「──………。」
「おい、聞いているのか、キャスター?
まさか、霊基の不調による目眩でも発症している…だなんて言うんじゃあ無いだろうな。」
閉口する僕に向かって、主たるアトラム・ガリアスタが問い掛ける。
「…ああ、もちろん聞いてるさ。
体調も、依然問題は無いよ…マスター。」
思わず取り繕う。
正直に言うならば、問題はあった。
マスターからの報告を聞いた瞬間、僕は友神にカミナリをブチ落とされたような途方も無い衝撃を受けたのだ。
日本流に言うならば、まさしく青天の
「…では、その反応はやはり心当たりが有るんだな?
ボクがお前との
「………。」
……………………………………………………
思わず、はぐらかしてしまった。
……………………………………………………
──さて。
我々キャスター陣営が対処すべき問題は、もちろん山積している。
我がマスター・アトラムが語った、僕の霊基に起こっているとされる異常については、もちろんその一つに該当した。
…僕の適当な誤魔化し文句を、マスターは不本意そうではあったが呑み込んでくれたらしい。
正直、組み始めた当初は彼がここまで僕に気を遣ってくれる様になるとは思いもしなかったが……。
彼の様な自分本意な男がそういう態度をとる程に、彼が話した夢の話は僕を動揺させ、混乱に陥れてしまっていたというコトだろう。
ニューヨークの事件の直前、アベンジャーズ結成時の話。
それをブツ切って現れた、アベンジャーズ・マンション。
その外に広がる、赤。
そして…よりにもよって、ホーリー議員…僕の世界における
…まあ、議員を騙る直前に
ともかく、彼女によって
サーヴァント・トニー・スタークの仕様変更。
この街を基点に展開されている“聖杯戦争”という術式システムから弾かれたコトにより、システムそのものの機能不全を引き起こしかねない
それによって開放された、英霊としての僕が持つ
…まあ、確かに筋は通る。
それに、そういった状況を産み出しかねない
ラッシュマンを名乗る彼女が僕の内面に存在するコトにも、その宝具の存在があればこそ納得がいく。
…彼女は、その宝具にとても関連性が強い。
………。
──だが。
だが、しかしだ。
それの存在について、それをこの
サーヴァントとは、
その機能バリエーションは多岐に渡り強大で、故にこそ備わった人格意思は己の性能を全て把握していなければならない。
仕様説明書の付属していない兵器など、危険なコトこの上ないだろう。
だのに、僕は
寝耳に水も良いところだ。
これは、おかしな話なのである。
それに、あれは一介のサーヴァントが所持するアイテムとしては、どう考えても強大すぎる。
あくまで、この星の自衛システムの一環でしかないという“抑止力”が運用・管理できるような代物とも思えないのだ。
この星の“領域外”なる存在であり、ともすれば“人類の脅威”にさえなり得るだろう。
この問題内容について、内面存在だとか宣うホーリー=ラッシュマンを問い質したくもあったが…
残念なことに、そういった
試しに、F.R.I.D.A.Y.に呼び掛けるように声に出して呼んでみたり、内心で呼び掛けてみたりもした。
しかし僕の内面存在とやらからはウンともスンとも返しを得られず、望ましい結果などは皆無であったワケだが。
ならばと我が陣営に属する様々な
この問題について解を導き出す程の知識を持ち得る魔術師となると、近場では聖杯戦争という術式の
ライダー陣営と最初に交戦した事実からも明白だが、現状において彼らは当然、敵対勢力のひとつである。
しかも、戦争運営の根幹を担う御三家の一角。
そう易々と、協力を仰ぐコトなど出来る筈もなかった。
初戦にて彼らに仕掛た集音機器は一見問題なく機能しているものの、魔術や戦力に関する目ぼしい成果は一切獲得できない。
不自然な程に、彼らの一般的な家庭のような生活音のみを拾い続けている。
魔術師という人種はテクノロジー方面に関しては疎いというのが通説とされる筈なのだが…我々の盗聴を察してか否か、ライダー陣営は情報を完全にシャットアウトしていた。
手詰まりである。
兎も角、大事なのは開戦が差し迫った現状に於いて、僕自身の霊基状態を改善する手段が見当たらないという事実だ。
萎む風船に空気を入れるように、失われる魔力を補填し続けて体裁を保つ。
ランサーの魔槍を受けた時点で覚悟していた事柄ではあったが、しかし状況はその想定を大きく下回る程であり、まさしく“最低”である言えた。
そして…常に魔力を消費するだけの宝具効力が、なんらかの形で
なのに、僕にはその自覚さえも無いのである。
それでも時間は容赦無く進むし、我々は戦わねばならない。
「…うん。
此処か、成る程。」
何故なら、聖杯戦争に挑むサーヴァントは未だ出揃わずとも、状況は刻一刻と変化を続けているのだ。
それを、僕は砕けた石畳のカケラを歩き様に蹴飛ばしながら実感したものだった。
「音声と衛星写真こそ確認したものの…コイツは酷いな。」
これは、より明確に新たな懸念材料のひとつであると言える。
僕らが治療や情報整理を終え、休眠状態にあったであろう時間帯に、ひとつの騒動があったと思わしき場所の確認。
2004年 1月下旬 朝
冬木市 新都 半壊した冬木教会
「神秘の隠匿だかいう共通認識も何も、あったモンじゃない。」
…まあ、これに関しては我々に言えた義理じゃないという自覚はある。
だがしかし、倫理観とは別に聖杯戦争参加者としての観点から俯瞰して見れば、公園の破壊と今回の破壊は意味が違う。
「周囲に動体反応は確認出来ず…か。
まさしく廃墟だな。」
マスターに請われてヴィジョン・アーマーを偵察に飛ばしてみたが、見渡す限り全壊した、かつての教会施設が広がるのみだ。
真新しい破壊の痕。
そこにはしかし、生命の存在を示す反応等は皆無。
破壊の主が隠匿したのか、そもそもこの破壊によって発生しなかったのか定かではないが…良くも悪くも死体らしき影もまた同様に見受けられない。
本来ならば、この場に滞在し聖杯戦争運営を監督するとされる、聖堂教会の神父とやらの姿さえも確認できなかった。
だが、魔力反応の残滓は随分と色濃い。
F.R.I.D.A.Y.が
…今まで出会ったサーヴァントは皆、なんらかの神性を含む存在だった。
彼らもまた、かの太っちょサーファー雷神と似通ったエネルギー数値を示していたコトを思い出す。
恐らくアレが、“神性”スキルとやらを保持したモノ特有の
何処かの雷神存在に類する何かが、他に召喚されているのか…
何もかも、現状を精査せねば知りようもない情報だった。
「さて…マスターの方も、渡りがついているといいが。」
僕は、ヴィジョン・アーマーの遠隔操作によって廃墟を探索しながら呟く。
現在、マスターはこの場での出来事の詳細を知るであろう人物に、通話による連絡調査を試みていた。
衛星カメラが記録した映像には、様々な人物が映し出されていた。
教会を運営していたであろう、幾人かの聖職者。
何らかの魔術か英霊スキルの影響か、像がブレて蠢く二人の人物。
僕らが撃退したランサーの主従。
ランサーの主…バゼット・フラガ・マクレミッツは見る影もなく負傷していた。
彼女に仕掛けた集音と追尾の機能を持つ装置は破損してしまったらしかったが、あの場に於いて彼女を傷付けた最初の一撃は、信用しきっていたであろう教会の神父によるものらしかった。
なんとも痛ましい話だが、重要な事実がもうひとつ。
騒動の末に気を失った彼女を救い出し、廃墟から連れ出した人物が居たのだ。
映像に写っていた、最後の一人。
あらゆる
サーヴァントを召喚し聖杯戦争参加者と成った、リン・トオサカの姿を。
「…分かってるさ、F.R.I.D.A.Y.。
今は余所事に脳のリソースを割いてる場合じゃない。
ともかく、僕らは出来る限りの状況検分を──」
急かすように表示される、現場情報のウィンドウ。
兎も角今は己に出来ることをせねばと、一瞬の沈黙から再始動した僕は──
「あの、もし。」
不意に、か細く透き通るような女性の声をヴィジョン・アーマーにてキャッチした。
ツイン・カメラによる、発生源の確認を行う。
『…ハイ。』
これまた寝耳に水、と言うべきなのか、あまりに咄嗟で気の抜けた返事をしてしまう。
そこに立っていたのは、少女だった。
ウェーブのかかった銀色のロングヘア、金色の瞳、そして白磁のように無垢なる肌色…その全てが透き通ったように美しい。
ゾッとするようなその美貌を黒い帽子と修道服で包んだ少女は、ともすれば人形とさえ見紛う無表情で佇み、此方を見つめていた。
「あなたは、聖杯戦争に関係する魔術師ですか?
あるいは、その従属ですか?」
あまりにストレートな問い。
魔力の類いを一切用いていない、このヴィジョン・アーマーを見て魔術と関連付けるとは驚愕すべきだが、それ以上に驚くべき事実がある。
「F.R.I.D.A.Y.、彼女は
アーマーのマイクを切った上で、僕はF.R.I.D.A.Y.に確認をとる。
そう、あらゆる公的機関による捜査も、野次馬する衆目も、現在この場所に及んではいないのだ。
魔術による隠蔽…それがどの勢力による仕業なのかは定かではないが、この惨状を確認できる存在など限られるというコトは事実。
なのに、この少女は現れたのだ。
もし何者かが接近しているならば、周辺捜査を行うF.R.I.D.A.Y.が発見し、警告する筈である。
だが──
『今この瞬間です。
様々なカメラを用いても、対象の女性が現段階まで冬木市に存在したという事実は確認できません。
対象の女性は、何らかの手段で突然教会跡に出現しました。』
…怪しい。
そんな芸当が可能なのは、この世界に於いてはよほど隠蔽魔術に長けた術者か、あるいはアサシンクラスに類するサーヴァントくらいのものであろう。
怪しい、確かに怪しいが…しかし、物騒な戦争への関連について関心を持つ彼女の正体こそが気になった。
なので、ここは素直に応答する。
『ああ、ご明察。
よくぞ言い当てたと称賛したいところだが…しかし状況はどう見たって不気味だ。
その服装と、この場所…
それらの共通項から導きだされる答えは一つだとは思うが、念のために訊いておきたい。
そういう君は何者だ?』
少女は、その感情の読み取れない瞳でヴィジョン・アーマーを黙して見つめたあと、ゆっくりと口を開いた。
「お察しの通りです。
私はカレン・オルテンシア。
今回の聖杯戦争の監督代理を行うため、聖堂教会から派遣された者です。」
『……。』
その言葉は、きっと真実なのだろう。
そう思わせるほど彼女の言葉は、その眼差しにも似て真っ直ぐだった。
だが…なぜだろうか。
どうにも、無条件で信用するには彼女の存在はどこか胡散臭かった。
「訝しんでおられますね。
当然の反応です。
聖杯戦争に興じておられる魔術師ないし、サーヴァントならば尚の事。」
それでも構わず、少女オルテンシアは歩み寄る。
害意があるという風でも無い。
そもそも、戦闘能力の低いヴィジョン・アーマーでさえ制圧してしまえそうな程、彼女は華奢だ。
現状確認について重要であろう彼女を捨て置くコトも得策でない以上、この場を去るという選択肢は取り難かった。
だが…やはり言い様の無い不信感は募る。
何故だろうか?
「ですが新たに遣わされた監督者として、いずれは全ての陣営と会談の場を設ける必要があるのです。
それ程までに、我々聖堂教会は現状を危険視しています。
その危機感は、この教会の惨状を確認したコトで確信的となった。」
ヴィジョン・アーマーの目前で周囲を見回した後、少女は再び此方を見つめた。
「前任の聖杯戦争監督者……言峰綺礼。
彼の行いと危険性について、我々は参加者の皆様と協議する場を求めます。」
ほんの一瞬、言葉に詰まる少女。
それが如何なる感情ゆえなのかは読み取れない。
『その男の危険性とやらが、この教会の状況に関係する…と?』
少女は淀みなく頷く。
そして、変わらぬ調子で淡々と口を開いた。
「彼は我々にとっては背信者であり、異端者であり…
この世界にとっては、未曾有の破壊を
私は、その男を浄滅すべく遣わされた代行者なのです。」
閲覧いただき、ありがとうございます!
毎度の事ながら投稿が遅れまくってしまい、誠に申し訳ありません。
なんとか私生活のリズムを取り戻すまで、ペースは安定しないと思われます。