Episode Superior―Thousand Edges 作:カスタカスタ
第一話 出会い――【聖騎士】
□レイ・スターリング
念願の<Infinite Dendrogram>をプレイし、ネメシスの力で【デミドラグワーム】を倒した俺は、兄が予約してくれていた店で食事をとっていた。
美味しい料理に舌鼓をうちつつ、兄から<エンブリオ>や<マスター>、ティアンについての説明を受ける。
いくつかの疑問を解消した俺は、一つ気になっていたことを兄に尋ねることにした。
「兄貴ってリリアーナと前に何かあったのか?」
『何のことクマー?』
「誤魔化すなよ。どう見ても兄貴を知っている様子だったぞ」
もっと言えば、兄に対しあまり好意的な印象を持っていないように思う。
「何やらかしたんだよ?」
『何もしてない。何もしなかったから、恨んでいるんだろう』
「どういうことだ?」
何もしてないのに、何故?
『長くなるぞ。それに、おもしろくない』
「いいさ」
俺が引くつもりがないことを悟ったのか、兄はため息をついてから話し始めた。
『こっちの時間で半年前に、ドライフ皇国がアルター王国に侵攻した。簡単にゲーム風に言えば、戦争イベントだ。サービス開始後初となる戦争イベントは、大きな注目を浴びた、が』
兄はそこで溜息をつく。
『結果はアルター王国の惨敗。領土の三分の一を喪失し、主要なティアンの多くが戦死した』
「……何でそんなに差があったんだ?」
『国で比べるなら戦力は互角だった。しかしそれはティアンに限った話で、<マスター>は別だ』
「ドライフの<マスター>人気がアルターよりも高かったってことか?」
でもチュートリアルで見た限りでは、初期国家間にそこまで印象差はなかった気がする。
たしかにドライフのスチームパンクというか、メカ系の特徴は<マスター>人気がありそうだ。
でもそれを言うならアルターだってファンタジーの王道中の王道だろう。ドライフにそこまで劣る気はしない。
『いや、当時の王国と皇国の間に差はなかった。<マスター>戦力が大きく偏ったのは発売当初のレジェンダリアと、ここ最近のカルディナぐらいだろうな。惨敗した理由は、王国の<マスター>の多くが戦争に参加しなかったからだ』
「何でだ? 目玉イベントなんだろ?」
『王国と皇国の<マスター>の待遇の差が、明暗を分けた。演説で助力を願っただけの王国に対し、皇国は戦果に応じた破格の報酬を約束した』
結果として、ドライフの<マスター>の士気は上昇し、アルター王国の<マスター>の士気は下がったって訳か。
『今からでもドライフ側で参加したい、なんて言うやつまでいたぐらいだ。あるいは、それすらも皇国の戦略だったのかもな。だとしたら、王国はまんまと術中に嵌ったってわけだ』
「なるほどな」
確かに同じ<マスター>での待遇の差があれば、ゲームとして不満を感じる人がいるのも理解できる。理由できる、が。
『そして最も決定的だったのは、王国のランキングのトップランカーの内、二人が参戦しなかったことだ』
「ランキング?」
『あれだ』
そう言って兄は外の方を指さす。
窓から見える噴水広場の先には、立派な掲示板が見える。
『あれがランキング掲示板だ。こっちで三ヶ月毎に更新される。討伐ランキング、決闘ランキング、クランランキング。それぞれ読んで字のごとくだが、上位三十人がランカーとしてあそこに名前がのる』
「へぇ」
『そして、戦争中に展開される<戦争結界>は、当事国でのランカー以外のログインを制限する』
なるほど。ランキング入りを目指した<マスター>のプレイ活発化が狙いだろうか?
『クランランキングはクランメンバー全員が対象だから、戦争期間限定のクラン加入って抜け道もある。皇国の多くの<マスター>はそうした』
仮にゲームを始めたばかりの初心者であっても戦争に参加できるような救済措置もあるわけだ。
『そして、討伐ランキングトップの“正体不明”【破壊王】は顔を晒すことを嫌い、クランランキングトップの<月世の界>のオーナー、“月世界”【女教皇】扶桑月夜は国との交渉の頓挫を理由に参戦を拒否した。決闘ランキングトップの“千刃”【刀神】リィン・カーネーションは参戦したが、焼け石に水だった。運悪く他の有力な<マスター>もリアルの都合で参戦できず、始まる前から勝負は決まっていたようなものだった』
そして戦争が始まり──結果は惨憺たるありさまだった。
【刀神】の孤軍奮闘虚しく、王国の国土とティアンは皇国のトップランカーである【獣王】【魔将軍】【大教授】によって蹂躙された。
『第三国であるカルディナの皇国侵攻により、アルター王国はギリギリで生き延びた。ただし、あと数ヶ月もすればまた戦争がおきるだろうな』
……なるほど。
「じゃあリリアーナに恨まれているってのは……」
『俺も参加しなかったランカーの一人だ。リリアーナの父と、彼女が仕えた国王も戦争で死亡している。嫌うなってのが無理な話だ』
「……全く」
本当に、面白くない話だ。
「で、御主はどうする気かのぅ、マスター?」
ネメシスが俺に問いかける。
もしまたこの国が戦火にさらされたら、か。答えは一つしかない。
それにはまず、やらなきゃいけないことがあるな。
「ランカー、か」
「目的が決まったかの?」
ネメシスの声に俺は頷く。
「戦争に参加できない状態で何を言っても始まらない。まずは……ランカーになるところからだな」
◇
翌日、朝から装備を整え【聖騎士】になった俺は兄と別れレベル上げをすることにした。
狩場に行く途中で、ルークとバビロンというフレンドもできた。
同じ人型の<エンブリオ>であったバビにネメシスが声をかけたのがきっかけで、一緒にスイーツを食べたりもした。
<イースター平原>と<ノズ森林>でレベル上げを行い、一〇レベルに達したところで何者かの襲撃を受け──俺は、死んだ。
◇
デスペナルティが解除され、ネメシスとの絆を深めた俺は、集団PKによって使用できない初心者狩場のかわりに<墓標迷宮>に訪れていた。
到着早々、一〇万リルを無駄にしたことが発覚し膝を折る事態になったが、いつまでも気にしていられない。
ネメシスの正気が削れたりもしたが、順調にアンデッドを蹴散らし、レベルも二つ上がった。
探索の結果、次の階層に繋がる階段を見つけた。
『マスター』
階段の前で今後の出費について考えを巡らせていると、ネメシスが俺を呼ぶ。
それは、注意を促す声音だった。
「どうした?」
『階段から誰か上がってくるぞ』
階段の先に耳を澄ますと、確かにカツンカツンという足音が反響しているのが聞こえる。
しばらくすると、一人の女性が階段を上ってくるのが見える。
和服の上から青いロングコートを羽織った女性の目が俺の方を向く。
俺と同じく周囲の狩場のかわりにここでレベル上げをしているのだろう。
かるく目礼して、階段の前から退く。
「あれ?」
すると女性は俺の顔を見つめながら声を上げる。
俺の事を知っているのだろうか?
そうだとすると、俺はこのゲームを始めたばかりだし、やはりリアルの知り合いだろうか。
髪の色以外はあまり弄っていないので、気づく人は気づくかもしれない。
そんな事を思っていると、女性は一足で階段を飛び越え俺の横に着地し、こちらに顔を向けてこういった。
「君って、着ぐるみのお兄さんがいたりしない?」
◇
「つまり、兄の知り合いなんですか?」
「そうそう! 名前が似てるからねー、すぐ噂の弟くんだって分かったよ」
噂のって……。
兄貴のやつ、あることないこと喋ってないだろうな?
「下から見えるシルエットが禍々しかったから、ボスモンスターかとも思ったんだけどね。気配が<マスター>っぽかったから一応
「ボスモンスター? 一階でもでるんですか?」
「深いところに比べたらレアだけどね。ここでもたまにランダムポップするよ」
……攻略サイトの情報、結構見落としてるみたいだ。
「レベル上げの途中で合わなくてよかった」
「レベル上げ? えーっと、【聖騎士】で合計一二レベルか。ああ、《銀光》があるなら確かにここが一番効率いいかもね」
どうやら俺の名前だけじゃなくてレベルまで見えてるらしい。
それにしても、《銀光》?
「《銀光》って何ですか?」
「あれ? 知っててここに来たわけじゃないんだ。《聖別の銀光》っていうのは【聖騎士】が覚えるスキルで、アンデッドに対するダメージが十倍になるんだよ」
「十倍!?」
もしダメージが十倍になったら、今の俺ですらこの階層の【ゾンビ】や【スケルトン】は一撃だろう。
「でも俺、まだスキルは《ファーストヒール》と《聖騎士の加護》、《瞬間装備》の三つだけしか覚えていないんですけど……」
「今のレイならここで数時間アンデッドを倒してるだけで覚えられるよ。《銀光》さえ覚えたらスピリット系のアンデッドにも武器が効くようになるから、はやいうちに覚えておくといいよ」
「本当ですか? それは、ありがたいです」
【ジェム】を買わなくて住むなら、俺の経済状況が一気に改善する。
「でも《銀光》のことを知らないんだったらなんでここでレベル上げしてたの? 【許可証】はいらないだろうけど。最初は外の方が効率いいってシュウから教えてもらわなかったの?」
……買っちゃいましたけどね、【許可証】。
「知りませんか? 今、初心者狩場はテロで使えないんです」
「テロ?」
「テロっていうか、集団PKなんですけど。三日ぐらい前からずっとです」
「あー。一週間ぐらい潜りっぱなしだったからね。知らなかったな」
ネットぐらい確認しとけばよかったかな、と彼女はぼやく。
「おぬし、一週間もここにおったのか!?」
「うん。深い所では結構強いボスモンスターが出てくるんだよね。楽しいよ。たまに死ぬし。まあ、ずっと潜ってると怒られちゃうから、一週間ぐらいで切り上げてるけど」
なんと言うか、儚げな見た目と違ってとてもアクティブな人みたいだ。
「そういえば、自己紹介してなかったね。リィン・カーネーションだよ。よろしくね!」
最近は自己紹介をする機会なんてなかったから、とリィンさんは続ける。
その名前には、聞き覚えがあった。
「もしかして、ランカーの?」
「そうだよ! 私が、決闘王者。すごいでしょ?」
リィンさんは自慢げに胸をはる。
この人が、決闘ランキング一位。
俺が目指すランカーの、そのさらに頂きにいる人。
「南のギデオンって都市で決闘はやってるから、見においでよ。近々でっかいイベントもあるしね。あーでも、今はPKがいるんだっけ? うーん」
リィンさんは少し考えてから、
「じゃあPKは私が片付けとくよ」
と言った。
「たぶんお願いされるだろうしね。明日になったら使えるようになってると思うよ」
「ちなみに、どうやってかのぅ?」
「もちろん、実力行使だよ!」
笑顔で言ったリィンさんは立ち上がる。
「それじゃ、アルティミアも待ってるだろうし、私はそろそろいくね。あと、これあげる」
そう言ってリィンさんはどこからか取り出した石を俺の方に放る。
「《エスケープゲート》っていう、神造ダンジョン専用の脱出魔法が入ってるから、帰りのことは気にせずレベル上げができるよ」
「いいんですか?」
「私は自分の足で出口までいく派だから、使うことはほとんどないからね。腐るほど余ってるの」
《銀光》についてアドバイスしてくれるだけじゃなくて、【ジェム】までくれるなんて、なんていい人なんだろう。
「じぁあね」
「はい、いろいろありがとうございました」
リィンさんは手を振りながら部屋を出ていった。
◇
□王都アルテア 王城
「やっほー、アルティミアいるー?」
第一王女の執務室を無造作に開け放った女性──リィンは大きな声で呼びかける。
国王代理を務める第一王女に対してこのような振る舞いが許されているのは、彼女だけだ。
「あら、リィン。今回は早かったわね。あと三日は<墓標迷宮>かと思っていたわ」
「もちろん、アルティミアに早く会いたかったからだよ!」
「ふふ、私もよ」
アルティミアは笑顔でリィンを迎え入れる。
戦争以来、周囲から距離をとっているアルティミアが心を許す数少ない一人がリィンだった。
「でも、ちょうど良かったわ。実は一つ、お願いがあるのよ」
「それって集団PKのことー?」
「耳が早いわね。その通りよ。既に経済的な損失は最低数億リルと見込まれているわ。これだから、貴女以外の<マスター>は……」
アルティミアが忌々しげに呟く。
戦争以来、彼女の心には<マスター>に対する不信が生まれている。
それは皇国の<マスター>によって多くのものを奪われたからであり、彼女が寄生虫と呼ぶ王国の<超級>の影響でもある。
「別に<マスター>全員が悪人ってわけじゃないよ。何なら私は<マスター>の中でもめちゃくちゃ性格が悪い部類に入ると思うしね」
「それは、分かっているわ。<マスター>の中には、王国のために戦ってくれた者もいる。……貴女みたいに」
「何度も言ってるけど、私が戦争に参加したのは私自身とアルティミアの為だよ」
「ふふっ、そうだったわね」
これは彼女たちの間で何度も繰り返された話題だ。
リィンに諭されてなお、アルティミアの不信が完全に氷解することはなかった。
「それで、PKは全員斬っちゃっていいんだよね?」
「ええ、お願いするわ」
「じゃあ、早速行くね。長引かせない方がいいだろうしね」
「一週間ぶりなのにゆっくり話せないのは残念だけど、仕方ないわね」
「今夜は王城に泊まるから、大丈夫だよ」
「そうなの? 楽しみだわ」
「それじゃ、さっさと終わらせてくるね。……強い奴がいるといいけど」