Armee du paradis ー軍人と戦術人形、地の果てにてー   作:ヘタレGalm

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第1章 墜落
任務帰りの不幸


 第三次世界大戦の結果、国家は著しく弱体化した。その領域を維持するだけの主権を失い、代わりに民間軍事会社(PMC)が台頭するようになる。急速に勢力を伸ばした大手PMCのうちの一つがG&K(グリフィン・アンド・クルーガー)で、この企業は本来の勢力域の統治という業務に加え人類に対して反旗を翻した鉄血工造製の人形たちとも戦っていた。大抵の場合、前線で戦うのは人間ではなく銃を持った自律人形────戦術人形だった。

 

 しかしながら、国家は完全にその力を失ったわけではない。

 例えば、アメリカ。

 例えば、ロシア。

 例えば、中国。

 その辺の国々は、地方の統治を企業に委託していることは変わらないものの、防衛を自分たちの軍で賄う余裕はあった。

 例えば、鉄血支配域に特殊部隊を送り込むなど。

 

 

 

 俺は、ボロボロになった状態で帰りのヘリに乗っていた。

 合成繊維製の迷彩服は他人の血に濡れ、顔も血まみれ煤まみれというありさまだ。

 フルカスタムしたHK416Dを抱き抱えてシートに座る俺は、他人からはどう見えるだろうか。疲れているように見えるのだろうか。それとも、誇らしげに見えるのだろうか。

 

「……少佐、ひどい顔よ?」

 

 隣に座る相棒(バディ)の戦術人形が話しかけてきた。プライドの高いように見えるが、その実気配りができる。抱え込みがちな俺は何度お世話になったことか。

 

 設計された年代を考えれば時代遅れも甚だしいアサルトライフルを抱えた彼女は、俺の副官だ。このDEVGRUでバディを組んで、もう7年になるか。

 

「悪いな、FAL。……やっぱり、慣れてねぇみたいだ」

 

「……仕方ないわよ。今日は増援にドラグーンやイージスまでいた。それなのにたった4人で、しかもひとりの犠牲者も出さずに作戦を遂行できたのは褒め称えられるべきよ。流石に無茶をしたのはいただけないけどね」

 

「おっしゃる通りで」

 

「まったく、少しはヒヤヒヤさせられる私のことも考えてよ! ……おいで、膝枕してあげるから」

 

「お、おい、人いるからな?」

 

 ミッションレコーダーは切ってあるが同乗者いるんだぞ。からかうのもいい加減にしてくれよ。

 

「じ、冗談よ……」

 

 あー、目の前の部下がニヤニヤしてら。というか、自分も赤面してるじゃねぇか。

 

フェネック(FAL)のその言葉、冗談に聞こえないところが怖いよな……」

 

「そうそう。早くくっつけばいいのにねー!」

 

「お、おい!」

 

 早くも向かいの席のジョナス少尉とスコーピオンに笑われた。

 こいつら、デキてるからな……夫婦で連携して放ってくるジョークがいちいち侮れん。俺が流れ弾食ってドギマギすることを狙っているから洒落にならねえ。

 

「うっせー、どうせ俺は永遠のシャイボーイだよちくしょうめ」

 

 投げやりにそんな言葉を吐く程度には慣れたが、内心ドキッとしたことは内緒だ。

 

「ま、からかうのもこの辺にしとこう。今回の功労者は間違いなく少佐ですしね」

 

「ええ。多脚戦車をアサルトライフルで撃破するなんて、勲章ものよ? おおっぴらには出来ないけど……」

 

 今回の敵は、鉄血の新型エリート人形だった。実戦投入前に排除するべくこの作戦は実行されたが、なかなかに苦戦した。ひとりの犠牲も出なかったことはまるで奇跡のようだ。

 戦車の周りの随伴歩兵を排除し、戦車を高周波ブレードで叩き斬る。そんな滅茶苦茶な作戦だったのだ。

 

 濃密な死と長時間隣り合わせになったからか、身体の動きが鈍い。これでは天下のNavySEALsも台無しだ。

 

 だが、どこか誇らしげなのは間違い無いと思う。

 

「……はは、帰ったら打ち上げだ」

 

「そうね、久しぶりにウェストフレテレン(ベルギービール)でも開けましょうか」

 

「ねえフェネック、そういうのって日本では『死亡フラグ』って言われてるみたいだよ?」

 

デスストーカー(スコーピオン)、縁起でも無いこと言わないでよ! それに、作戦は終わったでしょ?」

 

「いやいや、日本には『帰るまでが遠足です』って言葉が……」

 

 ジョナスが言い切る前に、ヘリの中にけたたましいアラーム音が鳴り響いた。灯っているアラートはレーダー照射の確認。

 

「レーダー照射か!?」

 

「ステルスヘリじゃなかったのかよ……おい、ミサイルだ! 11時方向に2発!」

 

 ボンボンボン、という音とともに光り輝くチャフフレアが放出されたが、ミサイルたちはそれらを突っ切ってヘリへと殺到する。

 

 爆発の刹那、ちらりと下手人と思しきSAMが見えた。

 鉄血工造製、セミアクティブレーダー誘導地対空ミサイル(SAM)

 

 

帰りにミサイル撃ち込まれて爆死とは、あまりにもあっけない最期だ。

 

「死ぬのか……」

 

 

 轟音、衝撃。

 

 

 

 

 

 目が覚めると、俺は木に凭れさせられていた。

 どうやら、ここは湖の畔らしい。

 

 幸いにも四肢に異常はないようだが、全身が鈍く痛む。全身が濡れているらしく、服がまとわりついてくる嫌な感触があった。

 周りを見渡すと、すぐそこで副官(FAL)が左腕をパージしているところだった。綺麗な顔や着崩した無骨な迷彩服には、引っ掻いたような跡がいくつも見られた。

 

「起きた?」

 

「……ああ。生き残ったのか……」

 

「一応、全員の生存は確認しているわ。墜落するヘリから転落した貴方を私が抱き抱えて湖に飛び込んだの。……岸まで泳ぐのに苦労したわ。衝撃を殺すために左腕を犠牲にしちゃったし」

 

「ありがとう、そしてすまん」

 

 謝ると、FALは笑った。

 

「いいのよ、貴方が無茶をするくらい分かりきっている話なんだから。副官が指揮官を支えるのは当然のことでしょ?」

 

「この場合は相棒(バディ)だな」

 

 少しだけ訂正する。

 そして、二人揃ってからからと笑った。

 

 傍で干されていた軽量ボディーアーマーを拾い、立ち上がる。

 

「さて、火を起こそうか」

 

 

 

 都市部は夜でも明るいが、辺境ではそうもいかない。

 まして、山の中だ。一切明かりがないと、星の一つ一つが手に取るようにわかる。

 まあ遠慮なく焚き火を焚いているんだがな。

 

「とりあえず食えそうなのはこの辺か……魚と兎、キノコは食えるヤツか?」

 

「大丈夫、普通に食べれるわよ」

 

「ならいいか」

 

 彼女が集めてくれた食材を火で炙って食す。

 ソースどころか塩も無い食事だが、食うものがないよりは遥かにマシだ。

 

 内臓を処理していないがために苦い川魚を貪りつつ、FALに問いかけた。

 

「なあ、とりあえず山頂目指さないか?」

 

「賛成よ。……それに、尾根を越えた先に巨大な基地跡があるみたい。物資があるかもしれないし、少なくとも風雨はしのげると思うわ」

 

「よく知ってるな……」

 

「ヘリの窓から微かに見えた。データベースには放棄されたロシアの基地としか書かれてなかったから、なにかあったんでしょうね……」

 

「調べる価値はある、か。ま、とりあえず今日のメシだな。明日のことは明日の俺に任せればいい」

 

「ええ、そうね」

 

 救難信号はすでに打ったが、応答はない。

 電波が届かないのかもしれない。あるいは見捨てられたか。

 

「本国に帰るのは正直どうでもいいけど、ここで野垂れ死ぬのは勘弁したいわね」

 

「そうだな、それにジョナスやスコーピオンも回収する必要がある。……あいつらのことだから満喫してそうだけどな……」

 

「ありえるわね……ふふ」

 

 そんなことを話しながら、俺たちは夜を明かした。


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