「アンちゃん!こっちもどけてやってくれ!」
「こっちも頼むでー!」
「あいよー!」
瓦礫の街の一角で、アキラは求められるままに自身の力を存分に振るっていた。
「にしてもすげえ力だな兄ちゃん、おかげで助かったよ。」
「ありがとう!」
「どういたしまして。」
かけられる感謝の言葉に、アキラは充実感を得ていた。自然と頬が緩む。異世界で関西弁に出くわしたからというのもあるが。
「それにしても、なんだって俺たちがこんな目に。」
「みんなあの大きな亀と巨人が暴れたせいや。」
「・・・。」
その感情もすぐに冷め、我に返った。
「あ、もう朝か。教会に行かないと。」
アキラは逃げるようにその場を後にする。
教会までの道には、前日情報収集のために歩き回ったので、それほど迷わなかった。
一晩明けて街は混迷を極めている。まだあちこち煙は上がっているが、とりあえず火は消し止められている。折よく雨が降ったおかげだった。
「うわあ、ぬかるんでる。ケイが漏らしたんだな。」
「漏らしてないわ。」
「でも雨を降らせたのはお前だろ?」
「まあね。この杖でちょちょいのちょいよ。」
「その杖でレオナルドもどうにかできなかったのか?」
「無理。これは火・水・風・土の4属性を操るだけだから。」
ケイの身の丈ほどもある長さのスティックに、回転する半透明のディスクが先端についており、その周りにボルトのようなものが数本刺さっている。使い方は多分ケイにしかわからない。
「そうでもないよ、ほとんどコンピューター制御だし。」
「ファンタジーな能力のわりに、科学的?」
「突き詰めれば科学も魔法も変わらないって。」
「・・・レオナルドの巨大化も、科学でも魔法でもない?」
「生物は普通熱線なんて吐かないし。」
そういえば、この世界にきて魔法というものを初めて見たが、ガイが言うには電気科学的なもので、電磁波治療器とか、電熱器とかと、根本にあるものはそういうエレクトリックなテクノロジーらしい。
だからこそ、ダークマターのような超科学的なものが異彩を放って見える。果たして謎はどこから来てどこへ行くのか。
「おーいアキラ、どこまで行くんだ?」
「うん?」
「通り過ぎてどうする。」
「悪い、考え事してた。」
「考えるほどの脳みそもない癖に。」
「ぬかせ。」
気が付けば、教会の前にまで来ていた。日当たりのいい丘の上に建てられ、朝日によって年季の入った白い壁が照らされて眩しい。屋根の上には、『Z』に縦棒が刺さった、十字架のようなものが掲げられている。これがゼノンのシンボルなのだろう。
中はというと、普段ならば厳かな礼拝が行われている時間帯であるが、今は怪我人や急病人が詰め込まれている駆け込み寺となっている。
「おーい、アキラ!こっちだこっち!」
「おう、ドロシー。ガイの様子はどうだ?」
「やっと落ち着いたらしい。さっきまでうなされてたけど。」
「そうか・・・。」
野戦病院の一角、特別にひとつ貸してくれた部屋の中に、ガイは横たわっていた。ベッドもない茣蓙の上に包帯を巻かれ、目は閉じられている。ケイは無言でその傍らにまで寄って行って座った。
「要安静だけど、すごい回復力だってお医者さんも驚いてたよ。」
「皆は大丈夫なのか?」
「うん、皆は怪我してない。」
「問題はシャロンだけど・・・。」
「・・・そうだな。すぐ探しに行かなくては。」
「もう捜索隊が出たよ。」
「いつ?」
「ついさっき。ゼノンの先遣隊がやってきて、いなくなったのがシャロンだって聞いたら、真っ青になってた。」
「どうして?」
「だって、シャロンってパピヨン家の令嬢だもの。ゼノン教団のナンバー2よ、パピヨン家って。」
いいとこのお嬢さんだとは聞いていたが、そんなにか。教会のナンバー2ということは、枢機卿とかそんなんだろうか。おにかく大変エライ人の娘、あるいは孫というわけだ。
「ゲイルとカルマの姿が見えないのもそのせいか。」
「あの2人も調査に行ったよ。」
「それで、なんでセンセまで青い顔してるんだ?」
「教師と生徒だから。」
「成程。」
「持病の胃痛が・・・。」
生徒を預かる身として、大変な失態というわけだ。
「それで、もうすぐゼノンの本隊が来るんだけど、オレたちも会議の場に顔を出さなきゃいけないらしい。」
「話をしろって言われても、僕たちにも何が起こったのかよくわかってないし、ガイはこれだし。アキラとケイ何か知ってる?」
「俺にはよくわからん。」
「僕も。」
「いやお前が知らんってことはないだろう?」
「生物学は専門外。」
「・・・あれは、フォブナモとダークマターのせいだ。」
「おお、ガイ起きたか。」
「あまりにうるさくてな。」
まだ上体を起こすのも辛そうだが、ガイが声を発してきた。毛布を除けてみれば、全身に火傷を負っていたのがわかった。
「あくまで俺の見立てだが、巨大化はダークマターの影響によるものだろう。以前治療させるために使ったのが、まだ体内に残されていたんだろう。」
「聞いてないぞ。なんでそんなの使ったんだよ。」
「しょうがないだろ、あの時はああするしかなかったんだから。量も少ないし、巨大化する前に新陳代謝で排出されると思ってたからやったんだ。」
「じゃあ、なんで今になって巨大化したんだ?」
「そこでフォブナモだ。どうにもアレが活性化してから、レオナルドも暴れ始めたからな。しかもその直前に、連中に爆破されていたからな。不安定になっていたんだろう。」
「フォブナモとダークマターが共振したってこと?」
「おそらくな。」
「割と推測でものを言いなさる。」
「でもいい線言ってると思うぞ。原因はヴィクトールの連中の横暴だ!」
考察にすぎないが、あながち的外れとも言えない。事実、ダークマターを使用してから、昨日まで結構な時間があった。そして昨日アクシデントが起こった。とすれば、関連付けられてもおかしくはない。
「でもあのオーブンを置いたのもガイだろ?」
「ダークマターを使ったのもガイ。」
「つまり?」
「「「全部おまえのせいか!」」」
「本当にスマン。」
ガイはバツが悪そうに頭を下げる。が、すぐに顔を上げて怒る。
「って、全部結果論だろ!そうしなきゃここまで来れなかったっつの!」
「でも、そのせいで連中はオレたちを追ってきたわけで。」
「やっぱりお前のせいか。」
「お前らは俺のことをなんだと思ってるんだ!・・・俺はまた寝るわ。」
「悪い、機嫌治して。」
「いや、ちょっと辛くなってきた。体力も戻ってないし・・・。」
「そうか、なら休めよ。」
「そうさせてもらう。なにかあったら起こしてくれ。ぐぅ。」
線が切れた人形のように、ガイはまた横になった。
「で、証人のガイがこれだけど、これからどうするよ?」
「とにかく、ゼノンの本隊が来るのを待とう。きっと会議とかになるだろうし、それまでに集められる情報を探しておこう。」
「じゃあ俺、また街で人助けしてくるか。」
「いやアキラも休んでおけ。一晩中働き詰めで疲れてるだろう。会議中に寝られても困る。」
「そうか?まあ休めるときに休むのも大切だわな。」
アキラは椅子に寄りかかってうつむく。デュランに言われた通り、意外にも体は疲れていたようだ。すぐに眠りに落ちた。
「オレたちはどうする先生?」
「まず、ヴィクトールの連中の動きが気になるな。それに、レオナルドの捜索隊の方も手伝わなきゃならん。やることなら山積みだ。」
「手分けしていこっか。」
皆前向きに動いていくことにしていたが、思考には暗いものがあった。
「しかし、果たしてスペリオンに出来なかったことが、人間に出来るんだろうか?」
「クリン、お前ってやつは一言余計なんだよ・・・。」
「事実だろ?」
「事実でもなぁ。」
「人間にしか出来ないこともある。こうやって情報を集めたりだとか。」
「ケイはどうするんだ?」
「僕は独自に情報収集。」
ケイはさっさと部屋を後にした。まるで行先がわかっているかのように迷いがなかった。
ややあって他の全員も部屋を後にした。残されたのは眠る二人だけ。
☆
「・・・負けたな。イーブンにすらならず。」
昼前になって、目が覚めたアキラだったが、そのままの姿勢でじっとしていた。しばらくすると、おそらくは自分へと向けられているのであろう声に応えた。
「そうだな。まさかあんなに強いなんて。」
「大人しいやつだと思っていたんだが。頭はよかったが。」
「そうだな。餌を喜んで食べていたし。」
「何故あそこまで暴走していたんだろうか。」
「攻撃されたからだろ。」
「俺はよ、シャロンが乱暴されたせいじゃないかとも思うんだよ。」
「なるほどな。たしかにそれも一理ある。」
レオナルドが立ちあがる前、一層熱量が上がった。それはシャロンが乱暴されているところを見たせいだとすれば。
「だとすると、アイツは進化を感情でコントロールできるということになる。」
「感情をコントロールできてなかったらどうするんだよ。」
「最悪、倒すしかなくなるな。」
「散々負けたのに?」
「出来るかじゃない、やるんだ。たとえ命を賭したとしても。」
言い切ったガイの声は、やけに凄味に満ちていた。まるで、なんとしてでも貫き通すという、矛のような意志があった。
「どれだけ人知れず恨みを買おうが、苦杯を喫しようが、勝たなきゃダメなんだ。力を持つ者の責任として。」
どこか遠い目でそう付け加えた。聞き流すともせずに、黙って聞いていたアキラは、感心半分、驚き半分といったところ。
「まさかお前が、そんなに真面目に責任を感じていたなんて・・・。」
「お前は俺を何だと思ってるんだ。言っておくがスペリオンに関することは俺は本気だぞ。」
ガイの顔は天井に向いていたが、その眼は真剣さに満ちていた。
「勝てたとして、レオナルドのことを見捨てるのか?」
「必要とあらばな。」
「救う方法は、ないのか?」
「ある。だが、そのためには・・・。」
「まず勝てなきゃどうしようもないってか。」
「そうだ。わかってるなら、お前はお前の戦い方をしてこい。情報収集はお手の物なんだろう?」
「何を探せばいい?」
「シャロンとレオナルドの行方だ。勝つにはシャロンの存在が不可欠になる。」
「そうでなくても、安全を確保してやらないといけないだろう。」
「そういうことだ。」
「わかった、俺は行ってくる。」
パーカーのフードを目深に被ると、アキラは部屋を後にする。
「そういえば、これを拾っておいたんだが。」
「なんだこれ?」
「あいつらが使ってた銃だよ。これも調べるんだろ?」
「まあ興味はあったが。休憩ついでに調べてみよう。。」
「じっくり回復しておけよ?頭も体も全部使ってもらうんだからな。」
「ああ。でも普通にドアから出ていけよ。」
人目につかないように動くのがアキラの癖ゆえに、窓から出て行ってしまった。余計に目立つと思うのだが。
開きっぱなしになった窓に、やれやれと零しながら近づく。窓の外から空を見上げると、青いキャンバスに白い雲が流れてきている。実に平和的な景色に逃避したくなる。
「まあ、先にこれを解体してみてからだな。」
「その前に、私とお話ししようじゃないか。」
振り返れば、さっきまでアキラが座っていた椅子を、前後逆に大股開きで腰かけている謎の男。
「なにものだ?」
「キミのファンの1人だよ・・・スペリオンだったっけ。まあいい、ヒーローさん。」
「名前は?」
「失礼、私のことは気さくにベノムと呼んでくれ。」
慇懃な言葉遣いでそのフードの男、ベノムは大口を開けて笑いかけてくる。声は嗤っているが、フードに隠れて表情が見えない。ただ隠しきれないほどの『悪意』が、この部屋の空気を蝕むように漏れ出している。
「何の用だ?」
「なに、用というほどでもないよ。ただ顔を見ておきたかっただけだ。ついでに私のことも知っておいてほしいと思ってな。」
「自己主張の強いファンというのは、嫌われるぞ?握手会でいつまでも一方的に話してたり。」
「そう邪見にしないでくれたまえよ。実に感激しているんだよ、件のヒーローにこうして相まみえられるなんて。」
「サインでも欲しいのか?」
「それはいらないかな。」
コイツ・・・とガイは内心で歯噛みする。煙に巻かれるどころか、煙そのものがそこにいるような煙たさ、不快感が拭えない。
「まあ今日は挨拶程度。お土産としてこれを受け取ってくれたまえ。」
「ネジなんて何に使うんだよ。」
「この世の理はネジだ!というのが友人の口癖なのでね。」
「意味不明だわ。」
「私もなかなかそう思う。」
ならその意味不明なものを渡さないでほしい。
「では、私はこの辺で失礼するよ。
そういい捨てて、その場から文字通り煙のように消えてしまった。本当に不思議というか、奇怪なやつだった。椅子の上には先ほどのネジだけが残されている。
「なんのネジだよこれ。・・・意外と重いな。」
大きさは親指ほどしかないが、それでもズシリと深い重みを感じる。少なくとも鉄製ではない。調べるものが増えてしまった。
「まずはこの銃を分解してみるか・・・。」
「あ、起きた?」
「今度はケイか。」
「今度は、ってなに?」
「さっき変な奴がこんなネジを置いてってな?」
「ネジ?」
「まあなんでもないや。なんか用か?」
「情報持ってきたんだよ、お決まりな感じにいいニュースと悪いニューすで。いいニュースはまずシャロンが見つかった。怪我一つしてないって。」
「そうか、無事だったか。」
それは本当に良かった。ゲイルやカルマたちも首が飛ばずに済みそうで、胸をなでおろしていることだろう。
「悪い方は、ヴィクトール商社の連中もこの街に向かってきてるってこと。」
「また面倒そうな連中が・・・。」
十中八九ゼノンとトラブルになるだろう。一応、この街を守るために戦ったということになっているが、その横柄な態度にあまり歓迎されていないというのが実情だ。
事実、今救護所となっているこの教会の一角を占領して煙たがられている。
「まあそれよりも、この銃をバラすことの方に俺は興味があるんだが。」
「たしかに。初めて見るかもしれない。」
「んじゃ、早速御開帳~。」
「道具も無しでよくやるよ。」
構造そのものは、現代で見た拳銃とそう変わらない。撃ったことはないが。
「マスケットみたいな前装式じゃないのか。」
「一足飛びにパラダイムシフトしてるね。」
「というか、ライフリングがついてないな。」
「回転する機構は、弾丸の方についてるみたい。」
「なるほど、これもネジか。」
銃弾そのものが、空気抵抗で回転するしくみになっているらしい。ガイの知識も絶対ではないが、明らかに常識から外れているような構造をしている。
「ふむ・・・この弾丸が、右ネジの法則で電磁波を打ち消す機構を持っているのかな。おかげでアルティマでもまっすぐ飛ぶ銃弾が作れたと。」
「なるほど。ますますゼノンとは反りが合いそうにないな。」
「テクノロジーを禁止してるんだったな。これを見てるとその考えにも納得だわ。」
このテクノロジーはもっぱら武器にしか使われない。すなわち争いの元である。だから禁止にしよう、というのは短絡的な考えではあるが。人を殺すのだけが、科学であっていいはずがない。
とりあえず、銃の方はこんなところでいいだろう。
「ところで、これ戻せるの?」
「バラせたんだからなんとかなるだろ。」
「暴発したら嫌だぞ。」
そうは言いつつも、てきぱきと難なくパーツは一つに戻っていく。よく見ると、パーツひとつひとつにシリアル番号らしき『067』のナンバーがふってある。一丁一丁ハンドメイドなんだろうか。
ともかく、元の形に戻して一段落する。
「僕はまたシャロンのところに行ってくるけど、ガイは?」
「もうすぐ公会堂で会議らしいから、とりあえず顔だけは出しておくかな。」
部屋を出て、教会を後にしようとすると、ふとある一団に目が留まる。まあヴィクトールの私兵なのだが。その中の1人が読んでいる本が、ガイには見覚えがあった。
「ねえ、その本って。」
「え?これ?これはその・・・拾ったものなんだけど。」
「やっぱり、俺の本だ。正確には俺が借りてた本だ。」
「これが?」
「返して。てか返せ。かわりにこっちの銃やるから。」
「067・・・あっ、俺のボルトガンだ。」
「そんな名前だったのか?じゃあ交換だ。」
めでたしめでたし。拾ったというより、教室から盗ったというのが正しいのだろうが、おかげでこうしてガイの手元に帰ってきたのだから塞翁が馬だろう。
「俺はガイ。お前の名前は?」
「俺?俺はジュール。」
「そうか、ジュール。覚えておこう。じゃあな。」
「じゃあ。」
気弱そうな優男だが、あの現場にいて怪我一つしていないという様子を見るに、運は強いのだろう。
☆
街の公会堂。普段使われるとすれば、せいぜいお祭りの題目を決める会議や、ボーイスカウトの集会などだが、今日集まった顔ぶれは錚々たるものだった。
「それではただいまより、巨大生物対策会議を始めます。」
まず上座に座っているのは、ゼノン教団の枢機卿、『リーブル・パピヨン』。シャロンことシャーロット・パピヨンの祖父その人だ。顔はにこやかだが、明らかに目が笑ってないのが不気味。目に入れても痛くない可愛い孫が、こんな目にあってるんだから内心穏やかでもあるまい。
というか、文官である枢機卿がわざわざ出向いてくるということが異常だろう。本来ならその傍らに鎮座している騎士団だけが出向いてくるものだろうが。それも外には戦争が出来てしまいそうなほどの大規模な部隊が点呼とっている。ちょっとシャロンは張り切って呼び過ぎだ。
そうしてまさに今、下座にいるヴィクトール商社社長のマシュー・ヴィクトールと一触即発な状態にある。なにせ上座にはミカンの味の水が配られているのに、下座には水の味の水しか配られていないのだから。
なお、ガイたちキャニッシュ私塾の生徒たちは上座と下座をはさむ形で中座にいる。重要参考人として呼び出されたガイとデュランは針の筵だが、ガイはリンゴ味の水が無かったのかと文句を言いたかった。
「この度の騒動の一端には、ヴィクトール商社の私兵の行動が原因との見方もあるが、どうですかなマシュー社長?」
「この度は弁明の場を設けて頂き、誠に感謝の至りです。その質問に対しては、部下の誤った先行が原因にあると、謝罪したい。」
要するに部下のせいであって、社長は関与しとらんと言いたいらしい。常套句だわな。それに関与した連中は全員アキラが蹴飛ばしてしまったが。
「そもそも我々としては、我々の所有物である『あるもの』を持ち逃げ同然で持って行ってしまった、そちらのキャニッシュ私塾の方々を追ってここまで来たのです。その結果我々の大事な社員たちが傷つけられてしまったというのは、大変遺憾なことでありまして。」
なんというか、予想通りの言い分を示してきた。あるものとは当然フォブナモのこと。それが今回の事件の文字通りの火種となったわけだが。
「なるほど。そのことに関して、何かありますかな、デュラン先生?」
「えっ、お、おほん。まず、貴社の所有物を勝手にオーブンに使ってしまったことを謝罪しておきたい。だがあの時は、ああしなければ我々も行き場を失っていた、いわば緊急避難の状態でありました。事が済めば返す予定もあったと、我々は認識しています。決して貴社の財産を奪おうだとか、そういう意図があってのものではないとご理解いただきたい。」
ケイが言うにはフォブナモは返しようがないものだったが、そこはまあ置いておくとして。そこまで言われては仕方がないと、一応はマシュー社長も意見を鞘に収めた。
「では、次に今回出現した巨大生物についての情報を提示してほしい。」
「ガイ、頼んだ。」
「OK、直立時の身長はおよそ60m、体重は2万tほどと考えられる。口からは熱線を吐き、甲羅は頑丈。
「なるほど、巨大亀の方はわかった。では巨人の方も。」
「え?」
「目撃情報によれば、もう一体巨人が現れたと聞いているが?ん?」
「えーっと・・・センセ、これスペリオンも悪者にされるパターンじゃないのか?」
「だが、実際問題スペリオンの目的も現在不明だ。何度も我々は助けられてはいるが・・・だが、あくまで客観的意見を出すべきだろう。少なくとも、人間と敵対したいわけではないだろう?」
「うーん、そうか。じゃあ客観的に。おほん、失礼。巨人、我々はスペリオンと呼んでいるは、手から光線を出したり、格闘で戦う。我々は3回ほど出くわしているが、いずれも人類と敵対するような行為はしていない。・・・でいいかな。」
「よろしい。巨大亀の対策に協力してくれれば心強いな。」
少なくとも心象は悪くならないように心掛けた。しかしここに異を唱えるものもいた。
「私にはとてもそうとは思えないが。」
「そういえば、以前スペリオンを戦艦で砲撃していたな、ヴィクトールは。」
「ほほう、それはなぜですかな?理由を聞きたい。」
「かつて私は、かの巨人によって大いに損害を被ったのだ。あれは悪魔だ。」
「マジ?」
「それは、先日の船難破と関係があるのですか?」
「いや違う。だが、あの悪魔が再び現れたと思って、以前は戦艦で攻撃したのだ。あれを私は信用できない。」
また突拍子もないことを言いなさる。
「・・・な、なあ?スペリオンの話って、聞いたことあるのかセンセ?」
「いや、今まで生きてきたが、そんな話は一度も・・・あえて言うなら、キャニッシュの童話に聞いた『光の人』のお話ぐらいだ。」
「だよな・・・。」
ガイにとっては寝耳に水な話だった。まさか自分以外にもスペリオンがいるのか?いやそんなまさか・・・。ふと、ガイの脳裏にはある考えがよぎったが、それはこの場ではあまり関係ない話だろう。ひとまず脳の片隅に追いやった。
「巨人の善悪はともかく、今は目の前の問題解決が優先されるべきでしょう。」
「そうですね。それでは巨大亀への処遇ですが・・・。」
「我々も協力を申し出たい。」
「ほう、それはありがたい話ですな。」
協力と言えば聞こえがいいが、本心としてはフォブナモを回収したいというところだろう。最も、フォブナモは既にレオナルドと融合しているため、回収するにはレオナルドを殺す必要があるが、そのためにゼノンに協力をさせたいと言うのが本心だろう。
まあゼノン側にとっても、ヴィクトールの兵力を使うのは計算の内だろう。むしろ向こうから話を持ち掛けて来てくれて渡りに船・・・。
「ですが、お断りします。」
「何?」
なんと。
「誠に残念ですが、我々ゼノン教団は、あなたがたヴィクトール商社を受け入れることはできません。」
「何故?ゼノン教団は技術開発を禁止していると聞いていますが、まさかそれを理由に我々の協力の申し出も蹴るおつもりで?」
「まさにその通りです。」
「なっ?!まさかそれだけのために?」
ガイも少し驚いた。が、それも当然。教団にとっては、教えこそが絶対なのだから。
「お言葉ですが、もっと合理的に物事は考えるべきかと?」
「勿論。ですが合理性を突き詰めすぎることも、手放しにすべきことではないでしょう。それこそ、教義に反することとなってしまう。」
人間は一度便利の味を知ってしまうと、それを使わずにはいられないというもの。
「そういえば、サリアはこの街でヴィクトールの連中を見た時『商売の手を伸ばしに来た』って推理してたな。」
「これを機に、商売だけでなく、技術もも売ろうとしているのかもしれないな。」
百聞は一見に如かず、巨大亀討伐の箔をつけて、一気に売り込みやすくする算段もあったのか。だとすると、なんとも抜け目がない男だ。そしてそれを見抜いたリーブル枢機卿もやりおる・・・。
「大体ウチのシャーロットを巻き込んだ技術が、いいもののはずがないじゃろうが!」
「ウワーなんというぶっちゃけ。ん?ケイどうした。」
「そのシャロンのことなんだけどな。ヒソヒソ・・・。」
まあそれが本心だろう。今まで張り付けていた笑顔が、風に吹かれるように剥がれ落ちて憤怒の表情を浮かべている。
「あー、そのシャーロットのことですが。彼女は無事に見つかったそうです。」
「ホンマか!すぐ迎えに行かな!」
「それに関しては、ゲイルたちが傍にいるので安心かと。」
「いいや、このワシ自らあの子を迎えに行けなければ気が済まんわい!」
「まあそれは置いておいて、そのシャーロット本人がレオナルド、巨大亀の傍を離れたがらないそうです。」
「何故じゃ!」
ここからは、ケイが後ろで教えてくれた新しい情報だ。その事実に、ガイも少し震えた。
「どうやら、レオナルドはもう長くない命だそうだから。」
☆
「レオナルドー!熱くはないですかー!」
『クゥウウウウウン・・・。』
街から離れること30kmほどにあるカルデラ湖。その湖上にレオナルドはいた。それを遠巻きに見る湖畔にはシャロンと、その友達たちや、先んじて捜索隊に出ていたゼノンの騎士団たちがキャンプを張っている。
「でもシャロンが無事でよかったわ。」
「てっきりレオナルドに食べられてしまったのかと・・・。」
「そんなことありえないですわ!レオナルドは私たちのお友達ですもの!」
「そうね。体はあんなに変わってしまったけれど、心までは変わっていないのね。」
一夜明けて、頭も体も冷めたのか、レオナルドは非常に落ち着いていた。
「おーい、シカを狩ってきたぞー。」
「さすがアキラ、仕事が早いわね。」
「よかったわね、ピザ以外のものが食べられるわよ。」
「なかなかワイルドな食事になりそうだ。」
そしてアキラもここに合流していた。狩りの経験はなかったが、見事にシカを一頭仕留めて来ていた。
「ケイは?」
「ここにいるよ。」
「もう帰ってきたのか、早いな。」
「ワープなら出来るからね。」
「それを使って、レオナルドをどうにか助けてやれないのか?」
「無理だ。大きくなりすぎたし、コアがどこに行ったのかもわからないんじゃ。」
「そうか・・・。」
レオナルドは動かない。自身の身を削るほどのエネルギーを抑え込むのに、体力を使い果たしたのだった。回復をしようにも、あの巨体を賄えるほどの食事もとれない。第一に、急激な進化に体の方がついていけず、細胞の崩壊待ったなしというのが実情である。
「シャロン、スープ作ったから食べな。」
「ありがとうございます。」
「それで、シャロンはもうずっとここにいるつもり?」
「ええ、レオナルドは最後まで、私が面倒をみるのですわ。」
『最後まで、ねぇ・・・。」
ペットの面倒は最後まで見る。飼い主の鑑だ。
「おーい、みんなー。」
「おっ、ガイ。」
「会議はもういいの?」
「俺がいたところで、もう出せる情報が無いし。・・・このまま何もしないでも、解決しちゃいそうだしな。」
「あんまりにも、あっけない幕切れになりそうだな。」
ゼノン教団側は、事態を静観することを決め、ヴィクトール商社側は独自に動くらしい。強硬策に出るかは果たして不明だが、いずれにせよ警戒に越したことはない。
そしてここがその最前線である。停滞を始めた会議の場からクラスメイトたちやゼノンの騎士団がやってきて、テントの数は増えて行っている。事件は会議室で起きているんじゃないと、誰かが言ったものだ。
「数ばかり集まっても。アリが恐竜に勝てるものかな。」
「いいえ、ゼノンの装備もなかなか強いわよ。」
「見たところ、銃を持っているようだが。」
「わたくしもさっきひとつ渡されましたわ。護身用として。」
レディの護身用というように、先ほどのヴィクトールの銃の武骨なデザインとは違う、手のひらに収まるようなかわいいサイズの銃である。しかもグリップを手に持つとバレルが伸びる折り畳み式である。
「しかも光線銃じゃないかこれ。」
「これは簡易版だから銃としての機能しかないけど、騎士団のものは剣にもなるのよ。」
「それ欲しいんだよなーオレ。光の剣だぞ。」
「ますますおもちゃ染みてきたな・・・。」
ゼノンの雷の力を銃弾にする、まさしく魔法のような道具だ。正直、あくまで科学の延長線上にあるヴィクトールの銃よりも心惹かれるものがある。しかし、テクノロジーを封印しているという割には、よっぽどテクノロジーしている。
「やっぱいいなー、オレもゼノンに入るのしっかり考えようかな。」
「でもゼノンになったらこそ、こういう時に動かなきゃいけないのよ?」
「そうだな。オレたちに出来ることって無いのかな?」
「前向きなのかバカなのか。」
「んだとぉ?」
「現実を見ろよ。俺たちちっぽけな人間に、何ができるって言うんだよ。あのスペリオンにだってどうしようもなかったんだぞ?」
「言ってくれるじゃねえかクリン!スペリオンに出来ないからって、オレたちが出来ない道理もあるかよ!」
「二人とも落ち着きなさいよ。ここで騒いでるのが一番の無駄でしょう?」
ドロシーの気持ちもわかるが、クリンの言うことももっともである。そのどちらでもないガイとアキラは何とも言えない気分になった。
「何かをせずにはいられないのも、何もせずに諦めるのも、若者にはままあることだろう。」
「あら先生、やっと着いたのね。」
「本当にやっとだよ全く・・・本当に胃に穴が開きそうだ。」
「おしかりの言葉とか頂いたわけ?」
「叱られるだけならまだいいさ。それより、お前たちはどうするつもりなんだ?」
「シャロンの気が済むまで、付き合ってあげようかと。」
「レオナルドももう先が長くないんだったな。」
「そうね・・・シャロンはテコでも動かないでしょうけど。」
「こういう言い方もなんだが、それっていつになる?」
「さあ。」
「さあって。」
「亀は万年生きると言うしな。明日かもしれないし、明後日かもしれないし、100年後かもしれない。」
「どんだけ気が長い話だ。」
「でもこのまま放置していくわけにはいかないでしょう?」
湖の対岸を見て見れば、また別のキャンプが張られている。ヴィクトールのものだろう。
「ここで見張ってないと、どう考えてもろくでもないことになるぜ。」
「ガマン比べか・・・いつになったら帰れるのやら。」
「文明的な生活ができると思ったのに、また野宿に逆戻りとは。」
「トホホ。」
『グゥ・・・。』
「レオナルド・・・。」
どんなに人間たちが文句を垂れようが、当のレオナルドにはどこ吹く風のようだった。シャロンの沈痛な面持ちが、この場のすべてを語っているようだった。