Fate/IronAvenger   作:デイガボルバー

19 / 34
Episode17:時計塔の魔術師達

 

「…ふぅ。

ようやく、事前準備は一段落といった所ですかね。

少なくとも、私が手伝える部分については。」

 

 

 

 

 

2004年 1月下旬 夕刻

 

冬木市 新都 ガリアスタ・マンション

 

カフェテリア・スペース

 

 

 

 

私は、眼鏡の下から疲れ目を擦りながら、ティーカップ片手に一息ついた。

今日は、久しぶりに一日通して“魔術回路”を酷使してしまった。

魔女術(ウィッチ・クラフト)”を用いたキャスター陣営の陣地補強…それについての最終確認のため、早朝よりガリアスタ工房にて作業を行っていたのである。

 

私の魔術は、薬草を用いた呪いが主だ。

簡単に言えば、様々な薬草成分を精製・合成するコトで得られる水薬(ポーション)香剤(ポプリ)を用い、あらゆる面での研磨(バフ)劣化(デバフ)効果を(もたら)す魔術ジャンルである。

これによる感覚強化の極致こそ、高度な情報整理による擬似的な未来予測。

この技術によって、私は氷室さんの信用を勝ち取ったのだ。

要は、西欧圏に旧くから伝わるような魔女のまじない、そのものズバリと言って良い。

私の場合、性分故に“肉”や“魂”を生け贄とした術式は受け入れられなかったので、手間のかかる植物薬が術の主体となっている。

この手段を提案してくれたのが、誰あろうロード・エルメロイⅡ世その人であった。

 

私の魔術は直接戦闘にはあまり向かないが、状態付与(エンチャント)に特化している。

人払いや、気配探知といったような“場”に状況を設定する類いの術式なんかも十八番だ。

 

本来であれば、これを冬木市中総てに設置し、聖堂教会の()()()と力を合わせて街を護るつもりだった。

しかし、七つの陣営のうちの一つ…師匠と接点を持つガリアスタ氏との交流によって、事態は一変した。

“完璧なる勝利”という、表裏双方の社会に於ける体裁すらも望まんとする彼と、やっと得た安住の地の保護を求む私とは、大いに利害が一致していると言えたのである。

更には、異世界人を名乗る彼のサーヴァント。

その目的すらも、私と近しいものであった。

 

ならば、相互の利を高め合うことに何の躊躇いもない。

私の状態付与術式で、惜しみ無く彼等に協力しよう。

 

…正直、遠坂さんには少し申し訳がないという思いもあるのだが。

しかし彼女は、冬木のセカンドオーナーであると同時に、私の学友であると同時に…“始まりの御三家”でもあるのだ。

聖杯戦争という大儀式の主催者一族であり、当然その思い入れは強い。

十年前の戦争で落命した彼女の父親の様に、大災害を止める術も無く戦争に白熱してしまわない保証も無いのだ。

彼女の人柄から、そういった姿は想像出来ないが…。

“受け継いだモノ”に対して、心情もなにも圧し殺し徹底してしまえるのが魔術師という生き物でもある。

それを私は、今までの人生に於いて心底痛感してきたのだから。

 

聖杯戦争に於いて、遠坂凛を心底信頼するコトは難しい。

そう…共通の知り合いが存在するとはいえ、昨日今日知り合った外様の魔術師よりもである。

故に、目的の開示こそせよ、積極的な協調は避ける。

それが私の、現段階の結論であった。

 

「……。」

 

私は、気を落ち着けて紅茶に口をつける。

気に病んでも仕方がない。

遠坂さんと、本当の意味で敵対するという可能性は、まだそこまで高くないのだ。

気分を変えるように、私は再び口を開いた。

 

「…しかし、よく師匠(せんせい)が貴方の参戦を許可しましたよね。

カウレス君。」

 

私の言葉に、同席する青年が肩を揺らす。

 

「…ハハハ。」

 

薄く笑い、コーヒーを啜るカウレス・フォルヴェッジ。

先日より、知らぬ間にキャスター陣営に与していた、現代魔術科に於いての私の年上の後輩。

付き合いはそう長くはない。

しかし彼の、探求心を除くあらゆる要素が魔術師に向かない性格については、それなりに理解していた。

何せ彼は、この様に表情と態度に内心が漏れ出やすい。

この気まずそうな笑顔は、そのままズバリ。

何か隠し事がある場合を示していた。

 

「…まさか、師匠に告げずに来日したんですか?」

 

またもや揺れる、後輩の肩。

 

「だ、だって仕方がないだろう!?

エルメロイ先生が聖杯戦争にどれだけ思い入れていたかは、“魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)”の件でよく知ってる!

それを辞退する覚悟を決めたあの人に、こんな(にわか)に降って湧いた様な、急すぎる相談事なんかをフッたり出来るもんか!」

 

コーヒーカップを勢い良くテーブルに置き、飛び散る滴にも構わずカウレス君が叫ぶ。

そう…聞くトコロによると、ロード・エルメロイⅡ世は前回の聖杯戦争に参加したのだという。

それも、先代のエルメロイ当主とは敵対陣営として…。

前者はライダー陣営、後者はランサー陣営。

その戦いで、ランサー擁する先代エルメロイ当主は死亡したらしいが…詳しい事情は知らない。

しかし、軽く聞き齧った程度の概要だけでもただならぬ因縁を、我らが師匠は聖杯戦争に対して待ち合わせていたのだ。

それを思うと、これを考えずにはいられないワケだ。

 

「いえ、私としては構わないどころか、貴方の参戦はとても有難いですし、糾弾するような真似はしませんが。

単純に、よく師匠や()()()に気取られるコトなく来日できたなぁ、と感心しているだけです。

カウレス君、たしか学生寮住まいでしたよね?」

 

師匠に加え、あの“天才馬鹿”さんや“お犬”さんにすら嗅ぎ付けられず来日出来たというのは、素直にスゴいと思う。

同じ屋根の下で暮らしていたというなら、尚更だ。

 

「…どうかな。

俺は今回、家の都合とか、そういう理由をつけて休学申請をしたんだよな。

でも、上手く誤魔化せたかどうかは正直自信が無い。

先生や皆は、俺の家の事情を知ってくれていたから深くは追求してこなかったけど。」

 

カウレス君は、言いながら飛び散ったコーヒーを紙ナプキンで拭き取る。

彼の家の事情…それまた、私は詳しく知らない。

まあ、現代魔術科に籍を置く学生の大半は、それなりにワケありの人物ばかりであるので、それだって此方から詮索するコトはしないが。

他ならぬ私も、そういう手合いであるのだし。

 

「…いずれにせよ、現代魔術科(ノーリッジ)の生徒が二名も、同陣営で協調しているんです。

結果を残さなければ、師匠の顔に泥を塗ってしまうことにもなりかねませんね。」

 

「そうだな…。

ただでさえ蔑ろにされがちな現代魔術科の風評を、落としてしまうことだけは避けたい。

やってみせるさ…それだけの準備は、整えられたハズだしね。」

 

そう言い、一息にコーヒーを飲み干すカウレス君。

彼は、貪欲さに於いてガリアスタ氏が認める程の人物だ。

付いた陣営の勝利が自分に齎す利を想い、全力でサポートをこなすだろう。

 

状況は整った。

あとは、数日後。

来るべき開戦に備えるべく…………

 

「……っ!?」

 

瞬間、感じられる違和。

私は、思わずティーカップを取りこぼしそうになる。

 

「…どうした、サジョウ?」

 

私の表情に走る緊張を察してか、カウレス君が問い掛けてくる。

 

「…マンション周囲に張り巡らせた“セキュリティ”に、引っ掛かったモノ達がいる。

数は一名…いえ、なにか()()()()()()を従えているみたい。

高度な術で隠しているようだけど…私の魔女術は逃さない。」

 

「……っ!

F.R.I.D.A.Y!

マンション敷地周辺の状況を教えてくれ!」

 

私の言葉を受け、即座に支給された“腕時計”に向けてカウレス君が訊ねた。

 

『高濃度の魔力(ミスティック・パワー)反応を二つ、マンション敷地直前に感知…今、侵入を確認しました。

エネルギー総量と魔力路(エネルギー・パス)パターンからの予測…魔術師(マスター)とサーヴァントである可能性が極めて濃厚です。

対象、更に接近…マンション内部への侵入を試みていると推察されます。』

 

速やかなインフォメーションがマンション内部スピーカーより流される。

やはり、そうか。

サーヴァントは“霊体化”していたのだろうが、魔女(わたし)が設定した領域内部に於いては、暗殺者のサーヴァントでもない限り隠匿など意味を成さないのだ。

ましてや、現在の冬木市は全域に於いて、私が監修したキャスターさんの最新テクノロジーで防備されている。

逃しはしない。

 

「ライダー陣営に続いて、陣地破りを慣行してくる陣営が現れたか…!」

 

「ですね。

接近がバレても撤退しないトコロを考えると、本気で獲りに来ているのかもしれません。

F.R.I.D.A.Yさん、ガリアスタ氏とキャスターさんには?」

 

『お伝えしました。

スターク様、ガリアスタ様、両名共に“最終調整”を終了し、迎撃体制に移行しておられます。

サジョウ様、フォルヴェッジ様の両名は、速やかに管制室に移動してください。』

 

流石、仕事が早い。

そして、私の術式とF.R.I.D.A.Yさんとのリンク運用は完璧に機能していると再確認できた。

ならば、彼女の言葉通り迅速に行動する。

 

「F.R.I.D.A.Yさん、食器の片付けは後回しにさせて下さい。

では行きましょう、カウレス君。」

 

私は、ティーカップをテーブルに置いて立ち上がった。

追従して、彼もそれに倣う。

 

「サーヴァント戦が始まるのか…。

“あの子”が体験したという、英雄の影…その決闘…!」

 

彼の拳は、強く握られ僅かに震えていた。

 

「怖いですか?」

 

分かりきった、当然のコト。

なぜなら、私だって怖い。

それでも最後の確認のつもりで、私は問う。

 

「…そりゃあね。

でも、ここまで来たんだ。

目的もある…躊躇はしない!」

 

彼がその言葉を言い終わると同時に、私たちは行動を開始した。

 

 

今宵再び、英雄達の死闘が始まる…!

 

 

 

 

 

……………………………………………………

 

 

 

 

 

2004年 1月下旬 夜

 

冬木市 新都 ガリアスタ・マンション前

 

ガーデン・スペース

 

 

 

 

 

 

「まさか、サーヴァントの霊体化まで看破しちまう魔術師が現代に存在するとはな。

ま、相手方が魔術師の英霊を従えている可能性もあるが。

ともあれ一見して変化はなくとも、この圧し潰さんばかりの空気で理解る。

あちらさん、完全に臨戦態勢って風情だぜ。」

 

虚空より、蒼衣に身を包んだ“彼”が姿を表す。

霊体化して隠れる行為の無意味さを悟った故であろう。

しかし、それでも彼は赤い眼を瞬かせて笑う。

風に、衣服と同色にして一つに結った青髪を揺らしながら。

その飄々とした様に、私は思わずため息をついた。

 

「…だから言ったでしょう。

貴方の持つ“術”を用い、隠匿性を引き上げておくべきだと。」

 

彼の実力は本物だ。

戦いを見る前からすでに、先に出会った裁定者の英霊にも何ら引けを取らないと確信できる。

しかし…子供心に憧れ続けた大英雄が、こんなにも軽薄な男であったとは。

 

「そう言うなって。

俺の願いは知ってんだろ?

教えてくれた“師匠”にゃ悪いが、“文字”に頼りきってちゃ、そいつァ叶わねぇからな。」

 

弛緩したような、ヘラリとした笑顔。

美男子であるコトは認めるが、その行為の一つ一つが私に籠った戦意を削ぐような気がして不快だった。

 

…再び、漏れ出そうになる溜め息を堪える。

代わりに返事を含めた、少し不機嫌な咳払いを一つ。

それを受けて、やはり彼は笑う。

しかし…

 

「心配しなさんな。

今言った理由も冗談じゃあねェが、早々から文字に頼らねェコトにもワケはある。

それに…」

 

その笑顔は、初めて見せたものだった。

獰猛な、まるで射殺す様な英雄の視線。

彼の逸話を物語る上で欠かせない、“朱き槍”を虚空より出現させ振るい構える様は、まさしく豪傑のそれであると言えた。

 

「そらッ!」

 

そのまま、流れるような投擲。

朱き槍は、まるで光線(レーザービーム)の様に線を描き、敵地たるビルディングに向けて飛び込んだ。

 

しかしそれは、大きな衝撃音と共に弾かれる。

光の壁が、槍を阻んだのだ。

 

「えらく頑丈な護りだ。

今は使えねえ俺の“城”や、文字を全て用いた結界と同等の硬度はあるだろう。」

 

弾かれ帰ってきた槍をキャッチし、それでも楽しそうに笑う彼。

 

「…宝具ですか。」

 

「だろうな。

あの壁がどういった類いの代物なのか…そいつは今のところ皆目理解らねェが。

何れにせよ、力を温存して忍び寄った状態で突破できる様な、安い代物じゃあ無えだろうよ。

なァおい、そうなんだろう?

もう一人の、“時計塔からの刺客”さんよ。」

 

彼の言葉は、返されるコトなく夜闇に消える。

 

「返事はナシ、か。

つれないねぇ。

間違いなく視てはいやがるだろうから、こっちの出方を伺ってるんだろうな。」

 

「魔術師が、己の工房に籠っているのです。

当然の常套手段でしょう。」

 

「そりゃそうだ。

魔術師じゃなくたって、自分(テメェ)の城からノロクサ出て来て、わざわざ的になる様なアホな真似はせんだろうぜ。

ただ…」

 

突如、ビルディング壁面より、複数の“何か”が射出された。

それは、掌サイズの発光体。

鈍く輝く銀色の、その中央が一際輝く無数の円盤。

数十個はあるだろうか。

それらが、何らかの方法でエネルギーを噴出し、空中に浮遊し我々を取り囲んでいた。

 

「まあ、手出しして来ねェって甘い話は無えだろうな。

よう、マスター。

本当に、さっき話した通りで構わねぇんだな?」

 

朱槍を軽やかに振り回し、謎の円盤を見回して彼は問う。

獰猛な笑顔は、その野生を解き放たんと震えているようにすら見えた。

 

「当然です。

今回の聖杯戦争に於いて、間違いなく最大の強敵となるであろう魔術師は、この工房の主…アトラム・ガリアスタですから。

ましてや調査の結果だけを見ても、その従えるサーヴァントはキャスタークラスに類する、()()()()()を誇る英霊。

この組み合わせを相手取るならば、長い時を与える選択肢は有り得ない。」

 

ただでさえ、1ヶ月という長大な猶予を与えてしまっていたのだ。

これ以上、野放しにして強化されるのを見逃すコトなど、絶対にするべきではなかった。

私は、両手に嵌めた手袋(グラブ)の履き心地を確かめるように、掌を開き、握った。

その甲に、刻んだ文字が光り浮かび上がる。

“硬化”、“強化”、“加速”、“相乗”…いち早く、打ちのめすための術式の励起。

円盤が行動を開始するより迅く、私達は動き出した。

 

「ハ、良いねえ、上等!

思い切りの良い戦士は好きだぜ!」

 

目指すは、迅速なる拠点の制圧。

いつも通りだ。

素早く喉元に食らい付き、破る。

相手の領域内部であろうと、問題はない。

対策の時間など与えない。

私の保菌する伝承は、寧ろ()()()()()確実性を発揮するのだから。

 

「相手の護りなど、関係は無い。

“ランサー”!

見せてみなさい、貴方の力を!」

 

私の言葉に、彼の野生がついに解き放たれた。

それと同時に、円盤達が飛来する。

その外周から、流動する()()()()を噴出し始めた。

それらは、弾丸となり我がサーヴァント…ランサーに迫る。

 

「応よ!

巣穴で縮こまってるガリアスタとやら!

こんなおっかなびっくりの迎撃じゃ、我らを阻むには全く足らんぜ!」

 

弾丸を、槍の一振りで全て撃墜するランサー。

それらは全て、表社会で言う誘導弾(ミサイル)の如く爆発する。

しかし、そんなものは意にも介さない。

ランサーは、爆炎を振り切って宙高く跳び上がった。

 

最初(ハナ)っからクライマックスってヤツだ!

“呪いの朱槍”よ、牙を剥け!」

 

視認できるほどの朱い魔力の奔流が、槍を中心に渦巻く。

そのエネルギーに、円盤達の放つ弾幕は全て衝突前に爆散する。

戦場の空気とさえ呼べるソレを、槍は魔力ごと巻き込んで取り込むようにさえ見える。

その朱は、獲物を求めて凶々(マガマガ)しく煌めいていた。

 

そして、それが臨界点へと達した刹那……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…冬木市・新都の一角を、拡がり覆うような閃光が包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます!
ということで、兄貴登場回でした。
初手宝具ブッパという、聖杯戦争にあるまじき行い!
まあ、ライダー陣営もやってましたが…あっちはもうちょっと計算して慣行してます。
ランサー陣営とキャスター陣営は、共に時計塔枠なので相手の厄介さを理解していると思うのです。
アトラムが生存しているからこそ、原作のように前哨戦で抑えずに速攻で潰しにいくと言う。

それと、綾香ちゃんの魔術については独自解釈です。
ひむてんでの彼女の魔術については直接描写が少ないので、こういう感じに。
完全にサポーター向けの性能って感じですかね。
系統的には植物科(ユミナ)の学生であるべきなんでしょうけどね、これだと。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。