朝起きたら女になっていたんだが、頭がアホの子になる特典はちょっと……   作:ひまるま

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朝起きたら女になっていたんだが、頭がアホの子になる特典はちょっと……

 

 

「ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

少し錆び付いたドアノブに手をかけて、ドアを開けながら無意識の内に真っ暗な部屋の中に向かって声を投げかける。

 

 

 

しかし、そんな言葉に対しての返事はいくら待っても返ってきやしない。そんな当たり前の事実に改めて直面し、同僚からは老け顔と呼ばれている自身の顔が汚く歪んだのが感じ取れる。

 

 

 

ふぅ、と一回呼吸をすると、俺はふらついた足で古びた靴を器用に放り出す。そして慣れた手つきで部屋の電気をパチリと付けて、十畳程の部屋に無造作に引かれた布団へとダイブする。

 

 

 

大の大人が何をしてるんだか、と自身の行動に対して鼻で笑いながら、自身の真上で点灯している今の時代に不釣り合いな白熱電球をボーッと見続ける。

 

 

 

 

 

 

 

「俺の人生は、どこから狂っちまったんかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

そんな自身の心に秘めた思いを少し震えた声で自身に問いかけ、今までの人生を走馬灯のように振り替え始めるのであった。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

俺という存在は、良い意味でも悪い意味でも"普通"と呼ばれている人間であった。

 

 

 

学校では常に中位の成績を叩きだし、運動神経においてもほとんどの場合C判定というどちらとも言えない成績を取っていた。

 

 

 

そして、この平凡さはとどまることはなく、中、高、大と世間一般的に三流大学と呼ばれるところに進学し、俺はこのまま普通に年を取って死ぬんだろうな、と心の中で思いながらぷらぷらと毎日を過ごしていた。

 

 

 

しかし、俺は大学三年の頃に大きな壁にぶち当たった。そう――就職である。

 

 

 

この日本社会で就職というものは生命線といっても過言ではない。実際俺も何回もマニュアル通りな書類を書いて、面接会場にも足を運んだりもした。だが、返ってくるのは不合格の三文字。

 

 

 

正直言って、あの頃は少し焦ってたんだと思う。俺のことをここまで育ててくれた母さん。俺が就職できたら社会のイロハを教えてやると意気込んでいる父さん。俺は彼らに失望されたくなかったんだ。もちろんそんなことで絶縁ということはないだろうが、ただ単に悲しませたくなかったんだろう。

 

 

 

そして、俺は死に物狂いで就職活動を行い、見事合格の二文字を勝ち取った。あの時の嬉しそうな両親の顔は今も脳裏に焼き付いている。

 

 

 

桜が散り、道端に落ち始める4月の中頃、ああ、これから普通な社会人としての生活を過ごすんだ、と俺は期待に胸を膨らませて自身の職場となる大きなビルの中へと入っていった。

 

 

 

だが、現実はそう上手くはいかなかった。休みは一月で3日程度、サービス残業は当たり前、上司の口からは脅迫染みた怒鳴り声が浴びせられる。俺は最近よくニュースで目にするブラック企業と呼ばれる会社へ就職してしまったようであった。

 

 

 

会社を辞めようにも上司のからは認められず、何より両親に会社を辞めたというのが怖かったのだ。

 

 

 

そして、そんな臆病者は正気の沙汰とは思えない過酷な日々がづるづると続け、今のような冴えない俺へとなってしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、こんなことを考えていても何にもならないし、明日も早いからそろそろ寝るかな」

 

 

 

 

 

 

 

俺は安っぽい机の上に置いてあったカップ麺をゴミ箱に放り投げ、妙に安心感に包まれる小学校の頃から愛用している布団の中に潜り込み、夢の中では良いことが起こるようにと願いながら、ゆっくりと深い世界へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん」

 

 

 

 

 

カーテンの隙間から朝日が少し射し込み、ぼんやりと明るくなった部屋をボーッと眺めながら大きな伸びを一回する。

 

 

 

そして、いつものようにジリジリと鳴り響く目覚まし時計を雑に止めて、フラフラとした足取りで狭い洗面所へと足を運ぶ。

 

 

 

そのたび、何度かパジャマに足を引っかけられ、なんでこんなにブカブカなのだと違和感を感じたものも、朦朧とした意識の中では深く考えることはできず、あまり気にしない様子でゆっくりと洗面所に向かって歩き続ける。

 

 

 

そして、数十秒もしない内に洗面所へとたどり着き、古びた蛇口を強引にひねり、水を強めに出す。俺は洗面所の近くに置いてある筈の歯ブラシを取り出し、少し濁った水にちょこんと付けて、歯を丁寧に磨き始める。

 

 

 

そんな中、きっと悲惨なことになっているであろう寝癖を直すために棚に入れてあったブラシを取り出し、目の前に置いてある鏡に目線を向ける。

 

 

 

中古品のせいか少し黄色味かかった鏡に写るのは、明るいオレンジ色に近い髪を持ち、頭のてっぺんにはピョコンとアホ毛が飛び出すいかにもアホそうな顔をした少女であった。

 

 

 

 

 

 

 

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

自身の口から可愛らしい声が無意識に飛び出す。そして、口でくわえていた歯ブラシは床に転げ落ち、俺は再び鏡の方へと目線を向ける。

 

 

 

クリクリとした優しそうな丸い目、鼻筋はシュッとしており、プリプリとした唇はピンク色に染まっており、某ガハマさんをイメージさせるような活発そうなアホの子がそこには立っていた。

 

 

 

自身が右手を上げると鏡の少女もゆっくりと右手を上げる。そして、柔らかそうな頬をゆっくりつねると痛みも感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「夢じゃないんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

そう自身に語りかけるように呟き、それと同時にとある不安が心の中を埋め尽くす。

 

 

 

 

 

 

 

「これからどうやって生活すればいいんだろう」

 

 

 

 

 

 

 

この体では会社に行くことは出来ないし、ましてや戸籍が違うのだから生活保護すら受けられない。旅行に行くためにコツコツ貯めていた貯金を使ってももってせいぜい1ヶ月位であろう。

 

 

 

困った時はGoogle先生だと思い、自身と同じ体験をした人がいないかどうか検索してみるが合致する記事は一切なく、ただ首を項垂れることしかできなかった。

 

 

 

それから数分後、布団に転がりながらスマホをボーッと見つめていると、とある記事が視線の隅に止まる。

 

 

 

 

 

 

 

『新規所属配信者募集中! 年齢不問、面白い方であればどんな方でOK!』

 

 

 

 

 

 

 

「これだ!」

 

 

 

 

 

 

 

その広告を見た瞬間、心の中でガッツポーズを決める。

 

 

 

配信者であれば戸籍なんて必要ないし、成功すれば年収1億だって夢じゃない。それに憧れの人と同じ場所に立てるなんて願ってもないことだ。

 

 

 

それならばと、俺はおもむろにタンスの中の物を漁り始め、とある物をタンスの中から取り出す。

 

 

 

 

 

 

 

「結構前に買ったマイクだけどまだ使えるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

そういって取り出したのは新品同様のようにピカピカと光っている高そうなマイクであった。このマイクは以前にうちの社長が家でも会議が出来るようにと、社員全員が買わされたものである。

 

……まぁ5日で面倒だからっていう理由で無しになったのだけれども。

 

 

 

そしてその時に同じく無理やり買わされたパソコンを開き、通販にて録画ソフトや編集ソフトなどを全財産で購入し、パソコンとマイクをケーブル等で繋ぎ合わせる。

 

 

 

 

 

 

 

「……キャラ的にはどういうキャラで行こうかな」

 

 

 

 

 

 

 

配信の準備が完了したところで、俺は自分がどのようなキャラで行こうか模索し始める。近年、小学生の将来の夢の中でも上位に入る職業の一つである配信者。やはり、相場での人口はとてつもない程大きいであろう。普通にやってしまえば大きな波に呑まれてしまうだろう。そんな中でいかに目立つことができるか。そういうところでキャラというのは配信者の運命を大きく左右する。

 

 

 

慎重に決めないとな、と心の中で思いながら考えていると、不意についさっきの出来事を思い出す。

 

 

 

……これはいけるのではないか。

 

 

 

俺の主観的な意見だと、今の俺はアホ&天然という黄金比のような素晴らしい特徴を持っている。これを上手く使えば配信者の頂点に立つのも夢じゃない。

 

 

 

 

 

「よし! やるといったら早速準備だ!」

 

 

 

 

 

 

 

俺は溢れんばかりの笑みを浮かべながらノートに自身の描く配信者としての特徴を書き連ねていく。

 

 

 

だが、彼は知らなかった。

 

 

 

自分の性格が体に引っ張られてアホ&天然になり始めていることを。

 

 

 

これはのちにネット上でアホの子と呼ばれ、視聴者たちには妹のように可愛がられる一人の配信者の序章に過ぎない。

 


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