庭で知ってるだろうけど……アルバ。好きなもんはメラニーと一緒にオーロラ鑑賞とメラニーと一緒にパワースポット巡り、これでいいか?"」

「"上出来です、アルバ"」

「"アルバ、お上手ー"」

「"そうか"」

 

 

アルバは終えると同時にダウジングを再開し、回転を始めた宝石の下に右掌を広げて簡易的なシートを作り上げている。あれが縮尺不明な地図や分度器の役割を果たすんだろう。

アルバ・アルバトロス――本当はスイッチを入れた時点で思い出してたけどね。趣味は富裕層じみてるけど話題には事欠かなそうだよ。メラニーって子がよほど好きみたい、妹とかかも。箱庭が()()()終わったら、ぜひご一緒させていただきたいものだ。

 

 

数分、集中するアルバの顔を眺めたり、チュラとアルプス一万尺で呼吸を合わせていると、場所の絞り込みが完了したらしい。

それによれば現在、公園でしばらくとどまって動いていないとか。少々遠いがチャンスだ。

 

 

「"移動を開始したら追って連絡する。お前は親切。センキュー、ブリック"」

「"お礼は一仕事終えてからです。さ、走りますよ、チュラ"」

 

 

そう言い放ち、背を向けた。

だがしかし、今一度振り返ってこれを言っておかないとね。

 

 

「"アルバ"」

「"フム?"」

「"次に会う時までに、クロと呼べるようにしておいてください。私の名前はクロですから"」

「"チュラもー"」

「"……イエス、考えておく"」

 

 

ま、考えてくれるだけ及第点か。次の再会を心待ちにしておこう。

準備運動は済ませた。早く帰らないとカナが不安だし、バラトナが眠れないし、さっそく出発を――

 

 

「"ちょっと待て"」

 

 

(なにかな?もしかして、ターゲットが移動始めちゃった?)

 

呼び止める声に足を止めたが、今度は振り返る必要はなかった。

目的地は変わらないみたい。ただ……

 

 

「"頼む、この……あむむ、リペイは誓って果たす。クロ、チュラ、メラニーを任せた!"」

 

ん?メラニーを任せた?

落し物じゃなくって?――ああ、そういう事ね。

 

「"っ!はい、任せられました!"」

「"あむむ、任せられましたー!"」

 

 

……スタート地点は、ちょっとだけ弾みがついたよ。合格(ごーかっく)

 

 

 

落し物の正体は、迷子のメラニーちゃんね。

多分その子、私会ったことあるよ。多分ね。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「理子様、あなたの手番でございます」

「うー!分かってる、分かってるからー!」

 

「うぐ……うぐぐぐ…………」

「――オヴァー、メルシーボクー……おや?理子さん、私が電話を取ってから2手しか進んでいませんよ」

「だってー、さっきから動かせる駒が悪手しか残ってないんだもん!」

「"ツーク・ツワンク"は残された駒に悪手ばかりを打たせてジワジワ追い詰める戦法。投了も近いですね」

「ふにゅー、うにゅー……アリちゃん、動かさなきゃダメ?ダメかな、やっぱり」

「チェスにパスは御座いませんよ」

「ぐぎぎぎ……」

「ふむ、ポーン4体とナイト1体、ビショップ1体しか残っていないと。10対36の反転ポーンあり。戦力差は3.6倍でプロモーションの道は4つとも閉ざされてますし、盤面の立て直しは不可能ですが、最初よりはだいぶ上達したようで」

「はい。理子様はどこをとっても器用にこなして下さいます。ワタシがチェスで敗れるのも時間の問題かと」

「クイーンが2体もいるー……二股キングの国家なんて滅んじゃえ~……」

「あ、理子さんその手は……」

「チェック、で御座います。さあ、お逃げ下さい」

「あーッ!?クイーンばっかり見てて、ナイト見逃してたーっ!」

「ナイトのフォークとルークの串刺し(スキュア)です。ビショップもナイトもキングの後退で守護を失いますよ」

「うぎぎぎ……にゃーんっ!次、次ーっ!」

「お付き合いいたします」

 

 

 

「アリエタ。朝にはスカッタと交代しなさい、理子さんに朝日を浴びせてはいけないと厳命を忘れないように」

「かしこまりました」

「彼女はまだ人間であると思っている。鏡面の物は持ち込み不可、金属は必ず曇らせる事を徹底周知。ティータイムは水色を濃いめで照明を暗く、自分で着替えるような事が無いように配慮しなさい」

「存じ上げております。全てはヴィオラ様のご友人の為に」

「本当なら今すぐにでも絆を断ち切ってあげるのに……」

「我が主の心痛、我が身の至らぬ愚察に恥じ入るばかり。ですが、その力が我らには必要なのです。今しばらくの辛抱を」

「分かってる。私の目的も、あなた達の願いも、星核の力無しでは遂げられない」

 

 

 

「人が人を虐げ、排除する。育むには狭いのに、見守るには大きすぎるんです、この世界は」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

いつの間にか道を奪い合う車同士の激しいクラクション合戦がいなくなって、一足先に眠りに就いた場所にいる。

川縁に植えられた人工の並木道みたいに計算されてはいなくったって、ずっと昔に研鑽された自然との融和を図った広い敷地だ。

 

日本で公園といえばブランコや滑り台等の遊具や雲梯(うんてい)が置いてあって、あぶれた子供が砂場で棒倒しで絶叫し、赤ちゃん連れのママさんが数人集まってカートの中で寝息を立てる宝を自慢したり、苦労話や愚痴を共有する風景が思い出される。

公務や有志のボランティアで整備された低木が柵の内側を一周し、立ち入り禁止の花壇にはチョウチョや小鳥や野良猫が恰好の観察対象となっていた。

 

 

「"チュラ、西側石膏像の通りにはいませんでしたか?"」

「"いなかったー"」

 

 

ローマの公園の特徴は遊具の有無ではなく、緑がありその公園を象徴する石像や青銅像、もしくはモニュメントが設置されている点。極端に解釈すると自然がある広場を公園と呼称している感じだ。

 

 

「"アルバ、移動している気配はないんですね?"」

『ノ……イエス、動いてない。日本人は否定疑問文を多用する。それも文末で掌を返すのは悪い所だと思う』

「"あはは……気を付けますね"」

 

 

待ち合わせに指定した公園の入り口、イタリアカラマツが植えられたロータリーには、御多分に漏れずイタリア統一運動の英雄ガリバルディの銅像が大きな台座の上で馬にまたがっている。

ジュゼッペ・ガリバルディ広場と銘打たれた観光地の1つとして認知されているが、その内容は景色の素晴らしさ。夜に来ても物騒なだけで地元民も避けるスポットだから、人気も少ない。ライトアップされたサン・ピエトロ寺院のドームくらいなら木々の合間から見えているけど。

昼間は直射日光を遮断して穏やかな散歩道を提供してくれる木々も、夜道は視界を奪い物々しく圧迫する悪者に見えちゃうね。

 

 

「"植物園や日本庭園にも人影はありませんでした"」

「"あとはー……"」

 

 

(北側の森林のどこかですね)

 

 

動いていないのは心配だ。アルバの話では病弱でもないらしいし、トラブルで怪我をしているかもしれない。

彼女がダウジングに専念し始めてから徐々に精度が上がりつつある。地図を虫眼鏡で拡大していくみたいに、位置情報の詳細も探知できるようになったようだ。

 

 

「"ツーマンセルで行動しましょう。なにか――"」

「"嫌な予感がするー?"」

 

 

……正解だ。相変わらず怖いな、考えを言い当てるチュラのこの特技は。脳というブラックボックスが覗かれてる気分になる。

 

 

「"ええ、かなり。今度こそ気のせいであって欲しいものです"」

 

 

【挿絵表示】

 

 

そんなこと、何度も願ったものだ。

一度も叶わなかったけど、役に立っているから文句は言えないんだよね。

 

 

「"森林の中は見晴らしが悪いですから、抜銃だけでなくナイフも用意してください"」

「"はーい"」

 

 

だから今回も役立たせてもらうよ。

これは私の、危険イベントダウジング能力みたいなもんだしさ。

 

 

踏み込むしかない一本道に仕掛けられた危険物の、ね。

 

 

 

 

暗い森を進み彼女を見付けた。

 

赤いヒナゲシ色のツインテールは先端が真っ直ぐに切り揃えられていて、つば広の帽子と腰丈のマントを装備したいつぞやの迷子少女だ。

服装だけは普段着で、瞳と同じピンク色のスカートは丈が短く、泥だらけになった黒いマントと色調だけはかみ合っている。珍奇な格好であるのは変わりないが。

 

彼女は落ち葉の上に膝を折り、20~30cm位に寸断、表面加工された木の小枝を右手で正面に向けている。

一目で分かった。戦いがあったんだ、この場所で。

しかし、それは決して同格の争いじゃなかった。一方的に圧倒されたことは、両者の現状が物語っている。

 

 

「当たるもんですよね。嫌な予感って」

「同感だよ。尤も、私の方は知人の占いが当たってしまったんだけどね」

 

 

天空色の瞳が私を見つめ、目が痛むほどの黄味の強い金髪は先端がクルクルと巻いて跳ねている。

キリッと引き締まった表情、その白い肌の右目尻には特徴的な泣きボクロが存在していた。

 

利き腕側の肩を負傷し前線を引いたのは表向きで、裏では仕事を続けているんだろう。

強者の刺すような凄みも、現役から薄れてはいないと思いたい。それくらい、彼女は強い。

 

 

「仕事、ですか」

「ああ、そうだよ。同い年の少女を痛めつけるのは芸術性に欠ける行為だと思っている。でも、仕事だ」

 

 

これが彼女の――パトリツィア・フォンターナの仕事だ。例え相手が年下だろうと一切の容赦はしない。

非殺は守っている。だが、同時に仕事も完了している。メラニーという名の捕縛対象は両足がないのだ。血も流れないままに。

 

 

「"あなたは……!"」

「声を出すなと言ったはずだよ?これ以上私に撃たせないでくれ」

 

 

彼女の持ち銃、M92FSVertecの銃口が見せ掛けの照準に赤い髪の少女のこめかみを収める。

あの銃口から発砲されるのはおそらく9mm弾じゃない。彼女が撃ちたがらない弾は空白だ。それが装填されてる。

 

空間を削りながら進むような異音を発して突き進む見えない銃弾は瞬間的に目標へ到達し、彼女の想像通りに空白を作り出す。

防ぐ事も躱す事も不可能な、超常的な攻撃。

 

それはスイッチが入っていようが、()()()対抗できない。

 

 

「……また、邪魔するんだね。いいよ、クロさんとの戦いで今回の仕事に芸術性を見出そうかな」

「彼女をどうするつもりなんですか?」

「英国には魔女という職業があるけど、ほとんどの国は彼女達を好まない。教えたらあなたは怒るよ」

「そう。その一言で十分です」

 

 

構えないまま構える。

前に戦った時はベレッタ装備だったし、成功率が低かったから不可視の銃弾の使用を避けていた。

しかし、今回は条件が違うぞ。装備も闇夜に紛れる黒い防弾コートとコルトSAA、戦いへの慣れも、あの時とは違う。

 

 

「私は彼女の救出を依頼されています。邪魔なのはお互い様ってことですよ」

「ふん。あなたはコロコロと立場を変える。その内寝首を掻かれるよ」

「ええ、よく言われます。目下の不安は同盟国から訴えられるパワハラの冤罪ですけどね」

 

 

私はまだ、攻めない。他力本願なのは本意ではないが、パトリツィアとの戦いでは正体不明の攻撃を防げるチュラの存在が必須だ。

何回防げるのかは不明。しかし隙を突かなくては彼女にはダメージを与えられないだろう。前回は不意打ちでお見舞いした鳩尾への蹴りが無駄にされている。

 

 

「チュラ、あなたもお手伝いするのかな?クロさんでは私に勝てない。きっと痛い思いをするよ」

 

 

パトリツィアは自分の能力を無効化出来るチュラを牽制している。ここは戦妹を信じるしかないが……

 

 

「……負けない。戦姉は負けないもんっ!」

 

 

……最初から心配なんてしてない。そうだ、勝ってやるさ。

パトリツィア。あなたの仕事は、今夜未遂に終わらせてあげるよ。

 

 

「うん、分かった。2人でかかってくるといい。ハンデはいるかい?」

「あなたも学びませんね。学校では私を舐めていて蹴りを喰らったくせに」

「舐めていないよ」

 

 

ブルーの瞳が閉じられ、彼女は上を見た。

 

 

「"とても綺麗だ"」

「??」

 

 

突然日本語で話し始めた彼女に眉を寄せる。

 

 

「"まるでアリーシャが子供の頃に作り上げた天使の天窓、そのステンドグラスみたいで"」

「"パトリツィア……?"」

 

 

再び目を開いた彼女は涙を流していた。

 

 

「"触れれば割れてしまいそうで。でも、近付きたくて仕方なかった"」

 

 

感動に打ち震える声が、静寂の森に吸い込まれていく。

 

 

「"欲しくて欲しくてたまらなかった。あの作品を見てからは、他のステンドグラスは全てが劣って見えるんだよ"」

 

 

彼女自身が1枚の絵画のように美しく、私は思わず見入ってしまい声も失う。

 

 

「"吸血鬼に奪われたあの作品は……"」

 

 

憧憬の眼差しが、私に向けられた。

 

 

「"あなたが描かれていたんだよ。クロさん"」

 

 

その目は私を。

 

 

 

彼女の世界へと引きずり込んだのだ。

意味も何も。分からないままに。

 

 

 







クロガネノアミカ、読んで下さりありがとうございました!


やっぱり、今回もダメだったよ。
あいつは自分から首を突っ込むからな。

ってことで、チュラを途中まで送った帰りに遭遇しました、イギリスの代表戦士。
迷子の迷子のメラニーも再登場です。


友好的なアルバとの出会いで平和的に済みそうかな~……の矢先に天敵が現れました。
チュラと2人掛かりで、メラニーを捕まえようとしたパトリツィアに挑みます。

パトラの占いとは色々な所が違いますが、果たして……?


次回も是非とも、お楽しみに待って頂けると嬉しいです。




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