正直、現状は想定外の事態ではあった。
私は確かに、彼女の中に存在していた。
十年前のあの日、
キッカケは、まあ様々存在する。
いくつかの要素が、彼女の中で絡み混ざり合って出来上がった霊核。
そこに、彼女が成長するごとに蓄積され、しかし表出させるコトのなかった感情が肉付けされてゆく。
やがて、彼女が自身へと自問するための別人格として確立した。
それは良い。
しかし、本来そこ止まりだった筈なのだ。
すべては、あの日。
あの暖かい日の、帰り道。
私の確立は、さらに一つ別の段階へと推移した。
してしまった。
何故なのか。
何か、強く優しい祈りが私を突き動かした。
《──
──暖かな、ひだまりのようなソレが私を強くした。
そうして私という
ならば…動くしかあるまい。
今まで、表立つコトのなかった感情である私だが。
それでも、私を支えてくれた祈りに応えるだけの意思は確かに存在した。
その意思を貫く為ならば、私はなんだってやってやろう。
なんだって、やれるのだ。
それが例え、私を生み出した
……………………………………………………
時を、少し遡り。
2004年 1月下旬 夜
冬木市 新都 冬木教会前
正直、現状は想定外の事態ではあった。
「くっ…こ、のぉ!」
私の八極拳は確かに彼らを突いていた。
しかし、彼らは倒れない。
しかし、彼らは倒れない。
殺さぬように加減したとはいえ、彼らは私の宝石魔術による炸裂を受けてさえも立ち上がってきたのだ。
有り得ない…いくら綺礼譲りのタフネスを誇るとはいえ、そんなものは人類が誇って良い強度ではなかった。
「アンタ達、ホントに私の知っている言峰
どうなってるのよ、その異常な身体は!」
「……。」
無機質に投げかけられる視線と、機械的な拳。
合間に放たれる黒鍵。
そのどれも私は躱し続けていたが、しかしそれにも限度があった。
奴らは、どれだけダメージを積み重ねようと動きを緩めない。
まるで、体力などという概念が存在しないかの様に。
このままでは、確実にジリ貧になる。
ルーラーが事態を解決し、増援に現れてくれるコトばかりを期待は出来ない。
現状の打開が、自分一人では困難であると認めるしかない事実が歯痒かった。
「──もうっ!」
私は、苛立ちを
地を踏み、返る衝撃を拳に備え打ち放つ。
吹き飛ぶ兄姉弟の長男から視線を離し、次の標的へ目を向けようとした。
その時、少しの違和感。
言峰綺礼の弟子・義理の子供達は、現状五名存在する。
当初はもっと人数が存在したが、他所に引き取られていったりする者達もおり、残ったのは四男一女のみ。
彼らは八極拳士として、聖職者として綺礼の影響を存分に受けて育った子供達である。
年齢順に、上から言峰一郎、次郎、花子、三郎──
あまりにやる気のないネーミングに、それを聞いた当初は私も憤ったものだが…
それでも、総てを失った後に与えられたモノに心底喜んだ様子の彼らを見て、毒気が抜かれてしまったのを覚えている。
そんな血の通った表情を失い、無機質に襲い来る彼ら兄や姉。
それらとは違った様子の一人が、私に違和感を覚えさせたのである。
「…どうやら、アンタは少し様子が違うみたいね。
そういえば、私達がここに来たとき応対したのもアンタだった。
アンタに訊けば、この狂った現状の理由も解るのかしら?
言峰兄姉弟の、末の子。
言峰四郎。
私と同年齢のそいつは、薄ら笑いを浮かべて後方に佇んでいた。
「私の領分で貴女にお答えできるコトなど存在しませんよ、言峰女史。
確かに私は兄や姉と違って未熟者で、綺礼神父へ滅私を捧げるには功夫が足りていない。
ですが、その在り様は彼らと変わりないつもりですから。」
四郎は笑顔で黒鍵を放つ。
この程度なら、ガンドで撃ち落とせる。
決め手がないのはお互い様だが、確かな害意が彼らの攻め手に籠っているのだけは理解出来ていた。
「侵入を阻む意思から、私を殺す意思に設定を変えているってワケ…?
なんでよ…どうして、そういう結論になるの?
綺礼のヤツは、アンタ達にどういう命令を下したの?
アンタ達は、アイツに何を仕込まれたの!?
何をしようとしてるのよ、
私はやはり、苛立ちを威力に変えてガンドを撃ち出す。
迫り来る三郎の脚を撃ち抜き、機動力を削ぐつもりだった。
だが、それでも奴らは止まらない。
「我々の活動理念など、十年の時を共にした貴女ならばご存じの筈だ。
再び答えるべき事柄でも無いかも知れませんが…そうですね。」
吹き飛ばした筈の太郎が、次郎が、正面より迫り来る。
花子と三郎は、背後より黒鍵を放つ。
確かに脅威だ。
だが彼らの技量などは私に遠く及ばず、対処は容易かった。
しかし、その対処の間。
末の四郎がほんの一瞬、フリーとなってしまう事実だけは回避のしようがなく。
「敢えて告げましょう。
我々の理念は、常に…少しの芯もブレるコトなく。
四郎の手が拳を握るでなく、黒鍵を構えるでなく。
見たコトもない
此方に向ける姿を目の当たりにしてもまた、やはり対処のしようは無いのだった。
「宝具、断片展開。
全天を浄化せし光の矢よ。
彼の者に、絶対なる慈悲を与えたまえ…!」
魔術とは明らかに違う、この世界の理ならざる神秘。
そう感じさせる違和感を、あの銃火器は纏っていた。
それは、確かなる光の脅威となって銃口に溜められてゆく。
その速度は、あまりにも一瞬で。
何を行う間も無いままに、光は放たれ直線を描いた。
光線は、当然此方に向かい飛ぶ。
飛んだのだろう。
何せ光だ。
その弾速の視認が叶ったとしても、やはりどうするコトも出来なかった。
「──っ!」
「呆れたわ。
まさかと思うけど、一応訊かせてもらう。
今の一瞬、生を諦めたりしなかったわよね?
遠坂家の当主さん。」
光線の威力は、私に着弾しない。
「えっ…?」
何処からか降り立った、目の前の存在によって弾かれたらしかった。
「…何者ですか、貴女は。」
光線を撃ち出し弾かれた四郎が、銃を構えたまま笑顔を絶やさず問う。
私と兄姉弟達の間に立つ
その身には、恐らく黒い装甲を纏っている…筈。
曖昧な表現になってしまうのは、その装甲をさらに覆うカタチで外套より漏れ出る
霧は女を隠し、認識を阻害する。
「何者か、ね。
そこのところを、上手く答えるという発想が今まで無かったわ。
でも確かに、ええ。
名前が無いのは不便といえば不便…そうね。
何か、
女はその手に握っていた剣を杖のように地に突き立てつつ、もう片方の手を顎に当てて思案する。
その声もまた、姿の如くノイズ混じりで聞き取りにくい。
「アー…ザードゥー・ハッセルフランとか?
…いいえ、何か違うわね。
違った筈。
それに、私は別に喋る船?
じゃなくて、車…?
とにかく、そういったアイテムは持ってないもの。
それに、心身共に女だわ。」
ブツブツ呟く女の顔が揺れ、外套のフードと霧に隠された顔が少し表に覗いた。
鼻から上はやはり装甲に覆われており、目に相当する部分には赤い亀裂が妖しく光る。
そこまで観察して、漸くノイズまじりの彼女の素性が、ほんの少し垣間見えた様な気がした。
それは、膨大なる魔力の塊。
この短期間で、幾つも確認した最上級の神秘存在。
「貴女…サーヴァント?」
私の問いに、彼女は赤い亀裂を此方に向ける。
「…さあ、どうなのかしら?
正直なところ、自分で自分をどういう風に定義すべきか分からないの。」
剣をプラプラ揺らし、それに視線を落としながら呟く女。
その剣は、間違いなく四郎が放った自称・宝具とやらの光を容易く弾いた代物である。
その挙動だけで、この場にいる誰よりも強力な存在であろうコトは間違いなかった。
謎の強者の乱入に、誰も迂闊に動けない。
「では、所感で構いませんよ。
貴女という存在の理由…即ち、その目的は?
この場に
四郎が、変わらぬ調子で問いかける。
兄姉弟揃って戦闘態勢は緩まず、乱入者を警戒する。
「目的…そうね、そこにしましょう。
行動理由を、そのまま呼び名に紐付けるのは間違いではない筈よ。
そうよね?」
静かな声色で、納得したように頷く女。
そうして外套を翻し、剣を払う。
その閃きを視認するやいなや、まさしく同時に。
「私は
刃は、言峰次郎の首を
「アンタ達の様に、
そういうコトにしておいて頂戴。」
そこからは、
「…どういう状況よ、コレ。」
アルターエゴを名乗った女の、剣が躍る。
八極の拳など、届く前に叩き斬られる。
四郎の光線などは通用せず、他の兄姉達も同種の宝具を展開したとて無駄だった。
斬られる。伐られる。切られる。
挙げ句、花子が放った黒鍵に至っては、信じられないコトに刃を掴んで受け止められてしまった。
「この
刃を投げるなら──」
握られた黒鍵が変質する。
それは、身に纏う黒い霧の作用であったのか。
はたまた、女がサーヴァントであるとしたならば、彼女のスキルだか宝具だかが作用した結果であったのか。
黒鍵は名の如く、輝く白刃すらも飲み込んで黒く染まってしまっていた。
「コレくらいはやらないと。」
漆黒の
黒い霧が尾を引くその腕は、魅入られるほど美しい所作で黒鍵を放った。
その自然な動作からは想像もつかない程の速度で、黒鍵は飛ぶ。
そのままソレを放った花子の腕を穿ち抜き、その向こうの分厚い石塀までをもコナゴナに粉砕してしまった。
「“鉄甲作用”…って言うらしいわよ、この技。
手首の返しを工夫して、“弾丸”としての物理威力をハネ上げる。
私みたいな存在と戦うなら、最低限これくらいは出来ないとお話にならないんじゃないかしら。」
…圧倒的だった。
弟・妹弟子達が…幼馴染み達が蹂躙されゆく様を、私は───
「──
宝石魔術の炸裂が、アルターエゴに直撃する。
爆炎が上がる。
一旦は、その攻勢を止められただろう。
しかし、私のなけなしの財産をはたいた一撃が、大したダメージを与えられていないコトだけは理解できた。
「…どういうつもり?
見て分からないかしら、私は貴女に助力していたつもりなのだけれど。」
爆炎が晴れた向こうから、赤い亀裂が此方を睨んでいるのが垣間見える。
「…誰が、そんなコトを頼んだのよ。
アンタが何者かは知らないけど、余計なお世話だって言うの!」
私は、牽制にガンドを撃ち込む。
通用しないコトなんて、分かっている。
ただ、注意をこちらに向けさせるだけでいい。
…これ以上、綺礼の子供達を謎の闖入者に殺させるワケにはいかなかった。
「…ハァ。
まさか、幼馴染みとやらに情が湧いたとでも言うんじゃないでしょうね?
いえ…気持ちは誰よりも分かるつもりだけどね。」
アルターエゴは、私のガンドに対して少しの防御行動もとるコトなく歩き出す。
向かう先には、奴が斬り飛ばした次郎の首。
それを鷲掴み、その断面を私に見せつけた。
「……ッ!」
グロテスクな光景を想像した私は、眼を背けそうになる。
しかし、戦場に立つ魔術師としての矜持が、それを許しはしない。
アルアーエゴの剣にて暴かれた幼馴染みの内側が、私の視界に飛び込んできた。
ソレは…
「見なさい。
こいつらはね、心身ともに
とっくの昔に、別のモノに置き換えられているのよ。」
ドス黒いオイルの様な何かを垂れ流す、有機的な内部機構。
機械的でありながら、しかしやはり生物のような生々しさを残す。
全く理解の及ばないソレを見た後、私は周囲を見渡した。
アルターエゴに破壊された幼馴染み達の肉片の、総てに同様の特徴が見受けられる。
「何よ…コレ。」
「さて…スクラルと同種の
詳しく知りたいなら、本人に訊くのが一番早いけれど──」
アルターエゴは周囲を見回し、舌打ちする。
「あぁもう、アンタがウダウダやってくれたお陰で逃がしちゃったじゃないの。
一匹くらい、生かして捕らえたかったのに。」
その言葉で、私も気付く。
四郎の姿が、どこにも見当たらなかった。
同時に、他の兄姉弟達も糸が切れた人形のように静止し、地に伏せている。
「見たところ、こいつらの体に埋め込まれた
仕事が早いわね。
これじゃ、こっちの実入りは実質ゼロ。」
溜め息混じりに言った後、アルターエゴは塀の上へと跳躍する。
用事はすんだから、後はサッサとお暇するとでも言わんばかりだ。
「ま、待ちなさい!
アンタは何物なの!?
どういうつもりで、こんな──」
瞬間、閃光…継いで轟音。
空にはこんなにも星が瞬くというのに、落雷が冬木教会を襲った──
否、これは…教会の内側より、超級の魔力と共に発生したらしかった。
「な、何なのよ!
次から次へと…!」
「さて、何かしら。
誰かの宝具らしいけれど…。
兎も角、この戦場の状況は決した様ね。」
輝く教会を眺めた後、アルターエゴは私を見下ろす。
「…これは、老婆心からの忠告ってヤツよ。
遠坂凛…聖杯戦争なんて投げ出して、何処か他所の国にでも移りなさい。」
穏やかな様な、冷たい様な…何れにせよ、何らかの諦観の意が籠められている。
「…なんですって?」
その言葉は、聞き捨てがならなかった。
「だって、アンタは弱いでしょう。
戦闘能力は勿論のコト、その心までも脆弱。
今の戦いが、それを証明してたんじゃない?
相手の姿に戸惑って、冷徹になりきれずに仕留め損なった。
そんな女が、気張って戦場に出る必要なんて何処にも無いでしょう?」
…それは、その通りだ。
私は、言峰綺礼の弟子達と昔馴染みだった。
それが、倒す覚悟こそ出来ても、殺す覚悟を抱かせなかったのは事実である。
だが──
「突然現れた正体不明のアンタに、ワケ知り顔で語られる謂われは無いわよ!
私は、この地を管理する遠坂の当主よ!
それだけで、この戦争に参加する意味は在る!
まだサーヴァントも喚んでないってのに、戦る前から諦めるだなんて出来るワケ無いでしょう!?」
ルーラーは聖杯戦争の見直しを求めたが、こいつは違う。
私に、
冗談じゃない。
遠坂の200年を、お父様の死を、私の十年を。
こんなポッと出の化け物なんかに否定させはしない。
「…下らない。」
吐き捨てるような、アルターエゴの言葉。
私は、それに呼応して弾ける様に宝石を構えた。
散財などと、知ったコトか。
たとえ敵わなくとも、ヤツに一発叩き込まねば気が済まない──
瞬間、アルターエゴは黒鍵を放つ。
それは私の数歩先に突き刺さり、地を抉った。
衝撃で、私は吹き飛ばされる。
「ああ、便利ねコレは。
奴らがバラ巻いた分を回収しただけでも、今後それなりに活用出来そう。」
抉れた地面を眺め感想をのべた後、アルターエゴは踵を返して歩み出した。
「ま…待ちなさいって、言ってんでしょ……!」
今の衝撃だけで、身体が軋む。
十分な強化魔術を施した身体に、これほどの影響を与えるなんて…それこそ、宝具でもない限り…!
「忠告はしたわよ。
家名も、街も…このままだと、直ぐに
弱いコトは、けっして悪いコトじゃないわ。
恥じなくても良いの。
だから、総てを受け入れて…逃げなさい、遠坂凛。」
言い残し、アルターエゴは立ち去った。
跡には破壊の痕跡と、幼馴染みだったらしいモノ達の残骸が転がるのみ。
「…なんだってのよ。」
私はといえば、混乱と鈍痛に呻くコトしか出来なかった。
しかし、痛みは混乱を少しずつ解きほぐしてゆく。
同時に、自分が頭に血を上らせて悪手を打ったという事実が明るみになった。
あの正体不明の女には、訊くべきコトがたくさんあったのに。
何者なのか。
幼馴染み達が変じたモノの正体を知っているのか。
何故、
「…なんで、私を助けてくれたんだろう。」
その疑問に応えてくれるモノなど、この場には存在しない。
そんなコトは解っていても、疑問は口を突き…私の心を支配して離れなかった。
閲覧いただき、ありがとうございます!
というわけで、謎のアルターエゴ参戦回でした。
今回登場した二人は、半ば独自のモノになっているとも言えるし、そうでもないとも言える。
型月とMARVELのキャラ要素を、いくつか混ぜたりしているので、よくわかんないものになってしまっているかもです。