「ということで、今学期からこのクラスに転入してきたガイだ。みんな仲良くするように。」
「よろしく。」
短い春休みが終わり、新しい生活がスタートした。ガイはその中で新顔として迎え入れられる。
「あらイケメンじゃないの。」
「ええなぁ、華があるやん。」
「お前と違って?」
「なんかゆーたクリン?」
「いんや。」
一部屋10人ほどの少数のクラスだ。まず声を挙げたのは『ゲイル』、見ての通りオカマだ。二人目、『サリア』はドロシーの母方の実家と同じくサメルで海運業をしている。サメルでは関西弁が標準語らしい。そして3人目は『クリン』、憎まれ口をよく叩くなかなかの男前。
「ではガイは空いてる席へ。さっそく授業にするぞ。」
「えー、今日始業式だったろ?」
「ただでさえ遅れとるんだ!ウチのクラスは!」
やれ飼育係の動物が暴走しただの、実験中に謎の毒ガスが発生しただので、デュラン先生のクラスは非常に遅れている。むしろ問題児ばかりかき集めているまである。
「ようこそ我が学園の吹き溜まりへ!僕はパイル、よろしくね!」
「ああ、よろしくパイル。ガイだ。」
「ガイはどこ出身なんだい?僕はアフラ大陸のルージアって国から来たんだ。」
「多分言ってもわかんないだろうから、適当に想像しといて。」
隣の席になったのは『パイル』。おしゃべりなやつだが、社交的だ。退屈はしなさそうだ。
「それではノートを開け。まずは板書からだ。」
あー、こりゃクソツマンネー授業の予感。さっそくドロシーが野犬のように唸り始めている。
「グルルルルル・・・・。」
「んもー、ドロシーちゃんどうどう。」
果たして一つのクラスに二人もオカマが必要だっただろうか?比較的ソフトなほうのオカマが『カルマ』。このクラスで唯一ドロシーを女の子扱いしている。
「せんせんー!ツマンネー!」
「俺の人生はつまらなくなんかない!」
「じゃなくてもっと面白い授業しろー!」
「そんなもん俺が聞きたいわ!」
「じゃあ、ガイ!」
「イヤな予感。」
「なんか面白い授業しろよ!」
「俺先生じゃないし。スピニングトーホールドのかけ方ぐらいしか教えられないぞ。」
☆
(今日のスピーチも、なかなか上手くいったと思いますわ。)
先の始業式で祝辞を述べたエリーゼは、学園内を見回りがてら見物している。廊下ですれ違えば誰もが会釈ないしは挨拶することから、大変慕われていることも伺える。
敬愛するおじいちゃんの期待に応えられるよう、模範生として、この学園を守るのがエリーゼの仕事だ。
「さて、ドロシーたちは真面目に授業を受けているかしら?」
あまり気は進まないが、定期的に見に行かなければ何をしでかすかわからない。というか現在進行形で騒がしい。
「これがっ、コブラツイスト!」
「ぎゃひぃいいいいい!」
「そして、発展形の・・・。」
「なにをしていますの?」
「ほんと何してんだろな。」
「ゆーてクリンもノリノリやったやん。」
現在、ドロシーがプロレス技のキレを全力で味わっている。ついでにデュラン先生はそのへんに転がっている。
「いやー、これは違うんだよエリーゼ。」
「なにが違うというのですか。」
「ほんとだよ。」
「その技は、昔おじいちゃんが使ったという卍固めではありませんこと?」
「あ、わかる?」
「そっちかい。」
「クリンうるさーい。」
そうだろうな、そもそもプロレス技を習ったのがそのエリーゼのおじいちゃんである、ツバサからなのだから。ツバサもプロレス好きだった。アキラは『所詮ショーだ』って言ってあんまり好んではいなかったが。
「って、そうではなくて、なぜ先生まで倒れているんですの?」
「はやくギブせーへんから。」
「先生ったら強情なのよんもー。」
「とにかく、私は先生を医務室へ運びます。」
「私も運ぶわ。」
「あっ、オレも行くー。」
「ウチもウチも。」
「全員で行ってどうするんだよ。」
「こりゃあ、
自習、すなわち自由行動。まじめに勉強するものがいるはずもなく、こうしてまた授業は遅れていくのだった。
「おっしゃー、ちょっと早いけどメシにしよーぜー。」
「ドロシーは校長室へ。」
「m9(^Д^)プギャー」
「あなたもですガイさん!」
「えっ。」
ものすごい意外そうにガイは驚いた。
「模範生になってくれると思ったら、まさか一番の問題児になるなんて・・・。」
「いやいや、まだ初日なのに決めつけて頂いては困るな!」
「じゃあ、明日からは大人しく出来る?」
「誰かに求められる限りは、俺は最高のパフォーマンスをしなければならない。」
「だってさ。」
エリーゼは頭を抱えた。
そうしてやってきたのは、中央塔の一番上の階にある校長室。厳かな雰囲気の扉が待ち構えている。ノックしようとエリーゼが近づくと、ひどく軽快に扉が開く。
「あら来たのねエリーゼ。ドロシーもガイもいらっしゃい。今日はいいお茶が入ってるわよ。」
「わーい。」
「わーい。」
「そうそうそう。今日のエリーゼのスピーチ聞いてくれたかしら?前日はまでよ~~~~~~く推敲していたのよこの子ったら。ほんとカワイイんだから。」
「お、お母様!?」
エリーゼは頭を抱えた。
「なんかすごいデジャブを感じる。」
そんなこの人がエリーゼのお母さん、キャニッシュ私塾の現・校長を務める『アイーダ・キャニッシュ』。やはり親子というのはどこの世界でも同じなのか。
「お母様、そんな話じゃありませんわ!」
「あら、じゃあ今日はなんのお話の日だったかしら?」
「ガイが卍固めを使った。」
「そう、そうなんだけどなんか違う!」
「まあ懐かしいわね、ヘレンが夫婦喧嘩で使っていたのを見たことがあるわ。」
「そんな珍しいか?って、ショーじゃない限り使わんわな、プロレス技なんて。」
ショービズはそこまで発展していないらしいし。コロッセオぐらいなら探せばあるかもしれないが。
「そうではなくて、いきなり問題行動を起こされては困るというお話です!」
「あら、そうだったの。」
「そうだったのか。」
「そうなのか。」
「んもー!」
「まあまあ落ち着きなさいエリーゼ。そうねぇ・・・二人とも?」
「はい?」
「なに?」
「あんまりオイタをしちゃ『めっ』よ?」
「はーい。」
「はーい。」
「はーい、この話おしまい。お茶の続きにしましょう。」
エリーゼは泣きたくなった。
☆
「それじゃあ、あなたたちは戻りなさい。くれぐれも、エリーゼを泣かさないようにね。」
「はーい。」
「さいならー。」
「さてさてエリーゼちゃんは、彼のことが気になるのかしら?」
「そういうわけじゃないわ。ただ・・・。」
「うんうん、似てるものね、おじいちゃんに。」
「お母さんもそう思う?」
「うん、特にあの目とか!おじいさまそっくりだと思う。・・・懐かしいわ。」
「けど、あの人はあの人、おじいさまはおじいさま。同一視するべきではないと思うわ。一緒にしちゃったら、あの人にもお父さんにもきっと失礼になるわ。エリーゼはあなたの思うように、あの人のことを考えてあげるといいわ。」
「・・・、その結果が、今日の有様なのですが。」
「それはきっと、あの人もこの世界に来たばかりで、まだ右も左も掴めていないんだと思う。正しいことを教えてあげるのが、先輩のやることじゃない?もちろん先生も、だけど。」
「私、自信ないな、なんだか。」
「大丈夫!きっとうまくできるわ。だってエリーゼだもの。エリーゼが『お願い』すれば、誰でも言うこと聞いちゃうわ。」
母は強し。一度に二人の心情を察し、娘にアドバイスを贈った。
外に出れば、生徒は皆解放されて思い思いの方法で午後をエンジョイしていた。
その中を、エリーゼは彼の姿を追っていた。図書館にいないとすれば、やはり温室だろうか。果たしてそこに確かにいた。中央の碑の前でうずくまっていた。
「今度は何をしていますの?」
「いや、やましいことは何もしていない。」
エリーゼがやってきたことに気づくと、ガイは立ち直って向き合う。
「まあ、その、なんだ。さっきはすまなかった。言う相手が違う気がするが、ともかく反省している。」
「はぁ。」
「・・・求められるとつい応えてしまう体質なんだ。生まれついての癖でな。なんでもかんでも言われるがままなのは、いけないことだと言われたんだが。」
「そうですか。」
表情を見れば、本当に申し訳なさそうにしているのはわかった。それにしても、なんと迷惑な体質なのだろうか。うまくコントロールしてやらなければと思う。
何か後ろめたいことがある、むしろ何かを隠しているようにも映ったけれど、さすがにそんなところを突くのは失礼だろう。この話はやめにしよう。
「考えれば考える程、そのおじいちゃんと、俺は面識があると考えて間違いないと思う。」
「えっ?!本当ですの!」
冗談だとかは端から考えなかった。今までの点と点の疑惑が、線の確信に繋がった。
「では、おじいちゃんと家族・・・だったんですか?」
「違う。会ったのはほんの半年ほど前のことになる。俺にとってはだが。その内話すこともあるかもしれないが、とにかく今は言いたくない。」
逃れえぬ運命、振り切れぬ過去、ガイの心には黒いものが漂っている。が、そこへ一陣の風が舞い込む。
「おーいガイー!さっきの続きおしえてー!」
「・・・悪いが教えられなくなってしまった。」
「なんでだよー!エリーゼがなんか言ったのか?」
「そういうことだ。先輩に言われたからには従うしかない。」
「なんだよー、じゃあさ、また剣教えてくれよ!」
「今からじゃないとダメか?今俺ナイーブなんだけど。」
「そうか、ナイーブなのか。じゃあ後でいいや。ほら、エリーゼも行こうぜ。」
「えっ、でも・・・。」
「一人になりたいって言ってんだから、一人にさせてやろうぜ?」
「・・・そうですね、ごめんなさい、ガイさん。」
「いや。」
果たして計算してやっているのか、それとも天然なのか、ともかくドロシーの存在に二人は救われた。
「ここでじっとしてても、どうにもならないか。」
二人の背を追うことにした。
過去は過去として、自分は未来を向いていなければいけないのだから。