スペリオンズ~異なる地平に降り立つ巨人   作:バガン

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焔禍の兆し その1

 さて、海越え山越え、危険を越えて一行はサメルの中央平原のあたりにまでやってきた。幾人かにも見覚えのある風景が並んで、皆の心にも余裕が出てきていた。

 

 「もうちょっと西へ行ったら、ウチの家にも近くなるわ。」

 「いい加減ピザ以外の物が食べられるならありがたい。」

 「ピザおいしいですのに。」

 「最近太ったんと違うシャロン?」

 

 カルマの指摘通り、どうにも最近シャロンの脇腹はぷっくりとして・・・。

 

 「『ショックボルト』!」

 「うぎゃー!」

 「シャロン、みだりにゼノンの力を使用するのはご法度のハズよ?」

 「ちゃっかり自分だけガードしておいてそれか・・・。」

 「みだりに女性の体形に触れるのもご法度ですわ!」

 「なんで僕まで・・・。」

 「顔が笑ってたろパイル。」

 

 そんな和気あいあいとした掛け合いを続けながら、カメのレオナルドはのっしのっしと街道を行く。道行く人の衆目を集めながら。

 

 『アレ、噂のピザ屋のレオナルドじゃない?』

 『えぇーっ、マジー?!写メっとく?』

 

 果たしてこの世界にSNSがあるのかはともかく、最近不思議な大亀に乗ったピザ屋のキッチンカーの噂が広がっていた。味はイマイチだが、映えるとあって一定の人気はある。

 

 そして最近、この旅路に仲間が増えた。と言ってもケイが勝手に着いてきてるだけなのだが。

 

 「どういう心境の変化だ?調査だなんだつって、一人で単独行動してたのに。」

 「調査を切り上げたからだよ。」

 「なして?」

 「それどころじゃないかもしれないから。」

 「えっ、危機的状況ってことか?」

 「ダークマターのせいか?」

 

 ダークマター、その効能は散々危ない目に遭ってきたことでこの場にいる全員が知っているが、その発生原因についてはあまりよくわかっていなかった。

 

 「まだ仮説の段階だから。」

 「もったいぶらずにおしえろ。」

 「憶測でものを語ると混乱を招くから。」

 「そういうのは秘密にすると余計に死亡フラグだぞ。」

 「うるさーい!とにかくなんとも言えんのだ!」

 「つまり何も知らないってことだな。」 

 「だっさ。」

 「消されてえか!」

 

 「楽しそうやなー、あの3人。」

 「変わり者同士仲いいんだろうな。」

 「女三人寄れば姦しいって言うし。」

 「男だし。」

 

 会話している内容はよくわからなかったが、とにかく傍からはそう見えたらしい。

 

 「次の街が見えてきたぞ。あの街になら通話鏡もあるだろう。」

 「よーっし、買い出しと、それから学園に連絡だな。」

 「なんでガイはそんなに楽しそうなんだよ。」

 「久しぶりにエリーゼと話せるからだろ。」

 「エリーゼ?カノジョ?」

 「『まだ』違う。」

 「ふーん、『まだ』ねぇ・・・。」

 「そのくだり、顔ぶれが増える度にやるつもり?」

 

 

 ☆

 

 

 一行のやってきた街は、サリアの地元『リーチル』よりやや東の衛星都市にあたる。ここは大陸各地へ物資を輸送するためのターミナルにあたるようだ。

 

 「おっ、あれは馬・・・じゃないな。でかいトカゲ?」

 「ヴェロキラプトルみたいだ。」

 「あれは『コプラプトル』やね。今まで街道ですれ違ってたの、見てへんかったん?」

 「さぁ、寝てたから。」

 「筋トレしてたから。」

 「もう知ってるものだと思って。」

 「旅を楽しもうって気ゼロやろアンタら。」

 

 派手なトサカがあり、それに負けず劣らずドギツイ色のウロコの生き物が、背中に鞍をつけて馬がいるべき場所に収まっている。馬よりもスタミナに劣る代わりに足が速く、近距離・中距離で輸送や、少量の荷物の速達において優れているという。

 

 「でも正直あんまり驚かないな。」

 「もっとデカいのを先に見ちゃったしなー。」

 「アンタら・・・。」

 

 一応商売人の娘として、そのあたりに誇りの合ったサリアは非常にげんなりとしていた。むしろこの二人の方がよっぽど珍獣かもしれない。

 

 「そういえば、ガイはともかく、アキラは学園についたら何するの?」

 「特に考えてないな。」

 「つまりいつも通りということだな。」

 「黙らっしゃい。」

 「アキラも生徒になればいいじゃない?」

 「今更学校生活なんて、ピンとこないが・・・。」

 

 そういえば、アキラは義務教育で学歴を終わらせてしまったハズだったなとガイは聞いていて思い出した。もっとも、自分は幼稚園にすら行ったことが無かったが。

 

 「そんなことよりも、早く行こうぜ。」

 「はいはい。」

 

 はやる気持ちが足に表れているガイの姿を見て、皆呆れ半分、微笑み半分でついていく。

 

 「あれ、なんや騒がしいな。」

 「どう騒がしいんだ?」

 「あんな集団が出入りしてるとこ、見たこと無いで。」

 

 どうやら、どこかの兵隊が屯しているらしい。

 

 「あのマーク、ヴィクトール商社の私兵じゃないか?」

 「俺たちを砲撃しやがったやつらか。」

 「またかよ。なんでここにいるんだ?」

 「商社なら、取引に来たとかじゃないの?」

 「ヴィクトール商社はウチとは扱うものちゃうし、そもそも商談に剣をチラつかせるなんてご法度やで。」

 「穏やかじゃないな。情報収集なら任せておけ。万が一に備えてお前らは皆と集合しておけ。」

 「人の集まりそうなとこ、案内するで。」

 「頼む。」

 

 その物々しい雰囲気に嫌な予感がしたので、そっと物陰に隠れることとした。そしてその判断が正しかったと判明するまで、そう時間はかからなかった。

 

 「オレたちを探してる?」

 「なんか、サウリアからの船沈めたんをウチらの仕業ってことにしたいらしいわ。」

 「ありゃ事故だってのに。それも自業自得な。」

 

 困ったことに、現在ガイたちは重要参考人として指名手配されてしまった。こっそりトンズラこきたいところだが、そうするには無視できない大きな問題がある。

 

 「どう考えてもレオナルドは目立つだろ。」

 「「「「だよなー。」」」」

 「いっそ置いてってデコイとして役立ってもらうとか。」

 「ダメですのー!」

 「冗談だよ。」

 

 いくらレオナルドの足が馬車よりも早くても、全力疾走の馬相手には分が悪かろう。元々街の外で待たせていたのを、急ぎ近場の森に隠したが、見つかるのも時間の問題だろう。

 

 「それに、どこへ逃げるかも問題だ。」

 「それやったら、リーチルまで逃げ込めばいくらヴィクトール商社でも迂闊には手出しでけへんハズやで。」

 「それは名案だが、あまり実家に迷惑をかけさせるわけにもいかないだろう?」

 「おお、先生が珍しく教師らしいことを言ってる。」

 「私は先生なんだよ?」

 

 こんなところまでわざわざ追ってきてるようなやつらが、そう簡単に諦めるとも思えない。国際問題にもなるかもしれない。

 

 「仮に戦争になったとして、この国勝てるの?」

 「なんて仮定を建てるんだお前は。」

 「難しいな。ヴィクトール商社はただでさえ先進技術で武装しているのに、こちらはゼノン教団の教えで兵器開発を禁止しているからな。」

 

 ここにきている私兵は、そんな武装をしているようには見えないが、どちらにせよ、我々で火をつけることもない。

 

 「そうですわ、ゼノン教団にかけあってみてはどうですの?教団なら力になってくれますわ!」

 「強いの?」

 「強いですわ!」

 「普段見てるゼノンが、こんなちんちくりんだからなぁ。」

 「ふん!」

 「あべべべべ!」

 

 今まさにゼノンの力が振るわれているわけだが、それはともかく。

 

 「たしかにこの街にもゼノン教団の教会があるな。」

 「伝言を飛ばしてもらえば、あっという間に来てくれますわ!」

 「・・・そういえばすっかり頭から抜け落ちてたんだけど、素直にお話で解決するっていう手はないの?」

 「残念だけど、そういうわけにもいかない。」

 「ケイ、逃げたんじゃなかったのか。」

 「情報集めてたんだよ!」

 

 そういえばいつの間にか姿を消していたケイが、ぬっと現れるように割って入ってきた。

 

 「ダメってのはどういうこと?」

 「連中の狙いは、『フォブナモ』だ。そんなものをおいそれと返してやるのは危険がすぎる。」

 「フォブナモ?そんなもんオレたち持ってないぞ。」

 「お前らがオーブンにしちゃった船のエンジンパーツだよ!」

 「ああ、あれね。そんな名前だったのか。」

 

 とにかく大変なモノだという理解はあったが、具体的にどう危険なのかは知らなかった。

 

 「簡単に言うと、あれ一基が爆発すると地球が滅ぶ。」

 「ヤベーイ!」

 「どうやって手に入れたのかは知らんが、今の人類に扱えるような代物じゃない。だから返すわけにはいかない。」

 

 細かい理屈はともかく、徹底抗戦になる理由が出来た。

 

 「ちょっと待て、本気で戦うつもりなのか?」

 「なんだよクリン。怖気づいたのか?」

 「怖気づくとかそういう問題じゃないだろう。渡してしまった方が穏便に済む話だろう?」

 「たしかに僕もそう思う。」

 「パイルまで?」

 「だってそうだろう、渡さなかったらずっとお尋ね者の身になっちゃうんだよ。」

 「それもそうね。間を取って海に沈めるってのはどうかしら?」

 「残念ながら海に沈めるだけじゃ、根本的な解決にならない。あれは地球の磁力を吸収してエネルギーに変換しているんだ。海に沈めただけじゃ、無限に稼働し続けていつか手が出せなくなる。」

 

 少し意見が割れた。地球がどうこうなどという話は、あくまで小市民であるクリン他生徒たちには重すぎる。

 

 「じゃあ折檻案で、一度解体してしまってから渡すっていうのはどう?それなら安全で手出しできないでしょう?」

 「解体出来るか、ガイ、ケイ?」

 「まあ、出来なくはないが・・・。」

 「じゃあ決まりだ。俺とガイとケイはレオナルドのところへ行って、解体する準備をしてくる。シャロンたちは教会に一応保護をかけあってみてくれ。終わったら俺たちも教会に行く。」

 「わかりましたの!」

 

 

 この時はまだ、なんとかなると楽観的にとらえられていた。

 

 だが知る由もなかった。フォブナモの無限エネルギーが、レオナルドの体内に注がれたダークマターと共鳴し、全く不測の事態を引き起こしていたことを・・・。

 

 

 ☆

 

 

 「解体するのはいいとしてだ。」

 「おう。」

 「どうやって近づいたらいいんだ。」

 「これはちょっと計算外だったな。」

 

 森に向かうと、レオナルドは既にヴィクトール私兵に見つかっていた。

 

 「でもどうやらオーブンから取り出すのに苦労してるみたいだな。」

 「クリンやみんなが丹精込めて固めてたからな。」

 

 エイヤコラソリャと教室の中のオーブンを囲っているのが見えるが、居眠りしているレオナルド以上にテコでも動かない。

 

 「どうすんだよこれ。」

 「レオナルドが起きて機嫌を悪くする前に奴らを排除しないことには。」

 「という事で、行けアキラ!」

 「さすがに敵の戦力もわからないままに突撃はしたくない。」

 「行けよ鉄砲玉。」

 「よっ、切れたナイフ。」

 「まずお前らから血祭りにあげてやろうか?」

 

 そんな問答は、突如響いた爆音によって中断された。白い煙が壊れた教室の窓からあふれ出る。

 

 「あー、なんてことしやがる。」

 「奴ら無茶苦茶しやがる。」

 

 そういえば、図書館で借りた本を教室に置きっぱなしにしていたけど、この分じゃ吹っ飛んだかな。

 

 『クォオオオオオオン!』

 

 『うるせえぞこのカメっ!』

 

 そんなことよりもレオナルドだ。自身の背中で起こった衝撃に、レオナルドは驚いて飛び起き、悲鳴を上げた。その甲高い声が癪に障ったのか、兵隊たちはレオナルドをいじめ始めたのだ。

 

 「あいつら許さん!」

 「行け行け!」

 

 その様子を静観していたアキラが飛び出していった。奇襲攻撃であっという間に外にいた5人をノックアウトするが、教室の中から騒ぎを聞きつけた兵隊が腰に下げた武器を抜いて出てきた。

 

 「うぉっ!銃だと!」

 「銃?この世界では銃はメジャーな武器じゃなかったはずだろう?」

 「だから出ていきたくなかった。」

 

 兵隊たちの持っていたのは、手のひらに収まるサイズのまさしく『拳銃』。最も、アキラにはかすりもしないが。

 

 「しかし、ライフルを飛ばして拳銃とは、ますますきな臭いなヴィクトール商社というやつは。」

 「だろう?」

 「一体どこからそんな一足飛びの技術を持ってきたのか。」

 「知らん。」

 

 ケイが一瞬だけ眉をひそめたのが見えたが、それ以上は語ろうとしない。そうこうしている間に、アキラは最後の1人を張り倒して、高々と腕を掲げた。

 

 「うっし、殲滅完了。大したことなかったな。」

 「恐獣とかと比べたらまあな。それより、レオナルド大丈夫?」

 

 『グォオオオオオン・・・。』

 

 「あーこりゃご立腹だな。シャロンかパイルを連れてきた方がよかったな。」

 「それより、フォブナモだ。うぉっと。」

 「どうどう、落ち着けよポルナレフ君。」

 「レオナルドだっつの。」

 

 その時、異変は起こった。

 

 「ぬっ?」

 「どした?」

 「レオナルド、なんか大きくない?」

 「元から大きいだろ?」

 「そうじゃなくてだな・・・。」

 

 気のせいではない。

 

 「って、デカーッ!」

 「一体何が起こってるんだ?!」

 

 不測の事態、誰にもその原因は知れない。

 

 

 ☆

 

 

 「何の光?!」

 

 他方、小高い丘の上にあるシャロンたちの集まっている教会に赤い光が差し込んだ。強い熱を帯びたそれに照らされた者の皮膚が、冷や汗と共に警鐘を呼んでくる。

 

 「なんだあのデカい影は?!山か!?」

 「こんなとこに火山は無いで!」

 「いや、あれは山じゃないぞ・・・。」

 

 光が収まってきて、誰かが口にした。『亀だ!』と。

 

 「レオナルド・・・?」

 「嘘だろ・・・なんで?」

 

 『グォオオオオオオオン・・・。』

 

 甲羅全体が赤熱化し、背中には小さな炎が灯っているのが見える。乗ったままの教室が燃えているのだ。それがなによりも、レオナルドが大きくなっているという事実の証明となった。

 

 『クォオオオオオオオ!』

 

 「こっちに来た!」

 「レオナルドー!」

 「シャロン!危ないぞ!」

 

 『ゼァッ!』

 

 自身を焼く熱から逃げるようにレオナルドは全身を開始した。その眼前に、スペリオンは立ちはだかる。

 

 『どういうことかはわからねえが、街にはいかせないぞ!』

 (ケイ、お前はみんなと合流してろ。)

 「言われなくても。」

 

 肩に乗っていたケイが、避難誘導のために姿を消す。

 

 『こいつ、なんでこんなにデカくなったんだよ?』

 (わからん、だがこの熱量は尋常じゃない。フォブナモが関係しているのかもしれない。)

 『背中の光ってるところだな、あれを取り除く!』

 

 むせかえるような熱波を押しのけ、スペリオンはレオナルドの甲羅に手をかける。掌が焦げる感触があるが、なんとかして光へ手を伸ばす。

 

 『あっつ!とどいたけど・・・とれねえこれ!』

 (発光している?離れろ!)

 

 ガイは気づいたが、一足遅かった。一層強くなった光が、レオナルドの叫びと呼応するかのようにして、スペリオンの掌を貫いた。

 

 『や、焼き切られる!』

 (なんて威力だ!)

 

 慌てて離れたが、腕へのダメージは尋常ではない。再生能力をフル回転させて、穴をふさぐのがやっとというところだ。そこへ追い打ちをかけるように、レオナルドは突進を繰り出してきた。

 

 『ぐっ、うううう・・・なんつー馬力だ!』

 (押し返すのは無理だ!払え!)

 『そらよっ!』

 

 わずかに向かってくる軌道をそらすことはできた。だが少し触れただけでスペリオンはこのダメージ、一方のレオナルドは息を乱した様子すらない。

 

 『こいつだって、暴れたくて暴れてるわけじゃないんだろ?また戻してやれないのか?』

 (背中のフォブナモが癒着している、そう簡単にはいかないぞ。)

 『難しくてもやるんだよ、友達を悲しませたくない。』

 (そうだな。)

 

 レオナルドだって苦しんでいるんだろう、いつものケロッとした表情が今は見えない。

 

 (まずは体力を奪わないと、どうしようもない。)

 『俺に殴れというんだな!』

 (足を狙え、動きを止めるんだ。)

 

 レオナルドの前足を蹴る。まるで鋼鉄の柱を蹴っているような、全く手応えの無い、無機質なリアクションが返ってくる。だがレオナルドの全身を抑えることは出来ている。

 

 『けどなんてタフさだよ、蹴ってる足が痛くなってくる。』

 (だが凶暴さは無いだろう?)

 『それはそうだが・・・それはそれで良心が痛むぞ。』

 (心を鬼にしろ。)

 『他人事だと思って。』

 

 レオナルドは臆病なところもあった。徐々に徐々に歩みを止めていくのを見て、スペリオンも余裕を取り戻す。

 

 『よし、このままいけば、穏便に済ませられそうだぞ。』

 

 「やめてくださいましー!スペリオーン!」

 

 『シャロン?!巻き込まれるぞ!』

 

 しかし、気が付くと足元にシャロンが来ていた。いや、シャロンが来たのではない。スペリオンが押し込まれていたのだった。

 

 (も、もう後がないぞ!)

 『シャロンを巻き込めない!』

 

 スペリオンは焦った。しかし幸か不幸か、シャロンの姿を見たレオナルドも落ち着きを取り戻していた。

 

 (今だ!)

 『よしっ!って、今度は何だ!?』

 

 スペリオンの背中に何かが当たる。振り返ってみると、街道や建物の屋根の上に兵隊が並んでいるではないか。

 

 「撃て撃てー!」

 

 『またこいつらかよ!』

 (また邪魔しに来たっていうのか!)

 

 ヴィクトールの私兵である。街中から集まってきた彼らは、スペリオンとレオナルドに対して銃を手にしていたのであった。正直痛くも痒くもなかったが、その銃口の向く先には文字通り火に油を注ぐ結果しか招かなかった。

 

 「撃たないでくださいまし!」

 「ええい邪魔だ!」

 「きゃあっ!」

 

 『グォオオオオ!』

 

 『うっ、今度は何だ!?』

 (怒ってる、レオナルドが。)

 

 突き飛ばされたシャロンを見て、レオナルドが猛る。より一層の熱量を放ち、吠える。

 

 するとどうだろう、レオナルドの変化は熱量だけではない。

 

 『立った!』

 (レオナルドが立った!)

 

 今までずっと四つん這いで歩いていたレオナルドが、後ろ足二本で立ち上がったのだ。

 

 (まさか、進化したというのか・・・いやありえない話じゃないのか。)

 『なんでだよ?!』

 (アイツは元々、遺伝子改造カプセルに入れられていた生き物だ。そういうプログラムがされていてもおかしくないってことだ。)

 『俺は知らんぞそんな話!』

 

 現に今目の前で起こっている。後ろ足が太くなり、前足が『手』の形になる。甲羅も隆起し、背中にあったフォブナモを包み込んでゆく。

 

 『完全に吸収しやがったぞ!』

 (二足歩行だけじゃない、最早どんな進化パターンが組み込まれているかもわからん。)

 『つまり?』

 (こいつはどこまでも強くなるってことだ!)

 

 無限に進化する可能性のDNAに、無限のエネルギー機関が融合してしまった。

 

 『ゴォオオオオオオオ!!!』

 

 『こいつは・・・マズい!』

 

 レオナルドは、直立したことで大きく広がった肺を、これまた大きく膨らませた。アキラは直感で避けた。そしてそれは正解だった。

 

 (・・・なんて威力だ。)

 

 一瞬にして焼けただれた街路、陥没する地面。建物は砂のように砕け散った。

 

 『グォオオオオオオオン!』

 

 『ぐっ、強い!強すぎる!今までの、どんなやつらよりも!』

 

 振るわれた拳を受け止めるが、勢いを殺しきれず、あっという間に街の中にまでま押し通される。

 

 『街が、人が!』

 (・・・倒すしかない。)

 『そんな!?』

 (このままじゃ、俺たちも危ないぞ!)

 

 逡巡する間にも、レオナルドは容赦なく攻撃し続けてくる。タンカー船が激突してくるような、重すぎる衝撃にスペリオンはなすすべもない。

 

 『し、死ぬ・・・。』

 

 『グゥ・・・。』

 

 死を覚悟したその時、しかしどういうわけかその手を止めてくれた。

 

 『う、うぉおおおおお!』

 (落ち着け、まだ死んじゃないぞ!)

 『倒す、もう倒すしかねえ!』

 

 自身の命が危険にさらされて、アキラの精神に罅が入った。夢中で、乱雑に気力を腕に集中させる。

 

 『気功、ブレイズ!!』

 

 滾る気力が、容赦なく敵の頭を打ち抜いた。

 

 『どうだ・・・やってしまった・・・のか?』

 

 永遠にも感じられるほどの沈黙が、ほんの瞬き数度の間にあった。煙が晴れた時、そこにあったはずの頭は無かった。

 

 (やってない。)

 『クソッ!』

 

 しかし相手は亀なのだ。結果的に、レオナルドを本当に怒らせるだけだった。

 

 『ゴォオオオオオオオオオ!!』

 

 『うわぁああああああ!!!』

 (このままでは・・・。)

 

 スペリオンの放った物を、何十倍にもした極太の熱戦が返ってくる。

 

 (ま、負けた・・・。)

 

 ガイは悟った。焼け焦げて、埃のように宙を舞っていることを鑑みて・・・いや、どうしようもないほどの力量の差を、身をもって思い知った。

 

 これほどの敗北感を味わったのはいつ以来だったろうか。そんなことを半ば冷静に考えていられたのは、レオナルドが黙って街の外へ向かって行く後ろ姿が見えた、安心感によるものだった。

 

 

 ☆

 

 

 「おい、ガイ起きろ!」

 「うっ・・・あ・・・アキラ・・・か。」

 「息できるかお前?」

 「・・・してるだろ?」

 

 体が重い。右目がかろうじて開くと、アキラの姿を見とめることが出来た。

 

 しかし左耳から音が聞こえてこない。鼓膜をやられたのか、線が切れたかのように何も感じない。

 

 「おーい!ガイー!アキラー!」

 「生きてたら返事しろー!」

 

 遠くにドロシーとデュランの声もしてくる。どうやらまだ死んでいないようだ。

 

 「こっちだ!ガイが重傷だ!」

 「おおアキラ、ガイも・・・。」

 「・・・そうだ、シャロンは?」

 

 思い出した、あの時すぐそばにはシャロンがいたのだった。

 

 「シャロンは・・・。」

 「どうした、なにがあった?」

 「・・・シャロンは、レオナルドが持って行った。」

 

 絶句。

 

 「あの時、シャロンを止めてれば・・・。」

 「・・・いいや、シャロンがあの時レオナルドを止めてくれなきゃ、今頃俺たちも死んでいた。助けられたんだよ。」

 

 「今度は・・・俺たちがシャロンを助けてやらねえと・・・。」

 「無理するな、ガイ。」

 「そうだぜ、ガイがこれ以上無理する必要ないぜ。」

 「朝にはゼノン教団の師団が到着する。彼らを頼ろう。」

 「そう・・・か・・・。」

 

 ガイは薄れゆく意識の中で思った。出来ることなら、このまま永遠に眠ってしまいたい。しかし眠ったところで見る夢は悪夢。いずれはこの困難な現実に戻ってこなければならない。

 

 ただ今は眠れ。この体には休息が必要だ。

 

 「ガイ!」

 「大丈夫だ、まだ生きてる。さあアキラも、教会が救護所だ。」

 「俺は・・・。」

 「どうした?」

 「俺はまた、守れなかったのか・・・。」

 「何を言ってる?何のことだ?」

 「いや・・・俺は大丈夫だ。ガイを頼む。」

 「おい、どこ行くんだよ?」

 「ちょっと・・・一人にさせてくれ。朝には戻るから。」

 「・・・わかった。」

 「アキラ・・・。」

 「大丈夫だ、大丈夫・・・。」

 

 アキラもまた、非常にばつの悪そうな顔でとぼとぼと歩いて行った。その背中に悲哀と無力感を乗せて。血が滲むほど手を固く握って。

 

 街のあちこちには火の手が上がっており、夜の空を赤々とした炎が照らし、地獄のような光景が広がっていた。


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