絶対に守る、助ける、救う。

俺の人生は 、

妄言を吐き散らかすだけの、

くだらないものだった。




pixivとマルチ投稿をしています。

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――これは、救えなかった「未来」の物語

 3年前のあの日の事を俺は今でも夢に見る。

 俺は、彼女を救えなかった。

 大切な人を、助けられなかった。

 俺は今でも夢を見る。

 最愛の彼女がいない世界で、それでも俺は彼女の夢を見る。

 想い出に()かって、夢想に(ひた)って、それでも俺は生きている。

 この糞みたいな現実を、それでも俺は生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日もまた、憎たらしい太陽が燦燦と大地を照らしていた。彼女が死んで、彼女がいなくなって、彼女が生け贄として捧げられて、そして終わった異常気象。あの雨が降り続けた3ヵ月からもう3年もたっている。気象学者の中では未だに研究対象として取り上げることもあるようだが、多くの一般人にとって3年前の異常気象なんてもはや話題にもならない過去の事だ。

 俺は、それが悔しくて堪らない。

 彼女の犠牲の果てに取り戻された日常。そんな価値ある日常が、多くの人の中で当たり前のこととして定着していることが哀しくて、悔しい。本当は言ってやりたい。この日常は、彼女が生け贄になったからこそ取り戻せたものなんだと。そう言ってやりたい。

 でも、それが無意味なことだって俺は知っている。

 口にしたところで誰も信じないであろう戯言。正気を疑われて、また1人あのクソみたいな牢獄に閉じ込められるくらいなら、俺は我慢できる。

 

 3年前のあの日、彼女は俺の前からいなくなった。

 

 警察をだまくらかして、子供たちの協力を得て、俺は彼女を助けるために行動していたのに、彼女を助けることはできなかった。それは俺が無力で、無謀で、無価値な子供だったからじゃない。俺が弱くて、弱くて、弱かったからじゃない。全部、アイツのせいだ。アイツらのせいだ。

 大人は助けてやくれなかった。

 常識なんてくだらない価値観に縛られた大人(塵クズ)共は、揃いも揃ってアイツの邪魔をしやがった。

 だから、彼女は死んだ。

 天野陽菜は何も知らない大人たちに殺されたのだ。

 

「――――――――――――」

 

 もう、夏に雪が降ることなどないだろう。

 幻想的なあの光景を見ることは、もう二度とできないだろう。

 あの日以来、陽菜がいなくなったあの日以来、俺の世界から色は消えた。何にも興味を持てなくて、何にも関心を持てなくて、今はただ、時間を浪費するだけの日々を過ごしている。幸福(カラフル)だった世界は容易く絶望(モノクロ)に変わって、俺の時間は3年前に止まったままで、動き出すことはないだろう。

 晴れ女。

 天気の巫女。

 生け贄。

 俺は、何も知らなかった。

 全ては、全てが終わった後に知ったことだった。

 

「いつまでそうしてるの?」

 

 うるさい。黙れ。何も知らないくせに。

 

「毎日毎日こんなところに来てさ、いつまであの時のことを引き摺ってるの?」

 

 俺のすぐ後ろに背後霊みたいに立ってる同級生に向かって、俺は精一杯の虚勢を張って怒鳴りつける。

 怒鳴りつけることが、3年前の俺ならできただろうけど、今の俺にはできない。

 声が出ないのだ。

 

 失声症。

 

 3年前、天野陽菜を喪ったトラウマで俺は声を失った。喪ったのだ。

 声も、家族も、何もかもを俺はあの時喪った。

 

「――――――っ!…………っっっ!!!」

 

 出すことのできない声の代わりに俺は必死に手を動かす。左に右に、上に下に、激しく、感情のままに動かして、

 

 ――――――その怒りの全てを受け止めてくれる年下の少女(もう1人)のことが、俺は本当に大嫌いだ。

 

「――――――――――――――――――」

 

 天野陽菜が消えてからの俺は荒れに荒れていた。身近に人に暴力を揮い、気を使ってくれる大人を憎み恨み抜いて、天野陽菜を見捨てた世界の全てを憎んでいた俺は何度も自殺しようとした。

 その度に、この女は俺を止めた。俺を叱った。

 口にしたことは何ともチープでくだらない当たり前(クソ喰らえ)一般論(常識)だ。

 やれ命とは尊いモノだなど、やれ彼らにも事情があったなど、やれ天野陽菜だってあなたには死んでほしくないはずだなど。本当に、くだらない、クソみたいな言葉。響かない。俺の心に響くわけがない。そんな誰にでも言える言葉で、俺の心が癒せるわけがない。

 ありったけの言葉(手話)で俺は責め立てる。ボロクソに言い放って、その心に傷をつけて、さっさと俺の前から消え去れと、そう思って、

 でも、だ。

 

『大丈夫』

 

 コイツはそんな俺に、いつも通りの悲しそうな顔で、ひどく困ったように微笑んで、そんな手話を返すのだ。

 声を失った俺は他者との意思伝達手段がなくて、だから俺は手話を覚えることにした。まず初めに覚えたのは罵りの言葉で、次に覚えたのは恨み辛みの言葉で、その次に覚えたのは憎しみの言葉だった。天野陽菜を助けてくれなかった全てを責め立てる。そんなひどくくだらない理由のために、俺は必死になって手話を覚えたのだ。

 自殺未遂を繰り返す日々の中で覚えた手話。

 異常気象が終わって1ヵ月後、コイツは憎しみの籠った俺の手話に慈しみの籠った手話を返した。何でもひそかに練習していたのだという。朝早く起きて手話の勉強をして、学校が終わったら手話の勉強をする。コイツはそうやって、変わり果てた俺に、それでも愛してるなんて睦言を囁くのだ。

 

『大丈夫だよ』

 

 なんて空虚な妄言だろうか。大丈夫なわけがないのに。

 

「だいたい、そのお墓にあの人は入ってないでしょ?」

 

 なんて辛辣な批判だろうか。現実なんて直視したくもないのに、それでもこの同級生は俺に現実を突きつける。

 

 優しい言葉で俺を包む年下の今カノと厳しい言葉で俺を包み込む元カノ。

 気を使わせているのが分かって、それを分かっていても俺は2人に依存してしまっているから、

 だから、俺は憎らしい。

 天野陽菜を殺した世界が、天野陽菜を救うことを邪魔したアイツらが、天野陽菜を救えなかったアイツが。

 そして、何よりも憎らしいのは、

 

()()()

()()()

 

 3年前から1歩も進むことのできない俺のことが、俺は一番憎らしかった。

 

 それこそ、殺してやりたい(自殺したい)くらいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3年前のあの日の事を俺は今でも夢に見る。

 俺は、姉ちゃんを救えなかった。

 唯一の家族を、助けられなかった。

 俺は今でも夢を見る。

 最愛の姉ちゃんがいない世界で、それでも俺は姉ちゃんの夢を見る。

 想い出に()かって、夢想に(ひた)って、それでも俺は生きている。

 このクソみたいな現実を、俺に献身的に尽くすカナとアヤネ(2人の少女)に支えられながら、それでも俺は生きている。

 

 命以外の全てを喪った世界で、

 姉ちゃんのいなくなった世界で、

 

 

 

 それでも俺は、生きている。



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