神へと至る器   作:加賀さつき

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出発《スタート》

 ――遥か昔、『神』達は娯楽を求めてこの下界へと降り立った。

 『子供達と同じ視点でこの世界を楽しむ』という考えの元、自ら神としての能力を制限し、"人"の考えに、文化に、不自由さに、大いに惹かれ楽しんだ。

 それから幾年月も経ち、目に見えぬ信仰の対象であった『神』は、いつしか"人"の隣人となり、偶像ではなく目の前に実在する超越存在(デウスデア)として人々に馴染んでいった。

 

 その頃からだろうか。

 ダンジョンという神にすら解明できぬ未知の領域が出現したのは。

 

 ダンジョンは人と神に、恐怖と好奇心と欲望を抱かせた。

 好奇心を刺激された神々は人の子らにという未知を切り開く力を与える。

 未知を解明するための探索者はいつしか冒険者と呼ばれ、周辺には冒険者の拠点が出来た。

 冒険者の数が増えるにつれ拠点は大きくなり、とうとう街と呼べるだけの規模になる。

 そうして出来たのが『オラリオ』、冒険者の街。

 

 オラリオ誕生から千年。

 冒険者の数は増えど、質は上がれど、

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***

 

「おい兄ちゃん!まーたその本読んでんのか?」

 

 そう言って御者台から声を掛けたのは壮年の男性だ。

 辺境の村から徒歩で冒険者の街へ行こうとする白髪の少年へ手を差し伸べたのが半日程前。

 商人ではあるが生粋のお人好しらしい。

 

「…はっ!?うわっとっ……とっと…」

 

「ほら、もうすぐオラリオに到着するぜ」

 

「え…えへへ、すみませんっ!」

 

 突然声を掛けられ慌てる様子と、その後の平和ボケした笑顔に心配になってくる。

 この坊主はこんな様子で冒険者なんてやっていけるのだろうか。

 

「馬車に乗せてからずっと同じ本だな。…確かに冒険者になろうってんなら誰しも読んだことのある物語だろうが」

 

「はいっ!昔から変わらず好きなんです。オラリオで…いや、世界で最高の英雄ですから!」

 

 そう断言する少年が手に持つのは革で装丁された1冊の本。

 年季の入った雰囲気はあれどボロボロにはなっていない様子を見るに丁寧に扱われているようだ。

 

 その本の中身は一人の冒険者の物語。

 弱きを助け強きを挫き、凶悪な敵を打ち倒し人々を救うありふれた英雄譚。

 

 しかし冒険のスケールが違った、強さの質が違った、助けた人の量が違った。

 凡百の英雄が生涯を掛けて達成する偉業を山のように積み上げていく。

 その救いの手はオラリオだけでなく世界中に広げられ、故にその偉業も世界中に轟いている。

 

「まぁ頑張んな。その英雄に近づけるかは分からんが、旅路を共にした縁もあるからな。応援してるぜ」

 

「ありがとうございます。本当にお世話になりました!……では、いってきます!」

 

 元気良く飛び出していく少年に苦笑を浮かべながらも、商人の男は微かな予感を感じていた。

 

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「まぁ、しがない商人の勘でしかないがな」

 

***

 

 

「冒険者になりたいだぁ?お前なんかひょろっちぃガキに務まるわきゃねーだろ!!」

 

 

 そんな罵倒と蹴りが飛んできた。

 神の恩恵(ファルナ)を持たぬ一般人と、レベル1とはいえ恩恵を授かった冒険者とでは隔絶した力の差が存在する。 

 罵倒を吐いた男にとっては軽く当てたつもりでも、なんの力もない少年にとっては凄まじい衝撃だった。

 

 

「ガハッ……ゴホッ…はぁ…はぁ…こ、これで6件目……」

 

 

 血を吐き出しながら、商人と別れた後を振り返る。

 

 

 1件目、一目見て呆れた声で不採用と告げられた。

 食い下がって懇願しても変わらなかった。

 

 

 2件目、冗談じゃないのかと笑われて聞く耳を持ってくれなかった。

 

 

 3件目、残念だが君ではついていけないだろうと冷静に断られた。

 

 

 4件目、5件目、6件目……。

 

 

 門前払い。

 六度も繰り返せば何が原因か分かるというもの。

 少年の幼い表情、小柄な体躯に薄い筋肉と、どこに行っても第一印象は「ひ弱」だ。

 

 

「やっぱり僕なんかじゃ冒険者にはなれないのかなぁ……」

 

 

 罵倒され嘲笑され、少年の心は折れかかっていた。

 憧れ続けて来た英雄の背中は遠く、その足元すら遥か彼方にある。

 スタートラインにすら立てていないのだ。

 こんな有様ではその頂きを視界に入れることすらできない。追いつけるわけもない。

 

 だが、それでも……

 

 

「それでも……あの人みたいになりたいから……!」

 

 

 

「よく言った少年!」

 

 

 英雄になりたいという()()を、憧れに追いつきたいという()()を肯定してくれた声があった。

 子供たちに安心感を与え、優しく包み込むような。

 それでいて、溌剌に陽気に弱気を吹き飛ばしてくれるような、そんな声だった。

 人間とは別次元の存在感を肌で感じ、後ろを振り返る。

 

 

 

「かみ…さま…」

 

 

 

 幼いながらも豊満な肢体を持ち、二つに括った黒髪を揺らしている。

 その顔は溢れるような笑顔で、キラキラした瞳をこちらに向けていた。

 

 

 

「なぁキミの名前はなんて言うんだい?」

 

 

 

 

 

「ベル……ベル・クラネルです」

 

 

 

 

「じゃぁベル君!」

 

 

 ―――この(ひと)が言ってくれた言葉を僕はずっと忘れないだろう。

 ここから始まったんだ、僕の冒険者としての第一歩は。

 

 

「ボクと家族にならないかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…久しぶりだな、このオラリオも…」

 

 白髪の少年と幼女神の邂逅から幾ばくかの時が過ぎた頃、このオラリオの地に一柱(ひとはしら)の神が顕現した。

 人間どころか同じ神すら上回る圧倒的な存在感。

 ただそこに居るだけで畏れや憧憬を抱かせる者。

 

「街の風景は案外変わってないものなのだな」

 

 100年前に思いを馳せながら、辺りを見渡す。

 新鮮とした気持ちと懐かしさを同時に感じるが、一旦振り払う。

 

「まぁ…まずは挨拶からかな…?」

 

 

 




続くか分かりません。

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