【三次】 みほエリを見たかった俺はこの先生きのこれるのだろうか?   作:米ビーバー

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「しかし潜入ミッションとかスパイ映画みたいだなぁ……」
「あら?映画なんかよりもスリリングよ?捕まったら戦車道規則に則った『処罰』があるからね」

揶揄う様に言う私に「うげぇ」と呻く少女。

「アレですか?スパイは見つけ次第ラーゲリ送り、みたいな?」
「ロシアを引き合いに出す必要ないでしょ?ドイツには有名なGeheime Staatspolizei(秘密警察)があるんだから」
「あんなのがあるの?!黒森峰マジヤバイ!?」

それはミッションに挑む前の、他愛もないやり取りのはずで―――



太平洋(とは限らないが)血に染めて()

『―――アッサム。聞こえてるなら答えなくていい。これから“跳ぶ”から、回収宜しく』

 

 通信機から一方的に聞こえてきた声に軽く舌打ちをする。勝手な判断をと怒りたいところだけど、対応が後手後手に回ってしまったのは私の責任だ。

 それでも言い訳をしていいのなら“天翔エミがここまでの身体能力を持っていた”というデータは、私の手元には存在しなかった。

 

 陸上疾走時の平均速度30km/h、持久走力実に2時間。足回りの弱いドイツ戦車とはいえ、平均5輛に追い回されてなお切れない集中力に予測回避力。荷物を抱えているというのに垂直に壁を蹴ってよじ登る脚力。人知を超えている。理解不能の域にあるまさに人外と言っていい能力の少女に、データから算出されたランデブーポイントを何度書き換える羽目になったかわからない。立案した作戦をいい意味で裏切られ続ける。これ以上はもう無理だと思われるポイントで合流しようとするたび予想外の方向に逃げてみせる彼女に、色々な意味で私のプライドはズタズタだった。

 

 

 データは裏切らない。正しく算出したデータは、算出式に間違いがない限り絶対の法則を以て現実に反映される。私はずっとずっとそうやって過ごしてきた。

 失敗するのはデータが不足しているからだ。間違えたのは計算式にミスがあるからだ。彼我の戦力差を正しく計算して算出すれば、勝率と損耗率とを天秤に懸けてより勝利を確実にする方向に舵を切っていけばいい。

 

 

―――なのに何だあの規格外は。

 

 

 フック付きロープを片手で操り自分と荷物の体重合計を片手で支えて駆け上り、時にはロープも使わず3歩で5mの塀を踏破する。不整地の上とはいえ平均時速30km前後のパンターと同じ速度で走り続ける脚力。至近距離に着弾する模擬弾を前に足がすくむことなく駆け抜けていく胆力。どれもこれも同じ人類というカテゴリに分けていい存在ではありえない。

 

 

 

 そのバカげた存在が言っているのだ。

 

「手際が悪すぎて合流できないから先に逃げる。回収しろ」と。

 

 

 

 実にふざけた話だ。業腹だ。それでも非が私にある以上文句を言う権利は私にはない。同時にむくむくと鎌首をもたげてきたのは彼女に対する興味だった。

 私が集めて試算したデータを軽く凌駕して見せる身体能力。いざというときの胆力。ダージリンが夢中になる理由の一端を、今漸く理解できたように感じられる。

 

 

 急ぎ学園艦の外に向かい、グロリアーナの高速艇を海上に移動させ、自動運転に切り替える。私自身は付属のタグボートを使い、身に付けさせたアクセサリーに仕込んだ発信機を頼りに海上を移動し、彼女の捜索を開始する。

 しかし予想していたポイントよりもはるかにずれた位置にあった反応に、私の対応はまたも後手を踏む結果に終わる。おそらくは風圧。学園艦が移動するタイミングと、気圧差から生まれる風の影響を受けたパラシュートが流されたことと、彼女自身の体重。軽すぎる身体と小さすぎる体格が、成人男性を対象にしたパラシュートの傘の大きさにマッチしなかった結果なのだろう。

 

 海面に広がるパラシュートの傘を発見して急行したとき、彼女はぐったりとした様子でその傘にしがみつくように気絶していた。

 

 

 

 ―――冷たい。

 

 

 

 引き揚げて早々に感じた率直な感想だ。彼女の体温は下がり切っていて、血の気を失った顔色が青白く、ガチガチと歯の根がかみ合わない様子で震えている。

 

 一刻の猶予もなかった。

 

 身に着けている服を全て脱がせて身体を拭い、使い捨てカイロなどを仕込んだ毛布をかぶせてタグボートの上に転がす。カタカタと震える彼女の体温はそれでも元の温度に戻すまでに時間を要するのは明白で―――

 

「―――ほら、飲みなさい」

 

 意識が戻っていない彼女の口を強引に開けて、少しでも体内から温めようと持ってきた温かい飲み物を流し込もうとするも、うまくいかない。体温と水温の温度差で舌が拒否を起こして口を塞いでいる。極端に低い体温の時に適温のお湯が熱湯のように感じられる現象だ。持ってきた飲み物にも限りはある。私自身の体温も海上という調節の効かない環境の中で徐々に奪われていく。

 

 

 ―――ここから彼女を救い、自分のリスクを減らす合理的な案は、一つだけ。

 

 

 

「――――んっ」

 

 

カップに温かいスープを注ぎ、口を付けて傾ける。それを口に含んだまま

 

 

―――天翔エミに口付けた。

 

 

 

 

 

 

 ちゅぷ、     ちゅ

 

 

 

     くぷ……        じゅる   

 

 

 

          くちゅ、          「んく……」

 

 

 

 「んっ―――」        ちゅ―――

 

 

 

 

 舌と舌を絡め合う様にして熱を譲り、絡めた舌を押さえつけて抵抗を奪ってから、ゆっくりと舌を伝わせて喉奥に飲み物を流し込んでいく。呼吸を優先する身体はそれを嚥下することで気道を確保しようとする。

 

 

「……っ……はぁ……」

 

 

全てを嚥下したことを確認して唇を離す。口元に垂れる残りを乱雑に拭い、お代わりを注いだ。

 初めては檸檬のように―――などと子供じみた妄想を信じていた乙女のつもりもないけれど、よもやスープを分け合う味を反芻する羽目になるとは思ってもみなかった。

 

  「これはこれで別に悪くない」などと思ってしまうのだから最悪に性質が悪い

 

 海上に出た以上、9割存在しない追跡をそれでも警戒するためにタグボートは海流に任せ、数十分後に高速艇にランデブーできるように修正出来ている。高速艇に戻れば彼女を安静に寝かせる医務室もあるし、グロリアーナに帰還する準備もできる。

 

 だからその間は私が彼女の延命を何よりも優先させる責任がある―――。

 

 物音の無い海上で、静かに滑ったようなくぐもった様な音だけが響いて耳朶を打つというのは、私の経験上今迄無いものだった。ただこのシチュエーションに酔うわけではなく効果的に体温を保持するために私にも温かい飲み物を味わう必要があったわけだし、緊急避難における口移しというのは一般的に見ても当然の行為であってしかるべきだとこの時の私は判断した。

 

 

 ―――ロジカルに自己弁護をしたわけではあるが、魔法瓶に入れてきたスープが私の胃の中にほとんどおさまらなかった言い訳には少々苦しいものがあるのかもしれない。

 

 

 身体の内側から熱を送り込めば、多少はマシになる。素人の私ではその程度しか考えが及ばなかった。

それでも身体の末端まで熱がいきわたるわけではない。加えて、以前よりエミ本人から自己申告を受けていた懸念もある。彼女が“極度の冷え性”というか、寒さに極端に弱い体質なのだということ。

身体に熱が籠りにくい体質の原因はきっと、筋肉と脂肪のバランスが著しく偏ってしまっているから―――スープなんて何の気休めにもならない可能性に、改めて決断を迫られる―――いや、迷うことなど最初からないから、私は今彼女と同じ毛布に包まっているのだけれど―――

 

 身を寄せるとはっきりとわかる。ブルブルと小刻みに震えている冷え切った身体。触れたところから熱が伝播すると、無意識に熱を求めてしがみつくようにして強く抱きすくめられた。思ってた以上の冷たさに思わず悲鳴じみた声を上げてしまう。ガタガタと震える幼子のような姿に、普段のアバンギャルドにも程がある姿とかけ離れた様子に愛らしさを感じてしまうのは悪いことなのだろうか?

 

―――自粛。自粛すべし。自戒すべし。自制200%で臨むべきよアッサム。

 

 何度も何度も言い聞かせてはいるが、私の身体に抱き着いてすやすやと眠る様子の少女の姿に、何というか―――母性のようなものが芽生えそうになっている気がする。

 これはよろしくない。よろしくない方向なのですアッサム。

 

 ダージリンの彼女への執着は知っている。彼女の後輩と水面下での争いも眼にしている。最近では紅茶の園に入室してもいないのに弟子を自称するアホの子も加わって面倒なことになっているのだ。私がそこに首を突っ込んで紅茶の園が違う意味で紅色に染まるのは勘弁願いたい―――だから自制よアッサム。自制なさい!

 

そんな無駄な思考をしている間にも体温が奪われて行く。お互いの体温が同じくらいになるまでは熱交換は続くのだから当然の話で―――体温の低下による眠気が来るのも当然の話で―――

 

 

 

 

―――気が付くと私は眠っていて

 

 

 

 

 

 目の前にはグロリアーナの高速艇が見えていて

 

 

 

 

 

「エミ、高速艇に着いたわ。もう少しの―――」

 

 

 

 

 

毛布をはだけてその顔を覗き込んだ私の目に―――

 

 

 

 

 

 

―――真っ赤に染まった私の胸と、同じように口から血を滴らせるエミの姿があって―――

 

 

 

 

 

 

「―――嫌だ。

 

 

 

 

 やめて、やめてよ―――お願いだから、お願い、お願いだから―――!!

 

 

 

 ―――お願いだから、目を開けて……?ねぇ―――」

 

 

 

震える手で、蒼い顔の少女を抱きしめる。触れ合った胸から、幽かな鼓動が―――聞こえた。

 

 

 

 

「―――あぁ……ッッッ!!!」

 

 

 

 

涙が、溢れた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「―――精神性ストレスからくる喀血ですね」

「人騒がせな……!!!」

 

 

高速艇で医務室に寝かせたエミをフルスロットルでグロリアーナ学園艦に運び、そのまま緊急入院させた私に医師が告げた病症に、私は憤りながらも

 

 

 

―――心の底から安堵していた。

 

 

 

 

****** A for E

 

 

 

 

 アッサムが眠りについてからしばらくした後、ブルブルと震えていた少女が震えをピタリと止めて、うっすらと目を開いた。

 

―――そう、俺だ。

 

 体温が低下しすぎて意識が朦朧としている中、俺の脳内に走馬灯のように過去の記憶がぐるぐると目まぐるしく回り―――俺の脳内に一つのひらめきが舞い降りたのだ。

 

―――そう、シバリング(byトリコ)である。

 

 人類の規格外レベルの肉体である今の俺の身体であるならば、或いはシバリングで生み出した熱量でグルメ細胞のように延命措置がとれるのではないか?そう考えた俺は細かく身震いを繰り返すことで熱を生み出そうとして―――筋肉の蠢動に意識を持っていきすぎて気を失っていたのだ。ウカツ!

 しかし俺の推論は正しかったようで、シバリングによる体温調整の結果、こうして俺は目を覚ますことができたのだろう。

身体を包んでいる毛布の暖かさから察するに、アッサムにより回収もされたようであるし―――

 

 

―――【悲報】そこで俺氏、目の前の肌色にようやく気付く。

 

 

 めのまえにはおやまがふたつありました。すこしまえまでかおをうめるようにしてねむっていたようです。

かおをあげるとあっさむのかおがありました

ぼくはいまどこにいるのかわかりませんでしたが、だいたいすいそくできました

 

 

―――裁判長!これは有罪でしょうか?!          『Yes!Guilty!!』

 

 

「―――――かふっ」

 

 

 脳内裁判によるピロシキの執行を待たずして、精神に限界が来ていたらしい俺は、その場で血を吐いて失神したのだった―――。

 

 

 

――月――日

 

ぼくはいまびょういんにいます。(以下第三章(本)と同様)

 




サム「ブリーフィングで私があんなことを言わなければ……この子はここまでしなかったというのに―――!」



カス「俺が逃げてエリカが本気で追いかけてくれば来るほど、エリカがみぽりんを必要だと思ってることへの証左になるんやで!踏ん張れ俺!ノーコンテニューでクリアしてやるぜの心根や!!」



だいたいこんな認識の差()

次回更新のお相手()

  • ダージリン
  • ペッコ
  • 舎弟ップ
  • アッサム
  • パイセン
  • その他
  • 本編更新して、やくめでしょ
  • 休憩やで

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