黒金の戦姉妹   作:kakapobeans

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有明の瓦解(ファースト・ポイント)

 

 

 

「パトラ―」

「ようやく来たか。結界を閉じるぞ、はよう入れ。お前で最後ぢゃ」

「しゃぴー……お母さんがいきなり来たんだよ!新しく出来たお店に行こうって」

「ほう、竜落児がローマに出現しておったのか。どうりで占いの最中に水晶が割れたわけぢゃな」

 

 

「??何か探してたの?人間?」

「……お前以外に誰を探すと思う?」

「…………あ」

「…………」

「はい、お土産」

「薄紅色のコランダムか。無処理でここまで透き通った物は珍しいの」

「ね、ね?綺麗でしょ!パパラチアサファイアだよ。毒泉に半年漬けてたから不純物は残ってないし、呑み込んだ時の幸福感がたまらなくて」

「変な主観を語るでない、価値が落ちる。ところで――」

「あーっ!リンマ、遅刻なのじゃ!いけないんじゃよ!」

「ごめんごめーんっ!手を洗ったらすぐに行くから!」

 

「ハトホル!結界ぢゃ」

「ただいま完成させますじゃー!」

 

 

「やっと来たのね、私待ちくたびれちゃった」

「仕方なかろ、あやつにとっては親孝行も仕事の内ぢゃ」

「ふーん、当てつけ?」

「ほほ、睨むでない。家庭事情は人それぞれよ。ほれ、リンマの詫び品を分けてやろう」

「どうしてあなたが得意気なのかしら……あら、サファイア?すごい量ね」

「……瑠槍も、いずれは越えねばならぬ障害よの。奴と同じ土台に立ってこそ、初めて人類と超常世界の境界が見えよう」

「諦めなさいな。友人として忠告しておくけれど、あなた達では人形(ヒトナリ)にも敵わないわよ」

「妾が諦める?苦い経験を伴った重みのある言葉ではあるが、覇王の道は自ずと拓かれるのでな。要らぬ心配りよ」

「リンマの『脱皮』を待ったら?どうせあの子も"もう少し"で母親に挑むのだし」

「竜落児のもう少しなぞ参考にならぬわ」

「50年は掛からないんじゃないかしら?」

「ほらの。それに瑠槍に挑むつもりなど毛頭ない」

 

 

「そう。まあ、いいけど。『彷徨』には気を付けなさい。超能力者以前に、あなたやリンマの理念は特に嫌われるだろうから」

「お前で3度目ぢゃ。人形共はどいつもプライドだけが先走りしておると珍しくリンマが毒づいておったが、厄介者共はどこに集っているのかのう、ヒルダ」

「……知らないわよ。これ貰っていくわね」

「なんぢゃ、たったの5つで良いのか?」

「多ければ良いというものでもないでしょう?…………なに笑っているの?」

「深い意味などない、数か月前の吸血鬼(オーガ・ヴァンピウス)なら絶対に吐かぬセリフであった故、驚いただけぢゃ。ついでに誰へのプレゼントか教えてたもれ」

「ななッ!あ、あげないわよ!純度の高い宝石は魔術を込めやすいから儀式用にしまっておくに決まっているでしょう!」

「ほっほっほ、今さら麗しき姉妹愛を隠さんでも別に良いではないか」

「~~~~ッ!」

「お前なりの決心であろう。トロヤがローマを離れた、となれば次の激突の頃には聖女や福者共バチカンの虎の子が大盤振る舞いぢゃしの」

「一帯が下品な銀の匂いに埋め尽くされると思うとキバが疼くわ」

 

 

 

「パトラ、なぜ聖職者共は理子を攫ったのかしら。眷属の証である宿金は人間にとって不浄の物質、廃棄しこそすれ適性を持った未知数の脅威を囮として生かすとは思えないのだけど」

「宿主は『使虐』に攫われぬだけマシよの」

「…………」

「囮とは前向きの理屈であろうな。組織は肥大化する程に一枚岩ではいられなくなる。力を欲する者はどこにでもおって然るべきだと思わんか?」

「ふん、これだから都合よく薄っぺらな思想ばかりを並べる集団は品位が無いのね。社交なんて互いに薄ら笑いを讃えて、皮の一枚を剥げば他者を出し抜く事しか考えていない。初めから力ある者だけを讃えていれば良いのよ」

「そもそも聖女に竜の眷属がおろうて、化け物の力を借りておいてなーにが奇跡ぢゃ」

「ほほほ、トロヤお姉さまは水流がお嫌いだもの」

 

「うじゅっ!川もちまちま凍らせないと渡らないもんね!」

「リンマよ、橋を渡ればよかろう」

「水を見たら有無もなく走りたくなるじゃん!」

「イヤよ、ドレスが濡れてしまうじゃない」

「……はっ!それ、有だよ!水浴びに行こうよ!」

「無いわよ」

「ちぇーっ」

 

 

 

「話が逸れたな。ヒルダよ、ようやく見つけたぞ。妾が集めた理由――――お前の待ち望んだ時が来た」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

ゴッッッツッ!

 

 

 

 

 

 

世界が光った。

閃光手榴弾(フラッシュグレネード)みたいに白い花火がぶわッと広がって、止んだ先からチカチカと小さな星に収束していく。

額に与えられた冷たさも痛みも感じる暇なく、まぶたの向こう側にいる少女を抱き締めた。

 

力んだ右腕は、逃げられることが怖かったのかもしれない。

優しく添えた右手は、私に怯えた彼女をあやして安心させようとしたのかもしれない。

 

 

頭を寄せ合わせ、そこに存在するはずの戦妹(チュラ)のひと欠片も見逃すまいと――――いや、違う。

 

 

逃げていたのは私の方だった。

触れることで安心を得ようとしたのも、私だ。

 

私は……愛情を向ければ必ず愛情を返してくれる彼女はそういう存在なのだと勝手な解釈をしてきた。

期待にいつでも応え、笑いかけ、嫉妬してくれる。それがいつの間にか当たり前だとすら思うようになっていた。

 

 

 

ポコポコ……ポコッ…………

 

 

 

しかし、チュラは返してくれなかった。

背中に触れて欲しいと願った小さな手は、気泡の割れるような微かな振動を手元に生じさせている。

 

当り前なんかじゃない。

私が感じていたチュラの気持ちは、紛れもなく彼女が私に向けてくれていたものだ。

 

彼女は鏡なんかじゃない。

手を握れば握り返してくれるのは、反射行動でも真似でもなく彼女の意思で引き起こされていた。

 

 

光が消え音が消えた無の世界で、小さな小さな()()()()()()()

私に手を振るあの子が呼んだ気がした。

 

 

「――っ!クロ様ッ!」

 

 

 

ドッ!

 

 

 

微細な振動が収まって、握り込まれたチュラの手が背中に叩き付けられる。

きっと止められなかった私もナイフに穿たれて、でもチュラも満身創痍とはいかずとも、戦闘に参加できる体力は残っていない。アリーシャと黒鈴はファビオラ1人からなら追撃を免れられるだろう。

 

 

覚悟はして来たんだ。

正面から彼女の心を受け止める覚悟を!

 

 

「"…………ん"」

 

 

――――痛くない?

防衛本能が働いて痛覚が遮断されたのか。それにしては熱さも感じないし、風に混じるガスや酸化した油の鼻を突く不快な匂いも何も変わらない。

 

内心カッコつけてたのに、刺された訳ではないらしい。

ただグーで叩かれただけ。……まさか!

 

 

「すぐに離れてくださいませ!先程のはチュラ様の制御が脆くなったおかげで辛うじて崩せましたが、私ではチュラ様の力を止められませんの!」

 

 

(アリーシャ?)

 

なんだ、そういう事か。

てっきり我に返ったチュラが思いとどまってくれたのかとぬか喜びしてしまったじゃないか。

 

何度も救われた経験がある反射と呼ばれる思金の共通能力。アリーシャの援護によって分解された鼠色のナニかの残骸がドロドロと背面を撫でる。

強襲科の悪路訓練準備中に突如発生したイベント、"泥仕合"でスコップに掬った泥を一菜(バカ)に掛けられた気分だ。倍返ししてやったのにお子様は喜ぶだけだったよ。

 

 

「"むがぁッ!"」

「"ちょっ……!"」

 

 

おそらく最後の手段だったであろうバックスタブを台無しにされたというのに、諦めの悪い戦妹は止まらない。

抱擁という名の拘束を抜け出さんと鼻っ先へ噛み付こうとしてきた。

後ろ襟を引き離して抑えても、怒れる狂犬というより虚勢を張った捨て仔犬寄りの威嚇でガウガウと懸命に歯を鳴らしている。

 

私にカナ並みのカリスマや包容力があれば金縛りのように反抗を宥められたかもしれないな。

くっ……こんな時なのにパン食い競争的な必死さが可愛く見えるもんだ。感情ってものはホント自由で自分勝手なやつだよ。

 

 

――――あれ?私はなんであんなに怒っていたんだっけ?

 

 

暴走気味だった血の循環が弱まっている。ふむ、このタイプの血流もセルヴィーレと同じ短時間しか保たれない負荷の強いものなのだろう。

体感1.4倍にまで神経系の処理能力が増幅していたか、そうでもなければチュラの3発目の銃弾にかすりもせず即応など出来やしなかった。

 

 

優れた能力には欠点も付きものだけどね。

思考が攻撃のみに効率を割いてしまう。早い話、捨て身に近い。

 

組み技戦(グラップリング)の隙を作った扇覇がまずかった。なぜなら反動は片手では殺せない。

伸ばしたままの腕、真上に打ち上げるような手首の無茶な駆動、威力は十分弱めたつもりでも内傷の自損が無視できず、すでに重力の枷から放たれている左腕を動かそうとすれば左手がミシミシと呻きを上げる。

 

 

欠点はそれだけじゃない。

チュラの行動に気を取られ過ぎて()()()()と判断した黒鈴の行動を失していた。

 

黒い着物が夜に揺れ、黒い小鎚が月白色に光る。

見逃していた。チビミョルニルハンマーが回収された瞬間から今まさに片手で振りかぶられるこの瞬間まで。

 

 

「"すまぬ。出来ることなら心得たくはなかった"」

 

 

鬼の眼光、周囲を振動させるほどのフルスイングは見るだけで体が痺れてしまいそうだ。

 

狙いは?

チュラじゃない――――私だ!

 

あんなの全身のバネを使ったって受け止められないぞ。

受けた箇所がぺったんこにのされて凸凹な道路と同化してしまう。

 

 

狙われる理由なんて考えている暇はない。

チュラを前方に投げ飛ばし自身も鉄沓で後ろに飛び退いたその場所で、小鎚が汗の粒を消し飛ばした。

 

 

「"戦姉妹(しまい)の営みに水を差す以上、それなりの理由があるのでしょうね"」

 

 

殺意がない。

しかし本能が訴えるのは生が侵されるという恐れ。

 

(殺すことに特に気構えを必要としていないって事?さすが鬼だよ)

 

冗談じゃない。

振り回すまでなら一菜にも出来るかもしれないけど、勢いのついたアレを片腕の力だけでピタリと止めやがった。

 

先程の一振りは余力を持って振るわれていてなお命の危険を感じさせられた。

手加減されたのかと思うとムッとくるな。

 

 

「"我輩の口から多く語れるものではなかろうな。ことならば、より邪な人であれば良かったものを"」

 

 

それって手段と目的が逆になってないか。邪な人間だったらとっくに親族に討たれてるよ。

いや……まあ、やんちゃした時期もあったけど仕方ないじゃないか、理子達の探し物を手伝ってたんだから。

 

(外野はどうなってる?)

 

異国の言葉に戸惑うアリーシャは険悪な空気に目を細めて黒鈴に注意を向けている。

疲弊したチュラは立てもしないか。辛うじて保っている意識も、いよいよ瞼や首を支えられなくなりつつあるな。

ファビオラも小鎚の主を不思議そうに眺めたまま動かない。途中乱入したけど、あっちは黒鈴とは別口で間違いないだろう。私がチュラと戦い始めてから戦意が無い。

 

 

1対1(タイマン)ならこっちが有利だ。

コルトとハンマーには射程にそもそも雲泥の差がある。

 

 

「"語れない?おお怖い、鬼の目にも涙とは迷信だったようで。人の死に根拠は必要無いのですか"」

「"おん?首までは捕らぬぞ。言ったはずだ、お主とチュラ次第であると。可能性があるならば我輩が護ろう、お主は己の役割をよく知らねばならん"」

 

 

なんですか、それ。

子供だってもっとまともな言い訳を考えますよ。

 

適当な難癖をつけてしょっぴこうとする汚職警官みたいにベラベラ舌を回さないのは誠実さを感じるが、私に対して好意的ですらあってその分不気味だ。

話し合いや交渉で解決できる安直な理由では無いらしい。

 

 

「"案ずるな、我輩と共に日本へ帰りチュラと仲睦まじく暮らすのだ。春には爽やかな風にそよぐ山桜を眺め、夏には純良な川の水を飲み、秋には稲穂の実る畔道を歩き、冬には餅をたらふく喰らう。望むのであれば鍛冶や陶芸に手を付けるもよし"」

 

 

戦いから身を引いた前時代的な生活、確かに平穏な生活も悪くないかもしれない。

正義の味方の道を進む身としては正反対だし、引退後の選択肢に入れておこう。

 

 

「"信用できませんよ"」

「"まあ聞け。チュラは我輩が鍛え()()()刀だと教えたな"」

 

 

長話の好きな鬼がやっと本題に入りそうだよ。鬼ってもっと殺伐とした人類の敵をイメージしてた。全員がこんな人間に近い俗物的な人たちなのだろうか。

まず他にいるの?今後の備えとして把握しておきたいもんだね。関わりたくないからさ。

 

 

「"折れておったのだ。『牟宇』は元となった刀の銘、牟宇は黒思金に適さぬ無垢鍛えで反りも小さかった。黒思金は通常の鋼鉄に比べ衝撃に弱い。その上繊細で組織の変化が著しく素延べには適さぬし、波に泳がせねば加工もままならない手を焼く代物よ。故に往昔の頃より何百と拵えた刀の内、黒川刀の銘を与えた妖刀は十に満たぬ。そのうち最も優れた刀に与えた銘が『守萊(かみら)』、後にも先にもあれを超えるものは無い"」

 

 

守萊……?

興味のない鍛造談議の中で、その名はどこかで聞いたような気がする。すんなり思い出せないのならどうせ良い思い出ではないのだろう。

 

 

「"時代は下り、我輩は守萊に次ぐ名刀を仕上げ西班牙(スペイン)の原石を守護する子孫に授けた"」

「"コリア・デル・リオ――日本の子孫が住む街でしたか。そしてチュラの故郷でもある"」

「"おん。銘は『須杷(すわ)』。芯金に折れた切っ先を用いたが、此が功を奏した。思金は成長する。さらに半年後、残りの思金が芯金となり黒川牟宇――チュラが出来たのだ"」

 

 

我が子自慢の顔をしていた黒鈴が寂し気に灰汁色の瞳で後方のファビオラとチュラの方へ振り返る。

ファビオラのトゲトゲした態度にきまり悪そうにする様は反抗期に悩む親というやつなのかな。想像でしかないんだけども。

 

(親の愛か)

 

欲しいと思わなくもない。でも私にはカナがいるから母親成分はむしろ過剰摂取出来ている。

直感は正しかったようだ。黒鈴はチュラを大切に想ってくれていた。

 

 

「"思金の成長は不完全な輪郭を創り、あの子達は鞘を要成さぬ刀精の未到達領域へと至っている"」

 

 

折れた黒川刀、切っ先側の『須杷』と(なかご)側の『牟宇』。

私の右腕を見たチュラの発言、『お姉ちゃんがチュラと一つだった頃』ね。

 

なるほど、姉妹とは言い得て妙だ。2人は辿れば1振りの刀だったんだ。

私の右腕を見て思い出した理由は分からないけど。

 

 

思金は人格はおろか金属人間すら創り上げてしまう。

ヤバいヤツらが奪い合うだけあって、超常物質はヒトの常識を軽々と超えてくれる。

 

 

「"ところで、その話と私にどんな関係があるのでしょう"」

「"チュラがお主を見付けた。我輩は黒匚を見顕せるのでな、よく懐いておることも予め知っておった。よいか?我輩が仕上げたその時から探し続けるのはあの子の所有者ぞ"」

「"ハットリチアと言っていましたね"」

「"否"」

 

 

え、違うの?

あんたがそう言ったんでしょ。

 

 

「"遠山の。お主には姉がおったな"」

 

…………?

会話の流れが読めない。

 

「"カナもターゲットですか?"」

 

何十通りも予想したのに着地点の予想がしっくりと来ない。

 

「"そうではない。そうではないが……"」

 

本筋を語ってくれ。寄り道はいらない。

 

「"はっきりしませんね。勘違いで済む可能性もありますし、私だって命は惜しいものです。聞きたい事があるなら答えますよ"」

 

独りで話を進めずに聞かせろ。

私と不可分な事情を勝手な判断ではぐらかすな!

 

 

「"お主は…………"」

 

 

黒鈴の口が動き出した。

その三文字目で世界は滞留する。

 

 

「"…………男子(おのご)か?"」

 

 

 

――パパパパァン!

 

 

 

4連続で閃くマズルフラッシュ。

これで2丁あるコルトの片方は撃ちきった。残弾は装填済みの4発と残り2つのハーフムーンクリップ。長期戦を想定していなかった、準備不足だ。

 

(ちっ、避けられたか)

 

鬼の弱点なんか知らないけど全て人間の急所に撃ち込んでやったのに。

痛みやら重症化を考慮せずに左手を使った不可視の銃弾は弾かれ躱され、命中したのは左肩をかすった心臓狙いの銃弾と左頬を切った右眼狙いの銃弾だけ。体調は万全じゃないが、反応してくれるなよ。

 

突拍子もない質問の理由が推理出来たわけじゃないし、そもそも脊髄反射に思考が引っ張られたに近い。

ただ反射的に口を封じようとして、結果仕損じてしまった。

 

 

冷静になってみれば、なぜ撃ったのだろうか。

身を隔てていた脅威を自ら刺激する己の軽率な動きに愕然とする。

 

……仕切り直せるか。

 

 

「"論拠は?"」

 

 

あってもらわなくては困る。

あんたの目は本気みたいだからね。

 

 

「"おん、親は子に信を置くものよ。チュラの所有者は元々男であった"」

「"それで?"」

「"それが全てぞ"」

「"はあッ!?"」

 

 

言い掛かりにもほどがあるだろ!根も葉もない噂に悩まされる毎日でもここまで酷い捏造記事は稀だよ。

真面目な顔してふざけたことを言うもんだ。いつもみたいに断固否定して記事修正させてやる。

 

 

「"私は男ではありませんが"」

「"我輩も同ず"」

 

 

ああ、そうかい。それは良かった。

自信失うところだったよ。

 

 

「"あなたが聞いたんですよ。私が男じゃないかって"」

「"真に知らぬと殊の外曲者よの。力ある剛の者にはまれまれにおる"」

 

 

曲者扱いすんな。

私が知らないことってなにさ。私の力――ヒステリア・セルヴィーレと関係があるの?カナが時々目の前の私を見失う事と関係があるの?

 

 

 

 

――――私が恐れている()()()は何なのか、知っているの?

 

 

 

 

教えて欲しい。

窓枠の先にある世界のこと、存在する()()のことを。

独りでその事を考えていると私はずっと狭い檻の中にいるようで。現実が遠く遠く離れてしまうようで。

 

 

 

「"思うにお主は多重――"」

 

 

 

パシュッ!

 

 

 

小さな銃声。

後退したのは黒鈴の方だ。

 

 

細長いヘビの影が地上を走っている。

ヒルダかとも思ったが違う。ヘビの尻尾側の先は人型になっていてそいつが銃を構えていた。

スラリと伸びる平面の黒い影から立体に切り替わる白い両脚は、膝部のガードとピッチリと張り付くメタリックカラーで柔軟な鎧のようなハーフパンツに守られている。

 

 

「"みはーははははーーーーッ!ザッツイット!"」

 

 

あのハイテンションで頭の悪そうな笑い方は箱庭に聞いた。独特で耳に残っている。

名は確か……

 

 

「"マリアネリー・シュミット……!"」

「"みはっ!ネールのことはネールと呼ぶんだって!"」

 

 

 

キュイ、キュイィィ……

 

 

 

ヘビ形の影の正体は動物の尾のように腰ベルト型の装置から生えた少し太めのワイヤーだった。

先端にはノコギリ状の刃が付いた顎、本物の蛇を模した多関節はかなり静穏で小刻みに動いている。素材や原動力は不明だが自重を支えられるくらいには高い出力を持っているらしい。

 

 

「"分かりました。それでネール、私は現在取り込み中です。漁夫の利を狙っていたのであれば少しばかり勇み足ですが"」

 

 

単独行動していたチュラを尾けていたのか、私の発砲音で様子見に来たのか。

彼女の登場ははっきり言って望まれてない。収集つかんぞ、これ。

 

 

「"みひひ、依頼通りジャストタイミング、今すぐ捜索してくれとか無茶ぶりなんだって"」

 

 

箱庭の代表戦士が依頼ですか。

確かオーストリアはハトホルを起点にした最大規模の金色同盟に所属するとヒルダが勧誘の時に教えてくれたな。

 

するってーと、依頼主もそのどこか?

有力なのはやっぱりLRD計画のメンバーか。ヒルダとは喧嘩別れしたのが最後だったし。

 

 

「"誰の差し金です?"」

「"んー?焦ってて口止めされてないからいっか。キンイチだって。みひひひ……敗戦国にも報酬を払うのはおかしくて面白いんだって!"」

 

 

ああ、腑に落ちた。

マリアネリー。彼女がアルバの話していた同盟を離脱した3ヶ国の代表戦士の1人。私が同盟を組んだ日本(一菜)オーストリア(マリアネリー)、あと1ヶ国がカナに敗れている。

 

(兄さんには考えがあるのでしょうが……変な人を仲間にしたものです)

 

笑って照準の定まらない銃をカタカタと震わせる手は、銃を使用する為だろう今は手甲を装備せずベルトに固定している。

魔女の仲間は魔女とは限らないのかね。魔術より科学寄りっぽいが、遠距離の銃、中距離の蛇の尾(サーペント)、手甲で近距離もこなせるとくれば戦術の幅は広そうだ。笑いのツボと一緒で。

 

 

「"金一の方人(かたうど)よ、お主には掛け構いなきこと。妨ぐらず立ち去るがよかろう"」

「"みはぁっ!何言ってるか分かんないって!みはははは!"」

 

 

やめろ煽るなって。ヘビ革みたいになめされるぞ。

聞きたいことがあるんだから邪魔しないでよ。

 

 

「"ネール、援護は助かりますが取り込み中だと言ったはずです。私は彼女に用があるのでちょっと黙っていてください"」

 

 

黒鈴は何かを言い掛けたんだ。

底なしの違和感で私を支配するこの牢獄は悪魔(トロヤ)の紋章にも似て強力で出口が見つからない。出口が見つからないと鍵穴もない。

 

それでも。

(キーワード)があるなら脱する可能性は……!

 

 

「"みひっ!"」

 

 

 

キュキュイ……キュッ

 

 

 

(ん?)

 

ワイヤーの全長が増して波打っている。

あの装備はないわ。体からウヨウヨさせるのは生理的に受け付けないよ。

鎌首をもたげた先っちょも生物にあって然るべき眼球が無いせいで、ぐばぁと開いた口元がエイリアンに見えてきた。寄生されてるみたい。

 

(……あれ?真正面から見えるって、首の向きがおかしくないか)

 

こっちを向いているな。眼が有ったら目が合ってる。

どういうつもりかと覗いた操り主はずっと笑ったまま、漫画でしか拝めないほど鋭角に口の端を上げて()()()()()()()()

 

 

だから目が合った。

彼女と彼女の持つ銃口に。

 

 

「"ネールは助けに来たとは言ってないんだって"」

 

 

 

パシュゥ!

 

 

 

「"がッ!"」

「ク、クロ様!」

 

 

腹から持ち上げられるように体を折り、銃口を睨んでいた視線がダイブする。

マリアネリーの左手は引き金を引いていない。同じくワイヤーも私に触れていない。光ったのは彼女の腰元。

 

(は、嵌めやがった……な)

 

煙が上がっているのは腰の手甲。仕込み銃だ。

マズい、すぐに応戦を――

 

 

 

キュウゥゥウウンッ!

 

 

 

「"うおっ!"」

 

 

サーペントの突進が速くて痛い!

姿が霞む速度で振り払われた蛇の尾に足を取られ、足車を掛けられたみたいに背面から落とされる。

鉄製の鞭は骨の髄にまで届く激痛を与え、空中を旋回して再び私の左足目掛けて加速し、湾曲し、唸りを立てる。

 

 

「"連れて帰ればいい、『捕まえる・連れ去る・縛り付ける』はネールの特技だって。みひひっ"」

 

 

 

ゴガッ!

 

 

 

ひぃっ!

地面との衝突音が重苦しくてえげつない。

鉄蛇がほぼ同時に真横へ着地した私の周囲を這い回り、両脚を縫うように絡め取る。

 

締め付けるワイヤーはキンク(よじれ)も素線切れもなく、メンテナンスはバッチリらしい。太さを見ても切断は狙えそうにないか。

ヘビに睨まれたカエルは跳んで逃走することも封じられた。

 

 

「"みはははは!カナよりずっと弱いんだって!みはははははーーッ!"」

 

 

人間の重量を軽々と引き揚げる馬力で、またしても体が宙に泳がされる。

世にも珍しい水平バンジーの行先は当然マリアネリーの下だ。

 

(無抵抗のままで……あいつは帯銃してるんだぞ!)

 

上着ごと胴体を差し押さえたヘビは右腕には巻付いていない。服の中の銃は抜けないがチャンスはある。

タイミングを見計らえ。一発で決め――――っ!

 

 

 

あ…………。

 

 

 

「"触れるぞ"」

「"テークアウェー……みぴゃぁぁあんっ#@m!*%!?"」

 

 

霧色の髪が噴火したように逆立ち、制御を誤ったバンジーの行先が変わる。

何者かに触れられた素肌をゴシゴシと粗く拭うマリアネリーから、

 

 

「"きゃっ"」

「"やり過ぎだ。俺はなるべく加減しろと言ったはずだが?"」

 

 

私がこの世で最も信頼している金一兄さんの下へ。ナイスチェンジ。もしやこれは運命では!?

ピンチに颯爽と駆け付けた貴公子は、その端正な顔立ちであらゆる女性をメロメロにさせる魅力的な低音の声を発する。

 

 

「"~~~~ッ!"」

 

 

この……体勢…………!

そんな、大胆な。お、お、お……お姫様だっこ?

 

(かお!かかおが、近いぁっ!息が出来ない、でも降りたくない!)

 

 

「"立てるか、クロ"」

「"立てません……!"」

 

 

う、嘘じゃないし。

足は鞭に打たれて熱を持ってるしさ、腰砕けになりそうだしさ。

しかたないなー、しょーがないなー。甘えてるわけじゃないんだけどなー。

 

ああ、耳まで幸せ。

あっ、あ、頭から蕩けてしまいそう。

 

 

「"そうか。ネール、クロを家まで運んでくれるか"」

 

 

え。

あ、じゃあ大丈夫です。立てます。歩けます。

 

おい、そこのお笑いエイリアン、早くワイヤーを解きなさい。

痛くて立てませんとか甘えだと思うよ。私は軟弱者ではありませんので。

 

 

Screeewwwww you!(ふざっけるな!)Nell told you don't touch my whole body!(ネールの身体に触るなと言ったはずだ!)

「"だから前置きしただろう、触れるぞと"」

 

 

マリアネリーの顔は赤い。赤面速度は超高性能なケトルだな、蒸発して水蒸気が上がってるもん。

その怒り方も特殊で、両腕でメビウスの輪を空中に描いている。

 

とってもマヌケな動きで笑っちゃいそうなんだけど、照れ隠しではなくマジ切れしているっぽい。兄さんにタッチされて怒るとか潔癖症なのか?お礼を言って欲しいくらいだって。

普段笑ってる人が本気で怒ると怖いというが、身長はあるのにいまいち迫力に欠けるのは怒り方が下手くそだからだろう。

癇癪を起こして喚く子供と一緒、声色にはヒステリックな引き攣りも険悪さも含まれていない。

 

 

Whatever excuse!(何を言ったって!)Don't waste your breath!(ダメったらダメ!)

 

 

(……あの腕は何十周するんだろう)

 

兄さんがいくらあやしても火に油を注いでいる、逆効果じゃないかな。

ここは私におまかせあれ!慣れてるから、このタイプの人間は。

 

それと、あっち。

 

 

「"金一よ。お主は拝謁叶い、悟ったであろう?つわもの集いて尚、大木を居退かせること能わざると"」

「"ああ、そうだ。奴は人の手には負えん"」

 

 

黒鈴が兄さんを険しい顔で見てて、兄さんも話があるみたいだ。

私も続きが聞きたい。しかし、兄さんは私が口を開こうとした途端に目で制してしまう。逆らえない。

 

蛇の尾を解いてもらい、渋々自分の両足で立ちつつ仕方ないから宥め役を引き受けた。

 

 

「"時が迫っておる。其を承知の上か"」

「"星伽が動けばあるいは――――クロ"」

「"はいぃっ!"」

 

 

うぅ……聞き耳立てたら名前を呼ばれてしまった。

聞いちゃダメだってさ。

 

戦闘にならないかとハラハラするも、みーみー騒いでるやつを止めないと。

あの2人に混ざって化学反応を起こしたら確実に爆発するぞ。

 

 

「"キンイチ!話は終わってないんだって!"」

「"ネール、これを見て下さい"」

「"みーッ!それはなんなんだって!"」

 

 

コートの内側から取り出したるは9mm弾。

とある隠し玉に使用する為、常に愛用のコートへ忍ばせている一発だ。

 

中身をマリアネリーに全面が見えるよう手の平で転がさせる。

 

 

「"ただの銃弾だって"」

 

そうだよね。これはただの銃弾だ。

なんの変哲もないパラベラム弾を見物人となったマリアネリーに手渡す。

 

「"いいえ、よーく見てみてください。目を凝らして。本当に変わった所はありませんか?"」

 

無いよ。

 

「"んー?品質が高いんだって"」

 

あら、お客様お目が高い。

私には判別できないなー。パオラ様様ですね。

 

「"実はそれ、花が咲く弾なんです!"」

Are you serious?!(な、なんだってー!?)

 

 

花開くモーションと共に手品のタイトルコール。聴衆はやんややんやと乗っかってきた。

いいね、黙々と眺められているよりやり甲斐があるよ。

 

 

「"嘘だって!"」

 

うん。

そんな魔法みたいな弾は無い。

 

「"ノンノン。では、ご披露いたしましょう。さあ乙女よ、花咲く銃弾をあなたの愛銃に"」

「"みょおお!?使っていいんだって!?"」

「"どうぞ。ただし、あなたの心を籠めるつもりで。そして――"」

 

スッと手を前に立てる。

 

「"私の右手を撃ち抜いてください"」

「"……当てていいんだって?"」

「"当ててくれなくては困ります"」

「"みひっ!"」

 

 

ほんと扱いやすい。

テンションもノリノリ、視線誘導にも面白いくらいノリノリだ。もう手しか見えていない。

 

簡単な話、私の袖にはすでに種が仕掛け済みだ。

しょうもない問答の間中、空いた右手が袖の一室にて内職に勤しみ、ブラインドの状態で鳥の子色のバラを一輪完成させていた。

 

(外すなよ?絶対外すなよ?)

 

頭の中のダチョウ倶楽部を熱湯に蹴落としながら神経を緊張させる。

今回の手品はヤージャに使ったレストラン用の外道技とヒルダのニードルガンを防いだ動きの併用、ドッキリ宴会芸の中でも屈指の妙技をトライアルなしで決めてやりますよ。

 

 

「"行くんだって"」

「"ええ、いつでも"」

 

 

マリアネリーの狙いは文句なしのドストレート。

ただし、銃の先端が少し上向いている。この距離なら確実に命中するし気にする程の誤差でもないんだけど、その道のプロではありえないな。

 

彼女は普段の武装と違うか、もしくは狙いをつけるという行為自体を得意としていないのだろう。

あの銃で登場したのは兄さんとコンタクトを取った後、間に合わせの物資で移動を始めたからじゃないかな。もっと重い銃を携行していたり、手甲の他に鎧のような防具が負荷として体に染み付いている線もあるぞ。

 

 

 

パシュッ!

 

 

 

(銃口は最後までズレっぱなしか)

 

当たるコースを飛んでいれば問題はない。どうせ私の手には当たらないんだ。

飛翔する魔法の9mm弾が右手の感情線に急接近する。

 

 

(――――ここだっ!)

 

 

 

ギュッ!

 

 

 

腕を振り、マリアネリーの心が籠められた(てい)の弾を鷲掴みにした……ように見えただろう。

実際には中指と薬指の間を通って私の手を通過している。そのまま銃弾は真っ直ぐに防弾コートのトンネルをくぐり内側を滑りつつ着弾した。

さらに、銃弾がトンネルを進む間隙で振り下ろした袖から仕込んだ花が飛び出して、銃弾とすり替わるように鷲掴みにした手中へ忍び込む。

 

(……成功、ですね)

 

想定よりも上手くいったと思う。

その証拠にいつの間にか増えていた観客が皆一様に絶句している。ありえないものを見たって顔も、最近じゃちょっと新鮮かも。

 

 

「"咲きました"」

「"……みは……は?冗談、だ……って?"」

 

 

『え、マジ?こいつ今銃弾掴んだんだけど』って表情で真っ青になっているマリアネリーに変わらない声色で余裕を示す。

私にはこんな事造作もないんだぞ、と誇張する意味合いも込めて。

 

 

手品はまだ終わりじゃない。

仕上げ、行きましょっか。

 

と言っても握ったハンカチを見せればいいだけだけどさ。

 

 

「"じゃじゃん!たった今、種だったあなたの心が蕾となり、ご覧の通り一輪のバラと咲きほころびましたよ"」

 

 

ドヤッ!

 

 

「"…………"」

 

 

あれ?あれれ?

ノーリアクション?

 

 

「"…………"」

「"…………"」

 

 

うーん?固まったぞ。

笑いの電力消費で電池切れかな。燃費悪そうだし。

 

ハンカチで折ったバラもどきをヒラヒラさせてみる。

おーい、花だよ花。花が咲いたよー。

 

 

「"……す"」

「"す?"」

 

 

す。

 

(す?)

 

 

――――す。

 

 

「"すごいんだってぇーッ!!"」

「"うひゃあっ!"」

 

 

スタンディングオベーション(最初から立ってたが)、からの親愛の証(ハグ)

思いっきり露出した柔肌に触ってるけど、いいの?ア―ユーオッケー?

思いっきり負傷した左手に触ってるから、私は良くない。アイムノットオーケー。

 

 

「"クロはすごいんだって!すごいんだって!"」

 

 

リピートする語彙力のない賛辞。

言葉覚えたてのオウムか。

 

 

「"すごいんだって!"」

「"すごいんだって!"」

 

 

(ピンクのオウムが増えたぁッ!)

 

すごいよコールがモノラルからステレオ仕様になった。ついでに騒々しさと包容力も2倍、痛みも2倍界王拳だ。

2倍の賞賛の向こう側ではアリーシャが睡魔にトドメを刺されたチュラを介抱している。

 

 

「"はいはい、お静かに。ネールに心をお返しします"」

「"みはは、呪詛の念が帰って来たんだって!"」

 

 

なんてもん籠めてんだてめぇ!

コートに呪詛の念が残ってるんですけど。

 

片手間製作で無心の籠ったハンカチのバラを物珍しそうに観察するマリアネリーは日本の折り紙文化を初めて見たようだ。ファビオラは完成度の高さに関心を寄せている。

どうかね、それはあげるから興味があったら教えて進ぜよう。

 

 

私は戦妹の様子を見てくる。

 

 

「アリーシャ」

shhhh...(しー…)、お静かに。チュラ様はお休みですわ」

 

 

口の前に人差し指を立てるジェスチャー。

そういえば何の気なしにローマでも使ってたけど、全世界共通なのかな。

 

注意する彼女は変顔になっていた。

嬉しさや感動が溢れ出して止まらないといった風なニヤケを懸命に抑えているみたいだ。

 

日本には"隠すより現る"って言葉がありましてね?

隠そうとすればするほどボロが露呈して……

 

 

「明日までお待ちくださいませ」

「それって――!」

 

 

アリーシャは遠回しの表現をしたが、間髪入れずに合点し思わずチュラの体に優しく触れる。

 

 

 

トクン……

 

 

 

脈拍がある。

 

 

 

トクン……

 

 

 

心音が聞こえる。

 

 

ベッドでは失われていた命の鼓動が、停滞していた時間が――――

 

 

 

 

 

――動き出した!

 

 

 

 

 

「さすが、クロ様ですわ。あなたは絶対に私の期待を裏切りませんもの」

 

 

明日の朝。

チュラはきっと目覚める。

だってチュラの体は温かかったから。

 

 

「ありがとうございました」

「お礼を言うのは私の方です。アリーシャが手助けしてくれていなければ、今頃私は救護科の急患に運ばれていましたよ」

 

 

それだけじゃない。

私がチュラを諦めなかったのも、喪失感に圧し潰されてしまわなかったのも、彼女が一緒に挑んでくれたことで勇気を得られたからだ。

 

 

「ありがとうございました、アリーシャ。もう遅い時間ですし、送りますよ」

「いいえ、それには及びませんわ」

 

 

いやいや、私知ってるよ。

パトリツィアもそうだけどあなたたちって送迎の車とか一切使わないよね。暗い道には気を付けてと話したばかりじゃないか。

 

 

「1人じゃ危ないですから」

「ええ、1人ではありませんもの」

 

 

それってどういう?

今度の言い回しは合点がいかない。チュラの件には協力を仰げないと言っていたはず……

 

 

「クロ様」

 

 

アリーシャの手が私の手を掴んだ。

雲に削られた月の光は、

 

 

「隠し事を抱えた私は嘘吐きなあなたにお話がありますの。ぜひご一緒させてくださいませ」

 

 

繋がれた2人の手に小さく光を落とした。

 

 

 


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