黒金の戦姉妹   作:kakapobeans

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どうも!

たった一行の文章を書くために何時間も使ったかかぽまめです。
実際に体験出来ない物はどう表現してよいやら。


では、早々に始まります。





反転の双乗衡果(ダブル・トリガー)(前半)

 

 

 

俺が目覚めた翌日。平日の昼頃に()()は買い物へとやって来ていた。

休日は人がごった返す大型ショッピングモールも今は人けのまばらな閑散とした雰囲気で、日光を取り入れた屋内は照明も少し薄暗い感じだ。店によっては奥を節電し、起きてるんだか寝てるんだかすら怪しい所さえあるぞ。

 

日本のイオンみたいな内装だ。3、4人が並べる幅の廊下にはパターン柄が描かれ、天窓まで続く吹き抜けを挟んで左右にある。眺めればローブランドのブティックや靴、香水やアクセサリー売り場、軽食の取れる開放的なバールやピッツェリアと結構本格的なレストランまでも、いくつものテナントが3階層に渡って連ねられている。それぞれを繋ぐエスカレーターは円形の広大な吹き抜けのスペースを贅沢に使っており、クリスマスでもないのに飾りのない巨大なツリーが中央に設置されていた。

 

 

目的は2つ。俺と(クロ)の服、及びバラトナの社会科見学だ。来たことも無いんだとさ、こんな大きなモールには。

 

 

「"見て下さい、キンィ……キン、ッディ。このお服、雑誌に載っていたモデルさんの物と似ていました。まるでそれを元に作られたような"」

「"服の方が雑誌に取り上げられたんだ、トレンドって奴だろ。俺も詳しくは知らんが、服には流行がある。もし興味があるなら、カナに頼めば懇切丁寧に教えてくれるぞ"」

「"すごい……これを全て店員さんが…………あっ!あのセーター、前にカナが着ていた物と同じでした!"」

「"カナもスーパーで買い物するついでに、たまにウィンドウショッピングに来るからな……クロと一緒に"」

 

 

有名ではないとはいえブランドはブランド、カナの目に留まる良品もあったんだろ。

好みの素材と色合い、形状や柄を着たいのなら、銘にこだわらなければハイブランドで買うよりよっぽど安い。

 

終始張り切り過ぎているバラトナは盛り上げようとしている訳でもなく、純粋にショッピングを楽しんでくれている。それが今の俺にとってはちょっとした清涼剤になっていた。

一晩寝て気分をリセットなんて出来ようもないが、一日を丸々休養に当てられれば効果はあるだろ。

 

 

「"キンィ!……キンッズィ、このお服はクルに似合いそうでした。早速着てみるのでした"」

「"無茶言うな俺はキンジだ。肩を露出した防御力の低い縦縞セーターはカナにでもプレゼントしてくれ"」

「"サイズを見ないのでした?"」

「"そ・れ・は・買・わ・な・い・の・でした"」

 

 

【挿絵表示】

 

 

正体をバラしたというか、なぜか気付いたらしいこいつはいまいち理解してくれていないが、俺が遠山クロに変装するのは好きでやってるんじゃない。バレたらヤバいから渋々やらされているに過ぎないのだ。

カツラの話を振った時、あの時点では最終確認の段階で俺の反応で確信したんだとよ。言ってくれよ、お前にクロとして接していた自分を思い出して何度も舌を噛みそうになったろ。気付いた理由を参考にしようと尋ねたら赤くなって目を逸らすし。

 

それはそうと、レディースコーナーに長期滞在する俺達に向けられた女性店員の好奇の視線が辛い。日本語で会話する俺とバラトナを交互に見合わせて、服を押し付けられた俺が困った顔をしていたら、ニヤつきながら「プレゼントですか?」とか聞いてきた。

ノーだよ、俺の服の話だし会話の中で買わないって言ってたんだって。

 

 

「"俺は先に出てるから好きなだけ見てろ。向かいのメンズコーナーのある店に行って来る"」

 

 

安いブランドは決して安くない、下手な買い物をさせられる前に退散しておこう。まだ半分くらいしか見てないぞ、この店。

バラトナも相変わらずパーソナルスペースが狭いし、距離を置く為にも男物ばかりの場所に行けば付いてこないはずだ。

と、思ったんだけどな。

 

 

「"……付いて行きました。男性の服にも興味があるのでした"」

 

 

……反抗期か?年上だけど。

 

 

「"……勝手にしてくれ"」

「"はい!"」

 

 

歩く俺の隣に追いついたバラトナは少しだけ名残惜しそうな表情で後ろを振り返った。何も言わなかったけど、気になる服でもあったんだろうか。

じゃあ何でついてきたんだよ、今だって男物の服に興味なんて無さそうだし、俺の顔を見てたってお前が求めそうな店の解説はしないぞ。

 

まあ、気にしてもしょうがない。

悩むほども種類はないし、さっさと俺の用事は済ませて(クロ)の用事を足しに行かないと。その目的で2人で来たんだからな。

 

女の事は服も思考も良く分からん。

 

 

 

 

 

 

『"バラトナ。あの夜、家に誰かが来たはずだ"』

『"……!"』

『"教えてくれないか。来てたんだろ、()()()()()()が"』

『"……はい。私も初めて彼女の眷属にお会いしました"』

『"彼女……口止めされてるのか?"』

『"いえ。ですがキンィ、聞いてしまうときっと後悔しました"』

『"どういう意味だ?"』

『"カナはあなたは知らないと言っていました――――竜落児様のことを"』

 

 

 

「"竜落児……"」

 

 

知らない……事もない。しかし、何を知っている訳でもない。

ただ、その名前を吸血鬼から聞いたことがあるだけだ。

 

そいつの眷属、手下みたいな奴がカナにコンタクトを取りに来ていたらしい。どんな姿だったのかは結局教えてくれなかったものの、1人は人間だったという事だけは判明している。

つまり、2人以上が訪れていて、残りは人間じゃないって事だ。危険察知のアンテナがビンビンに反応するし、兄さんが起きるまでは深入りしない方が良さそうだな。

 

 

大して動いてもいないから軽食で済ませようと、マクドナルドと迷いピッツェリアの切り売りピッツァとオリーブアスコナーラを注文。スプリにも気を惹かれたが値段がコレの2倍、メインはあるし経済的な問題で却下だ。

通路にズラリと並べられた2人掛けの席に腰を下ろし飲み物を買いに行ったバラトナを待ちながら、カナへの来客、その話を思い出していたら背後から話し掛けられた。

 

 

「あ、キンジさんだ。昼間からこんな居心地の悪い場所で何してるんですか?」

「ん?……クラーラか、お前こそこんな時間にサボりか?」

 

 

武偵中の制服でヘッドホンを着用した年下の武偵――クロと同学年の女子生徒が紙袋を抱えた状態で立っている。顔が青い、幼馴染3人組の引き籠り担当にはショッピングモールのような人混みが出来る場所=居心地が悪い場所って事か。

まあ、気持ちは分かるけどな。俺もバラトナと歩いてたら鬱陶しい視線をチラチラと感じたし、東洋人は珍しいんだろう。

 

 

「サボりも何も、この時間は昼休みですよ。私もやむを得ない事情で買い物に来たんです」

「お前が単身でか?今日は雨の予報はなかったが、傘を買っといた方が良さそうだな」

「失礼。あまりデリカシーの無い言葉を使っていると、ダンテ先輩みたいになりますよ」

「ダンテせんぱ……ダンテって誰の事だ」

「色々欠けた優秀な武偵です」

 

 

おなじみの辛口評価は先輩の武偵――俺より1つ上の男子生徒に対しても容赦がない。親しい間柄なのも要因だろう。

ダンテは優秀なパイロットで、操縦に際して当然体力もあり頭も良いが、基礎教科と日常知識が虫食い状態、彼女の評価は粗方合っている。

 

クラーラは同じ席ではなく隣のテーブルに紙袋を乗せると、背中合わせになるような体勢で腰掛けた。

 

 

「そういうキンジさんはおひとりで?」

「二人連れだ」

「おや、今日は良く冷えていますし雪でも降るんでしょうか」

「おい、人のセリフをパクるな」

 

 

失礼なのはどっちだよ。

それで、わざわざ隣の席を陣取ったって事は話があるのか。

 

 

「……キンジさん。お気付きかもしれませんが、このショッピングモールに招かれざるお客様がいらっしゃるようです」

「それは俺の事か?」

「安いジョークではありません。私はそういう人間の悪感情を視認できるのです」

 

 

クラーラは俺が任務でここにいたのではないかと勘繰っていたようだが、間違いなく偶然だ。

そしてそうではないと分かると、すぐさま情報共有を行う。たぶん協力要請のつもりだぞ、こいつは戦闘に関してはからっきしだし。

話を聞いてしまった以上、初めから断る選択肢はなかった。俺は武偵で、年下の同級生が無謀にも挑まないとも限らない。

 

(ベレッタ一丁、ナイフ一本の武装は用意してる。防弾衣服はついさっき買ったものがあるが下は着替えてる暇があるかどうか……)

 

防弾のジャケットを羽織り武装を確認しつつ、背を向け合ったまま彼女の話を聞く。

 

 

「どんな風に見えてる?」

「とても激しい……バチバチと火花が弾けるように燃え広がっています。直視出来なければ特定不能ですが、発信源はおそらく1階。3階であるここから見えてしまうのであれば相当な興奮状態、犯行に及ぶまで時間がありません」

「直接相手を見れば特定できるんだな?」

「惜しむらくは、グレープジュースに赤ワインを混ぜても飲み分けが出来ない事です。そんな状態では食も進みません」

 

 

特定は確実じゃない、か。

きっと1階にモヤモヤが充満していれば元凶となる未実行の犯人を捜すどころか満足に走り回ることも難しいのだろう。

 

一般人の暴動くらいなら俺一人で何とかなる。問題は規模だけだ。

 

 

「人数は分かるのか?」

「いいえ」

 

 

そりゃそうか。ワインを混ぜた量が一滴か二滴かなんて判別できるもんじゃない。

 

となれば連れて行くのはリスキーかもしれない。武偵中の制服だとターゲットを刺激しかねない上、クラーラの自衛能力にも不安が残る。

様子を窺いながら外部との連絡役として待機していてもらうか。

 

 

「俺が1人で降りる。この国に住んで痛感したが、警察は事件が起こっても絶対間に合わないよな。お前は誰か連絡が付きそうな奴を呼んでくれ。ついでになにか対象を判断できそうな方法がありそうなら聞く」

「経験上、激しいモヤモヤを放つ対象はイメージ通りの武装をしています。直情的な彼らが想起しているのは彼ら自身の攻撃のイメージ……」

「爆発物か」

「その可能性は大いにあるかと」

 

 

ヒステリアモードなら造作もない事でも、今の俺には荷が重い。

幸い人波は少ないから流れ弾の心配は少ないが、相手の人数、武装や練度によっては苦戦を強いられる。今回はそれが爆発物を所持した不特定数の荒くれ者って所だ。

 

(俺が……カナやクロの様に自由にヒステリアモードを使えたら――――)

 

 

「"キンズィ、炭酸水を買ってきました。2つセットでお安くしてくれたのでした"」

「??どちら様ですか?」

 

 

思考が負に傾き始めたタイミングで、飲み物を買いに行っていたバラトナが軽食の並ぶ席に戻ってきた。彼女に視線を泳がせたクラーラは日本語で俺の名前を呼んだ緑髪の人物を警戒している。

 

 

「あいつが連れだ、警戒しなくていい」

「……かなりの美人さん、困りましたね」

「ああ、かなり困ってる」

 

 

意外にも良く分かってくれているじゃないか俺の事。街中で女性を避けて歩いているのを見られたか。

 

俺がぼそっと呟いたのを見逃す程平和ボケした世界で生きて来ていないバラトナも、クラーラの様子と服装から武偵学校の生徒であり、俺と会話している事を見抜いたようだ。一礼すると友好的な笑顔で歩み寄ってくる。

 

 

「初めましては後回しだ、バラトナ。イタリア語で話せ」

「分かりました。それで、こちらの方は――」

 

 

――「クルの?」という問い掛けは口には出さず、代わりに自分の髪を梳いてみせた。

 

悔しいが一発で分かったよ。

 

 

「ああ、そうだ」

「事件が起こったのですか?」

「これから起こる。いや、起こさせない。バラトナ、戦う必要はないがお前にはサポートに回って欲しい。出来るか?」

「……可能です。ですが、絶対に怪我をしないでください」

「心配するな、上は防弾繊維だ」

 

 

そういうの、過保護って言うんだぞ。動けない程の重傷を負うのはご法度だが、武偵にとって怪我なんて日常茶飯事だ。傷跡だって……お前に付けられたのが残ってるし。

 

一応サポートを務めてはくれるようなので、万一逃げ遅れた一般人がいたら避難誘導くらいは任せられる。

後は誰かがクラーラの協力要請を受けてくれると助かるんだけどな。

 

 

「キンジさん、危険が伴いますが、その方は武偵仲間なんですね?」

「武偵じゃないが責任は俺が持つ。そっちこそ早めに連絡を付けてくれよ」

「もう付きましたよ。彼女は普段は真面目ですから、すぐにでも駆け付けてくれます」

「そりゃ助かる」

 

 

"彼女"の部分は頂けないが、背に腹は代えられない。

実行までに時間もないそうだし、俺達も一足先に現場の下調べを復習しておこうか。

 

エスカレーターへ足を向かわせる前に、クラーラに頼みがある。

 

 

「まだ手を付けてないから食ってもいいぞ、"もったいない"からな。代わりに後で奢ってくれると嬉しいが」

 

 

日本人的な考えだが飢えを経験した事が無い国なんてない。食料は個人の物であると同時に世界の共通財産と言っても過言ではないのだ。

それを捨てるなんてとんでもない。もし残ってたら意地でも食ってやるが片付けられちゃ食えんからな。

 

 

「食の好みは合わないようですね。私はソーセージは好きですが、キノコは苦手です」

「1つは食え。1つでも好き嫌いを減らすんだ。残りは戦妹に分けてやればいいだろ」

「……あちゃ、バレました?」

「向こう側の通路から鏡越しにずっとこっちを見られてたらアホウドリでも気付く。行くぞ、バラトナ」

「はい」

 

 

【挿絵表示】

 

 

さてさて、奢ってもらう予定も立ったことだし、失敗できないな。

どんなバカが真昼間から騒ごうとしてんだか、そのアホ面を拝見させてもらいに行くとしよう。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「ただいま。お土産があるよ、主」

「プルミャおかえりー。なになに?この前話してたケーキ?」

「食い意地が張ってるな……ほら、久しぶりの絵手紙だ」

「――ッ!見せてッ」

 

 

「まったく、君が何通も何通も準備しているというのにお返しはたったの一通。文句のひとつでも言ってやりたいところだよ」

「それでいいの。お姉ちゃんは忙しいから……」

「君だって暇じゃない。……これ以上は言わないけど、ボクは怒っているよ」

「……ありがとう、プルミャ。でも、ほら」

「ん?なんだい」

「お姉ちゃんは絵が下手だけど毎回私を描いてくれるの。その為だけに限られた一生の一部を使ってくれてる。それだけで……いいの」

「まったく似てないね、あいつの中の君は」

「私の絵だって、似てないよ。私の中のお姉ちゃんは、エミリアさんとずっと仲良しだし……よく笑ってる」

「…………人間は短命だからね。思主は……もっと短い」

 

「会いたいかい?」

「ううん……私が会うって事は、きっとそういう事だから。でも、やっぱり……」

「……踊ろうか。ボク達が嫌いなあの曲を。君が笑ってくれる結尾部(コーダ)まで、ボクはいくらでも道化になって飛んでみせるさ」

「2人で?」

「ボクの両手はどちらも君と繋ぎたいみたいなんだ」

「ふふっ……仕方ないなぁ~。踊ろう、私達が嫌いなあの曲。さようならって言い合った最後の曲」

 

 

♪「今夜は荒れるよ」

「雨が降るのかしら、シャワーみたいに」

「満天の星空さ、もっと近くへ見に行こう」

「飛んで行くの?」

「飛んではいけない」

「じゃあどこへ行くのかしら」

「裏山に行こうじゃないか!」

「どうして?」

「星に近付くんだよ」

「山を登るの?」

「空はもっと高い。下を見るんだ」

「?下には何がいるのかしら」

「とても綺麗な星がいる」

「ここは暗いわ」

「樹々を抜ければもう少しだ」

「まあ、池の中にキレイな星が。でも、もっと沢山見たい」

「それならこの川を下ろう」

「どうして?」

「海へ行くんだ。もっともっと沢山の星に手が届く」

「泳いでいくの?」

「小舟を浮かべよう」

「波が立つから空が歪んでしまうのね……あれは何?」

「!逃げるんだ、大きな波がやって来た」

「荒れているわ。逃げ場なんてない」

「逃げるんだ、波の届かない場所まで」

「荒れているわ。山でさえも呑まれてしまう」

「逃げるんだ、空を飛んであの星達のいる場所まで」

「飛んではいけない!波が星すらも覆ってしまう」

「うわぁっ!」

「……どうしたことかしら?波が突然消えてしまった」

「…………」

「あの人はどこに?」

「…………」

「ああ……どこへ。主よ、どうかあの人をお救い下さい」

「彼の者は禁を侵したのだ」

「それでもどうか、あの人をお許し下さい」

「お前は何を捧げられる?」

「この声を聖歌の為に」

「小鳥のような囀りでは足りぬ」

「では、この四肢(からだ)を祈りの為に」

「お前に体など残っていない」

「そんな……ああ、どうすれば」

「その輝きを捧げよ。さあ、もっと近くで見せてみろ。星を閉じ込めたその小さな輝きを――?」♪

「…………」

 

 

「おや?もう終わりにするのかい?」

「ふふ……ふふふふ……」

「な、なにを笑っているのさ」

「そのパートを歌うプルミャの心底不満そうな顔が面白くって」

「……仕方ないだろう、ここはあいつのパートだ。人使いが荒い所が君に似ている」

「ふふ、そうかも」

「他人に甘い所もだ。何回失敗すれば学んでくれるんだろうかと甚だ疑問だね」

「もうすぐ、かぁ」

「計画の第2段階、そこがスタートライン。ボク達の悲願はようやく叶うんだ」

 

 

 

「希望は彼女が示してくれた。だから()()()()の犠牲は無駄にしない。あいつだって、アリエタだって、本当は分かっているんだよ」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

天窓から降り注ぐ光を浴び、3階から2階へ、2階から1階へ、周囲を警戒しながらエスカレーターで降りて行く。

遮蔽物を再度確認しながら、来た時よりも若干増えた人通りを眺めるも怪しい影はいない。この広い建物の中からヒントもなしに探し出すのは容易じゃないが、1人1人を探っていくしかないんだ。

 

バラトナには時間差で降下後、仲間だと思われないように別行動。クラーラがターゲットの2階への侵入を察知した時の連絡係もこなしてもらう。

 

~~♪

 

(……いきなりだな)

 

着信元はバラトナだ。エスカレーターで覆面被った奴とすれ違いでもしてたりしてな。

 

 

『"キンズィ、火薬の匂いがしました"』

「"……ん?何て言った?"」

『"火薬の匂いがしました"』

 

 

火薬の匂い……?

まだ爆発もしてない梱包された爆薬から漏れ出たってのか?それとも犯行グループがそこら辺の公園でせっせと爆弾作りに勤しんでたってのかよ。

 

しかし、答えはどちらでもなく、もっとシンプルなものだ。

 

 

『"目標は帯銃しているのでした。人数は複数で、一角に固まっていました。キンジィの進行方向と逆に"』

「"そこまで分かるのか?"」

『"とても匂いが強く、発砲の機会が多い集団だと思いました"』

 

 

鼻が利くなんて話ではないが、本当ならこの薄暗い屋内を照らす天窓の様に、目途の立たない犯人探しに光明が差す。なるほど方向からするに地下駐車場である駐車場Aから第2入場口を登って来たらしい。

カタギじゃないんだとしたら目的はなんだ。金が目当てなら休日を狙うだろうし、そもそも郊外のショッピングモールを狙って爆破事件を起こす理由も不可解だ。

 

日本じゃ国内の暴動事件でさえ遠くの場所で起きているような錯覚さえ覚えたものなのに、海外だと事件が身近に感じるようになったぜ。こうやって巻き込まれることも珍しくはないんだからな。

 

 

犯人像が完成した。複数人の武装されたデキる相手。さらに爆弾持ちのおまけ付き。

通常状態ではクラーラの事を無謀だと他人事にしていられない。

 

(一菜とフィオナがいればどうって事無いんだけどな)

 

彼我の戦力比較は武偵が生き残る為の基本。

なるべく時間を稼ぐことを念頭に置いておくべきだ。

 

 

「"やれやれだ、バラトナは民間人が巻き込まれない場所への誘導準備に移ってくれ"」

『"……はい"』

「"いいか?銃声が聞こえても大声で誘導するのはダメだ。お前がターゲッティングされたら俺が気を引くが、敵が散開してしまうと手に負えなくなる"」

『"――っ!はいっ!"』

「"返事が大きい"」

 

 

電話をしながらその集団を発見した。5人の人間がそろいもそろってダークなスーツでカッチリ決めてやがる。

武器は隠しちゃいるが防弾ベストを内側に着込んで、ヤバ気な雰囲気を隠す気は無さそうだな。

 

(あれは示威行為かもしれないぞ……あいつらは自分たちの存在をアピールしてるんだ!)

 

アピールする相手は誰か。

1つしかないだろう、オーナーだ。このショッピングモールの。

 

 

「"電話を切るぞ、クラーラに場所を伝えてくれ。駐車場A-2と駐車場Bの入り口がある広場だ"」

『"キンズィも退路の確保を忘れてはダメでした"』

 

 

最後まで過保護だったな。電話越しのフィオナ的な必死さを感じるんだが、信用ないのか。

 

 

さてと、改めて場の展開が読めて来た。犯罪組織同士の派閥抗争の狭間で事件は引き起こされる。この一帯を仕切る2つの派閥の内、金を受け取れなかった方が見せしめ行為に走った。

あいつらが奪いに来たのはテナントの金でも民間人の命でもない――――この地域の信用だ!

 

 

 

パァァアーン!

 

 

 

「"くそッ!"」

 

 

1人がおもむろに天井の天窓に一発かましやがった。

硝子の破片が30m近く落下し、とんでもない破砕音を立てて柱の陰に潜んだ俺の横で破片が飛び散る。

 

静まり返った屋内に、

 

 

「全部ぶっ壊しちまえッ!」

 

 

精悍な顔つきの男の威圧を込められた叫びに発破を掛けられた男たちが、一斉に武装を取り出した。

ハンドガン――グロック二丁とMk.23が一丁、MP5短機関銃と、あと軍用小銃の……AUGだっけ?にはアタッチメントが取り付けられてる。

 

物陰から様子を見たがベレッタだけじゃ火力負けどころの騒ぎじゃない。数秒で全身穴だらけにされる。

各個撃破が絶対条件。しかし、時間稼ぎすらも現実的じゃなく思えてきた。

 

 

柱の向こうでは無差別破壊活動が始まっている。小銃が景気よく銃声を鳴らしていたのは最初だけ、客が逃げ出し終えたらバールやら金属棒を振り回して次々と店を荒らしていく。

弾切れのチャンスも望めなくなった。

 

(どいつが爆弾を持ってんだ……?)

 

どこかに隠しているか、既に仕掛けている場合もある。

落ち着いて行動を起こすんだ、先走れば取り返しがつかない。

 

 

キャーーッ!

殺さないで……!

 

 

小さな子供の絶叫と命乞いをする女性の声――――に、逃げ遅れがいたのか……?

近い、すぐにでも飛び出せば救える命だ。そうしなければ失われる命。

 

 

……ああ、くそ!もう十分、悲観論で一通り戦場を見やった。

あの親子を狙うサブマシンガン持ちを不意打ちで鎮めて、戦力差もぐっと縮まらせてやる!

 

呼吸を整える暇もなく、遮蔽物からダッシュで銃を構えたまま店の中に入っていく男へ接近する。

足音で勘付いたかギョロッとした目で背後を確認してきたが、振り返って照準を合わせられるより全力疾走で俺が接敵する方が早い。機を逸せば武装の面でも体格の面でも勝ち目はない、今決めるんだ。

 

 

「銃を捨てろ!」

 

 

まずは武器を奪う。防弾ベストを着ていたのは確認済みだから容赦なくスーツの男へ発砲した。当然、回避も防御もされないし、呻いて隙が出来る。相手が人間だと安心すらしてしまうな。

銃を手放しはしなかったが、ここまで接近してしまえば撃たせるつもりもない。

 

 

「このッ……ガキッ!」

 

 

右手の金属棒を使って縦振りで殴りかかってきた男の攻撃を躱し腕を掴む。思いっきり振りかぶるし、振り切った後の引き戻しが遅すぎるから余裕で背負い投げが決ま――

 

 

ダァーーンッ!

 

 

「"うおっ!"」

 

 

(しくじった!トリガーに指掛けたまま殴りかかってくんじゃねーよ!)

 

肝を冷やしたが、セミオートに切り替えてあったのは幸運だった。フルオートで握り込まれてたら惨事になってたな。

そのまま左腕に両足を絡ませて関節を決め、(MP5)を奪い取る。コッキングレバーを引いてマガジンと弾を抜き、ご丁寧にコッキングレバーを戻してやった。

 

ローマ武偵中は生徒が犯罪者に狙われ易く死亡率が日本の生徒よりも高いので、こういった相手への対処は早くから学ぶのだ。

そうだ、相手は人間、必要以上に怖がることはない。

 

 

だが、目線を男から上げ、状況の悪さを悟る。お礼を伝えてくる女性の方は……妊婦だ。子供も2、3歳くらい、走って逃げるのは無理か。

男を縛ってる暇はないが、この親子を放って人質にされたらかなわない。戦場の真っ只中にバラトナを呼ぶわけにもいかないし……

 

 

「おいッ!誰だテメーは!」

「動くんじゃねぇ」

 

 

店の外から男たちの怒号が入店してきやがる。

元の柱の影まで戻れれば親子を逃がせるのに、その距離を3人並んで被弾ゼロなんて奇跡以外の何ものでもない。

 

(コイツを盾にしてくか?防弾ベスト着てるし……いや、ああいう奴らは平気で足を切るからな、負傷したら重くて邪魔になる。何より殺人の片棒は担ぎたくない)

 

目の前で両手を合わせてグッと目を閉じる親子に、安心しろと励ます事しか出来ない。

 

 

「ああ、神よ……」

 

 

現状を作ったのが神だろ。

祈っても神は助けてなんて……

 

 

「おい、聞いてんのか女!止まれっつってんだよ!」

 

 

(……女?)

 

 

うつ伏せにひっくり返した男を引き摺って、店外の様子をもう一度窺う。

2人の男が銃を向けているのは俺が隠れたテナントではなく……雲のように真っ白な肌と、もっと白く光沢を湛えたセレナイトの髪の女性だった。

 

自分が呼びかけられたのだと理解したらしく、膝下までのデカいブーツを履いた足を止めて男たちを睨んでいる。

 

 

「あー、何?ワタシ、忙しいんだけど――」

「撃たれるぞッ!」

 

 

パン!という音、光が見えた時には踏み出した足が無駄であったことを思い知らされた。料理人のような服装で立ったままの女性は非情で残酷な男達によって撃たれ、反応を示すことなく声を途切れさせる。

ピクリともしない。倒れもしない。血も流れない。

 

何かがおかしい。

 

弾丸が貫通せずに落下し、ガラスと衝突してキィンと音を立てる。

思わず足を止めてしまった。無駄だと分かってしまったから。

 

 

途切れた声が再生される。

さっきよりも何倍も怒りを露わにした声を震わせて――

 

 

「お前達か?お前達のせいでワタシは遥々買い物に遣わされたのか?」

 

 

怒ってる。

それも自分が撃たれたから怒ってるんじゃなさそうだ。

 

全身から滲むように殺気を膨らませていく女性は、悲しいかな発砲されても呻きもしない――人間じゃない。

 

 

「ローマのここにある安物のピッツァが食べたいとおっしゃるから……おかしいとは思っていた……ナポリピッツァの方がお好きなのに、どうして?と」

 

 

独白している間もじわじわと広がっていく気配に鳥肌が立ち、割れたガラスがカタカタと共振するように震えている。

女性が手放したと思われる大きな袋が落下して、中身のピッツァが散乱した。袋には穴が空いていて、ピッツァの入った箱の1つを銃弾が貫いたらしい。

 

ダラリと垂れた両腕に血……ではなくトマトソースが付着し、ポタタッと雫を溢していく。

 

 

スーツの男達も4人全員が慎重になって、綿のような髪の女性を油断なく分析し始めた。彼我の戦力比較が必須なのは武偵だけではない。

マフィアや日本のヤクザみたいな体制を敷く集団にとっても、それはなくてはならない能力なのだ。

 

 

……どうも、手遅れだったみたいだけどな。

 

 

 

「……夜には理子様とお勉強の予定が入っている。お客様の夕食は4等位に任せたけど、ご主人様の夕食はワタシが直接お作りしたいの……」

「"ッ!?"」

 

 

怒気を孕んだ語りの中に理子の名前が出た。日本語の名前なんてそうそう被るまい。

吸血鬼達が探し求めていて、()()()()()()()()()も何故か身を裂いてでも助けたいと思ってしまう、不思議な魅力を放つ少女。

 

彼女は理子の居場所を知っている。

俺が喉から手が出るほど欲している事を。

 

 

「つまらない仕事は早々に終わらせてもらうわ」

 

 

冷静ではいられない。

俺も、手遅れになっちまうかもしれない――――

 

 

 







クロガネノアミカ、よんでいただき、ありがとうございました!


ショッピングモールへ服を買い物に行くだけで事件に巻き込まれるキンジ。日本の武偵学校よりも実戦に重きを置いている設定と言っても彼はまだ10代前半。
クロの成長が多少なりとも還元されていても、犯罪者集団を一人でどうにかしろってのはまた話が違いますよね。

ピンチからの闖入者。
仕掛け人はほぼ間違いなく彼女ですが、一体どんな思惑でキンジの向かう先へ向かわせたのでしょうね?


次回は後半。
キンジが取った行動は?
クラーラがコンタクトを取った相手とは?
ゆっくりとお待ちくださいませ!


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