継音はかつて「継承の一族」と呼ばれていました。
様々な情報を保管し、未来へ残していく事を使命とする魔術師の家系で、絵や文書、記憶、あらゆるものを魔術的な手段を含めた様々な手段で適切に保存してきました。
その手段の中には、非人道的とされるものもあります。
一族として生まれた者に改造を施したり、肉体そのものに情報を刻印したりと、死ぬ事さえ自由に出来ない者さえいたと言い伝えられていました。
現在ではより多くの情報を効率的に保存できる電子情報媒体やそれを模した魔術的な媒体もあるのでそういった事は無くなり、自由に生きる事が許される様になりました。
とは言え……今まで積み重ねて来た事が祟ったのでしょう。
継音の者の多くは、何かしらの「異常体質」を持ちます。
私でいえば「呪いを引き寄せる体質」であり、他には「多くを記憶できない」だったり「見えてはいけないものが見える」だったり。
明確な呪いでこそありませんが、継音に生まれるという事はそういった宿命の星の元に生まれると同義なのです。
-継音ココロ
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都市内過疎地区
2017/7/30 -21:12
吸血鬼はその生命の維持の為に他者の血を必要とします。
そのメカニズムはまだ完全には解明されておらず、必ず「生体」によって生成されたモノでなければなりません。
かつて魔術的に完全に近い人造血液で代用を試みた実験がありますが、栄養失調に近い状態に陥り生命の危機に瀕する結果に終わりました。
なので現在はO.U.Eなどでは加入している吸血鬼に対して、倫理的に問題ない方法で血液を提供しています。
それは共存の道を選んでくれた彼らに対する保障です。
手を取り合える事は、素晴らしい事です。
どうしても手を取り合う事を選べない存在もいるからこそ、その尊さを実感します。
ブレードでバラバラにしたゾンビが明らかに許されない形状に再生する。
放った炎が泥の様な血に触れて消える。
『現実汚染が深刻です。速やかに原因を排除しなければなりません』
「キーパー」
『承認します』
「……-変神!-」
アーズライルの神性を開放して空間を書き換え、法則を私の制御可能な状態に戻す。
とはいえゾンビは動き続けている。
空間を支配しても「命あるもの」は消せない、それ逆説的に生きているということ。
ならばアーズライルの力で「殺せる」という事です。
とはいえ、あくまで「殺せる」といっても本当に「殺せる」だけで、殺すにはきちんと戦う必要があります。
念じたりするだけで殺せる様な都合のいい力なんて無いし、あってはいけないのです。
「灰は灰へ、塵は塵へ!」
緋色の「致死性」の炎を剣に纏わせ、再びゾンビに突き刺す。
異常性を「正常」で塗りつぶして、その「生存」を「終了」させる。
可能であれば、検分の為に多少は残しておきたかったですが再生の危険性がある以上は焼くしかありません。
『プラズマガンの使用が承認されました』
「了解、プラズマガンを」
キーパーの機体横のコンテナから出たグリップを掴み、それを引く抜く。
「対象を破壊します」
ロックを解除し、二体目のゾンビに銃口に向けてトリガーを引く。
光が腐敗した肉に突き刺さり爆発、燃える肉片が飛び散る。
私の攻撃全てに「致死性」は付与される、それが魔術による炎であれ、拳による物理攻撃であれ、当然の様にこの手にした銃にさえも致死性は付与される。
『残敵数3、現実汚染源の探知を実行中』
このプラズマガンはプラズマキャノンより火力を抑え、連射性と取り回しを強化した市街地用の火器としてアライアンスから提供されました。
元のプラズマキャノンやレールガンはこの世界において、異常性相手とはいえ使う機会が無いのです。
正確には威力があまりに大きすぎて、市街地や森林地帯など使えない場所が多いのです。
しかしプラズマガンでようやくこの世界で「使用可能」な威力になりましたが、アライアンスの世界にはプラズマキャノンの上位モデルがあるそうで。
怖いですね人間。
『残敵数2、現在の所は汚染源は動死体そのもののようです。付近でそれらしきものを探知できませんでした』
「わかりました、探知を続けてください。もしかしたら汚染度が高すぎて探知できてないかもしれません」
『了解』
ゾンビが肉体を再構築して矢の様に飛来して来た――が、迷わずトリガーを引く。
直線的な動きでしかない以上、当然の様にプラズマの塊にぶつかって爆発。
『残数1、微弱ながら汚染の痕跡を検知しました』
「なるほど、つまりは原因は既にここには居ないという事ですか」
『はい、追跡を続行しますか?』
「……その前に本部に連絡をしてシエルさんを送ってもらいましょう、そろそろ戻って来ていると時間だと思うので」
最後の一体もまたトリガーを引いて始末する。
同時に汚染されていた空間が完全にアーズライルの力で支配されて全てが「正常」となる。
あくまで暫定的にですが、この世界で最も「正常」な秩序とは「死」です。
生命とは様々な可能性を生み出し、想いを形にしていく事が出来る存在です。
しかし同時にそれを完全に制御する事なんて出来ない。
争うことも、間違うこともあるし、後悔だってする。
でも平等にいつか死んでいく。
人も獣も草木も星もいつかは死ぬ。
この宇宙とていつかは熱量的死を迎えるといわれています。
アーズライルは死神、コード名は「kill-nine」。
名前の由来は天使「アズラエル」で、その名の通り「死」を約束する。
製造方法は明かされていませんが、あくまで「複製」であり、「原型神格」の完全な制御は現在のアライアンスどころか他の勢力ですら出来てないそうです。
そんなデチューンした複製とはいえ、危険な力を他所の世界の他人に預けるのか、という所もありますが、危険だからこそ他所の世界でデータを取りたいというのも本音なのでしょう。
多少危険だとしても私達にとっては少なくとも「制御できる」だけで十分ありがたく、非常に強力な特性のおかげで助かっているのでその点に不満はありません。
『空間の正常化が確認されました。変神の解除をお願いします』
「わかりました、それで……シエルさんの到着はどれぐらいかかりますか」
『現在、美鈴シエルはアライアンスのエージェントと交流中との事です』
「…………文化的交流ですか」
『はい、そう申告されていますが』
「電子媒体などを含む、文化の交流」
『よくわかりましたね、ココロ』
「……司令に連絡を「美鈴ココロとアライアンスのエージェントの文化的交流は彼女の私情であるので、経費で落とさないように」と」
『了解しました』
異世界のサブカルチャーが気になるといっても、仕事の時間にやるべきではない。
「まったく、あの人は自由がすぎる。他人を縛るのもどうかと思いますが、あまりにも無秩序すぎです」
『ステルスモードへ移行します』
魔術で視界の調整を行いつつ、キーパーとのデータリンクで汚染の痕跡を追跡する。
行き先はそれなりに人の多いエリアの様です。
すくなくとも被害報告などが出ていないので、相手も見境無く異常を振り撒いているわけではなさそうです。
『現在時刻は21時19分』
目立つわけにはいけないので認識阻害を起動して、街の中を移動する。
特に他に目立った異常性も見当たらない、周囲の正常性も問題ない、私が居るとしても誤差の範囲。
「本当にこっちであっているのですか」
『はい、空間の変動の反応が残っています』
「他の魔術師とかではなくて?」
『間違いなく』
「信じますよ」
人通りを抜け、公園に辿り着く。
『注意してください、空間変動と異常性と生体反応が同位置から検知されています』
「わかった」
私はアサルトライフルを構えると、公園の植木の茂みを挟んで向こう側の存在を意識する。
『距離10m』
最大限のステルスで、対象を目視する。
それは、私より少し年下の少年の様に見えました。
灰色の髪で、標準的な白人の皮膚、体格から見るとあまり栄養状態はよくなかったのでしょう、少し背が低いです。
ぱっとみれば普通の子供だった、けれど私の感覚は間違いなく異常性を持っていると認識している。
「キーパー、判断は?」
『……確認できません』
「はい……?バグりましたか?」
『対象を視認できません、感知はしているのですが、対象を認識する事ができません』
「……認識阻害?」
『その可能性は高いでしょう、注意してください』
認識阻害なんて珍しい事ではありません、がキーパーが認識できないのはめずらしいですね。
感知は出来ているのに認識できないというのも非常に変な話です。
この場合、私が判断しなければなりません。
私は武器を収納して、衣装を私服へと戻しました。
「こんな時間に何してるのですか」
「……誰、アンタ……ていうか俺が見えるのかよ」
「見えるも何もあなたしかいないでしょう」
「……見えてる……か……そうだな、すまない……見なかった事にして帰った方がいい、近頃は物騒だから」
少なくとも悪い子ではなさそう、ですが。
「ッ!」
「!」
『注意、複数の異常を検知。先ほどの動死体に類似したパターンです』
三者がほぼ同時にそれを感じ取った、地面から染み出す様に異常性が現実を汚染していく。
『変神承認』
「へんし……」
少年を守る為に即座に空間支配の為の変神を行おうとする、がそれより先に少年が動いた。
彼はその姿を「白と黒」に塗り替え、人ならざるものへ変えた。
「俺は……あなたの遺志を守る……」
十字の形をした剣盾の複合「奇跡」武装。
間違いなくそれは「聖教会」の武器で、彼こそが私が探していた「生き残りの少年」である事を確信した。
「エリオット……」