錬金術師と吸血鬼   作:湖畔十色

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第18話 不穏

「えーっと……あー……」

「……」

 

 セレーナが魔術で作った氷塊を布に包んで抱えたティエロが何か言いたげに口をもごもごと動かし、そしてそのまま黙る。

 ティエロの火傷は大事に至るようなものではなかったらしいが、念のためにとクリスが薬を取りに走ったため、工房には二人だけが取り残されていた。

 気まずそうに目をやった先でせっせとカップの破片を掃き集めているもう一人の人型の存在は全く無口で、この空気を和ませてくれそうにない。

 

「……魔導人形、と言ったな。一体どういう作りなんだ?」

 

 しばらく静寂が続いた後、耐えかねたらしいセレーナがぽつりと呟くように話題を振ると、ティエロがばっと顔を挙げて中指でくいと眼鏡をかけ直す。口をふるふると震えさせながら、また何か言いたそうに口を動かしてセレーナを見つめる。

 

「きょ、きょ……」

「きょ?」

 

 聞き返すのと同時にティエロが木箱を転がしながら立ち上がり、セレーナの両肩をがっちりと掴む。

 

「興味ありますか!!!!!」

「あ……ああ、まあ」

「流石セレーナさん! クリスと違って見る目あるなぁ~! よし、じゃあ早速説明しますよ」

 

 そこまでいったティエロは、激しく動いたせいでまたずり落ちかけた眼鏡を直しながら「リオネット、こっちおいで!」と人形に言う。それに従って、リオネットは掃除を中断して硬い足音と共にティエロの横に並び立った。

 こうして近くで見ると人形としてはかなり大きいもののようで、セレーナとほとんど目線が変わらない。

 

「……セレーナさん、マジで綺麗っスよね……。クリスが羨ましいなぁ~」

 

 ティエロはセレーナとリオネットを見比べる。

 僅かな歪みも出来ないよう仕上げた人形に負けず劣らず美しいセレーナについ見惚れ、改めてクリスがセレーナに惚れたことを――実際にはそんな事実はないが――納得する。

 そして眉間に少ししわを寄せて何かを言いたげにしたセレーナが口を開くよりも先に、魔導人形についての説明をはじめる。

 

「――あ、それで! まず魔導人形っていうのはですね、最近になって錬金術と魔導の共同技術が進歩してはじめて発明されたもので」

 

 セレーナは、作業台に向かって歩き出したティエロと、その後ろにつづくリオネットを目で追いながら話を聞く。

 恐らく、先程クリスが言いかけていた錬金術と魔導の云々とは魔導人形のことだったのだろう。

 

「そもそも錬金術にはゴーレムっていう、魔石の魔力で()()()に精霊を宿し使役する術があるんです。依り代っていうのは、生物を模した形のものであれば何でもいいらしいです。で、その依り代と魔石を、召喚した精霊に与えて、呪文を詠唱してやればゴーレムの完成。でも燃費が悪くて、上質の魔石を使っても半日もたないんです」

 

 ティエロは言いながら巻いてあった紙を手に取るとセレーナに渡す。

 セレーナがそれを広げると、中には魔導人形の設計図が書かれていた。上の方にはリオネットという名前が、図面の周りには細かい文字がびっしりと書き込まれている。

 

「そこで、魔力充填装置を魔石の代わりに魔力の供給源とします。これによって、本来は使い切りのゴーレムを、魔力供給のある限り半永久的に使役ができます」

 

 ティエロは言いながら、リオネットの背中を割り開くようにして中から拳ほどの大きさの機械を取り出した。ガラスの筒の中に魔石を浮かべたような構造で、筒の上下からは太い線が体に繋がれている。

 設計図の同じ位置を見れば、これが魔力充填装置ということらしい。

 

「っていうのが魔導人形です。ただし課題は多くて。基本的に、高純度の魔石ほど依り代に高位の精霊を宿せるんですけど、充填装置だと低位の精霊しか宿せないので簡単な命令しかできないし、さっきみたいにやらかす事も多くて」

 

 ティエロはそこまで話して粗方の事を伝え終えたと思ったらしく、最後に「ま、そんな感じです」と付け加えながら装置を元に戻した。

 

「すみません、一気に説明しちゃって」

「構わん。大体は理解した」

 

 とは言ったものの――というのが本音だった。

 吸血鬼は世紀をまたぐような長い生涯に生じる飽きを避けるため、独自に発想した遊びにとどまらず、大陸中の娯楽という娯楽を、もっとも原始的なもので言えば()()()()までをも楽しんでいる。

 例に洩れずに様々なものを見てきたセレーナも大抵のことに動じずにいられる自信はあったが、ほとんど人のように動く人形ともなるとそうもいかない。

 

「ところで、どうして二人で来たんです? クリスだって、そんなに頻繁に来る訳じゃないのに」

 

 ティエロは置いていた紙袋からまたパンを取り出して口に咥え、空になった袋をくしゃくしゃと丸めてリオネットの前に投げやりながら訊ねた。

 セレーナは、クリスが戻ってきてから話を進めた方がいいかとも逡巡したものの、大方の話は先に把握しておいた方が驚きも少なく済むだろうと思い直す。

 

「ああ、実は……私の事情で、旅に巻き込んでしまってな。街を出ることになった」

「へ? あ~、もう出るんだ」

「そうか、やはり驚くか……。大事な友人を突然旅に連れ出すことになってしまって済まな――は? し、知っているのか?」

「街をそろそろ出ないと~って話は前から。でも確か王都に帰らないといけないからじゃありませんでしたっけ」

「まぁ、そう思ってもらえれば構わない。色々と立て込んでいてな」

 

 事情をすべて話さなくても良いだろうと思い、セレーナはそこで口を閉じる。ティエロもそこまで気にしていない様子だった。

 自分が追われている旅に巻き込み勝手に連れ出してしまう――ティエロとクリスの事を自分とマーガレットに置き換えてみれば、それがどれほどの意味を持つかわかるというものだ。

 

「暫くの別れになるだろう……寂しくは、ないのか?」

「う~ん、寂しい、かぁ……。あんまり感じないかもですね、仲良いから」

「仲が良いから、寂しくないと? 普通は逆じゃないか?」

「もっと言うならこう、クリスならなんとかなるかな~って。あれでしっかり者ですから」

「……解らん」

 

 セレーナの眉間の皺が一層深くなる。

 口調、表情、心拍数に至るまで、嘘による緊張を全く感じ取れない。仲が良いからこそ、別れが寂しくない――矛盾しているように聞こえるそれが実際にまかり通っていることは、ティエロを見ればわかる。だが、その理屈は全く解せなかった。

 

「あっれ~、クリス遅いな~?」

 

 考えこむままにまた掃除にとりかかったリオネットを眺めていると、ティエロが棚から別の魔導具を取り出しながら呟く。

 思えば確かに薬を渡した酒場に行ったにしては時間がかかりすぎている。

 

 ――クリスの魔力は……。

 

「あれ、クリス街から出てない?」

 

 セレーナがクリスの魔力を感知しようと意識を集中させた瞬間に、ティエロがそう呟いた。

 

「魔力が感じ取れるのか?」

「ああ、いや。()()()で」

 

 ティエロは手に腕時計のようなものを握っている。一見すれば時計に見えるが、よくよく針の動きを見るとどこかを指しているように揺れ動いている。

 

「それも魔導具か」

「そうなんです。簡単に言うと、登録した人の魔力を追いかけるコンパスみたいな……。それより、クリスが」

「ああ……私の感知できる範囲にもいない。様子を見にいった方が良さそうだ」

「……リオネット! お留守番よろしく!」

 

 二人が駆け出すのはほとんど同時だった。

 ティエロが魔導銃の入ったケースを背負ってから走りはじめた分、セレーナの後を追うようにして走る。

 来た道を戻り、酒場に向かう。その間もクリスの魔力を感知しようと試みるが、街の中どころかその周囲にすら魔力は感じられない。

 セレーナの足はどんどん加速し、ティエロを置いて先に酒場に辿り着いた。


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