デジタル・デビュー・ストーリー   作:sakunana

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伝説は始まる

そのままパタンと隙間も無く閉じられたドアは開かれることはなく、あたしは一人パドックへ。

何名かの出番があった後でのあたしの番。

あたしはいつも通りに登場してみるのだけれど、反応がいつもとは違って他の娘とも違う、どうにもザワザワしたものが。

届く視線も声も認めるようなものだったり異を唱えるようなものがあったり、その辺りの違いはあっても、そのどれもが ”あの” アグネスデジタルが出てきたと、出走を決めてから今日までの出来事があった故の事だとあたしへと強く伝える。

 

それもまたあたしには分かっていたと、まずは舞台上で一礼すると「そう、これがそのアグネスデジタルなのです!」とばかりに胸を張ってのアピール。

 

それにまた「あんな事までして出るのなら勝ってみろよ」という後押しだったり、「周りの気持ちというものを考えないのかしら」という、まるで禁忌の何かを見るかのようなものも受けたけれど、色んな考えが在るのもこの世界だからと、その全ての声や感情を受け入れながら、あたしは出番を終える。

 

次はチームメイトの娘ちゃん達からのお見送り受ける。

パドックの様子を見て何だか沢山心配されてしまったのだけれど、「そういうものだからどうってことないよ」と笑う。

彼女達を元気付けようと頑張ってそうしたわけでもなく、あたしに言えるのは本当にそれだけなんだよ、というものだった。

 

あたしの様子がそうしていつも通りだからか、チームメイトもすぐ安心したようで、あたしも良かったと手を振って別れを告げる。

 

 

そして、地下バ道へと。

入り口から少し歩いていったところで、あたしは足を止めた。

何かがあったわけでもないけれど、一人になって少し今日の事を振り返りたくて。

 

あたしが思い返していたのは控え室から出る時のこと。

あたしが部屋のドアを閉める、その時のトレーナーのこと。

 

初めてそう呼んでみた、あの瞬間に、トレーナーはギョッとするような顔を見せ、そして、「まあ、いいさ」とでも言いたげに目を細めた。

 

まったく、ああいう顔をいつもしていれば後輩さん達とばかりつるむこともなく、おモテにもなられるとも思うんだけれどね、なんて思いながら、その最後の表情をまた思い返す。

 

「デジタルさん」

 

そう立ち止まり考えていたところで背後からの声。

振り返ってみれば、そこにはメイショウドトウちゃんがあたしを見下ろすようにしていた。

 

「やあ、ドトウちゃん。こんにちは」

 

「はい、こんにちは」

 

「それで、あたしに何か用?」

 

「お一人でいらしたのでご挨拶をと。楽しそうにも笑っているようでしたけれど何かありましたか?」

 

「ありゃ、顔に出ちゃっていたかな。ちょっとした思い出し笑いというところで」

 

そこからは調子はどうとか、あたしがドトウちゃんをぐるりと回って勝負服チェックをしたり、互いにリラックスしているなとウフフとも笑い合っているところに来訪者が。

 

「ボクのライバル達が何か大事な話し合いかな?」

 

と、登場したのはテイエムオペラオーちゃん。

 

「ライバル達って、あたしも入ってるの?ドトウちゃんだけなら分かるけど」

 

「当然さ。ボクの行く所にいるウマ娘達は皆がライバルだからね。

 それにアグネスデジタルくん、キミにはレース前に目立たれてしまったけれど、本番ではそうさせるわけにはいかない。主役はボクだよと、ここで宣戦布告ともいこうかな…………なんてね」

 

テイエムオペラオーちゃんは、あたしのすぐ傍にまで近づき力の入った目でこちらを見つめた後に、ふっと力を抜くようにして笑う。

 

「キミの事を気に掛けていたのは事実なんだけれどね。

 ボクとしては誰がボクに挑んで来ようと平等に退けるだけなのだけれど、妙な騒ぎになってしまったのはいただけないなと思っていた。それで、キミが今日もその辺りを意識していたらどうしようかとも思っていたけれど、どうも要らぬ心配だったようだ。

 キミはボクのライバルとして相応しい。先程こちらに向かってくる時に見えたキミは、とても良い顔をしていた。これは手強い相手だと間違いなくボクに伝えてくるようなね」

 

満足そうに頷くテイエムオペラオーちゃんに、いやいやどうもと頭を掻きながら反応する。

 

「さてと、ライバルへの警戒を強められたところでボクは先に行かせてもらうとするよ、それでは」

 

テイエムオペラオーちゃんは手をサッと挙げて颯爽と地下バ道を進んでいく。

その後ろ姿を少し見た後に、あたしは傍のドトウちゃんに話しかけた。

 

「褒められて嬉しいけれど、あたし、そんな顔してたのかな」

 

「それについては私も同感ですよ」

 

「自分だとよく分かんないな。前のチームにドトウちゃんと居た時期に比べると全然違う!って感じ?」

 

「はい」

 

ムニムニと自分の顔を揉んでもみるあたしにドトウちゃんはニコリとしながら肯定をする。

これまでの道程で自信がついたのか真っ直ぐな背中で。

それを見てあたしも過去を思うとドトウちゃんと居る頃はマイルCSよりも前でまだ重賞ウマ娘でしかなかったなと過ぎって口に出す。

 

「G1ウマ娘にもなって、こう貫禄というものもついたのかな、あたしも」

 

「うーん、それもあるとも思いますが、オペラオーさんが触れたのはそういった事ではないと思いますよ。そして、私からも。デジタルさんが変わったというのはそうでしょうけれどね」

 

そうして再びドトウちゃんはニッコリ。

 

「えー、それならどういう事だろう……」

 

「それはいずれ分かるのかもしれませんよ。では、私もこれで。後はレースでお会いしましょう」

 

首を傾げるあたしにドトウちゃんはフフッと意味深に笑いかけ、そしてテイエムオペラオーちゃんを追いかけていった。

二人が仲良さそうに話す姿を見て、やはり生で見るべき完成された関係と後方での理解者顔の後に、あたしは二人の姿をただ目で追う。

 

 

 

今日、あたしは二人を追い抜こうと思う。

あの背中の先へと行こうと思う。

 

その決意をして二人から視線を外し地下バ道の奥を見る。

そこであたしの中に浮かんで来たのは、これまで勝負服を纏い進んで来た数々の道だった。

 

NHKマイルCでは、初めてのG1、初めての勝負服に、気持ちも足取りもフワフワと。

ジャパンダートダービーでは、チームに朗報を!と勝ち気に逸って突き進んで終わって。

マイルCSでは、訪れた緊張にプレストンちゃんと並びながら道を意識しないように歩いた。

安田記念は、これでレースに向かって良いのか作戦はどうかとモヤモヤしたものを抱えつつ。

南部杯は、トレーナーとじっくり話し合い頭に叩き込んだ作戦を確認しながら。

 

その全てを思い返して、再び意識が今在る道へと戻る。

 

そこにはかつてのどこにもなかった、全く違う道が今日このあたしの前にある気がした。

道の先が光り輝くようにも存在していた。

 

ドトウちゃんはあたしを変わったと言うけれど、変わるとしたらこの道を行った先なのではないのだろうかとも思う。あの先から始まるものがあるんじゃないかと思う。

 

そこで大きく息を吸って吐く。

それもまた過去のどの時の経験とも違う不思議な落ち着きを感じて。

最後に、ここでする事は終わりだとの切り替えに片手の手袋をしっかりとはめ直す。

 

 

そして、あたしはその光の先へと、あたしの戦場に続くたった一つの道へと、その一歩を強く踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───天皇賞(秋)が始まる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






と、アグネスデジタルの戦いはこれからだ!となったところで、このアグネスデジタルの物語は終了となります。

クラスチェンジには向かえどもシンノユウシャとなるには時期尚早、ここから世界への旅と数々の熱い戦いが待ち受けているはずですが、それが第二部として出たりは無いとだけは、ここに記しておきます。
どうにも打ち切り話のように思われるかもしれませんが、当初の予定通りの着地点となります。
ここまでのお付き合い、ありがとうございました。
どこか疑問に思う点などありましたらお伝えください。




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