蒼天の狙撃手   作:バティ

87 / 90
86話

クーデター騒動の長い一日が終わり、夜も余裕の態度で乗りきった。しかしとっくに初心な坊やなどではない。どちらかと言えば、鈍感で初心な綺麗事ばかりのラノベ主人公というよりは、酸いも甘いも知っている青年漫画の主人公タイプ。女を抱くことは悪いことだと思ってもいなければ、もちろん過度な抵抗もない。それも好いた女ならなおさらだろう。それでもベットを共にし、なにもしないというのは順序をきちんとしたいから、といえば聞こえはいいが、ようするにまだ告白出来ていないからだった。

そして翌日の昼休み。今日も世界一旨いと本人の照れもお構い無しに言い切る楯無の手作り弁当を片手に屋上へ向けて駆け上がる。

ちなみにもう喧嘩でもしない限り毎日作ってもらってるものの、喧嘩の頻度はわりと多い方。というより、たびたび一方的に怒らせてしまっている。

 

「ん?あれは…」

 

桜介は視界に水色を捉えると、生身でドリフトでもするように急激な方向転換をした。そこからのよーいドン!ダダダダーッと勢いよく走り出す。

さすがに床が凹むような技は使っていないが、それでも生徒たちの間の僅かな隙間を減速せずにすり抜け、かなりの猛スピードでターゲットに接近していく。

 

「アモーレ!」

 

そして右手を前に差し出しながら、最高に明るくどこまでも陽気に、イタリア人男子顔負けなぐらい愛嬌たっぷりの挨拶をした。

 

「桜介!?いつのまに…」

「俺は風…。いつだって気まぐれに現れる」

 

あっという間に近づいて声をかけた相手はやはり更識簪だった。最初は突風のように突然目の前に現れたことに目を丸くして驚く簪だが、これぐらいはまあよくあること。しかし、落ち着いている様子はなく、少しふるふるしながら簪は呟いた。

 

「かっこいい…」

「うん、今日も相変わらず可愛いな」

 

それから可愛い、格好いいと互いに言い合うのも、いつものこと。ここまでくると、この二人の間にはもはやなにか特別にそういうルールでもあるのだろうか。

その後、たわいもない話をしながら食堂へと一緒にゆっくり歩いていく。

 

「混んでる」

「ま、なんとかなるさ。先に注文しよう」

 

少しだけ出遅れてしまったこともあり、今は席がほとんど空いていない。

だが注文して出来るまでの間に、空く席もあるだろうと桜介は気にせず並ぶことにした。

簪もそれにくっついて一緒に並び、それぞれお盆を受けとり席をさがし始めると、まだ混んではいるものの二人ともなんとか座ることが出来た。

 

「た、食べにくいね」

「ああ、なんだか視線が集まっているからな」

「それも、そう、だけど…」

 

桜介は首をかしげて、顔を真っ赤にして困っている簪にきょとんとした顔を向ける。

 

「どうかした?」

「う、ううん……なんでもない」

 

その答えをどう思ったのか、にっこり笑って桜介はお弁当と味噌汁がわりのいつもの麺類を食べ始めることにした。包みを開いてふたを開けると、どうやら今日はご飯の上に海苔が敷き詰められている。所謂のり弁だ。まずは自前の箸を取り出し、手を合わせてから海苔でご飯を巻くようにして口に運ぶ。

 

「あぁ…。幸せだ」

 

そして幸福を噛み締める。それもそうだろう。大好物のお弁当とラーメン、まさしく夢のコラボ。もう一生このローテーションでもいいかもしれない。しかもそれを自分の天使と味わっているのだから、それだけで幸せは倍増する。すなわち今は夢の時間であり、この空間こそがパラダイスなのだ。

 

「相変わらずだね、桜介は」

「ふふ、そうかな。それより一口食べる?この卵焼きがな、また絶品なんだ」

 

箸で綺麗に切ってはんぶんこしたそれを摘まんで持ち上げながら、にこにこと笑顔を向けた。

この子にはなんだって分け与える。例えそれが自分の大好きなオカズであったとしても。

 

「あっ、おいしい…。お姉ちゃんの卵焼き……」

 

周りの視線をこれでもかと集めながらも、桜介は溺愛する簪と一緒に久しぶりの穏やかな時間を満喫していた。

 

「お、桜介さん…。な、なにを、していますの?」

 

そこに登場したのは、どこか顔をひきつらせているようにも見えるお嬢様だった。

 

「ん?見ての通り昼飯食ってるよ~。セシリアはもう食べ終わったのかい?」

 

予想以上に気の抜けたようなその返答に、セシリアは今度こそはっきりと顔をひきつらせた。

 

「いいえ、まだ途中ですわ。わたくしもご一緒してもよろしいかしら?」

「もちろんだ。でも椅子が足りないだろ?」

「ご心配なく。それなら持ってきましたわ」

 

たしかにセシリアを椅子を持ってきていたようだ。まずはそれを向かいの席に置くと、次に食べかけのランチを他のテーブルから運んできた。

 

「それでは、あらためてもう一度お聞きします。あなたはいったいなにをしているんでしょう?」

「おやおや、またかい?今はお弁当とラーメンを食べてるねぇ」

「そろそろ怒りますわよ、わたくし」

 

睨まれてビクッと体が先に動いたのは簪だった。それに続いて桜介も少しだけ反応してしまう。

 

「待った…。ただのブリティッシュジョークだ。改めてきちんと説明しよう」

 

セシリアの眉がつり上がるのを見るやいなや、桜介はすぐに白旗をあげる。

先日再度部屋がえを迫るセシリアに楯無が言ってしまったのだ。桜介くんは私のご飯が食べたいのよ!とそんなことを自慢げに、えへんと胸を張って。

それを隣で聞いていた北斗神拳伝承者が顔を青くしたのは言うまでもない。

続けて、毎回おかわりだってするんだから!と言われたときには慌ててその口を塞いだほど。

そしてそれは当然のごとくセシリアの高い高いプライドを大いに刺激し、お手製の夕飯にもたびたび招待されてしまう。もう熱くなりやすいセシリアをとにかく怒らせないようにすると、固く心に決めていた。

 

「ええ、ええ、そうしてくださいな」

 

ブリティッシュジョークを華麗にスルーして、セシリアはここでようやく笑顔を浮かべる。しかしまだ簪は怯えた兎のように縮こまっていた。

 

「ッ……!?」

 

そこで少しでも安心させようと、お腹にキュッと腕を回した。その行為に、簪はまたビクッと体を大きく跳ねさせる。

 

「席がたりなかった」

「それは見ればわかります。他になにか理由はありませんの?」

「それだけだ」

「だからその人はあなたの膝の上に座っている。そういうことでよろしいかしら?」

「イエース。よろしいよ、お嬢様♪」

 

桜介は屈託もなく爽やかに笑って、自分の上に座る簪の頭を撫で撫でする。実はこの男、旅でよく子供に出会っていたこともあり、わりと身長の低めの子を見ると簪でなくても、ついつい撫でてしまう癖があったりもする。

 

「お、桜介!?」

 

しかし、たとえよく撫でられていたとしても人前ではやはり恥ずかしいものである。

 

「よろしくないですわ!?あなたの頭の中は一体どうなっていますの!?」

「よろしくないって、それはおかしいだろ。自分からきいたんじゃないか…」

「どう見てもおかしいのはあなたです。そもそもどなたですかその人は!?」

 

ぷるぷるしながらそう言われて、桜介は初めて二人の面識がないことに気づく。それならと、まずはお互いを紹介することにした。

 

「機体が完成し、新しく専用機持ちになった更識簪。その飛んでいる姿はまさに天使を彷彿とさせる。そして、その愛くるしさはまさしく天の恵み!あるいは、神のいたずらで偶然この世界に迷いこんだ妖精!!」

「さ、更識…?」

 

そんな恥ずかしい紹介を受けて顔を赤くする簪とは逆に、その名字を聞いてセシリアの顔はよりいっそう険しくなる。

セシリアが頭に思い浮かべているのは、もちろん簪の姉のこと。

IS学園にいる間は友人として仲を深め、卒業したら自分のもとで働いてもらい、日々を共に過ごすうちいずれはそういう関係に…。

そんな漠然とした将来設計を、一から練り直す元凶ともなった悪魔のような魔女。生徒会長、更識楯無のことである。

 

「それでね、こっちがセシリアさんで~す」

「よ、よろしく……」

「んふふ~。よろしくぅ」

 

たどたどしく挨拶をする簪の肩の上、桜介はそこに顎を乗せた。いくらとっても仲良しとはいえ、スキンシップもここまでくると度が過ぎている。

 

「だ、だめだよ、これ以上は…」

 

そのまま後頭部に頬擦りまでされて、簪はあわあわと狼狽える。しかし、至福のひとときを満喫している男はそれに全く気づかない。

 

「な、なんだか互いの紹介が納得いきません!」

「そんなこと言わないで、これから仲良くしてくれたら嬉しいよ。俺にとって二人とも大切な友達なんだ」

 

そして、ふ、と小さく微笑む。それから穏やかな表情を浮かべ、食事を終えた簪の口元をハンカチで綺麗に拭き取った。

 

「は、恥ずかしいっ……」

 

同級生にそんなことをされれば、簪が俯いてしまうのも無理はない。しかも、おもいっきり公衆の面前なのでなおさらだろう。

 

「そんなにえこひいきをされては、仲良く出来るはずなどありませんわ!?」

「なに言ってるんだ。俺は大切な友達に対して、態度や行動に差につけたりは……しないかもね…」

「その体勢で言われても、まるで説得力がありませんね。自覚だってあるんじゃありませんこと?」

 

セシリアがビッと人差し指をさしながら言う。

その指摘通り、きつい視線を向けられているにも関わらず、今も後ろからぎゅっと抱きついている男の口元はほんのわずかだが、たしかにしっかりと緩んでいた。

 

「席が足りなかっただけだ。決して役得だとか、そんなこと微塵も思っちゃいないさ」

「だったら椅子を持ってくればいいでしょう!?おかしいですわ、その様な食事の取り方はっ」

「なるほど、そんな手が!さすがはお嬢様です。あ、そうだ簪。放課後は餡蜜でも食いに行こうか。実はいい店を探しといたんだ。授業が終わったら、すぐに教室まで迎えにいくから。こんなこともあろうかと、早めにバイクを整備に出しておいて本当によかった!ついでにヘルメットも専用に一つ用意したんだよ!!」

 

激しく突っ込まれて、まるで今気付きましたといわんばかりにポンと手を叩く。

それでも腕をしっかり回したまま下ろそうとはせず、そのままちゃっかり放課後の約束までも取り付けようとする。それにしてもすごい熱の入れようだ。さすがはベストカンザシストをずっと自認するだけのことはある。

 

「な、なんですの!?その至れり尽くせりは…。先程から、ずっと、うっ、羨まし……破廉恥ですわ!!」

「だってねぇ?天使なんだもん!」

「………!!!」

 

ここでさりげなくつむじの辺りにそっと唇を落とす。さらっととんでもない暴挙に出たが、果たしてこんなに調子にのっていいものなんだろうか。もうデレデレしているのを隠そうともしない。

 

「桜介、だめ、こんなところで……」

 

幸いなことに、少なくとも簪に嫌がられてはいないようだ。もし嫌がられたりしたら、しばらく立ち直れないところだったので、それはよかった。ただやっぱり場所が悪いらしい。それを見ていた周りのテーブルからはうるさいほどの悲鳴が聞こえてくる。

 

「な、な、な!?な、なんだもん、じゃありません!今っ、なにをして!?そ、それに天使ってどういう意味かしらっ」

 

本場の人間も何故か驚いている。おたくの国の挨拶ですが、なにか?それこそ毎日のようにそこら中で繰り広げられている光景のはずだ。日本でいうお辞儀と変わらない。それなのにどうだろうか、このオーバーリアクションは。しかし、それも立派な欧米文化だっだのを思い出して勝手に納得する。

 

「ならば教えてあげよう。それはエンジェル。そう、エンジェルだよ。ドゥユーアンダースタン?」

 

とりあえず天使の説明を求められたので、渾身のどや顔で英訳をする。もう気分はすっかり外国人である。男前のいい笑顔だし、無駄に発音もいい。それがその行動に加えてセシリアを余計に苛立たせる。その証拠に白磁のような肌がすでに真っ赤っ赤になっていた。

 

「わたくしをバカにしていますの?」

「ノーノー。してないよ、お嬢様♪」

「……よくよく思い返せば、あなたって最初からそういうふざけた人でしたわ」

「いつもはそんなことないのだが、どうやら今日は少しだけ浮かれてしまったようだ」

「桜介……いつも、こんな感じ…」

 

ついには簪にもそう言われてしまう。すると、桜介は決まりが悪そうにぷいっと顔を反らした。

 

「こっちを向きなさい」

 

額に青筋を浮かべたセシリアがそれをまっすぐに見据えて睨み付ける。わざわざ顔を見なくても、大変お怒りになっている様子がよくわかる声色だった。

 

「……やだ」

 

だからそう答えてみる。今の心情をあえて言葉にするなら、怒らないって約束してくれるまでそっち向かないもん、といったところだろう。

  

「や、やだじゃありません。それといい加減にその人を降ろしなさいっ!」

「しかしやだ。どうせ叱ろうってんだろう?俺は昔からお説教が嫌いでね」

 

テーブルをバンと叩いて立ち上がるセシリアだが、それでも桜介はそっぽを向いたまま目を合わせようとしない。顔を見ればもっと本格的に怒られるとよ〜くわかっているからだ。

 

「ま、まあっ!?どうせですって??だめですよ!?そんなふうに拗ねてみてもっ!!」

「はぁ。あんなに優しい淑女だったセシリアが、まさかこんな教育ママさんみたいにね」

 

一方的に怒られるのは好きじゃないので、桜介も残念そうにため息を吐きながら反撃する。

 

「あら!あんなに素敵な紳士だった桜介さんが、ヌイグルミを離さぬだだっ子のようで」

 

互いに見たまんまを言っているだけだが、端から見ればもはやただの嫌みの応酬だった。

 

「……お腹いっぱい」

 

簪もなんだかんだ居心地のいい膝の上で、膨れたお腹に手を当てて、静かにその様子を伺っている。

 

「天使のヌイグルミ…。それもいいが、どうせなら抱き枕にしてくれ。俺の誕生日プレゼント」

「わっ、わたくしにそれを発注しろと!?ああもう、最初からこんな人だと知っていれば…!」

 

こんなになるまで放っておいたりしなかったものをと、盲目的に信頼していた過去の自分を思い出して、本気で頭を抱えるセシリアだった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。