Infinite Dendrogram 切断王イシュトール 作:イシュトール
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あの頃の俺は馬鹿だった。小学生になって2年目の梅雨、クラスメイトに殴られて正直に先生に伝えに行った
「先生、あいつ殴ってきた」
でも、そいつ嘘を付いた
「怒られたくない」「嫌われたくない」
理由としてはそんな所だろう。俺は「嘘付き」になりそいつに謝ることになった
「俺は何も悪いことなんてしてないのに」
そんなことを思いながらも頭を下げた。そしてふと目線を上げる
……………
それを見た時、俺は思考を停止させた。そいつは笑っていたのだ。面白い物でも見たかの様にニヤニヤと。今までその様な者は見たことがなかった。悪戯ではない、明らかな悪意を感じさせる顔だった。
それからそいつは「嘘付き」について広めていった。影で、密かに、ゆっくりと。俺はクラスの中で避けられ、影で噂された。それ以上は起きなかった。別の大きな話題に話しを持って行かれ噂もすぐに収まったから。
だが当時の俺にはそれは大きな傷を与えた。人という存在が恐ろしくなり、関わりを避けるようになった。家族との挨拶すらなく、必要最低限のことだけを話すのみ。インターネットへとのめり込み、授業はだらけて宿題もさぼりだし、当然成績も下がり、それを繰り返すのみ。
オタク文化に影響され少しずつ前を向き、家族や教員の手もあり親しい者もできた。しかし、それだけだ。勉強はしない、外に出ようともしない。妄想に自分を重ねて夢想し、親しい者はいたが友人と言うことは一度もできず、それでも…と俺はその友人の様な者達と日々を過ごした。幸い不登校にはならなかったが学校側にも、家族にも大きな負担をかけた。
中学に進学して部活でいじめられ、冬になってようやく仲を深めあい、春になろうとするころには軽口を叩ける様になった。それから宿題には取り組む様になり勉強やろうと思えた。
「死んだ…?」
しかし二年の秋から鬱病になり不登校となった。祖母がガンで亡くなったのだ。家族もそちらに付きっきりで、友人と言える存在が見当たらず、外での態度だけは良い俺は遊びも部活もその時にしか表面上だけのやる気しかでない奴だ。インターネットにのめり込んでもそれは心を覆い隠すかの様なことで本気で「これだ!」という何かに熱中できたことがない。どこかへ出かけることなど出来ない。家族はアレルギーで動物などは飼えないし飼っても飼育放棄してしまいそうだ。俺に安らぎをくれる存在はいない。俺が頼れる者はいない。
家族に甘えてるか?確かにそうかもしれない。だがどこかで拒絶している。一定のラインを超えることは決してない
中学卒業後、俺は高校へ進学しなかった。バイトしながらもニ年を怠惰に過ごしてそれから高校へ入学した。卒業と同時に資格を取り大企業に努め、本社のある東京へと出てマンション借りた。凄いだ何だと言われることはあるが、それだけで俺に対して言葉がかけられたことなど在っただろうか。俺の能力は評価されても俺個人は何もない。俺はいらないのではないだろうか、必要ないのではなかろうか。そんな考えが頭をよぎる。
人生における失敗らしい失敗と言えば宝くじを引いたことだろうか。一等が当たって知らない友人がやってきたりして警察のお世話になり裁判になって賠償金もらったり、上司に無理やり退社させられ、大金を切り崩しながらニートの生活を送り続けて、管理人があの椋鳥修一だったり。俺を見てくれる修一と出会えたのはよかったと思う。
だけど詰まらない、溜まるのに、満されない。心が満たされることはなかった。そんな趣味を作ろうと多くの事に手を出して心引かれるものは何もなかった。ただ普通を演じて過ごすだけで己はただ空虚にあるだけ
そんな人生だからこそ引かれてしまったのだろう
□■□
「ようこそいらっしゃいましたー」
真の意味で無限の可能性とオンリーワン
色違いでもパーツ違いでもなく、固有スキルも含めて真の意味で無限のパターン
「そう、<Infinite Dendrogram>は新世界とあなただけの可能性オンリーワンを提供いたします」
そんな言葉に釣られこのゲームを買った。
VRを起動しダイブする。暗転した視界が明るくなるくなるとそこはまるで洋館の書斎を思わせる部屋だった。目の前では見知らぬ猫が木製の揺椅子に座りながらこちら声かけてきた
「あー、こんにちは?」
「こんにちはー。僕は<Infinite Dendrogram>の管理AI13号のチェシャだからー。よろしくねー」
見たことのない猫が人語を解して話しかけてくる、そんな状況に少し戸惑いながら挨拶をする。返ってきたのは語尾が伸びていること以外は上手な日本語だ。名前を名乗られたからには名乗り返すべきなのだろうが、どちらを名乗るべきだろうか
「よろしく。俺は…本名を名乗るべきか?」
「プレイヤーネームでいいよー」
「なら、俺はイシュトール・オルバス。よろしくチェシャ」
挨拶を終えてゲームの設定を行う。描画選択は現実、CG、アニメがある様だが俺は現実を選んだ
「オッケー。次はプレイヤーネームなんだけど、もう聞いてるし容姿を設定しようかー」
チェシャがそう言うと、目の前にマネキンと、沢山の画面が現れた。画面の中には「身長」、「体重」、「胸囲」などの項目が並んでおり、目や鼻などもあるようだ。非常に細部まで調整できるが故の数でこれには圧倒され声が詰まってしまった
「これは……」
「そこにあるパーツとスライダー使って自分のゲーム内での姿アバターを作ってねー。あ、僕みたいに動物型にも出来るよー」
キャラメイクをそこまでやり込むつもりはないし、この膨大なパーツを一つ一つ見て行くのは骨が折れそうだ
「んー…さすがに多すぎるかな。現実の姿を元に弄れないか?」
「できるよー」
チェシャの言葉とともにマネキンだったものが俺の現実の姿そのものになる。あまり違いが大きすぎても体が動かしづらいだけだろう。それを元に赤眼金髪に変えると鼻を少し高くして終わらせた。鼻だけでも骨格が違うなら分かりにくいはず。多分大丈夫、うん
「オッケー。じゃあ他の一般配布アイテムも渡しちゃうねー」
チェシャが空へ手を振ると、カバンが一つ落ちてきた。そこには確かに何も存在していなかったのに。
目の前にはある収納カバン、所謂アイテムボックスを貰い解説を受ける。教室一個分サイズの空間に一トンまで入る、自分の物以外は入らない、PKでランダムドロップしたのを拾われたり、《窃盗》スキルで盗まれたり。盗まれにくい物に小さい物、容量が大きい物など種類も豊富。ただしアイテムボックスの類は全壊すると中身ばらまかれるとか
「次は初心者装備一式ねー。どれにするー?」
チェシャは本棚から取り出したカタログを見せる。
そこには色々な武具が載っている。まず防具をみると世界中の民族衣装からファンタジーにSF物まで多く存在する様だ
「じゃあこれ」
俺は普段は着ることのない着物を選んだ。色は黒色で小袖と袴だから動きやすいはず。選んだ後になって自作小説の「あのキャラ」が着物を普段着にしていることを思い出した
「オッケー。じゃあ初期武器はどれにするー」
カタログの別のページを開く。こちらもやはり和洋中と場所、時代を問わず多くの武器が載っている。
うわっ、針とかボーラとか大鎌にソードブレイカ―まである。しかし選ぶ武器はすでに決まっているのだ
「刀で。打刀の方」
「オッケー。じゃあ装備と武器を……とりゃー」
気合が入っているのかいないのか分からない掛け声と共に俺の姿は一変し、先ほど選択した着物と刀を装備していた。それから忘れていたと言わんばかりにチェシャは銀貨を五枚、手渡してきた。5枚で5000リルらしい。これ以降お金はくれないらしいので上手く使わねばなるまい
「さて、いよいよだけどエンブリオを移植するねー」
「おお、エンブリオ」
事前に話しを聞く限りこのゲームの最大の特徴らしい。
プレイヤーによって真の意味で千差万別化するオンリーワン。アイテムや装備という枠を超えた相棒。そこまで詳しいわけでもないから説明は聞いておくことにした
「オーケー。エンブリオは全プレイヤーがスタート時に手渡されるけれど、同じ形なのは最初の第0形態だけー。第一形態以降は持ち主に合わせて全く違う変化を遂げるよー」
ふむ、第0形態はある意味で観察期間と言えるわけか
「千差万別だけど、一応カテゴリーはあるよー。大まかなカテゴリーで言うとー。
プレイヤーが装備する武器や防具、道具型のTYPE:アームズ
プレイヤーを護衛するモンスター型のTYPE:ガードナー
プレイヤーが搭乗する乗り物型のTYPE:チャリオッツ
プレイヤーが居住できる建物型のTYPE:キャッスル
プレイヤーが展開する結界型のTYPE:テリトリー
かなー」
「多いな種類」
「ちなみにこれらのカテゴリー以外にレアカテゴリーや、<エンブリオ>が進化すると成れる上位カテゴリーもあるからー。オンリーワンカテゴリーもあるしー。成れたらいいねー」
「…それ、キャラデリするやついないか?」
その質問に対しての答えは簡単だった。どうやらこのゲームキャラの作り直し出来ないらしい。ユーザーの脳波データが登録されているらしく、もう一つ機器を買って始めても、その人は一つ目と同じキャラでログインして<エンブリオ>もそのままだとか。仮にリセットできても結局はその人のパーソナルだから同じような<エンブリオ>になるそうだ
「じゃあ二重人格だったりすればどうなるんだ?」
「エンブリオは一種だけだよー。ただし…」
ただし…何なのだろうか。俺はその先の言葉が紡がれるのを待った。沈黙から5秒ほど経ちチェシャが口を開く
「話している間にエンブリオ移植完了ねー」
「おい……えッ!?」
気がつくと、俺の左手の甲には淡く輝く卵形の宝石が埋め込まれていた。同意していたとはいえ気が付くと異物が埋め込まれているのは中々に衝撃的だ。このままだと話が進まなそうだし、今は聞けなくても良いだったからそのまま流されようかな
「それがエンブリオねー。第0形態はそんな風にくっついているだけなのだけど、孵化して第一形態になったら外れるからー」
「つまり卵埋め込まれてるようなもんか。がんばって孵化させろと」
「孵化後の第一形態からは普通に傷ついたり壊れたりするけどねー。それも時間掛けて自己修復するけどー」
じゃあ今はまだこっちが全部受け持つことになるじゃん。やっぱりパートナーは一心同体って言いたいのか。まるで分からない俺は一体今までの人生で何を学んできたのかと自分自身に問いたい
「ちなみに卵のくっついている場所は第一形態になると紋章の刺青になるよー。それがこの世界でのプレイヤーの証明書みたいなものだからー。じゃないとプレイヤーとの見分けつかないからねー」
見分けが――ああいや、チェシャはどう見ても猫だし人間も見分けがつかなくてもおかしくはないか。家具は分からないけどカタログも装備も触り心地は本物だし
「あと紋章には<エンブリオ>を格納する効果もあるよー。用事がないときは左手にしまっておくのー。このゲームをプレイする限りはずっと一緒ですのでー。大事に扱ってくださいねー」
最後に所属する国を選択するらしい。チェシャは書斎の机の上に地図を広げる。地図上の七箇所からは光の柱が立ち上り、その柱の中に街々の様子が映し出されている。
「この光の柱が立ち上っている国が初期に所属可能な国ですねー。柱から見えているのはそれぞれの国の首都の様子ですー」
詳細は省くが、白亜の城を中心に、城壁に囲まれた正に西洋ファンタジーの街並み、騎士の国『アルター王国』にした
「オッケー。ちなみに軽いアンケートだけど選んだ理由はー?」
「森っぽい奴とぬいぐるみと着ぐるみに釣られてしまいました!」
先程までとは違い声量があり早口で丁寧語だ。素のままだと俺とか私とかタメ口とか丁寧語や似非関西弁だのとキャラが安定しないから意識していたと言うのに
「可愛らしい物に釣られたねー。じゃあアルター王国の王都アルテアに飛ばすよー」
「待った。このゲーム、ストーリーなんかを一切聞いていないんだが。何をすればいいとかあるのか?」
ホームページに世界観の設定はあったがあまりにも長すぎるものだから流し読みしていた。プレイヤー=マスターとかエンブリオを持たない者=ティアンとかが設定として組み込まれているのは見たが。折角の機会なので管理AIさんに国への貢献とか邪神討伐とか主だった目的はないのかと尋ねてみる
「何でもー」
と、返された
「何でも、か?」
「だから、何でもー。英雄になるのも魔王になるのも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、<Infinite Dendrogram>に居ても、<Infinite Dendrogram>を去っても、何でも自由だよ。出来るなら何をしたっていい」
チェシャの口調が変わった。纏う雰囲気も先程までのふんわりしたガイドといったものから真面目なそれに変わっていた
「君の手にある<エンブリオ>と同じ。これから始まるのは無限の可能性」
間延びした喋りから、語るような口調に
「<Infinite Dendrogram>へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」
その言葉の直後、視界が蒼くなった。俺は空に浮かんでいるのだ。眼下には先程見たばかりの世界が見える。あの地図と同じ形の大陸だ。そして俺の体は吸い込まれるようにアルター王国へと向かって――高速で落下していた
「ちょッ!? まてまてまてまてまてまてまてまてまてまてええええええええええええええええええええええッ!!」