スペリオンズ~異なる地平に降り立つ巨人   作:バガン

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 大陸全体の形は、パンゲア・ウルティマの予想図を参考にしてください。


赤い靴

 さて、時間は3年ほど巻き戻る。ガイは唐突にこの世界に召喚されて、キャニッシュ私塾の生徒となった。

 

 現在時節は春一歩手前。花の蕾を結び、蛹は飛び立つ時を待っている。

 

 「ドロシー、聞いてるのか?」

 「へーい。」

 「まったく、誰のために授業してると思ってるんだ。」

 

 「私たちが今立っている『アルティマ超大陸』は、今からおよそ3000万年前の『大変動』によって出来上がったと言われている。」

 

 現在、追試待ちのドロシーのために、春休み返上のデュラン先生による補習授業が行われている。

 

 「大変動の時、地球核の極点の片方が一部破壊され、それまで分かれていた大陸が一つに集まってしまい、結果一つの超大陸になった。」

 「その砕け散った極点は、一種のモノポールとなって現在も地上に溢れている、と。そしてそれが生態系や科学にも影響を及ぼしている。」

 「理解が早くて助かる。これぐらい優秀な生徒がいれば、授業も楽になるんだが。」

 「えっへん。」

 「あなたのことじゃないわよドロシー。」

 

 その補習授業に、本来の生徒以外にも、エリーゼとガイが席に着いている。エリーゼはドロシーがマジメに授業を受けているか監視のため。ガイは普通に勉強のためにいる。

 

 「この世界に来たばかりの人間が、この世界の授業についてこれるか気にはなっていたけれど、問題なさそうだな。むしろ代わりに教壇に立ってほしいぐらいだ。」

 「まあま歴史には興味ないから、なんでもわかるというわけではないが。それよりも、科学のほうが気になる。」

 「今は地理の授業中だからな、我慢してくれ。」

 「オレ剣術したーい。」

 「剣術の成績は足りているでしょう?」

 

 ドロシーは座学の成績はブッチギリのビリだが、実技や体術の成績はよかった。そのおかげで落第からギリギリ首の皮一枚繋がっていた。

 

 「さて、授業に戻ろう。我々のいるこのキャニッシュ領は、大陸北西部に位置する『ノメル』のさらに西端、半島のような部分に位置している。そしてノメルの南には『サメル』があり、この二つを合わせて『メルカ大陸』と呼ばれている。」

 「大陸そのものは一つに繋がっているけど、実際には大きな二つがくっついてる扱いになるんだな。」

 「そうだ。もう一つは大陸中央から北東にかけての『アフラ』と南東の『シアー』、この二つを合わせた『アフラシア大陸』、このメルカ大陸とアフラシア大陸二つを合わせて『アルティマ超大陸』になっている。」

 「それに、南に一つ離れた『サウリア大陸』もありますわね。」

 「そうだな。だがこのサウリアには、我々人間の手はほとんど入っていないと言われている。

 「なんで?」

 「以前、授業中にも同じ質問が、同じ生徒から飛んできた気がするんだがな・・・。サウリア周辺には、常に磁気嵐が発生していて、空は極光のカーテン、海は荒波に常に遮られている。ここを越えられるのは、ごく一部の渡り飛竜ぐらいだ。」

 

 竜がいるという事実をさらりと言ったが、それがアルティマの生態系では常識だ。少し本で読んだぐらいで、なぜそのような生物が発生したのかは未勉強なので、ガイにはその話のほうが気になっていた。

 

 「ちょっと見ない間に随分様変わりしたようだな、地球。」

 「さて、授業を続けるぞ。」

 

 さりとて自分を召喚した者の、今後を左右する大事な授業を邪魔するわけにもいかないと、ここは黙って聞いておくこととした。

 

 「すぴー。」

 「寝てるんじゃない!」

 

 それとも、適度な刺激を与えたほうが居眠りさせずに済んでいただろうか?その真偽のほどは次回に回すこととした。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 「いやー、終わった終わったー!」

 「終わったって、ちゃんと覚えたの?」

 「大丈夫大丈夫!」

 「その大丈夫の根拠は?」

 「どうせなんとかなるから!」 

 「あっそう・・・。」

 

 日本ではそういうの大丈夫じゃないって言うんだけど、ノメルでは違ったらしい。

 

 「それよりも剣だ!剣術やろうぜ!」

 「って言ってますがどうしますか委員長。」

 「別に委員長じゃないですわ。でも息抜きにはいいと思いますわ。」

 

 現状、ガイはこの私塾の生徒として扱われている。召喚されてすぐ、塾長であるエリーゼの母の前に連れ出され、その場でこの塾が預かるという形になった。根無し草で放り出されるよりは、寝食の場を与えてくれるここはずっとずっと良い待遇だったのでガイもすぐに承服した。

 

 (豊かな土地に、豊かな食糧。優しい人が育つのも妥当だな。)

 

 それが裏のある策謀や、誰かに言われたからそうするという定則でもない、素直な感情から出た提案だというのは、塾長の性格を見ればわかった。

 

 「そういえば、ガイはどんな武術ができるんだ?」

 「大体何でもできる。」

 

 キャニッシュ家全体が基本的におおらかな性格をしているのかもしれない。ドロシーの格好もその根拠のひとつに挙げられる。

 

 ・・・これぐらいのおおらかさと柔軟性があれば、『アイツ』も苦労せずに済んだのだろうかと思うと気分が落ち込む。

 

 「じゃあ一回手合わせしてくれよ!」

 「いいけど、手加減しろよ?」

 「平気だろ、男なんだろ?」

 「男でもぶっ叩かれたら痛いわ。」

 「ドロシー、あんまり無茶を言ってわいけないわ。」

 「いや、大丈夫だ。これでも結構鳴らしてたんだ。」

 

 訓練用の木刀を手に、建物から東へ少し離れた原っぱに立つ。ここから見れば、塾は東西南北の塔と、中央のお城から出来ているのが見える。お城から少し西に行けば、海岸へとつながる通路と砦もある。

 

 「っしゃぁ!来やがれ!」

 「お先にどうぞプリンセス。」

 「女扱いすんなよ!」

 

 ガイのその言葉にカチンときたのか、ドロシーの素早い剣戟が襲う。脇腹目掛けた踏み込みの一撃を、ガイは読んでいたかのように木刀で防御する。 

 

 「なにっ?!」

 「さすがに甘いわっ!」

 

 返す手で、柄で殴りつけると、襟をつかんで地面に投げ伏せる。

 

 「そこまで!」

 「ええ・・・そんなんあり?」

 「お前は殺し合いの相手に、そんな言い訳するつもりか?」

 

 ドロシーの首筋に木刀が向けられた時点で、エリーゼが待ったをかけた。

 

 「容赦のない戦いでしたわね。」

 「お前、こういうのはまず相手の出方を窺って、手の内さぐるのがセオリーじゃないのか?」

 「冗談だよ、もう一回やるか?」

 「では、今度は私と手合わせ願えますか?」

 「エリーゼが?珍しいじゃん。」

 「出来るの?」

 「もちろんですわ。護身術は女の嗜みですもの。」

 

 妹が一瞬でやられたところを見て思うところあったのか、今度はエリーゼが手を挙げた。

 

 「居合いか・・・面白い。」

 「このような技との経験もありまして?」

 「あるにはあった、けど、君はそれ以上の技量があるかな?」

 

 徐にエリーゼは木刀を腰だめにし、呼吸を整え始めた。ガイも八相の構えで動きを見極める。

 

 「・・・そこっ!」

 「ちぃっ!」

 

 エリーゼの一閃が、ガイの防御を大きく弾き飛ばす。崩れた態勢に、さらに追い打ちにかかる。

 

 「・・・やられたか。」

 「ええ、そのようですわね。」

 

 痺れる手をひらひらとさせながら、ガイは膝をつく。ふふんとエリーゼは鼻を鳴らす。

 

 「その技は一体どこで学んだんだ?」

 「お父様からですわ。キャニッシュ侯のバロンですの。」

 「バロンって、男爵?侯爵なのに?」

 「違う違う、騎士の中でも最高の騎士のことをバロンって言うんだ。」

 「へー、強いんだな。・・・っていうか、騎士になりたいって言ってたドロシーより強いんじゃないのか?」

 「そんなことねーし!オレの知ってる中でオレは2番目に強いし!」

 「じゃあ、今日から3番目ね。」

 「ムキー!」

 

 その一番がエリーゼだったというオチなんだろう。それはさておき、仲睦まじい姉妹を見ていると、つい頬が綻ぶ。

 

 「あっ、何笑ってんだよ。」

 「いや、兄弟家族ってこういうものだよなって思って。」

 「仲良くない家族がいるのかよ?」

 「ドロシー、家族にもいろいろあるのよ。」

 「いやすまん、人に話すようなことでもなかったな。一応言っておくが、俺のことじゃないから、気を使ってくれなくていい。」

 「それはそれで気になるじゃねーか。ガイの友達とか?」

 「ドロシー、失礼よ。」

 「そっか、ワリい。」

 「そのうち聞かせることもあるかもしれない。」

 

 出来ればその男の話を聞かせたかった。不器用でも優しかった、自分に生きるための手段を教えてくれたアイツ。

 

 もう会うこともない、かけがえのない友が生きていた時の話を。

 

 「よし、ドロシーもう一回やろう。」

 「お?今度は手加減しねえぞ?」

 「お前に、俺が教わった技を授けよう。」

 「どういう風の吹き回し?」

 「気分だ。」

 

 「まず基礎的なところからやり直そう。」

 「えー、今更基礎かよ?」

 「基礎をおろそかにしたら、奥義は極められない。そういう教えだった。」

 

 最初の一撃も含めて、ドロシーと剣を交えてみてわかった。ドロシーには並外れた瞬発力や判断力、才能がある。自分の知っている中で2番目に強い、というのも決して嘘ではないだろう。実際大抵の相手と正面切って押し切れるだけの実力はあると思う。

 

 「だが、それも所詮付け焼刃、技量を力でカバーしているだけだ。だから格上相手には簡単に負けるだろう。」

 「さらっと自分のほうが上だって言いたそう。」

 「実際そうだったろ。だから、基礎から鍛えなおす。・・・俺が教わったのも、基礎の延長線上のものだったというし。」

 「よし、わかった。バロンになるためにがんばるぞ!」

 

 座学にもこれぐらい精を見せてくれたら、きっと誰も苦労しなかったろうに。

 

 「・・・今日は初めてだし、これぐらいにしておくか。」

 「ああ、なんか強くなった気がする!」

 

 さすがに1日で変わるほど劇的なものではない。毎日の積み重ねが、健康な肉体を作る、と言っていた。

 

 そういえば、どれぐらいの期間この世界に滞在することとなるのだろうか。エリーゼたちのおじいちゃんは、今の彼女たちの年頃でこの世界にやってきて、そのまま生涯を閉じたという。

 

 俺もそれぐらい生きていられるのだろうか?明日も知れぬ身だというのに。

 

 「おっ、もうこんな時間か。帰ろうぜ2人ともー!」

 「そうね、ガイさんも行きましょう?」

 「そうだな。」

 

 ともかく今考えるのは夕飯のことだけにしておこう。

 

 

 ☆

 

 

 「今後の俺の処遇について。」

 

 現状、先に述べた通りガイは一応生徒として扱われている。しかし、異世界から来て身寄りもないというちょっと特殊な出生から、何かしらの役職を与えたいという提案が廻ってきた。

 

 「とは言ったものの、俺はなにをすればいい?」

 「何かリクエストはありませんこと?」

 

 現在この世界のルールについて勉強中。あまり大きなことを言って荷が勝ちすぎても困る。だから生徒でいることを願ったのだが、どうやらこの世界、というかキャニッシュでは異世界人というのは大きな意味を持っているらしい。

 

 例えば、エリーゼの母方の祖父もまた、異世界から来たのだから。そういう連中は大抵変わった知識や技を身につけていて、それはいい方向にも災いの種にもなりかねない。

 

 「任されたら何でも出来る自信はあるけど?」

 「そうですね、1つルールを説明させていただきますね。」

 「わかりやすくお願い。」

 

 「この国には、強い権力を持っている団体が一つあります。」

 「宗教?」

 「そう、『ゼノン教団』という、ノメルとサメルに広まっている宗教があります。」

 「ゼノン・・・。」

 「何を信奉しているか、などは今は省略します。そのゼノン教は、いたずらに兵器を開発したり、武力を持つことを禁じています。」

 「だから異世界人が、そういう影響を及ぼすのも禁止しているというわけか。」

 「そうです、話が早くて助かります。異世界人だけでなく、この世界で生まれた人間も一部対象になるのですが・・・。」

 「その一部の人間って?」

 

 「その人種もまた、『ゼノン』と呼ばれている、言わば超人のような存在なのです。」

 「教会が称号を与えて特権階級とする代わりに、その超人の力を独占している?」

 「・・・あまり大きな声で言えませんが、そうです。一応『管理』という名目ですが。」

 「なるほど。」

 

 

 

 「それで、俺もその傘下に入るのか?それは断らせてもらうけど。」

 「即答ですね。」

 「せっかく自由の身になったのに、また縛られるのは嫌なのでな。自分の人生は自分で選ぶよ。」

 「おじいちゃんみたいなことを言うんですね。」

 「きっとおじいちゃんも同じ気持ちだったんだろう。それに誰かに利用されて、また(・・)兵器を作ったりするなんてのも御免だよ。」

 

 ガイはそれが出来る存在だ。前の世界のことは思い出したくもないが。

 

 「そういえば、そのゼノンの力って?」

 「端的に言えば、『雷を操る力』ですわ。」

 「電気か・・・それはさぞかし強力なんだろうな。」

 

 電気と言えば、現代社会において最も重要なエネルギーと言っても過言ではない。今のところ電化製品なんかは見受けられないが・・・それは逆に、ゼノン教団が電気の技術を禁じているおかげで、また大きな争いをも防いでいることなんだろうか?だとすれば、それは上手くいっているといってもいいだろう。

 

 「で、なんでこんな話になったんだっけ?そう、俺の処遇についてだった。なんで急にこんな話を振ってきた?」

 「・・・実は、ドロシーもゼノンの資格を持っていますの。まだ『許し』は貰っていないのですが。」

 「ドロシーが?」

 「はい。ゼノン教団員になるということは、教団に身柄を預かられるということにもなります。そうなると、私たちは離れ離れになるかもしれないのです。」

 

 それは大変なことだ。家族なら一緒で当たり前だ。そうでなくてはいけない。

 

 「もしもドロシーが召喚したというあなたが、異世界の技術をふるえば、それはきっとドロシーのためにもならない。そう思って、今日は参りました。」

 「わかった。けど俺が教えられるのはきっと剣術ぐらいだ。それぐらいなら構わないだろ?」

 「はい、そうしてあげてください。あの子もきっとよろこびますわ。」

 

 エリーゼは安心したように、ガイの部屋から帰っていった。年頃の娘が、夜中に男の部屋に一人で行くなんて、全く健康的ではない。

 

 それにしても、どうやら思っていた以上に状況は複雑なんだと思わされた。ゼノン教団、その力はきっと強大だ。だからこそこの国は一応の平穏が保たれているのだとするなら、触らぬ神に祟りなしだ。

 

 そしてドロシー。生まれ持った力に苦悩するようなことがあれば、出来る限り助けてやりたい。自分の生まれを呪うようなことには、絶対になってほしくない。・・・かつての自分のように。

 

 

 

 「・・・もう行った?」

 「行ったよ。」

 「そっか。じゃあガイ、約束通り、スゲェもの作って見せてくれよな!」

 

 まず親の心子知らずって言葉を教えるべきかな。

 

 

 ☆

 

 確かに約束はした。この世界に来た当初、この世界の勉強がてら、この世界の技術を学んで得たものを使って、ドロシー専用のガジェットを作ると。

 

 「確かに聞いたぞコラ!でもそれがダメってどういうことだよ!」

 「ついさっき、エリーゼからこの世界のルールを聞いてしまったからだ。」

 

 さすがにこの世界で最初にできた友達を、国家規模の違反者にしたくはない。自分がそうなってしまうのは別に構わないけど、そのせいで周りにも迷惑をかけるのは御免だ。

 

 「お前だって、家族に迷惑かけるのは嫌だろ?ただでさえそんな恰好で親泣かせてるのに。」

 「ぐぬっ、むしろ母ちゃんはノリノリだったけど。このスカーフとか、母さんが縫ってくれたし。」

 「なら一層、家族を大事にしろ。修復不能の関係とかもう見たくないぞ。」

 「何その意味深な言い草?」

 「さっき言った、俺の友達の話だよ。」

 「じゃあ、その話聞きたい。」

 「OK、まず何から話そうか。」

 

 

 ☆

 

 

 ガイは一時期、ある家に厄介になっていた。鷹山という家だ。その家には、もう一人居候がいた。名前は『アキラ』と言った。毎日鷹山家の道場で武術を叩き込まれていた。

 

 「・・・今日はここまでにしとこう。」

 「・・・疲れた。」

 

 ガイは汗だくになっていたが、アキラのほうは息一つ乱さずにその場を後にした。

 

 「くそっ・・・また負けた・・・。」

 

 アキラとガイは、そう年が離れているわけでもない。にもかかわらず、これほどまでの歴然とした差があるのは、アキラが幼いころより戦闘訓練を積んできていたからに他ならない。そうならざるを得ない宿命の元に生まれ、アキラ自身もそれを望んでいた。

 

 「ガイ、大丈夫ですか?」

 「ミキか・・・大分やられた。」

 

 そこへやってきたのは、黒髪を纏めた少女。鷹山家長女の『ミキ』だ。彼女もアキラの弟子のひとりということになっている。

 

 「アイツ、滅茶苦茶だぞ・・・。」

 「けれど、見ていた限りはガイも最初の頃よりだいぶ喰らいついていけているようですよ。」

 「だがその分、しごきも酷くなってるぜ。」

 

 それでも、毎日成長を実感していた。一撃でやられた次の日は、二撃まで耐えられるようになり、次の日は三撃と、昨日出来なかったことが今日はできていた。

 

 「それよりも、今日はツバサたちと遊びに行く予定だったでしょう?支度しましょう。」

 「ああ、いてて・・・。」

 

 『ツバサ』、もう一人の男友達。何かとガイとは奇妙な縁があった。そのせいで気まずくい関係が構築されつつあったのだが、少しでも打ち解けようと今日の外出が企画された。

 

 「それでどこへ行くんだっけ?」

 「街へ買い物です。今日は母の日ですから。」

 

 母の日。母親へ日頃の感謝を返す日。そんなもの、母の日以外でも出来るだろう?というのがガイの認識である。

 

 「あれ、アキラは?」

 「先に行ったようですね。私たちも行きましょう。」

 

 アキラはせっかちというか堪え性のないというか。

 

 「おっ、来た来た。」

 「ナナミ、お待たせ。ハルカも。」

 

 待ち合わせ場所には全員揃っていた。ミキとは従姉妹にあたるナナミと、ツバサの姉でアキラの幼馴染でもあるハルカ。そして先に来ていたアキラと話し込んでいるツバサ。ミキとナナミとツバサさは高校生である。

 

 「よーし揃ったわね、そいじゃショッピングに行こうじゃないの!」

 「何を買うのだ?」

 「母の日の贈り物よ。花とか。」

 「花?」

 

 確かにプレゼントに花を選ばせるような広告が並んでいる。だが、なぜ花なんだ?

 

 「切った花を贈るのが、贈り物なのか?」

 「花だけじゃないわ。ただ、花が贈り物として一般的ってだけ。」

 

 ふーん、と一応は納得した。

 

 「どうせ何を贈るか決めているんだから、それぞれが目的の店に行けばいいんじゃないのか。」

 「んもー、ツバサ、それじゃあ一緒に買いものに来た意味無いじゃないの。」

 

 心底くだらなさそうにしているツバサを、姉のハルカが窘める。無粋さでいえばガイとどっこい。素直になれない気分、この年頃にはよくある症状。

 

 そんな普通がある時代。波風立たぬ平穏な世界から隔絶されているかのように、ガイは浮いていた。

 

  そしてそれはアキラも同じ。父と時を同じくして母を失い、鷹山家にひ引き取られ、そこで父と同じ戦士となるよう育てられた。

 

 だがそんな戦士の求められる動乱の時代は来なかった。アキラもまた、時代からはぐれたのだった。

 

 結果ニートになった。

 

 「町内ボランティアはやってるからニートではない。」

 

 とは本人談。あきらめて普通に働けばいいものを。

 

 「いついかなる時に、緊急事態になるかわからない以上、仕事なんかしてる暇ない!」

 

 とのこと。そのくせ今アイスを買ったお金は鷹山家からのお小遣いである。ツバサとガイも同じくアイスを買って並んで男三人で食べている。

 

 ともあれ、今日の目的は果たされた。母の日のプレゼント、それを各々渡すのだが、ガイとアキラには一見関係ない話。

 

 「じゃ、今日はかいさ~ん!」

 「またね、アキラ。」

 「じゃっ。」

 

 「私たちも帰りましょうか。」

 「そだねー。」

 「・・・。」

 「アキラ?どうかしました?」

 「ネコのエサ買うの忘れてた。」

 「ネコ餌?まだストック無かったっけ?」

 「安いうちに買っておくんだよ。先帰ってろ。」

 

 そそくさとアキラは別行動になってしまった。しょうがないのでガイとミキは再び二人で帰る。

 

 「ただいまもどりました。」

 「ただいま?でいいのか俺?」

 「いいんですよ。先にお母様にプレゼントを渡してきますね。」

 

 そういってまた分かれて、一人部屋に戻るガイ。しばらくすると、家の奥から歓喜の声が響いてくる。いちいちオーバーリアクションなお母様だ。

 

 「見て見てガイ!ミキったら私にこんな素敵な・・・。」

 「お、お母様!恥ずかしいですから!」

 

 なかなか個性的なデザインのシャツを手に、部屋に駆け込んできた女性。ミキの母『マツリ』だ。割と厳しい人なのだが、娘のこととなるとすぐ甘くなる。というか子供のようにはしゃぐ。

 

 「あら、アキラは?」

 「ネコのエサ買いに行ったよ。」

 「そう・・・見せたかったのに。」

 「すぐ帰ってきますよ。それより、お茶にしませんか?ガイも。」

 「さっきアイス食べちゃったから、今はいいや。」

 「そう。」

 

 正直マツリといると疲れる。なのでやんわりとお断りさせてもらい、部屋でくつろいでいると、何者かの気配を感じ取った。

 

 「侵入者か?」

 

 すっと身構えながら、気配のする方へ向かう。

 

 「マツリの部屋・・・?」

 

 今は食堂でミキと一緒にいるはずだから、マツリではない。それに、わざわざ自分の部屋で気配を消す必要もない。

 

 チラリと部屋を覗くが、一見すると誰もいない。物陰に隠れたか、そっとガイは警戒しながら部屋へと歩みを進める。

 

 「あら、ガイ?レディの部屋に勝手に入るなんて、いけないわよ?」

 「ああ、失礼。」

 「ところでその花は?」

 「花?」

 

 戻ってきたマツリがそう指差した先、床の間には花瓶に花が飾られていた。

 

 「そのカーネーション、母の日のプレゼントかしら?」

 「プレゼント?花の?」

 

 ナデシコ科ナデシコ属。ガイにとってはそれ以上でもそれ以下でもない。

 

 ただマツリはそれを見て、嬉しそうな、半分寂しそうな表情を見せた。それに満足したのか、部屋の外にいたアキラはまた音もなく去っていった。

 

 

 花を贈るということは、何か特別な意味があるんだなとガイはその時学んだ。

 

 

 ☆

 

 

 「ってな。親子なのに、こんな不器用な付き合い方したくはないだろ?」

 「え、アキラとマツリは親子だったの?」

 「そうらしい。ずっと後になって聞いた話だったけど。」

 「ふーん。」

 「父が生きていれば、普通の親子としていられたって、アイツは言ってたな。」

 「・・・でもなんでそんな必要があったんだ?」

 「父が亡くなってすぐ、忘れ形見のミキが生まれて、家族を守るためにあえて孤独の道を選んだんだとさ。たった一人、鷹山の武道を継ぐ者として。」

 「そんな必要ないだろ?家族なら助け合えばいいだけの話だろ?」

 「そうなんだろうな。けど、アキラはそうしなかった。ミキもそれを由とした。それだけだ。」

 

 ガイの手元にその武術が遺されていることと、関係があるのかもしれないが、なぜそうなったのか本人に聞くすべはもうない。

 

 なら、ガイもそれに倣って、誰かに継いでいくのが筋だろう。

 

 「ということで、お前には俺の貰ったものをすべて贈る。それぐらいなら、ゼノンとやらも許してくれるだろう。」

 

 『技』であればテクノロジーと違って、具体的な形は残らない。大量生産された兵器ではなく、一人の人間の力で出来ることなどたかが知れている。ならば、世界に影響を及ぼすようなこともないだろう。

 

 「そういえば、こっちの世界では戦争とかあったんだろうか?」

 「じいちゃんがバロンだった頃、キャニッシュ領は今の半分ぐらいの広さだったんだってさ。それが、戦争で隣にあった『フェリス』領と統合されて、今の大きさになったんだって。」

 「戦争で獲得した領土なんだな。」

 「けど、実際のところ西の果ての僻地だから、誰も欲しがらなくってそのままじいちゃんの物になったんだって。」

 「その分、土地を豊かにすることに心血を注げたんだな。」

 

 キャニッシュ領がノメルの国の食糧生産を主に賄っている。食糧輸出でガッポガッポよ

 

 「いい時代にやってきたもんだな。争うことも飢えることもない。」

 「ちょっと退屈なとこもあるけど、楽しいぜ!」

 「セカンドライフにはちょうどいいユルさだな。」

 

 争いはもう飽きた。誰かが傷つくのを見るのはもう見たくない。

 

 

 

 

 『オイ、どうした!仲直りするんだろ、家族と!目を開けろよ!』

 

 

 

 

 自分の無力さを呪うこともない。

 

 「よし、じゃあ技のついでにお前の勉強も見てやるぞ!すでにお前より賢くなってる自信がある!」

 「ならついでに、ガイが追試も受けてくれればいいんじゃないか?」

 「何も技だけが騎士に必要な性分じゃないぞ?攻め方を考えるには地理学が必要になるし、兵力を数えるには数学もいる。」

 

 城攻めには物理学が要るし、社交界では文学も必要になるだろう。

 

 「お前に欠けているのは、騎士道精神の前に勉強しようという心掛けだな。学べ、学んだ分だけ力になる!」

 「勉強嫌いなんだよう!」

 「なら好きになりゃいいだろ。好きなものと紐づけして。」

 「オレの好きなものか・・・やっぱ剣だな!剣振りながら勉強するってのはどうだ!」

 「単純に効率悪そうだが。」

 「お前が言い出したことなんだから、完璧にやってくれるんだろ?」

 

 まあ、出来るけど。言い出したからには着いてきてほしいものだが。

 

 「じゃあさっそく何からやるか!」

 「そうだな、まずは・・・。」

 「お前らそろそろ消灯時間だぞ!」

 「「はーい。」」

 

 夜更かしは体に毒。健康な習慣が健康な体を作る。

 

 「じゃ、おやすみー。」

 「おう、おやすみ。」

 

 明かりを消してベッドに横になれば、そこはもう夢の世界。

 




 設定に整合性を持たせようとすると、今まで描いていたプロットに齟齬が発生する。

 ひょっとして、2000文字程度で毎日更新した方が人気が出る?

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