アトラム・ガリアスタの魔術工房に、音楽が流れる。
AC/DCのBack in black。
空気を震わせ、芯に響くようなハードロック・ミュージックだ。
それをBGMに、二人の男が精密機械に囲まれ作業を行っていた。
「…よし。
さあマスター、完成したぞ。
一先ずの成果物、僕の改善策の第一段階だ。」
「何?
随分と早いな。」
書類や魔術書がきれいに整頓されて積まれたデスクに向かいノートPCを操作していたアトラムは、顔を離して己がサーヴァントを見やった。
作業補助用のマシン・アームを自分用にカスタマイズして使用しており、ソレ以外にも乱雑にデスク上に様々な機器が並ぶ。
「そういう君も…資料整理、もう大半が終了しているみたいじゃないか。
上に立つ人間が、そういった事務処理に長けていると言うのは素晴らしいことだ。」
「お前のような髭面の中年におべっかなど使われた所で、嬉しくもなんともないな。」
「いや、おべっかじゃないさ。
純粋に感心しているんだよ。
トップの人間が、情報の所在を把握しておく感覚を持ち続けるというのは困難なことだからね。
それがあると、イザという時に対応に動く反射神経が段違いになる。」
「…そういえば、お前も生前は会社経営経験があったんだったか。」
「向いてないから、
さっきのは妻の受け売りに過ぎないよ。
僕は結局のところ、創造者だ。
何事も、適材適所ってのが重要ってことさ。」
「そいつは言えてるな。
…さて、こちらも一先ず完了したぞ。
ホラ。
ご注文の、魔術関連の資料だ。」
「ああ、ありがとう。
すぐに確認させてもらうよ。
なんせ、サーヴァントの体なら休眠は必要ないからね。」
魔術工房改善に関する提案から一日半。
キャスター主従の二人は、聖杯戦争に向けた準備…の、そのまた準備を行っていた。
トニーは、啖呵を切った通りの成果物を制作。
アトラムは、技術のすりあわせのために必要な魔術関連の資料を選択し、データ形式で整理・保存。
作業はそれぞれ別種のものだが、作業行程の中で生じた疑問を即座に解消して効率化を図るため、二人はこの間ずっと同じ部屋に居た。
何せ、古代ギリシャの魔女を召喚するつもりが、近未来の機工技術者を召喚してしまったのだ。
聖杯戦争開幕まで一月ほど時間があるとしても、想定していた戦略からどの程度変更を要するかを、速やかに把握しなければならない。
ならば、一行程一行程を丁寧に、かつ迅速に行うよう努めねばならなかった。
「…本音を言えばジャパニーズのご婦人がたを招き入れて、優雅に戦争前の英気を養いたかったものなのだがね。
その余裕も無くなってしまった。」
ため息混じりにアトラムは言う。
女に囲まれた甘き色と肉の時間は霧消し、ハードロックをBGMにヒゲオヤジと二人きりで籠って作業。
優雅さなど欠片も無い。
「若いんだ、その考え方を否定はしないがね。
だがまあ、何事もメリハリが大事だよ。
良いじゃないか、一日半待たせただけの価値はあったと思うよ。
さあ、見てみてくれ。」
「フン、そうであることを願うよ。
どれ…。」
トニーは少年のように声を弾ませながら促し、それにアトラムも素直に従う。
性格も近い二人は、一日半の集中作業でそれなりに打ち解けることが出来ていた。
これもまた、作成物の手応えと同様に得難い収穫であるとトニーは思った。
「これは…お前の胸に輝いているパーツと似ているな。」
アトラムは、トニーの目の前のデスクに置かれた物体を見て、率直な感想を述べる。
それは、金属の円筒に収まった輝く何かであった。
まさしく、形状や厚みこそ違うがトニーの胸に輝くハート型のパーツに酷似している。
「ああ、その通り。
これは最初に作った小型の『アーク・リアクター』だからね。
胸のこれは、この発展型なんだよ。」
アーク・リアクターと呼称された胸のパーツを軽く指で叩きながら、今しがた完成した旧型のリアクターを持ち上げるトニー。
「…そのリアクターとやらは、曲がりなりにも宝具の一部なんだろう?
それを、旧式とはいえこうも容易く再現できるものか?」
「“この世界”でも、僕の発明品が機能することも一先ず確信できたしね。
作り方さえ理解できていれば、再現は難しいことではないよ。
特殊な素材も必要ないし、僕が最初にこれを作ったのはロクに自由な活動も出来ないテロリストの洞窟拠点内部だった。
囚われ兵器作成を強要された中で、監視の目を欺きながら脱出手段の一部として作り出したのがコレさ。」
あっけらかんと言ってのけるトニー。
魔術師界隈ならば珍しい話ではないが、一般社会ではそうそう起こらないレベルの物騒な事件ではないかとアトラムも感じる。
今から19年後に死亡する人間だということは、自分と同程度の年齢の、その事件に出会う以前のトニー・スタークが現在に実在していることになる。
しかし、アトラムはそんな人物の情報など記憶に無い。
…英霊の座に登録されるほどの偉業を成す、北米を拠点に活動する大企業の社長と嘯く男の情報を、自分が知らないなどということが有り得るだろうか?
気にはなるが、今現在の自分にとって重要な事柄とは言えない。
それに関する問いを、アトラムは飲み込んだ。
「…それで?
そんな劣悪な環境で制作した小さなソレが、一体どれほどのエネルギーを生むというんだ?」
トニーが持っていたリアクターを手に取り、まじまじと眺めながら問うアトラム。
「ああ、とりあえずコレ一基で毎秒3ギガジュールの電力を生み出す事が出来る。」
「な、なに!?」
驚愕のあまり、アトラムはおもわずリアクターを取り落としそうになる。
「おいおい、気を付けてくれ。
落っことしたくらいで壊れはしないが、一応現界して初めての製作物だぞ。」
「ば、バカな!
じゃあなにか!?
こんなちっぽけな発光体だけで、原発二基分のエネルギーを生み出すことが出来るというのか!?」
「ああ、そうだ。
僕の父が生涯を、そして僕の命の恩人が生命をかけて、ついに完成したモノだ。
その価値を正しく把握してくれるのは、喜ばしい事だよ。」
トニーの指摘を無視して興奮するアトラムに、トニーは苦笑して答える。
「……ふん。
成る程、たしかにボクを唸らせるだけの成果物だったということだな。」
「そう言ってもらえるなら、時間をもらった甲斐があるというもんだ。
コレはまだ第一段階で、改良品である第二段階以降に進むには別の作業が可能かの確認も必要なんだが…当面の課題は、そこじゃない。」
トニーは立ち上がり、魔術資料が納められたUSBメモリを軽く降りながら問う。
「果たして君の魔術は、リアクターが生み出す電力を魔力に変換可能か?という点だ。」
「…その根本的な疑問は、ここまで作業を進めてから投げ掛けるべき内容なのか?」
ジトッと睨むアトラム。
「まあそこは…エネルギー変換が真髄とまで豪語した我が主の腕前を、尊敬し信頼した故の判断…というか?」
おどけた口調で苦笑するトニー。
「フン…まあいい。
お前はボクに成果を示した。
なら、次はボクが見せてやるさ。
我がガリアスタが潤沢な資金を元手に培った、代償魔術の真価をな。」
……………………………………
夕暮れ時の冬木市。
俺は、学校からの帰り道を歩いていた。
生徒会の備品整備の手伝いで、少し遅くなっちまった。
暗くなり始める時間帯で、両手にはパンパンに膨らんだビニール袋。
ゆるい坂道を上っているから、若干しんどい。
夕飯のための買い出しで、切れてた醤油を補充するくらいの気持ちだったのに買いすぎてしまった。
それもこれも、旬の白菜が安かったせいだ。
試食にあった甘い冬大根のおろしが美味しかったというのもある。
白菜といったら、この時期なら鍋が良い。
そういえば、藤ねえが今日は肉をガッツリ食べたいと言っていた。
桜は、今年の正月は餅を食べ損ねたと呟いていた。
それなら、豚肉と餅を揚げて入れる、みぞれ鍋なんかどうだろうか。
ならば大根が必要だろう。
そう考えたらあれこれ思い付いてしまって、家の食材ストックなんかお構いなしにアレコレ買ってしまった。
…情けない。
直感でメニューを選ぶと、こういう展開になりがちだ。
「はぁ…。」
まあ、気に病んでも仕方がない。
それよりも、三人分の食材を想定して、残った材料を今後どうするかを考えておく方が建設的だ。
一度刃を通した野菜は、どんどん鮮度が落ちていくから……
「あっ!」
不意に、買い物袋の底が抜ける。
とっさに膝で穴を覆うが、間に合わなかった白菜が転げ落ちて坂道を転げていく。
「わっ、とっ、ちょっ……!」
慌ててみても、白菜は止まることもなく転げて回る。
どうしようもない!
わーもう、なんでこうなんのさ!
「おっと…これは、キャベツかな?
君が落としたのかい?」
そこにまさしく救いの手。
後ろを歩いていたらしい人が、白菜を受け止めてくれたらしかった。
「あっ、すみません!
ありがとう、ございま…す……。」
破れた袋を庇ってなんとか振り向くと、そこには一人の男が立って居た。
デカい…服の上からもわかる筋骨隆々な肉体は、身長も180cm以上はある。
それに、綺麗にセットされたブロンドの髪に、白い肌。
鼻筋の通った整った顔立ち。
ずいぶん流暢な日本語だけど、一目で外国の人であることが理解できた。
「構わないよ。
しかし、それ…大変そうだね?
買い物袋が破れてしまったのか。」
白菜を両手で持ちながらこちらに歩みより、彼が言う。
「あっ…ああ、そうなん、です。
ちょっと、買いすぎちゃったみたいで。」
「みたいだね。
その状況では、二つの袋を抱えて歩くのは至難の技だ。
どうかな、一つ持つのを手伝おうか?」
彼の、そんな白く綺麗な歯を覗かせて微笑む様を見て、俺は慌ててしまった。
「え!
いやいや、そんな悪い、ですよ!
大丈夫、破けた方の中身はカバンに詰め込んで持って帰るから!」
「しかし、君は見たところハイスクールの学生だろう?
そのバッグには勉強道具が入っているんだろうし、全部は入りきらないんじゃないかな。」
「うっ…。」
図星だ。
今日は六時間授業だったし、置き勉はしない派の俺のカバンは
パンパンだ。
正直、けっこう困ってしまっているのは確かだった。
「なに、気にやむ必要はないよ。
実は、僕はアメリカからこの街に仕事で来たばかりでね。
右も左もわからなくて、少し戸惑っていたところだったんだ。
誰かに街の話を聞けないかと考えていたところ、ローリングキャベツに遭遇したって訳さ。
だから…。」
言いながら、男は白菜を持たない方の手を俺に向けて差し出す。
「荷物持ちの駄賃代わりに、少し街の話を聞かせてもらえないかい?」
「……。」
なんとも、屈託が無くて頼りがいのある笑顔だ。
なんというか、100%の善意が全身から発散されて伝わってくるような感じがする。
もう、物理的に眩しく光って見えるような気さえしてくるのだ。
ていうか、その完璧な白い歯は実際光っているのかもしれない。
ここまで真っ直ぐだと、頼るのを渋るのさえ悪い気がしてきてしまい…
「わかりました。
じゃあ、お言葉に甘えてお願いできますか?」
俺は、破れてない方の荷物を差し出して頼んでしまった。
「了解だ。
僕の名前は…ブレット・ヘンドリック。
短い間になるだろうけど、宜しく!」
「俺は、衛宮士郎です。
こちらこそ宜しくお願いします、ヘンドリックさん。」
…………………………………
「なるほど、冬木ハイアットホテル。
いいね、じゃあ当面の宿はそこを当てにしようかな。」
「当面の宿って…ブレット。
海外から仕事で来たのに、拠点のことも考えてなかったのか?」
道中話しているうちに、俺はすっかり気安い接し方をするようになってしまっていた。
それだけ、ブレットの人柄が誠実で、話し易かったのかもしれない。
気を張らずにいられるのは助かる。
正直、なってないとは思うけど敬語で話すのは苦手だったからだ。
「ああ、急な仕事だったんでね。
おかげで、せっかく初めての日本だって言うのに観光を考慮する間もなかった。」
ブレットは、肩を竦めて苦笑する。
「大変だな。
冬木なんて、見るものも大して無いから観光は期待できないだろうし。」
「そんなことないさ。
シロウが教えてくれた中でも、リュードージって場所は興味があるよ。
話で聞いただけでも、まさしくジャパニーズ・テンプルって感じだ。」
そういうもんか。
まあ確かに柳洞寺は、参道から山門を抜けて本堂を望むまでの行程に、そこはかとなく風流を感じさせられるかもしれない。
友達の実家がこういう風に誉められるというのは、なんだか少し嬉しい。
「だったら良かった。
ブレットも忙しいかもしれないけど、この街を少しでも楽しむチャンスがあるってんなら俺も嬉しい。」
「ああ、そうなれば良いね。
感謝するよ、シロウ。」
そうこう話してるうちに、気付くと家の前に着いてしまっていた。
なんというか、ブレットとは通じるものがあるというか、会話をしてると時間があっという間だった。
「ここが俺ん家だ。
本当に助かったよ。
荷物、ありがとうな。
ブレット。」
「そうか。
こちらも話を聞けて助かったし、お互い様だな。
しかし…うん。
シロウの家も、話に聞くリュードージって場所が連想させる良い雰囲気を感じさせるというか…素晴らしい屋敷だな。
実にトラディショナルだ。」
俺ん家を眺めて満足そうに頷くブレット。
少し照れ臭い。
「そ、そうか?
古いだけだけどな…。」
「僕の友人が言っていた。
古き良きものこそ、人々の支えになるってね。
謙遜することはないさ。」
微笑むブレット。
何か、懐かしむような色合いを感じる。
「…ああ、そうだな。
ありがとう、ブレット。」
「…よし、それじゃあ玄関口まで運ぶか……」
「あ、士郎ー!おかえりー!そして、ただい…ま………?」
ブレットが言いかけた時、エンジン音・走行音と共に朗らかな声が響いた。
「おかえり、藤ねえ。」
乗っているスクーターを停車させ、丸い目をして俺とブレットを交互に眺める妙齢の女性がひとり。
「あ、うん、士郎…。
えーっと…こちらは、どちら様…?
は、はろー。
ないすちゅーみーちゅー…?」
「…藤ねえ、俺が言うのもなんだけど、英語教師がその英会話能力ってのはどうかと思うぞ。
慌てなくても、ブレットには日本語が通じるよ。」
「シロウ、彼女は?」
「ああ、藤村大河。
ウチの学校の英語教師で、なんていうか…俺の保護者みたいな人っていうか、そういう人だよ。」
頬を掻いて笑う俺に、正気を取り戻した藤ねえが食って掛かる。
「みたいって何よ、みたいって!
私は立~っ派に、士郎の保護者なお姉ちゃんですー!」
「あー、悪い!
勿論わかってるって。
言葉のあやだって。
で、こっちはブレット。
俺が買い出しの袋破っちゃって、持ちきれなくて困っちまってた所を助けてくれたんだ。」
「はじめまして、ミス・フジムラ。
ブレット・ヘンドリックです。」
微笑んで手を差し出すブレット。
「なんと!
それはどうもご親切に。
藤村大河です。
士郎を助けていただきまして、ありがとうごさいます。」
ハッとして握手に応える藤ねえ。
キッチリ教師とウチでのフリーダム感のギャップといい、このスイッチの切り替え具合は尊敬に値するよな。
「ハハ。
僕もこの街に今日来たばかりで、地理に疎い所を彼に助けられましたからね。
お互い様ですよ。」
「そうなんですかー。
ん?
ということは、もしかして今日の夕飯の予定も決まってなかったりします?」
「え…ええ。
それはまあ、そうですが。」
「じゃあ、ちょうど良いですよー!
その買い出しの内容からして、今日はお鍋でしょ、士郎!?
だったら、せっかくですからお礼ってことで、晩御飯を食べて行かれませんか?」
「え?」
「ちょ、何言ってんのさ藤ねえ!いきなりそんな誘い方したって、ブレットにも都合があるだろ!?」
「今、無いって言ってたじゃないの。
だったら、荷物持ちのお礼が街の軽い説明くらいじゃ足りないってば。
一飯くらいの恩義で報いてもバチは当たらないでしょう。」
「そ、そうかも知れないけど…。」
俺は、ブレットの方をチラリと見やる。
「…そうですね。
お招きいただけるなら、此方としては非常に光栄ですよ。
シロウ、構わないかな?」
優しく微笑み、問いかけるブレット。
なんだか、今の状況と俺の心境を汲み取ってくれたみたいに感じられた。
な、なんだこのイケメンは…!
確かに、俺も重い荷物を持ってくれた礼には足らないとは思っていたのだ。
それに、なんだかブレットにはもっと話を聞いてみたいような気もしていた。
理由の辺りは、自分でも良くわからないのだが。
「ああ、勿論。
ブレットが大丈夫なら、是非食べてってくれ。
今日は、腕によりをかけるからな!」
なんというか、思った以上に溌剌とした声が出たことに自分でも驚いた。
………………………………
「お、やっぱ先に来てたな。
ただいまー、桜!」
玄関を開け、屋敷へ入っていく士郎。
「やあ、中もやっぱり素晴らしい。
日本に来て、さっそくこんなにも日本的な家屋を見ることが出来て光栄だよ。
お邪魔します。」
「わかりますよ。
旅行に行くと、土地柄なりの建築様式に触れたくなりますよねえ。
ただいまー、桜ちゃん!」
それに追従して大人二人が続く最中、既に明かりが灯っていた家屋内部から、パタパタと足音が聞こえてきた。
「先輩、藤村先生、おかえりなさい。
一緒に帰ってくるなんて珍しい…です、ね……。」
足音の主は、出迎えに現れた途端に視界に入ったブレットの顔を見て、足と言葉を止めた。
「あー、桜。
そうだよな、やっぱり驚くよな。」
「大丈夫よー、桜ちゃん。
このブレットさんは、士郎の恩人で日本語ペラペラのアメリカンらしいから!」
「いやいや藤ねえ。
そんな端折った説明じゃ意味わかんないだろ?」
「いいじゃんいいじゃん、説明は中に入ってからでさ。
うー、さぶさぶ!
早くおコタであったまろー!」
バタバタと靴を脱いで駆け込んでいく大河。
「おい、高校教師!
ったく、いくらプライベートだからって、廊下を走るなよなあ…。
悪い、桜。
説明は中でするから…ひとまず荷物下ろさなきゃだな。
俺は手が塞がっちゃってるから、玄関の鍵、閉めといてくれないか。
ブレット、遠慮せず上がってくれ。」
「…ああ、わかった。」
大河に続いて、居間へ入っていく士郎。
玄関には、桜と呼ばれた少女と、ブレットの二人だけになった。
紫色の髪を、肩まで長さに伸ばした美少女。
目を引く外見をしている筈だが、それでもどこか儚げな印象を受ける。
少女は、目を見開いて金髪の偉丈夫を見つめていた。
「あ、あの…貴方は……。」
「…君は、『マスター』か?」
「……ッ!」
絶句する桜。
「落ち着いてほしい。
僕は、“君達”と争い合う
ここに来たのは偶然だよ。」
ブレットは静かに、言い聞かせるように、優しく語りかける。
「…わ、私は……。」
「おーい、桜、ブレット?
どうした、そんなとこに突っ立って。
早く中に入らないと風邪引くぞ。」
不意に、居間から顔を出して士郎が語りかける。
「ああ、すまない。
サクラが、僕の持つ荷物を代わりに持つと言ってくれてね。
だが、任された物事は僕が全うしたいと断ったんだが、彼女は優しさからか引いてくれなくて。
そこからは押し問答ってやつさ。」
「なんだそりゃ。
真面目だなあ、二人とも。
それで体冷やしてちゃ世話無いぞ。
早く入ってこいよ。」
呆れたように笑い、士郎は引っ込む。
「ともかく、今は中に入ろう。
出会った経緯はシロウが説明してくれる。
誓って言うが、君の存在を僕は知らなかったんだ。
信じてくれと、言葉を尽くす事しか出来無いけどね。」
「……わかり、ました。
あの…ブレットさん。
私のコトは…二人には……。」
「わかった。
秘密にしているのなら、僕が干渉することはない。
約束するよ。
…すまない。
戦いも始まっていない今、君の平穏を脅かすような真似をしてしまって。」
ブレットは沈痛な面持ちで謝罪したあと、桜を残して居間に入っていった。
「……どうして。
先輩…私は……。」
悲痛な、絞り出すような小さな声は、誰の耳にも届くことはなかった。
閲覧いただき、ありがとうございました。
当小説にオリジナルキャラクターは基本的に登場しないので、今回登場した金髪マッチョもオリジナルキャラクターではありません。
完璧な白い歯の、光輝く金髪イケメンマッチョ…いったい何者なんだ。