スペリオンズ~異なる地平に降り立つ巨人   作:バガン

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 すごい久しぶりに続きを書くよ。でもどっちかというと過去編を書きたくなってきた。というか話の続きを覚えていない。設定集を書いて記憶を整理せねば。


タールゴン大逆襲①

 タールの噴出騒ぎが収まって早数日のこと。しかし未だに片づけは遅々として進まず、そこかしこにこびりついたタールを恨めしそうに剥がしたり、集めて廃棄所に集める作業員の姿がそこかしこにあった。

 

 「健康被害が気になるからあんましやりたくないんだけど。」

 「ならスペリオンの力でパーッと解決しちまいなよ。」

 

 そんな作業着を着た連中の中に、天秤にいくつも吊るしたバケツの中にタールの混じった土砂を満杯にし、黒い液体と一緒に文句を溢すアキラとガイはいた。

 

 「でも、こんだけ石油があるんならプラスチックとか作り放題なんじゃないか?大儲けだぜ、石油王だぜ。」

 「石油の全部が全部プラスチックの原料になるわけじゃないぞ。タールなんぞ道路のアスファルトぐらいにしかならん。」

 「そうなのか?」

 

 それも発癌性の高さから、現代ではあまり使われないとか。文字通り煮ても焼いても食えないシロモノだ。

 

 「まっ、普通の石油もあるにはあるんだろうけどな。これから石油の産地としてここを発展させていくかは・・・・やっこさんがた次第ってところだ、」

 

 産業時代にもまだ達していないだろう文化レベルが、一足飛びで近代化できるのか・・・ヴィクトール商会の力があれば可能そうだが。その恩恵にあやかれるよう、ゼノン騎士団も手を回していることだろう。

 

 「じゃあ、ここらの自然も破壊されて、コンビナートになるのか?」

 「少なくとも近くの村は打撃を受けそうだな。排煙とか、スモッグとか。」

 

 この目の前に青々と広がる湖も汚染されることだろう。その水深はカナダのバイカル湖以上で、現代なら自然遺産ものだろうがこのアルティマには関係あるまい。そもそも世界を統治するような連盟などもないことだし、誰が自然遺産と認めるのか。

 

 そもそも、『遺すべき』という判断を下さねばならないということは、それだけ他の物が破壊されているからということで・・・。

 

 「それにしても、当初の目的をすっかり忘れてしまっている感はあるな。」

 「当初の目的・・・ってなんだっけ?」

 「お前・・・。」

 「冗談だよ。宇宙船のパーツって言ってたよな?」

 「ああ、あれは見覚えがあった。」

 「見たことあるのか?数千、数万年以上前の地層から出てきたんだろ?」

 「ここは、『現代』からずっと未来の世界だからな。現代で見たんだよ。」

 「そうだった。」

 

 それも、人間の骨が化石や石油になってしまうほどの年月だ。

 

 「で、その宇宙船はどうなったんだ?」

 「幾度かの実験の末に、無事に宇宙にまで飛び出したよ。」

 「そうか。」

 

 同時に、そこで『地球人の歴史』は終わったわけだが。

 

 「宇宙船は箱舟だった。新天地を求める人類の最後の希望、というわけだ。」

 「ほーん。」

 「興味ないんかい。ともかく、見つかってたのはその試作機の一部分だったんだろうな。今更そんなものが見つかったところで何が出来るというものでもないとは思うけど。」

 「それがあればこの時代でも箱舟が作れたりとか?」

 「作ってどうするんだよ。」

 「・・・戦艦にするとか?さらば地球よとか言っちゃうような。」

 「ネジ一本からパソコンが組めるか?本体がどんな姿をしているのかもわからんのに。」

 「無理っぽいね。」

 

 そのパーツも騒ぎの内に消えてしまっていた。その辺についても協議していることだろう。比較的綺麗で大きなテントの中では連日会議の真似事が行われている。さすがに土砂や残骸の集積場に近づけばその喧噪は遠のいていくが、ここからでもザワザワとやかましい声が聞こえる。

 

 ☆

 

 今度はそのテントにクローズアップしてみよう。

 

 やれ石油の利権がどうの、やれ被害の補償がどうの、油の話で水掛け論をし続けてはや数日。一向に話は纏まらないでいた。

 

 まだ先日の恐獣タールゴンの襲来から復興が遅々として進んでいないというのに、ヴィクトール商社側は早く話を進めたいのか石油の営利の話ばかりするし、バロン騎士団はその逆の立場にいる。

 

 と、いうのも。騎士団はあくまで軍事団体であり、商談や政治的取引とは縁が遠い。この会議の場には上級騎士が数名と、この場においては騎士団のトップであるラッツ副長しかいない。

 

 (こういう時、腹芸に強い団長がいればよかったのだがな・・・。)

 

 片方の議席の一番高い椅子に座るラッツは頭を抱えて、何か口にしそうになってはいやいやと飲み込むのを繰り返している。今日だけですでにコップに注がれた水を5杯は飲み干している。

 

 実働部隊を任されている手前下手な行動はとれない。さりとてこのまま何日も無駄な会議を続けるわけにもいかない。一刻も早く復興の手を進めたいというのが、愛国心と忠誠心にあふれるラッツの心情だった。

 

 一方、ヴィクトール商会の方も正直議論に身が入っていないのが実情だった。この場に集まっているのは技術者が主だった面々、もとはと言えば見つかった遺物の研究のためにやってきたのだから、生憎なことに商談に詳しいものはいなかった。ただ目の前に燻ぶる儲け話は逃すつもりは、商会の人間としてないから、商談とは言えないような押せ押せの話しかできない。

 

 結局、お互いに腹芸の専門家を持っていないせいで、泥沼化しているのだ。それほどまでにこの度の石油発掘は予想外のことだった。

 

 (せめて話が出来る人間がこの場にいれば・・・。)

 

 勿論、この地を本来治めているキャニッシュ領、その領主への遣いは既に何日も前に送った。そこから話の出来る人間が来てくれれば、この問題も解決することだろう。来てくれればの話。

 

 (公爵様はお忙しいお方。直接おいでなさるかどうかは・・・。)

 

 こんな時、クリスタル鏡の結晶通信が使えれば便利なのだが、生憎この田舎の村にはそんなに高級な物は置いていない。持ち運びのできる小型端末の研究が急がれる。

 

 と、淀みに淀んだ会議場の空気に、一筋の風が舞い込んできた。それにはタバコと香水、そして鉄のニオイが混じっている。

 

 「諸君、待たせたな。」

 「社長!」

 「ヴィクトール商社の、社長か。」

 「マシュー・ヴィクトール、以後よろしく。」

 「これはどうも、ゼノン騎士団副団長のラッツです。」

 

 仰々しいコートに身を包んだ髭面の大男が、ずかずかと会議場の中央へと歩を進めた後、おもむろにラッツ副長と握手を交わしてからヴィクトール商会側の席についた。

 

 「さて、この度は会議の場を設けてくれたことを感謝したい。我々は『対等』な話し合いを望んでいる。」

 (対等なぁ、こっちには交渉が出来る人間がいないし、不利は不利なんだが。)

 

 タダより高いものはない。とにかくヘタを掴まぬようにだけは気を付けなければ、とラッツは身構える。

 

 「問題をひとつずつ片付けていくとしよう。」

 「こちらとしては、一刻も早く復興に着手したい。」

 「よろしい、ではまずその話題から。単刀直入に言えば、汚染の除去や壊れたもののの修繕費用はこちらで負担しよう。」

 「見返りには何を?」

 「何も。これはサービスだ。元はと言えば、我々の機械による発掘が原なのだから。」

 

 そりゃありがたいな、という感想がまずは浮かんできた。ボーリング試験を始めたのはヴィクトール側だったし、事故の責任はとってもらわんければ困るというもの。

 

 「わが社の油吸着シートを使ってくれるといい。」

 (セールスかよ。)

 

 商品の宣伝も兼ねたデモンストレーションがしたいと。転んでもただでは起きないというつもりか。まあこのぐらいはいいか。

 

 「では次に、発見された遺物の行方についてだが・・・。」

 (その辺のことは正直よくわからんのだがな・・・。)

 

 もともと、その遺物にまつわることでこの視察団は組まれたのだから、それが一番の目玉要素になるだろう。この場にはもうないあの金属の塊に、いったいどれほどの価値があったというのか。少なくともヴィクトールにはわかっていて、ゼノンにはわかっていない。

 

 結局、会議とは名ばかりにヴィクトールの目論見通りに終始した。これからますます商業の勢力を拡大し、サメルにも近代化の波が押し寄せてくることだろう。

 

 あまりに早すぎる技術革新というのはゼノンの掲げる教義に反すること。そこだけはラッツにもわかっていたので丁重に断らせてもらった。大してヴィクトールは残念そうにはしていなかったところを見るに、この程度の事は予想済みという事か。

 

 (しかし、これほどの技術を持った商会をたった一代でここまで拡大したというが、この男一体何者・・・。)

 

 書類を確認しながらハンコを押すマシュー・ヴィクトールの姿を睨みつつ、ラッツは組んだ指をわきわきと動かす。

 

 ☆

 

 「うわっ、湖面にまで油が浮いてるぜ。」

 「水中の酸素が無くなりそうだな。」

 

 大きな大きな湖の、ごくごく狭い範囲ではあるが、確実に汚染は広がっている。スペリオンが作ったオイルフェンスによってせき止められてはいるが、それも嵐が来れば壊れてしまうだろう。いずれは回収せねばならない。

 

 「あーあ、出てきたのが石油じゃなくて温泉だったらこんなに苦労しなかったろうに。」

 

 そしたらみんな温まってみんなハッピーだったろう。というか今すぐお風呂に入りたい。

 

 「出てきたのは石油だけじゃないんだけどな。」

 「そうだった、人骨も出てきたんだっけ。」

 「あれも化石だったけどな。」

 

 現代でも北京原人とかアウストラロピテクスだとか、類人猿の化石が見つかることはあったが、今回見つかったのはホモ・サピエンスの物でほぼ間違いない。

 

 「ケイが今正確な年代や、そのほかの出土品を調べてるけど。」

 「他に何が見つかると思う?」

 「そうさな・・・やっぱり他の宇宙船のパーツとかかな。」

 「全部集めたら宇宙船が完成したり?」

 「しないと思う。ガワだけは組めるかもしれないが、エンジンも燃料もないし。」

 

 それよりも見張ってろ、とガイがアキラに声をかけると、周囲の目を確認する。

 

 「誰もいないぞ。」

 「そうか、じゃあ・・・吸着フィルターでも作るか。」

 

 バッと大きなシーツを拡げると、それに電流のようなものがバリバリと走ってその性質が変わっていく。

 

 「便利だなー。」

 「あまり使いたくないのだがな、こういうの。」

 「なんで、便利じゃん。」

 「・・・同じ人間から全く別の発言が来ると釈然とせん。」

 「同じ人間でも日や腹の据え具合によって言うことが違ってくることもあるわい。」

 

 ああ、俺の悩みは昼飯に何を食うかの悩みと同じ程度なのか。まあ、あるものは使わなければもったいないというのが現実主義者というものか。

 

 「俺から言わせてもらうと、そんなの持つ者の贅沢な悩みだぞ。使わないんなら俺によこせって言いたいぐらいの。」

 「それもそうか。まあ、人に見られたくはないものではあるし、結局そう見せびらかすこともないわ。」

 「ふーん。で、進捗どう?」

 「まずまずだな。やはり最初の始動が早かったおかげでこの程度ならすぐに終わりそうだ。」

 

 シーツ一枚分程度の布に、まるで逆再生映像のようにぐんぐんと水面の油が吸い寄せられていく。

 

 「深夜のテレビショッピングで売ってそうだな。」

 「この能力で金儲けはしたくないな。」

 「冗談。」

 

 たちまちシーツそのものの体積の何倍もの油が、ブヨブヨのゲル状になってくっついたものがガイの手に収まった。

 

 「よっし、解決だな!」

 「外に出た分はな。」

 

 で、ボーリングマシンの下・・・正確には礫塊の下に埋まっている分の利用法について今揉めていると。

 

 「どーれ、ラッツパイセンの仕事ぶりをちょっくら見物してくるかのう。」

 「何様のつもりなんだ。」

 

 ゲル化させて固めた石油を集積場に放り投げて、会議場のテントに向かう。

 

 「おっ、ガイ。掃除は終わったのか?」

 「ああ。それでこっちを見に来たんだけど・・・なんか進展あった?」

 

 ガイたちが会議の場にたどり着いた時には既に解散ムードとなっていたが、出席していたジュールと再会したことで情報を得ようと試みる。アキラはバロン側へとそのまま歩いていく。

 

 「会長が来てからもう一方的には無しを決められたって感じ。」

 「会長?あのヒゲか。」

 「そう、あのヒゲ。」

 

 書類にハンコを押し終わったヴィクトール会長は、会議場にやってきた新顔に気が付いたようだった。興味深そうに視線をガイの方へと向けていた。それに気づいたガイも軽い会釈で返す。

 

 「で、どうなったんだ?」

 「うん、石油の利権はゼノンが持ってるけど、それを精製する技術はヴィクトールが保持したままだから、ヴィクトールの工場にまで原油を売りに行くってところかな。」

 「あれ、ゼノンに石油精製の技術は売らなかったのかヴィクトールは。」

 

 原油だけじゃあ燃える水にしかならないというのに。石油は精製してこそ、利用価値が生まれるというもの。

 

 「ゼノンの方が蹴ったんだよ。正確にはあのラッツ副長が。」

 「なんで?」

 「『先祖たちが作り上げて、守った土地を汚したくない』ってさ。ゼノンの教義はこういう考えに基づいているんだろうね。」

 「先祖の土地か・・・。」

 

 その先祖を、ガイとアキラは知っていた。自分たちの弟分であるツバサ、『大消滅』によって半世紀以上前にこの世界に迷い込んだ仲間。

 

 この世界に来たばかりのガイが、ツバサの自伝によってそのいきさつを知れたのはまさしく幸運だったことだろう。おかげで『生きる希望』が湧いた。御伽噺とは少々趣が異なるが、人の認識を変えるだけの力はあの本にはあるらしい。

 

 「実際住みやすそうだよね、サメルって。おいしい食べ物いっぱいだし。」

 「ああ、まさか異世界でも牛丼が食べられるなんて思ってなかったよ。」

 「イセカイ?」

 「なんでもない、こっちの話。」

 

 一部代用食品が使われているものの、牛丼ほか丼物はサメルにおいてもメジャーな食べ物だ。お米の代わりの麦飯の上に、様々な煮物を乗せて食べる丼物スタイルを持ち込んだのもツバサだったらしい。

 

 「ああ、そういえばそろそろお昼時だね。会議も終わるしお腹すいたな。」

 「座ってただけだろお前ら。」 

 「立っても座ってもお腹はすくよ。」

 「やれやれ・・・ん?」

 

 と、それぞれが机を並べなおして会議場を食堂に切り替えようとしているお開きムードになってきたところで、ガイは自分のもとへとやってくる人間の気配に気が付いた。アキラは向こうでまだ話をしている。

 

 「こんにちは。」

 「・・・こんちは、なんかよう?」

 「うむ。」

 

 やってきたのはヒゲ男。ヴィクトール会長である。今回の会議、もとい商談は重畳といった結果を収めたわりには、さほど心は動いていないようにも見える。それよりも、もっと面白そうなものを見つけたことに執心なようだ。

 

 その視線にガイの方はなにやら嫌なものを感じていたが。

 

 「君はバロン騎士団の人間ではないようだが、なぜここに?」

 「俺はバロンの協力関係者、一応学者だ。遺物を見にきてこんなことに巻き込まれた。騒動で遺物もどっか行っちゃったらしいし、骨折り損だ。」

 「そうか、それは不運だったな。」

 

 ガイの不遜な態度に一瞬ジュールは青い顔をしたが、ヴィクトールはそのことに眉ひとつ動かさない。

 

 「これから昼飯のようだが、君もここで?」

 「ああ、牛丼が久しぶりに食えるならここがいい。」

 「牛丼か・・・私はあまり好きではないのだがな。薄切り肉の汁かけ飯とは。分厚いステーキが食いたいところだ。」

 「ならこっちでステーキ屋でも始めればいいじゃないか。」

 「それは名案だな。」

 

 サメルでは家庭職として定着している丼物も、アルティマ大陸の反対側にまでは浸透していないからだそうだが。

 

 「ところで、君は、いや君も『地球人』なのかな?」

 「そうだよ。」

 

 腹の探り合いは無意味と悟ったのか、それとも痺れを切らしたのか、いきなり本題をブッ込んできた。

 

 「君も、というからにはアンタもそうなんだろうな。」

 「ああ、そうだ。30年前にやってきた。」

 

 答え合わせはあっという間に済んだ。やはりヴィクトールも地球人・・・2000年代の人間なのかはわからないが、少なくともこの星が地球と呼ばれていた時代の人間だった。ツバサという前例、自分たちの存在がある以上珍しくもない話だが。

 

 「ちょっ、ガイ何の話?」

 「ふむ、君は?」

 「あっ、はい。ヴィクトール・アーミーNo.067、ジュールであります。」

 「そうか、君のことは覚えておこう。」

 「光栄であります!」

 

 ずっと横で見ていたジュールを一瞥すると、すぐにガイに視線を戻した。

 

 「それで?あんたは現代技術をこの世界に持ち込んで、なにがしたいのか?」

 「この世界は私たちのいた地球よりもはるかに過酷だ。そんな世界に放り込まれたのも何かの縁、ひとつ成り上がってやろうと思ったまでだ。これでも元科学者でね、科学技術を再現するのにも苦労はしなかったよ。」

 「世界征服でもしたいのか。」

 「そんな大それたことじゃないさ。征服なんて割りに合わない。」

 「なるほどなぁ。」

 

 ふっ、とガイは笑った。

 

 「それでだ、君も時空の迷い子ならば、いわば同士だ。ひとつ私に協力してくれんか?」

 「お断りだ。」

 「即答?!」

 「ほう、なぜだ?」

 「あんたと俺とでは、絶望的に反りが合わない。断定していい。」

 「何故?」

 

 ここで初めて、ヴィクトールの眼の色が変わった。

 

 「アンタは自分が成り上がりたいがために、この世界には早すぎる技術を持ち込んだ。それが許せん。」

 「そうかい?私は君の事を同類だと思ったのだが?」

 「だからわかるんだよ。俺もアンタと同じ立場なら、同じことをしただろう。」

 

 実際今もしようとしている。最初この世界に来た時に、ドロシーのために武器を作ってやる約束をしたのもその範疇に入る。

 

 「けどな。力には責任が伴うんだ。自分の欲望のために無秩序に広げていくのが好かん。」

 「だが、そのおかげで人々は豊かな暮らしを得ている。それのどこがいけない?」

 「アンタが作ったのは豊かな生活なんかじゃない。人々の首を縛る鎖だ。人を家畜や道具にする。」

 「ちょっ、ガイそこまで言う?」

 「多少言い過ぎな感は否めないが事実だ。」

 

 ゼノンの教義で、行き過ぎた技術開発を禁じているのもよくわかる。保守的な体制ではあるが、パワーバランスが崩れないことへの対策だったのだ。目の前の男のように、現代からやってきた個人が力を持つことへの警戒に他ならない。

 

 ツバサは革新は求めつつも、余計なトラブルを起こさないことを考えていたらしい。とりあえずガイもツバサの考えに則ることとする。だから目の前の男は信用ならない。

 

 「なるほど、では交渉は決裂だな?」

 「交渉ですらない。あんたは俺にも首輪を嵌めに来たんだからな。」

 「では一つ言わせてもらうと、私が力を求めたのは、ある敵を打倒するためなのだ。」

 「敵?」

 

 深くため息をついて、ヴィクトールはさも残念そうに語る。

 

 「君も見たことがあるだろう、あの巨人だ。」

 「巨人?」

 「バロンやゼノンはスペリオンと呼んでいたがね。あれは『悪魔』、いや『疫病神』だ。」

 「悪魔はわかるけど、疫病神?」

 「そうだ、ヤツが現れるところ、私の損害ありだ。」

 

 そうだったかな・・・と少しガイは思い耽る。行くところにスペリオンが、というよりも恐獣が現れて船を沈めたりはしてたけど、それをスペリオンのせいにされるというのは少々不条理だ。

 

 「君も見ただろう?あの巨大で異様な姿を。ゼノンやバロンはあれを守り神だと持てはやしているが、いつあの力が人間に牙を剥くかわからない。」

 「まあ、たしかに。」

 「むしろアレを信奉することこそが危険だと私は思っている。」

 「なるほど一理あるな。」

 

 技術に使われるか、力に盲目になるか、どっちもどっちだな。ともかく、これ以上この男と話すことは無い。

 

 「じゃ、俺達は昼飯あるんで。行こうぜジュール。」

 「おっ、おう・・・あーでもここで社長にもっとアピールしておくほうが・・・。」

 「諦めろ。」

 「えーん・・・せっかく顔を覚えてもらって出世するチャンスだったのに・・・。」

 「力ではなく媚びを売っているうちは出世は出来ても大成は無理だよ。」

 

 上に立つ人間とは、人に必要とされるよりも、必要を自分で作る人間だという。ヴィクト-ルは後者、ジュールは前者だ。

 

 (スペリオンが必要なくなるのなら、それに越したことは無いんだろうけどな。)

 

 まあ人の扱い方の話をするよりも、今は牛丼が食いたい。

 


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