化石の発掘当時、そこにはダークマターが付いていた。どう控えめに見ても原因なそれを表面上はすべて取り除いた。つもりだったのだが・・・。
「やはり、本体は骨のほうだったか。」
「倒されても蘇る奴なんて、骨のあるやつだ。」
ナメクジの這った後のようにドロドロのタールをまき散らしながら、のそりのそりとタールの怪物は蠢いている。だがその『群れ』には前回とは決定的に違う点がある。
「だが、この程度の大きさならば我々にも戦いようがある!」
圧倒的に小さい。人の背丈と同じくらいか、それよりも少し低い程度の大きさしかないのだ。代わりに数えきれないほどの群体を成している。
「撃て撃て撃てー!」
食事を済まして元気いっぱいになったバロン騎士団たちは、すぐさま隊列を組んで砲火を浴びせていく。
『ボボボボボボ・・・』
「よし、いけるぞ!」
バロン部隊の雷銃によるエレクトリック・バレットが小型タールゴンに突き刺さると、どんどんと動かないタールにもどっていく。その様にラッツ副長も手ごたえを感じた。
「この程度の相手なら、我々にも勝算がある!皆ひるむな!」
「「「オオー!!」」」
スペリオンや、ヴィクトール商社の技術の高さに最近は押され気味であったバロンの兵たちも士気が上がっていく。
「よぅし、左右に分かれて包囲するように攻めろ!」
ラッツの号令でバッと二股に分かれた部隊が小型タールゴンの群れを包囲し、握りつぶすように摩滅させていく。
「この分だとスペリオンの出番はなさそうだな。」
「そうだな、今回は彼の力は必要あるまい。」
その様を後ろから見ていたガイは、とりあえずアキラとケイを探しに行くこととした。あの二人が後れを取ることはまずありえないだろうが、一体何が起こっているのか知る必要がある。
☆
「骨を核とし、タールを肉体とし、そしてダークマターは触媒。」
「わからねえな、タールは全部片づけたはずだろ?」
「まだ地下にはいっぱいある。」
「けど栓はしたんだろ?」
「誰かが穴をあけたんだ。」
その誰かの元へと、アキラとケイは向かっている。目星はついているし、その怪しい行動を追及しなかったことをケイは後悔している。
「これもいわゆるヒヤリハット案件ってことか。」
「ああ、やっぱりあそこであとを着いて行っておけばよかった。」
あちこちでタールの臭いが漂うテント群を抜け、道を駆ける。脇から飛び出してくるタールゴンを、ケイは杖から出す炎で焼き払う。一方アキラはどこからか拾ってきた長い棒で薙ぎ払うが、効果はあまり見て取れない。
「こうも攻撃が効かないんじゃ、戦士として自信失くすわ!」
「戦士なの?」
「戦士ってほど綺麗な経歴してないけど、まあ一応は。」
当然、液体ボディのタールゴンには物理攻撃の効果は薄かった。暖簾に腕押し、糠に釘と判断したアキラは棒を地面に突き立て、目の前に立ちはだかるタールゴンの壁を飛び越える。
攻撃を躱し、隙間をすり抜け、2人はその発生源へとたどり着く。
「そこまでだ!」
「・・・って言いたいところだけど。」
きっと邪悪な犯人は、古代の墓を暴いて呪いを現世に解き放っているに違いないと思っていた。が、実際にそこにあったのは多数の黒い敵に囲われたヴィクトール社長、ほか部下数名の姿だった。
「ひえー!お助けー!」
「ああ、神様ー!」
「助けよう。俺達は神様じゃないけど。」
見捨てる理由もないので手を伸ばす。ケイが再び杖を振るうと、炎の鞭がタールの壁を焼き払う。
「こっちだこっち!」
「ありがたい!社長、こちらへ!」
「うむ、君たちは・・・。」
「ああ、まずはここを離れようか。」
なぜこんなところにいるのか、とか聞きたいことは山ほどある。だがそれも一旦は置いておいてこの場を後にするとしよう。
「あー・・・せっかく調査したのに。」
「ん?」
「あそこ、出土品を保管してたテントだよ。」
ずずずずっと、踏んでいるカーペットを引きずられたように地面が滑っていくのを体感した。それと前後して遠巻きにテントの屋根が崩れていくのが見えた。そしてそれらを押しつぶすように、ひときわ大きな影が生まれ出る。
「またデカブツか。」
「あれはもうスペリオンに任せよう。」
オロロンと怨嗟の声のような鳴き声をあげるタールゴンを背景にして、一息ついたところで問いただす。
「一体なにをしていたんだ、あんなところで?この惨状はあんたらが原因なのか?」
「違う。私はあそこで哀悼の意をささげていたのだ。」
「お祈り?」
「そう、あそこに埋まっているのは・・・。」
瞬間、閃光が走って空から巨人降り立つ。アキラは半ばうんざりし、ヴィクトールは憎悪の目を向けた。
「スペリオンか・・・。」
「私はアレが嫌いだ。」
「ああ、俺もだ。」
☆
ただ倒すだけじゃダメだったか?それとも別の回答があるのか?ともあれ再び現れたからには自分は立ち上がらなければならない。
『凍らせるのもダメ、また核をぶっこ抜くか?』
こいつはただ『在る』だけだ。特別なにか目的があって暴れているわけでもなければ、あるいは生きるための欲求を満たそうとしている捕食活動をしているわけでもない。『なにもしていない』に等しい。
何の目的意識もなく、ただただ存在するだけで悪臭と熱を振りまく迷惑な存在なのだ。
だから『答え』が見えない。あのタールの体と同じく、底も色も見えない。ドロドロで不定形で、常に変化し続けている。
『弱点は・・・なにか弱点を探せ。』
物理攻撃は効果が薄かったが、バロン騎士団の雷銃は効いていた。雷属性の攻撃ならば有効なのだろう。物理攻撃の効かない相手には属性攻撃が効くというのもセオリーか。氷属性は効き目薄かったけど。
『ゴボボボボボ!!!」
『あーもう面倒くせえ!燃やしてやろうか!』
骨の塊が核なら、ついでに火葬も済ませられそうだ。しかし地下のすぐそこにまで石油や天然ガスの層が迫っている。ガソリンスタンドでの吸油中も静電気で引火して大変な事になるらしいし、迂闊な攻撃も出来ない。
結局、スペリオンに有効打が無い。前回あまり効き目の無かった冷凍攻撃でも超強烈なのを浴びせてもいいが、加減を割と知らないので向こう100年アルティマの気候に影響を及ぼしそうなので自重する。そういえばアキラにも力の加減を覚えろとよく言われたものだ。
となると第三の選択肢、超能力で変質させてしまえばいいか。さっき湖面に浮いているのを集めたように、油とり紙を作るか。
『材料は・・・そのへんのテントの残骸を使わせてもらおうか。』
バッとテント生地を掴む。ハンカチ程度の大きさだが、それをつまんでぐるぐると振り回すとどんどん大きくなっていき、最終的に闘牛士のマントのような大きさになる。
『油吸着シート攻撃!!・・・もっといい名前がないかな。』
とはいえ後にも先にもこんな攻撃一回きりだろう。こんな特殊な敵がそう何度も出てこられても困る。だとしても次までにはもっとまともな対抗策を考えておきたいものだ。
マジシャンが箱を布で覆うようにタールゴンを包むと、黒い油を吸い取って骨だけが残る。
『一丁あがりっと・・・。』
先ほどガレキの片づけをしていた時と同様に、吸着したシートをポイっと捨てる。こんな曰くつきの石油で製品を作ったら今度はプラスチック恐獣になるんじゃないかと疑問に思う。
『グゴゴ・・・』
『んっ?!』
「まだ来るぞー!」
遠くからケイの声が聞こえてくる。そうでなくとも足元でもぞもぞと動く物体があることに気が付く。
『おかわりかよ!』
しかも今度は2体。あちこちでくすぶっていた小さい個体が集合して、巨体になっていく。
『これ、まだ増えるんじゃないか。』
新しい布を掴みながら不安と不満をごちる。その声は人間の耳には意味のないうなり声のようになって聞こえていることだろうが、アキラとケイならば意味を解していたろう。
「後ろにもいるぞー!」
『なにっ!?ぐぉおおおっ!!??』
タールの津波が無防備なスペリオンの背中を覆う。振り払おうともがいているうちにも、タールゴンは数を増やしていく。
「これ、やばいんじゃねえの?」
「処理が追い付きそうにない。もう四の五の言ってられないだろうな。」
「そうか。じゃあ、おーい!先輩!」
「なんだアキラー!」
「避難指示だー!もう人間の手には負えない!」
「避難指示ならとっくにやってるわい!」
「そう。おいさヴィクトールさんよ、アンタのところの人間も早く退避させろよ!」
「何をする気だ?」
「油田をあきらめるってことだ。」
トルクメニスタンには『地獄の門』と呼ばれるスポットがある。天然ガス田でありながら、落盤事故によって有毒ガスの噴出が止まらなくなり、安全のために火を放って今なお燃え続けているのだ。
「石油に火を放つのか?!」
「近くには人里もあるし、もっと向こうには町もあるんだ。ここで抑えられるならそれに越したことは無い!はず。」
「それもそうか。」
それと同じく、もうタールゴンを封じるには怨念の籠った骨もろとも焼き尽くすしかないというわけだ。門とは地獄へと至る道ではなく、地獄を封じる関所なのだ。
「一体どれだけの損失になるか・・・。」
「人的被害には代えられないだろう?」
「・・・ムゥ、それを言われるとな。」
現代だったなら何千億、下手すれば兆にもなりそうな経済的損失になるだろう。それでも『地球人』であるヴィクトールには道徳的倫理観が備わっていた。たとえ建前だとしても、人の命をないがしろにするようなことは言えなかった。
「スペリオーン!避難は出来たぞー!」
「やっちまえー!」
『ええい、仕方がないか!』
バッと空中へと飛び上がると、まとわりつくタールを体を高速回転させて振り払う。上から見下ろせば、もうそこら中がタールでドロドロになっている。そしてそれらすべてが、救いの手を求めるかのように波打っている。
元はどんな理由があって埋葬されていたと言うのか。だがそれらが蘇って、今を生きている人間を害するのならば排除せねばならない。
『せめて光の力で・・・スーパーフォーカス!』
太陽を背負うように宙に浮かぶスペリオンは両手を掲げ、手で円を作る。円は太陽光を屈折させるレンズを作り出し、灼熱の光線を生み出す。省エネルギーな、大変にエコな必殺技だ。
「おぉ・・・なんという・・・。」
「あーあ、結局こうなっちゃうのか。」
偏光された薄暗いステージで、高熱のスポットライトを浴びたタールゴンは赤黒く燃え上がる。吹き寄せる熱風が、天を仰ぐラッツの頬を撫でる。
「ああ、産業革命の財産が燃えていく・・・。」
「石油ならまた出るだろう。」
「その時間がもったいないのだ。私の目が黒いうちに、このアルティマに文明の光を差したいのだ。」
ヴィクトールの大きく開かれた瞳には、明々とした炎の輝きが映る。この大地と同じく燃えている。
火は門へ至る道を作り、地獄を封じる蓋へと至った。途端、天然ガスに引火して、蓋を吹き飛ばした。
「うぉおおっ!」
「スゲー衝撃波だ・・・。」
黒煙が空へと立ち上り、青い空を染め上げていく。その光景に思うところあったのか、アキラはわずかに顔をしかめた。
爆発によって出来上がったクレーターは、テントやガレキを飲み込みながら徐々に徐々にと広がっていく。
「この分だと、環境にも影響を与えそうだな。酸性雨とか。」
『わかってる。』
石油が燃えた煤煙には二酸化硫黄や窒素酸化物が含まれており、それらが空気中で酸化して硫酸や硝酸となって地上のものを溶かすのだ。どんな手段をとろうが結局環境問題は避けられなかっただろう。
排煙や廃液の時点で無害化することも可能だが、一度発生した公害を無害化するのはとても難しい。
『石灰で中和してしまえば一番楽なんだけどな。』
人差し指をくるくると回すと、にわかに風が起こる。風は大風を呼び、竜巻となる。
「おぉおお・・・炎が、空まで・・・。」
「やることが派手だね。」
竜巻は燃え盛る炎をも飲み込み、地中の石油まで吸い上げながら、天まで焦がす火柱となる。
『石油は全部燃やしちゃって、排ガスは宇宙まで飛ばす!』
捨てるなら一切合切遠くまで、臭いものには蓋をせよ。掃除機のようにゴミを吸い込んでいく。さすがのタールゴンも、宇宙空間では行動できないはずだ。
『・・・こんなもんでいいか。』
しばらく吸い込み続けて、やがてクレーターの中は空っぽになった。
やるだけやった、と納得したスペリオンは光の粒となって消えた。
☆
あちこちではまだ黒い煙があがっているものの、そこに一切の熱はない。汗をかいた肌には冷たすぎるほどの風が吹いてくるのだ。
「ひっくし!風邪ひきそう。」
結果を言えばとりあえず危機は去った。だが同時にここにあった油田も消えてしまい、商談はお流れとなった。なのでバロン騎士団は後片付けをして帰るだけだ。
「はぁ・・・。」
「おらっ、そんなところで座ってないでお前も片付け手伝うんだよ。」
「今日はもう疲れた。もうちょっと労わってくれよ。」
「早く帰りたいなら、さっさとそこの板割れよ。」
黒く焦げた残骸の上に腰かけたガイは、目を伏せて呟く。傍らには解体用の斧が立てかけられているが、それはいまだに一度も振るわれていない。
「ケイは?」
「クレーターの調査だって。」
「地下が空洞化してるから、崩落の危険性もあるしな・・・。」
「怪物は倒したのに、解決したって感じがしないな。」
結局のところ、骨の謎とかは残ってしまった。その骨も石油と一緒に燃え尽きてしまい、宇宙葬にしてしまったのだから今となっては完全に迷宮入りだ。
「なんかこう・・・もうちょっと上手くできなかったのかよ?」
「出来た、んだろうけど、俺だって必死にやったんだよ。」
はぁ・・・と深くため息をついてガイは空を仰ぐ。空には雲一つないが、やや赤みを帯び始めている。
「腹が・・・減った・・・。」
「このままじゃ日が暮れちまうぜ。ん?」
なにやら騒がしい声を遠くに聞く。気になってアキラが近づいていくと、ヴィクトール商社の人たちが村人に囲まれていた。どうやら近隣住民が抗議に来たらしい。
あんまり近づきすぎたら面倒ごとに巻き込まれそうだな、と察したアキラは物陰からそっと話し声を聞くことにとどめることにした。
どうやら、ヴィクトールは近隣の村に土地の買い付けについての根回しをしていたらしい。後々の石油の利権について、近隣住民を焚きつけてバロンから奪おうとしていたようだ。どうやらヴィクトールの方が一枚上手だったようだ。
しかしその悪だくみもスペリオンの活躍によって潰えてしまい、この話をなかったことにしたいというので抗議になっているわけだ。
「なにもかもあの巨人のせいだ!」
その場を後にしようとしたアキラは、そんな言葉を耳にしてちょっとムッとなった。
アイツは・・・自分に出来る限りのことを尽くした。なのに人間は・・・俺も含めて、何もしていない。
「腹減ったなー。」
「・・・牛丼でも食いに行こうぜ。」
「それが聞きたかった。」
力なく斧を振るっていたガイだったが、アキラの顔を見ると手を離してとぼとぼと歩き始めた。
「マジで疲れてるんだ。」
「それはわかったから。」
「タマゴとみそ汁もつけろ。」
「サラダも食え。」
夕日で伸びた影が他愛もない話を続けていった。
☆
「まったく、よくもこんなバカでかい穴をあけたもんだ。」
一方、ケイはクレーターの調査を行っていた。地面の下からは、芳しい香りが上がってきているので、スカーフとゴーグルで顔を隠している。
「地下がどれだけひろがっているかわからないが、ここもそのうち池になりそうだな。」
近くに湖もあることだし、地下から浸水して水に埋められるだろう。空洞化して地盤も緩んでいるとなると、地盤沈下もしそうだ。
「周辺は立ち入り禁止だな。」
試しに足元に落ちていた小石をクレーターの真ん中に放り込んでみる。
「しかし・・・なにか陰謀めいたものを感じる。これで終わったって気がしない。」
それは調査結果とは異なる第六感的なもの。
☆
「おのれぇ・・・ヤツはやはり疫病神!」
グイッと呷った酒のグラスをテーブルに叩きつける。ヴィクトールがここまで腹を立てた飲酒はなかなか久しぶりのことだ。
この石油利権の存在は、メルカ大陸への進出、産業革命の力になると目していたというのに、あの巨人のおかげですべてがパーとなった。
「おのれ巨人、いやスペリオンだったか・・・くそっ。」
頭に血が上るのと同様に酒も巡ってくる。ひどく悪酔いしそうだが、飲まずにはいられない。
「荒れてるねぇ。」
「! ヴェノムか・・・。」
ふと、自分一人しかいないはずの部屋に、自分以外の声が響いてヴィクトールは身構えるが、すぐに警戒を解く。背後には、自身の協力者である男がいた。
男、と言ったが実のところ性別も含めて、年齢や出身などのプロフィールを知らない。声はしわがれた老人のようにも、若い女のようにも聞こえる。
「なかなか面白い余興が見れたよ。」
「私は面白くないな。」
「言ったろう、余興だと。真打はそのあとだ。」
「真打?」
「ああ、ヤツが門をあけてくれたおかげで、地獄の底から悪魔を呼び出す用意が出来た。」
くくくっ、と酒の入ったボトルを手に取ると、中身を揺らす。しばし品定めでもするかのように傾けると、栓を開けて中身を全部飲み干した。
そのマナーもへったくれもない飲み方をヴィクトールは特に咎めない。
「まあ見ていろ。お前にも楽しめるものがもうじき見れるよ。俺が保証する。」
「それなら期待しよう。」
ヴェノムの言う事なら、白紙になった計画と、今一本空になった酒の分だけの価値はあるだろう。ヴィクトールも少しは気を持ち直した。
「ではな。」
そして現れた時と同様に、煙のようにその姿を消してしまった。
静寂の中、ヴィクトールはグラスを再び傾ける。