「ほざけェッ!!!」
ソロモンは光線を乱射するものの、それを長政に掠らせることさえ出来ない。
そうこうしている内に長政は纏う燕尾服を脱ぎ払うと放り投げた。
衣服によって一瞬長政の姿が隠れ、それが晴れるまでに僅かな隙が生まれる。
そして再び長政を視認したソロモンの眼前に迫るのは数多のナイフ、そして苦無に棒手裏剣。
服の内側に仕込んだありったけの暗器を所謂裏打ち…軌道を読ませずに放ち、返す手で射撃する。
…………侍って何だっけ?
その姿を見た者全てが浮かべる疑問だろう。
青年や壮年の長政でさえ平気で汚い手を使う事から察せるように、
ガワこそ若々しい(30代後半)今の長政だが、中身は老境迎えし古強者。
故、その手法も精錬されるに然り___と、聞こえの良いように言ったが、
要は結局長政が尤も得意とするのはダーティプレイなのだ。
飛来する刃と銃弾を辛うじて弾くソロモン。
周囲に散らすのがやっとでこそあるが、難なく捌ききった。
そして最後の苦無を弾くと同時に爆音と爆煙。
_____唯の刃物だなんて言って無いが?
下衆な表情にて笑みを零す長政。
音と煙による認識阻害は魔術障壁でも防げない。
驚くソロモンに対して背後から刺突する。
勿論、それ自体は防がれるが、一撃一撃が大きく魔力を削る。
最短にて唱えられた魔術を振り返りざまに唱えるソロモンだが、既にソコに長政は居ない。
かと思えばまた背後より追いすがり、切り付けられる。
一度距離を取ろうと浮遊すれば地に叩き落とされる。
「地球へようこそ!ハッハーッ!!!」
そして漸く気が付いた。この男は投げたナイフを媒介に転移している。
即座に周辺のナイフを前方に押し流し、体制を整える。
しかし、完全体では無いとしても既に刻まれたダメージの差は歴然だった。
転移能力といい、最早サーヴァントの域を超えている。
そう、サーヴァントの………サーヴァント………?
僅かな疑念は内部の多数人格によって討論され、一つの結論に行き着く。
まさか、この男は____
「おっ、気付かれたか?……ご想像通り、俺はサーヴァントじゃねぇさ。
外宇宙の存在に時間は関係無いし、特にティンダロスの王としてなら世界すら関係無い。
俺は単に
引き継いでるから、真っ当なパラレルって訳でも無いがね。」
事実上永遠の命と世界間の自由な移動。
外宇宙の存在とはそこまで圧倒的な力を持つのか!?
ソロモンの疑問には答えず、淡々と長政は告げる。
「お喋りは楽しんだか?
さっさと終わらせようか。なぁ?」
侮るような表情。値踏みするかのような態度。
ここにソロモンの沸点は限界に達した。
「……ざけるな……巫山戯るなァ!!!貴様のような老いぼれが、我が大志を挫くと言うのか!?
何たる不義!何たる狂人の戯言か!!!」
老いぼれ……老いぼれねぇ。
分かってないな、お前。
人は刀よ。
灼かれ、打たれ、削られ、磨き上げられる。
故、老いとは衰えに非ず。
超えた死線を糧に唯一太刀を極むるが如く。
「老いも、衰えも、破滅も、死も!全ては忌むべき存在だ!そのはずだ!
でなければ、何故!何故人は怯え、悲しむ!?」
その答えは___いや、俺が言う事じゃないな。
代わりに告げようか、憐憫の。
その答えを得ることこそ、生命の巡礼と知れ。
苦しみが無いならば喜びも無い。
痛み無ければ思いやりを知れぬ。
悲しみ無くては希望を見い出せぬ。
分かるか?獣よ、全ては表裏一体。コインの表裏よ。
時に老いすら楽しむものさ、我々人間というのは。
感情の無い生涯に何の意味が有ろうか?
例えそれにより、人が繁栄したとして、それは真の繁栄と呼べるか?
否。
お前がやっているのは愚かな稚児の人形遊びにすぎねぇよ。
思うがまま操るだけに快楽を見出す、幼稚で愚鈍な戯言ってね。
「喧しいッ!!!所詮は人の身で、私の苦しみの、何が!なにが分かるッ!!!」
…………遺言は以上か?
その言葉を皮切りに戦闘が再開した。
「この力を手に入れてから、あらゆるモノを見てきた。
時に、荒廃し灰に塗れた世界、血と獣の病蔓延る古都、化学汚染の進んだ世界を。
戦の果てに世の流れに反する国、空にて終わらぬ争いを繰り広げる国を。
しかして、そこには憎悪や憤怒こそあれ、歓びも、楽しみも然りだ。
……それこそが人の美しさ。愚かで醜く、救いようが無い事こそが。
貴様には分からんだろうがなぁ?クハハッ………」
ソロモンは答えず、満身の殺意をもって長政を追い詰める。
「…所詮は獣、人の言葉も解さんか……ああ、哀れ、哀れだなぁ。
まぁ、仕方あるまい。過程はどうあれ、お前は俺の家族に手を出した。
ならば、相応の報いがあって然りだとは思わねぇか?」
そう言って長政は腰だめに構える。
構えは居合い。格段得意とするワケでも無いが、この身体には尤も馴染む。
『人は刀よ、一度振るうには無駄多くして何も成せぬ。』
『人は刀よ、百度の
『人は刀よ、幾万に数うる
『人は刀よ、我が生涯、無限に等しくも積み上げた
『一太刀を重ねるにつれ、無駄を削ぎ、意を為して行く。』
『より速く抜く。より鋭く振る。より重く斬る。ただそれだけを専心に、鍛え続けた。』
『得た力と積み重ねてきた無駄、それ即ち、唯一つの極み也や。』
とてつもない前傾姿勢。
前に踏み込む、それ以外全てを廃した構え。
自らの回避や、相手の反撃を一切考慮しない、一撃必倒の構え。
_____ああ、どうか御照覧あれ、愚者の積み重ねた醜き日々を。才無くして抗い続けたこの生涯を。
刹那、ソロモンが抱いたビジョンは切り刻まれ、地にばら撒かれる己の姿。
ソロモンは激昴した。
左の腕にて魔力による無敵の護りを、右の腕より光帯に匹敵する最強の一撃を。
それら全てを正面の男に殺到させた。
「…意地も張れぬ繁栄などこちらから願い下げだ。『
しかし、既に全てが遅かった。
まるで転移したかの様に男はソロモンの後ろを悠々と歩む。
「ああ、まだ気が付いてないか?
ぜーんぶ、斬ったぜ。全部な。」
瞬間、魔力障壁が、実体のない光帯が、ソロモンの五体が。
一太刀の元に切り捨てられた。
『
才能が無くとも、抗い続けた。
より早く、速く………
やがて老境に差し掛かり、数多の死線を超えた先、
一切の不必要な無駄を廃し、さらに外宇宙の存在と一つになり必要さえ削ぎ落とした。
踏み込み、抜き、斬り、刀を収める。
踏み込んだならば抜いておる。抜けば斬り、斬れば収める。
以下四動作を全て削ぎ落とした果てに生まれた絶技。
『斬った』という概念以外相手は何も知覚する事が出来ない。
早さを夙さに、速さは迅さに…全てを昇華した果てに生まれた対人絶技。
本来は常時発動型の能力であり、彼の太刀筋を見抜く事は本質的に不可能。
(但し天眼を持つ武蔵や未来視の類を保持する英霊ならば回避は可能。)
尤もそれ抜きにしても数千から数万の時を生き、
練り上げ続けた武芸は並大抵のものでは無いのだが。