Fate/IronAvenger   作:デイガボルバー

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原作メインヒロインのうち二人が全然出て来ませんねえ。


Episode8:会食、その後

「おお、美味そうに焼けているな。

まあ食べたまえ。

モダン焼、君の分もご馳走するよ。

ミス・サジョウ。」

 

マスターは、ヘラとやらを持ちながら極力自然な笑顔を形作って言った。

 

「そうですか。

では、遠慮なく。」

 

彼が切り分けようと動くよりも早く、アヤカ・サジョウは自分のヘラでモダン焼きを両断した。

 

「……。」

 

呆気にとられたマスターを尻目に、半分にしたソレを手際よく自分の皿に乗せるサジョウ嬢。

同じテーブルに着いて対面しているので、非常にスムーズだ。

それと、目前の鉄板に在る自分が注文したエッグプラント(なすび)とポークのオコノミヤキとを見比べる。

そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「う~ん。

モダン焼とぶた玉で、ぶたがダブってしまった。」

 

『奢ってもらっておいて、随分な言い方をするお嬢さんだな。

遠慮とか一切ナシか。』

 

 

 

 

 

 

2004年 1月中旬 午後

冬木市 新都 お好み焼き屋・鍾馗(しょうき)

 

 

 

 

 

 

結果を言うと、サジョウ嬢の身分は確かなものと証明された。

 

冬木市中でも極上だという霊地とやらに住まう魔女(ウィッチ)

黒のセミショート・ヘアーに眼鏡をかけた、美人であるが一見しても取り立てて変わった特徴は見られない少女。

彼女の証言通り、イギリスはロンドンに拠点を置く“時計塔”という、西欧魔術師の総本山に所属する魔術師だそうだ。

 

アトラムが、本当にあの後エルメロイ氏に電話で確認したのだ。

途中、電話向こうの氏を相手に、ねちねちとした嫌味を吐く自分のマスターの姿を見て呆れたりもした。

…そういえば、マインドストーン(ロキの杖)に煽られて、仲間達と口喧嘩したときの僕らもあんな感じだったかもしれない。 

うん、今さらも今さらな話だが、人の振り見て我が振り直せ、だな。

 

それを眺める間や、電話を代わってエルメロイ氏と通話する間も、サジョウ嬢の表情はさほど変化しなかった。

マイペースな子なのだろう。

あるいは、マイペースなフリを演じている女優なのかもしれないが。

 

 

「…それで?

ミス・サジョウ。

君はこの土地に住まいながらも、聖杯戦争に参加しない魔術師一族なのだろう。

ならば、何故わざわざサーヴァント戦の現場周辺など嗅ぎ回っていたのかね。」

 

アトラムは、半分持ってかれてしまったモダン焼きと、物足りなくて仕方なく追加注文したビーフの鉄板焼きを食しながら質問した。

 

「…新都に居るからといって、現場を確認に向かったとは限らないと思いますが。」

 

もきゅもきゅと二つの品を交互に味わいながら、合間にそう答えるサジョウ嬢。

…クソ、二人して美味そうだな。

これを見ながらSUSHIを食ったところで、如何に高級でもジャンルが違い過ぎて満足出来ない気がする。

 

「私を舐めないでいただきたい。

如何に薬草で誤魔化したとて、自分の工房周囲の魔力残滓を感じ違えたりはしないよ。

どの程度の時間を彷徨いていたのかも、おおよそは把握できる。」

 

アトラムの言葉に、ここで初めてサジョウ嬢の眉根に一瞬力が入る。

アトラムは、“戦場”に特化した魔術師だ。

戦い抜くために必要な感覚とスキルはズバ抜けており、それはサジョウ嬢の想定を上回っていたらしかった。

 

「…私はただ、聖杯戦争による冬木市の被害を最小限に留めたいだけです。

この魔術儀式の規模も、何人の魔術師が心血を注いで来たかも理解していますし、それそのものを否定することはしません。

ただ、自分が住まう場所が荒れてしまうコトを防ぎたい。

戦争が終わった後も、変わらず暮らしていけるように。」

 

サジョウ嬢は言い切った後、表情を戻してモダン焼きを口に運ぶ。

それは当然の感情だと思った。

僕は、かつて僕らのチームが戦った後の市民達の声を思い出していた。

ニューヨーク、ワシントンD.C、ソコヴィア、ラゴス、ミュンヘン…。

勝手に戦って、街を破壊して去ってゆくモノ達。

そう糾弾されたコトがある。

宇宙人の侵略でも、自業自得のロボットの反乱でも、魔術師同士の殺し合いでも同じだ。

そこに住む人々にとっては、破壊の痕跡が残るのみなのだから。 

 

「…それは、時計塔・現代魔術科の一員としての考えか?」

 

「違います。

一人の、沙条綾香という魔術師個人としての意思です。

私は聖杯戦争の“部外者”ですが、だからこそ譲れないものは在る。」

 

鉄板が熱と焼ける音を上げる中、二人の魔術師は睨み合った。

 

「…成る程。

覚悟があるなら、ソレで良い。

ならば我々は、此方の邪魔をされない限りは君の行動を阻害しないコトを誓おう。

神秘の秘匿は、全魔術師が負うべき責務だ。

異を唱える理由も無いからな。」

 

そう言い笑うと、アトラムはモダン焼の最後の一片を口に放り込んだ。

…しかし、アトラムはハシの扱いが上手いな。

 

「それで、その考えは冬木のセカンドオーナーである遠坂嬢も同じと考えて構わないね?」

 

口の中を片付けた後、アトラムが問う。

 

「…私が彼女の陣営に荷担することはありませんよ。」

 

彼女もまた、最後のモダン焼を飲み込んだ後にそう言った。

 

「そういう意味で尋ねたワケではないが…ま、良いだろう。

…では、君以外の魔術師は?

冬木の街に、この戦争に対して何らかの関与意思を持つモノは存在するかい?」

 

アトラムは肩を竦めた後、探るようにサジョウ嬢を見やりながら最後の鉄板焼を口に運んだ。

 

「魔術師が魔術師から何かを求めるならば、相応の対価を払っていただかないと。」

 

そう言い、サジョウ嬢は笑う。

一見屈託の無い笑顔だが、その内心は計り知れない。

 

「…何が欲しい?」

 

「そうですね。

とりあえず、先ずこの場の払いは全てお任せして構いませんか?」

 

こんなものはジャブですらない、とでも言う様にサジョウ嬢は問う。

実際こんな細身で年頃の少女のランチ代など、石油王であるアトラムには痛くも痒くもないだろう。

 

「もちろん、それについては最初からそのつもりだったさ。

他には?」

 

「では…私では対処しきれないサーヴァント絡みの被害が想定される事態に遭遇した場合、それに対処していただけますか?」

 

一拍置いて、問う。

 

「…それは、少々対価が大きすぎやしないか?」

 

実質、これは共闘の提案だ。

サーヴァントの脅威から、街を守ってくれという願い。

確かに、外様の魔術師に乞う責任としては重すぎる。

 

「そうではないと、断言できる情報であると自負しています。」

 

「信憑性と、保証は?」

 

「信用してほしい、としか。

…私も、師匠から聞いた貴方の人物評を考慮した上で、この条件を提示しています。」

 

真っ直ぐ見据えて、サジョウ嬢は答える。

 

「ハッ…それはそれは。

因みに、やつはボクのコトをなんだって?」

 

皮肉げに笑い、しかし確かな興味を抱いてアトラムは問う。

…わかりやすい男だな、我がマスターは。

 

「利に聡く、戦技に於いてはかなり突出した術師である、と。

そして…闘争を好み油断ならないが、理由なき暴力に訴える愚者ではなく。

“魔術師として一番大切なもの”を持ち合わせる人物である…とも仰られてました。」

 

淡々と語られた人物評は、僕にしてみれば中々的を射てる内容だと感じられた。

面白い、僕もエルメロイ氏と話をしてみたいものだ。

 

「……。」

 

複雑な表情で、返事に窮するアトラム。

 

「私は、師匠の眼を信じています。

私の魔術…その道を見極め示してくれた、あの人を。

だからこそ、この評価を信じて、交渉させていただいているのです。」

 

強い眼だ。

こういう眼の若人は、非常に好ましいと思う。

アトラムはどうだろうか。

我がマスターは、どう判断するのか…。

 

「…エルメロイめ。

厄介な生徒ばかり揃えてくれるものだ。」

 

アトラムは苦々しげにそう言い、水を飲み干してから立ち上がった。

 

「そういう動きをするならば、君と私だけで決めたトコロで効率的ではない。

故に、この話の続きは私の次の目的地に赴いてから、先方も交えてからにして貰おう。」

 

「次の目的地とは?」

 

サジョウ嬢は、首をかしげ尋ねる。

そういえば、今日の予定ではそういう話になってたな。

 

「遠坂邸だ。

元々、今日我々は街を巡った後にセカンドオーナーの元へ挨拶に向かう予定だったのだよ。

伺う件は電話にて伝えてあるので、問題ない。」

 

「…電話で声を聞いたはずなのに、私と遠坂さんを間違えたんですか?」

 

ジトっとした眼差しで、アトラムを見つめるサジョウ嬢。

 

「…電話というのは、発信者の音声がそのまま相手方に届くワケではないんだ。

見ず知らずのティーンエイジャー同士だと、案外間違えてしまうものなんだよ!

いいから、出立の身支度をしたまえ!

会計を済ませるぞ!」

 

懐から財布を出し、卓に叩きつけながらアトラムが叫ぶ。

 

「…何勘違いしているんですか?」

 

「は?」

 

「私のバトルフェイズは、まだ終了してませんよ…!」

 

言葉の意味はわからんが、とにかくすごい食い気を感じる。

 

「な、なにを言ってるんだ。

君は既にお好み焼きとモダン焼き半分を食っただろうが!」

 

「折角奢りなんですから、堪能しなければ損です。

すみませーん!

イワシのカレー玉ひとつと、キャベツたっぷりのイカ玉ひとつ!

あとコーラも!」

 

「こ、この期に及んであと二品と炭酸飲料を注文だと!?」

 

「いえ、その後さらに三品は行きたいですね。」

 

「なっ…!?」

 

絶句するアトラム。

…いつぞやのサーファー君を思い出すな。

あのときの打ち上げも、みんな満身創痍の中で、あいつ一人だけモリモリとシャワルマ食いまくってたっけ。

あのマッチョ神と並ぶ大食いの女子って…。

 

「くっ…!

じゃあ、君が食い終わるまで我々はここに足止めさせられるというのか!?

おい、キャスター!

お前もなんとか言ってやれ!」

 

「あ、サーヴァントの人、キャスターだったんですね。

というか、全然会話に入ってきませんでしたけど、勝手に話が進んじゃって良かったんですか?」

 

我がマスターは、テンションに任せて余計な情報を漏らしてしまったが…まあ、仕方ないか。

 

『ああ、僕の方は問題ないよ。

マスターとこの街の住人の話し合いに、死人である僕が口出しすべきじゃないし。』

 

これは素直な気持ちだ。

それに、“こっち”では陣地作成に大きな進展が見込めそうな局面でもある。

モダン焼を食えなかったストレスをエネルギーに、一気に成果を引き込めた。

これならば…アーク・リアクターをまた一段階強化できる。

そうなれば、此処からの進展は早い。 

一気に、“僕の世界”の段階まで持っていける筈だ。

だから… 

 

『悪い、マスター。

暫くそっちの操作はF.R.I.D.A.Yに任せるよ。

大丈夫、音声はオンにしてるから、何かあればスグに対応するよ。

それじゃ。』

 

「な、なにっ!?

おい待て、キャス……」

 

 

 

……………………

 

 

 

ふう…よし、じゃあ頑張ってくれ、マスター。

良いじゃないか、念願のジャパニーズレディとのデートなんだ。

楽しんだら良い。

…相手は子供だけれども。

 

 

「よし…じゃあF.R.I.D.A.Y。

マシン・アームの操作をマニュアルに変更。

これより…『バッドアシウム』の精製に着手する。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2004年 1月中旬 夕方

冬木市 深山町 海浜公園

 

 

 

 

「やあ、すっかり話し込んじゃったな。

ギル、おやつを奢ってくれてありがとう。

美味しかったよ。」

 

「フ、礼には及ばん。

貴様の弁当こそ、辛うじてではあるが我が舌に乗るレベルに到達していたのだ。

未だ駆け出しといったところではあるが…。

このまま育てば、やがては我が臣下に加えるコトも吝かではないぞ。

故に、今後は我が欲した時に駆けつけ、飯を献上するコトを赦す。

良き者達と戯れ、良きものを見、良きものを食し、これからも励めよ。

弁当係(ケータラー)よ。」

 

「誰が仕出し屋だ!

まったく、ブレットの知り合いだってのに、なんてエラそうな奴だよ…誉めてくれてんのは分かるケドさ。

まあ、別に俺の料理を気に入ってくれたってんなら、都合がついたらまた作ってあげるコト自体は構わないよ。」

 

先輩とギルさんが、親しげに話しています。

なんというか…意外でした。

あのギルさんという方は…怖くて、冷たくて、他の人なんかどうでも良い…というような振る舞いというか、空気を感じる…ヒトに見えていました。

優しくて暖かい先輩とは、相性が悪そうだと思ったのに。

すぐに、何処かへ行ってくれると思ったのに。

 

 

 

 

 

 

『確かにね。

でも何時だって、ヒトは見かけに依らないモノよ。

アンタ自身も、そうでしょ?

サクラ。』

 

 

 

 

 

一方で、藤村先生とブレットさんも笑いあって談笑しています。

 

「なるほど、アーチェリー・クラブのコーチを。

確かに、タイガの様な先生が支えてくれるなら、やる気は出るだろうね。

僕の友人も弓の腕に長けていて、娘に教えるのが楽しいと言っていた。」

 

「弓道とアーチェリーは、また違うんだけどね。

誉めてくれるのは嬉しいけど、私なんて教師としてはまだまだだし…自分の子供うんぬんの話も、ちょっとまだ想像もつかないし……ていうか、相手もいないし…。」

 

照れ笑いのあと、自分の言葉にずんずん凹んでゆく藤村先生。

 

「アー…すまない。

そんなつもりで言ったワケじゃなかったんだが。

でも、あまり気にしすぎても、心に縛られて動きが制限されてしまうぞ。

タイガは優しいし、誠実だし、チャーミングだ。

在るがままに過ごしていれば大丈夫さ。」

 

「えっ…そんな、チャーミングだなんて…ブレット。

そう、かしら…?」

 

輝く微笑みに、思わず顔を赤らめる藤村先生。

ひゃぁ…映画みたいなこと言うヒトだなあ。

 

 

 

 

 

 

『ホントね。

歯の浮くような物言い。

地球(テラ)人の男って、皆こうなのかしら。』

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうさ!

僕の様な朴念人だって家庭を持つことが出来たんだ。

だから、ファイトだ!タイガ!」

 

ブレットさんが、左手でガッツポーズをしてニカっと笑いました。

その、左手の薬指には…シルバーに輝くリングが……。

 

「あ。

…あ、あは。

アハハ。

あー、そうよねー。

あ、ありがとー、ブレット。

新たな出会いを求めて頑張るわー。」

 

誰かに捧げられたであろう愛の証を見つめながら、藤村先生が乾いた笑いを浮かべる。

わあ…多分あれ、悪気ところか何の他意も無いんだろうなあ。

言葉通りの善意のみというか…。

そういうところ、ブレットさんって先輩に似ているかもしれない…と思った。

先輩が、そのまま大きくなると、ああいうヒトになるのかも、と。

そう考えると、“視えていたモノ”のせいで恐ろしく感じていた彼のコトも、そう苦手意識を持たずに接するコトが出来る様になっていました。

 

 

 

 

 

 

『それは良いコトだけどね。

でも、彼らの性格は…果たして、どうなのかしらね。

それって格好良いかもしれないけど、とっても生きづらい性格だと思うわ。

私も、ヒトのコトをとやかく言える性格ではないかも知れないけれど。』

 

 

 

 

 

 

……。

 

兎も角、そうこうしながら私たちは、広げていたお弁当やシートを片付け終えました。

買い込んだ藤村先生と先輩のお洋服を仕舞わなければなりませんし、ここでブレットさん達とはお別れです。

 

「今日は、本当にありがとう。

飛び入りで現れた僕たちに、食事を振る舞ってくれて。

君たちには、ご馳走になってばかりだな。」

 

「フン、気にするでないわ。

守護者(シールダー)よ。

貢ぎ物を受けとるコトもまた、英傑の役目であると知るが良い。」

 

「いや、なんでお前が偉そうなんだよ、ギル。」

 

「偉そうなのではない!偉いのだ!ふはははは!」

 

「…はあ、もういいや。

でもホント。

ギルの言う通り、気にするなよな、ブレット。

俺の料理で喜んでくれるヒトがいるなら、それは俺の喜びに繋がるんだ。

つまり、俺の為でもあるんだからさ。」

 

「ああ…ありがとう、シロウ。」

 

微笑み合う二人と、高笑いする一人。

この一日で、彼らはずいぶん仲良くなったと思いました。

先輩が、ああして平和に笑ってくれると、私も安心します。

すごく、嬉しい気持ちになるんです。

 

「…ふふ、そうねー。

ごはんは、みんなでたべるとおいしいわねー。」

 

藤村先生は、気持ちの昂りと急転落下のペースが早すぎたためか、どこか虚ろです。

ブレットさんの言葉は実質その通りで、このヒトほど誰かに寄り添うというコトに長じた女性に私は出会ったことがありません。

“ご実家”のコトを差し引いても、なぜこうも出会いがないのでしょうか。

 

「ふん…辛気くさい顔をするな、虎の女よ。

貴様の存在があればこそ、此度の宴は楽しめた。

どれ…特別に褒美を取らそう。

手を出すが良い。」

 

ギルさんの言葉に、藤村先生はおずおずと右手を前に出します。

そこに、何処かから取り出された長いリボンが掛けられました。

 

「何か、願い事を考えろ。

数は三つだ。」

 

「う、うん。」

 

藤村先生は祈るように目を瞑り、ギルさんは手早くリボンを巻いてゆきます。

二回巻き、三回結ぶ。

鮮やかな黄、黒、そしてピンクで構成された輪が出来上がりました。

そのカタチを見て、先輩が口を開きます。

 

「これ…ミサンガか?」

 

「その原典だが…まあ、似たようなものだ。

奇跡による美しい結末とやらを願う紐、という意味ではな。

願をかけ、自然と切れた時に願いが叶うというものだ。

本来は己で巻くコトで願いを込めるモノだが…。

此度は褒美だ。

この我自ら、願を補強してやった。

加えて貴様が“強運”の持ち主ならば、複合作用にて軽い願望器程度の効力は発揮されるかもだぞ。

有り難く思えよ、虎の女。」

 

得意気に笑うギルさん。

どうやら、本心から藤村先生を気遣っての行動だったみたいです。

 

「…よくわからないけど、うん。

ありがとう、ギル君。」

 

「うむ、しかし願とは、ヒトの健やかなる生きざまをこそ燃料として燃え上がるモノ。

我が輝きし宝の威光に(おご)るコトなく、今後も励めよ、虎の女。」

 

「あはははは。

ていうかそろそろ、その虎の女っていうの止めない…!?」

 

「ふはははは!」

 

「いや、ふははじゃなくて!」

 

…良かった。

藤村先生、元気になって。

ギルさんは…恐ろしいから苦手だけれど。

 

 

 

 

 

 

『…怖がってたって、運命はやって来るのよ。

サクラ。』

 

 

 

 

 

 

…………。

 

 

 

「サクラ。」

 

びっくりした。

振り替えると、ブレットさんが立っていました。

 

「それとシロウも。

さっき、僕の連絡先を渡しただろう。

タイガにも話したが、何か困った事があったら遠慮せず連絡してきてくれ。」

 

私は、食事の時に思い出したように配られたメモ用紙の存在を思い出しました。

携帯電話の番号と、メールアドレス。

 

「ああ、ありがとう。

でも、冬木に来たばっかのブレットの方が困ったことは多いだろうからさ。

そっちこそ、なんかあったら連絡くれよ。」

 

「ハハ、そうだね。

ありがとう、シロウ。

それじゃあ、僕たちはこれで。

いこうか、ギル。」

 

ポケットの中のメモ用紙に、手が触れます。

…ブレットさんの厚意は嬉しい。

でも…私は…あのヒトは………。

 

去り行くブレットさんの背中を、つい見つめてしまいます。

 

その時…

 

 

 

 

 

 

 

「…今のうちに死んでおけよ、娘。

馴染んでしまえば、死ぬコトも出来なくなるぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

すれ違い様の、ギルさんの言葉。

わたしだけが、聞いたことば。

 

 

体が、温度を失う感覚。

 

 

 

竦んで、動けなくなる。

 

 

 

 

いったい、なに、を………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…理解ってる筈でしょう、サクラ。

何度だって言うわ。

怖がってたって、運命はやってくるの。』

 

 

 

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

 

 

 

「桜!」

 

「っ……。」

 

先輩の声が、聞こえました。

 

「どうしたのー?ボーッとしちゃって。

ほらほら、今日がいくら暖かいって言ったって、日が落ちれば冷え込んでくるよ。

早く帰ろ?」

 

藤村先生の声で、体を廻る血液に熱が戻ったような気がしてきます。

 

「…すみません、なんでもないです。

ええ、帰りましょう。」

 

…私だって、わかってる。

でも…私は、嫌。

知らない。

どうすることも出来ない。

 

願わくば…今が続けば。

この日々が、続きさえすれば………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございました!
一話辺り、だいたい7000文字前後に納めようと考えてますが、どうでしょう?

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