ちょっちよくわからんですね……。
か、体が痛え……!!
メールに書いてある通り二時間前に起きていたらしい俺は、考えてみればその間ずっとポケモンの攻撃を流されているわけである。
つまり波導が流れている。炎で炙られている。電気で痺れている。
これがつまりどういうことかというと、謎エネルギーで全身に内側から破裂するかもしれないようなマッサージを受けながら、電気マッサージも同時に施され、さらには炎で無理やり代謝をあげられているということ。一般人なら既に千回を超える回数死んでる。俺にはわかるんだ。じゃあ俺はなんなんだよ。
「ほら、もう離れてくれ。そろそろキツい」
『やだ! やだ!』
「だーめ。つーかそろそろ昼飯にしてぇんだよォ」
うう、それなら……と、ルカリオは引き下がった。
やったぞ……我々の勝利だ!
『むぅ……じゃあ夜寝るときね!』
「神は死んだァ!!」
きっと死因は飼い犬に手を噛まれただろう。ルカリオって犬顔だし。
はあ……今から夜に向けて気が重い……明日死んでるでしょこれ。
筋肉痛と沈んだ気分のせいで重い体を引き摺りながら台所へ向かう。
「なんにするかな……」
冷蔵庫の中身を見つめながら、昼飯の献立を考えていく。
なにがあるか、なにが作れるか、バランスはどうか……。
あっそうだ。どうせならポケモンに聞いてみよう。今のところ六匹しかいないからな。食いたいものくらい聞こう。
ということで聞きに行った。
「なあ。お前らは何が食いたい?」
「ぐるぉ? ぐるるぉ!!」
「うららら〜」
「ギョッ……ギョギョッ」
「…………ぬめっ!」
「ああごめんなァ。よく考えたらルカリオとシャンデラしか喋んねえわ……」
失念していた。
そらそうだ、そりゃあネズミやらトカゲやらに食いたいもの尋ねても理解できるわけないわな。や、多分あっちは理解してるんだろうけどね、俺はヒアリングできないからさ。ポケモン語。
「ってことでルカリオ、シャンデラ、リクエストあるかァ?」
『う〜ん、……あれだね』
『うん、あれがいい』
「アレってなんだ」
『あの、たぷたぷしてて茶色いやつ!』
「たぷたぷ? 茶色い?」
『それで、いろんなものが入ってる。沢山。人参とか、じゃがいもとか』
『ライスにかけて食べるの!』
たぷたぷ。茶色い。人参。じゃがいも。
あー、あれね。ポケモン最新作のキャンプで作れるやつ。
「カレーかァ?」
『うん! あれ美味しかったの!』
『おねがい。ダメ?』
「いいよ。そんぐらい作ってあげる。待ってろよォ、お前らが食ったことねえくらい旨えの作ってやっから」
『えっ! ほんと!?』
『期待してる』
「ほんとほんと。そうだな……鶏のモモ肉のトマトカレーにするかァ」
よっし、腕によりをかけるぞー! なんて意気込みで袖を捲ったものの、それは俺の携帯に掛かってきた電話で邪魔された。
誰だよ俺に電話掛けるやつ。普段俺が出ねえって知ってんだろ……。
「……あァ? カナ?」
乱暴にぶっちぎってやろうと取った携帯のディスプレイには数少ない友人である幼馴染みの名前が。
なにかあったんだろうか。幼馴染みだから俺の電話嫌いを知っているはずなのに。それでも掛けてくるってことは――。
考えててもしかたないか。ポケモンに静かにするようにとジェスチャーを送ればうんうんと頷く。いい子だ。
「もしもしィ?」
『ふぐぅ……ぐすっ……うえぇ……』
「あ? おい? 泣いてんのかオイ」
通話ボタンを押した俺の鼓膜に真っ先に届いたのは普段陽気な幼馴染みが漏らした嗚咽。
本当に何が……。
『うえぇ……はやく繋がってよお……うぁあ……』
「落ち着けェ、もう繋がってらァ」
『……トウマ?』
「そうだ。お前の頼れるトウマさんだァ」
できるだけ溌剌と返事をする。
ここで俺が戸惑えばカナはもっと不安になるから、だから俺の不安は隠し通さなくてはならないのだ。
というかなんで泣いてるんだろう。
『ふえええ! 怖かったよお!』
「そうかァ、なんか知らんがよく頑張ったなァ、偉いぞカナは」
『ふええ!』
「よしよし」
同年代なのにまるで子供をあやしてる気分。
相当辛いことがあったに違いない。かなり溜まってるんだろう、恐怖が。
電話だけでここまで安堵して泣くなんて……。
五分程恐怖を吐き出させると、安心したのか鼻を啜る音だけになった。よし思い切って聞こう。
「んでよォ、電話なんてかけていきなりなんなんだ? なにがあったァ……話したくねぇならいいんだけどさァ」
『ぐしゅっ……。話すぅぅ……』
「ああ、はいはい、まず鼻をかめ」
『ありがどぉ……ぐじゅるる!』
「……………………ミュートにしろよ」
うへえ、前世で何したら至近距離で幼馴染みの鼻かむ音聞かなきゃなんねえの……。
「落ち着いたか? ならまずなにがあったか教えろォ」
『うん、あのね。わたしね? 見ちゃったんだ』
「見たって、なにを」
『わからない、でも人型の……なにか』
「そら人じゃねえのか? 人ぐらいいんだろ、今昼間だぞォ」
『違う、違うよっ、だって家の中だよ? おかしいよ!』
「あ? じゃあ親御さんじゃねえのかァ」
『それもないよ! わたしの両親、昨日から旅行中なんだよ? あと一週間は帰ってこないよ。メッセージアプリにも通知入ってるし』
そりゃ確かにありえない。
だいぶ長旅だが。でもこいつ可哀想だな……。
「お前置いてかれてるのか……?」
『むっ、だってお父さんが……『お前ははしゃぎすぎて恥ずかしいからダメだ』なんて言うんだもん』
「ああ……確かに」
『納得しないでよっ、もうっ』
確かにそれは置いてかれるな。
というかお前高校生にもなってはしゃぎすぎて恥ずかしいと思われてるとか……。
閑話休題。
両親は昨日から旅行であり、旅行先にも既に到着したと通知が届いていて、そう考えれば早くても帰宅は今日の夜か……。
ならその人型はなんなんだろう。
「で、なに? その人型が怖かったお前は閉じ籠って泣き腫らしてんのかァ?」
『違うよ、まだそこじゃ泣いてなかったよ。というか早く逃げなきゃって思って、そんなこと考える余裕もなかったの。それで逃げ出す時に携帯はどうにか持ったけど、他は持ってなくて……』
「…………つまり今無一文じゃないのか」
『うん、携帯のキャッシュレス決済で朝ごはんは買えたよ。でもあと三食分ぐらいしかないし……どうしたらいいかな』
聞けば聞くほど可哀想。
親から旅行を止められ、財布を忘れ、寝床もない……。
泣けるぜ……。しょうがねえ! 俺も男だ! 一肌脱ぐしかねえ!
「よォ〜し、わかった。とりあえずお前が今非常に困窮しているのが実にわかった」
『う、うん?』
「お前今どこにいるんだァ」
『え、黒蛇公園……』
「待ってろよ」
『なにが? え?』
困惑する幼馴染みをよそに、俺は電話を切る。
よっしゃ、目的地は黒蛇公園だぜ!
主人公なんだこいつ……。
気付いたらお前幼馴染みこさえてんじゃねえか! お前ぼっちじゃなかったのかよぉ!!