Armee du paradis ー軍人と戦術人形、地の果てにてー 作:ヘタレGalm
皆が夕食を大方摂り終えた頃合いを見計らって、俺は9A-91と目配せした。
「悪い、この後話したいことがある。食べ終わったらで構わないから大テーブルについてくれないか?」
俺は、突然立ち上がって声を上げた。
側から見れば何事かと思うところだろうが、9A-91から聞かされた情報はそれほど深刻だったのだ。
UMP45が珍しく416やM4と共に食事をしていて助かった。もしも9A-91の話を聞いていたらストレスで食事が喉を通らなかったかもしれない。
「どうしたんですか……? とりあえずなにかあることは分かりましたが……」
「M4、少なくとも夕食を食べている時に話すべきことじゃない、って言うのはわかってほしい」
「……了解しました」
「早く食べないといけませんね……」
俺たちの会話に焦りを感じたのか、まだ食べていたM14がそのペースを早める。我が社随一の食いしん坊であるAR-15はすでに2人前をペロリと平らげているため、焦ることも当然なのかもしれない。
まあ、AR-15は生体パーツの維持に大きなカロリーが必要というだけなのだが。
それでも、数分あれば全員の皿から料理は消える。戦術人形の食い意地は伊達ではないようだ。
食器を片付け、各々中央の大テーブルへと着く。その間に天井から吊り下げられたホログラム式スライド投影装置の電源を入れた。
「さて。今から状況を説明する」
DEVGRU時代を意識しながら、俺は指揮官としての声を出した。自分で聞いていても硬質な声だとは思うが、それは必要なことだ。
兵士には、本来感情は不要なのだから。
「どういうこと?」
「冗談の類では……ないようですね」
当然、他の面々は困惑した。
しかし、その困惑を完全に破棄する言葉を吐く。
「グリフィン404小隊所属人形・UMP9の行方が判明した」
淡々と確認した事実を話す。
「9A-91によるハッキング、米国の知り合いによるハッキング、グリフィン側に残されたUMP9のシグナルロスト位置、地形等を統合した結果、鉄血第66戦区本拠基地、NATOコードネーム「ドレイン要塞」に監禁されていることが確実視された。鉄血内で
だんだん事情が飲み込めてきたのか、皆の表情が困惑から驚愕、そして不安へと変化した。
「さて、これをグリフィンに伝えたらなんて返事が返ってきたと思うか? 『リスクが留めなく高い作戦だが、遂行するのか?』だ。……さて。本作戦に賛成の者は手を上げてくれ」
パラパラと手が上がる。
心配していたUMP45の反応については、意外にも静かだった。手を上げていないのは、M14とスコーピオン、そしてジョナスとFALか。
やはり、お前たちもそう判断するか。
「……了解した。なにか、質問はあるか?」
「ボス、この作戦は成功率が低すぎる。レンジャー連隊やSASでも敵わなかったんだから……たった数人で突入なんて自殺行為だ」
「俺は突入するとは言っていない」
「じゃあどうするって言うの!?」
その時、沈黙を保っていたFALとジョナスの声が一致した。
「「単独潜入」」
深い、沈黙が下りた。
FALは腕を組み、目を瞑ったまま考え込む。ジョナスも俺を睨んだまま微動だにしない。
「潜入のアテはある。それに、潜入作戦には自信がある」
さらに、沈黙。
やがて、FALが口を開く。
「リーダーである貴方が言うならば従うけれども、ひとつだけ条件があるわ」
「なんだ?」
「私とジョナス、スコーピオンも連れて行きなさい。単独潜入は危険度が高いし非効率よ。そして、貴方は放っておくとすぐ無茶をするから」
「了解した」
そして、異議はないな? と言う問いかけを込めつつ全員を見渡す。
1人だけ、手を上げた。
「指揮官、私と416も連れて行って。絶対に足手まといにはならないことは保証する」
UMP45と416は、元グリフィンの非正規部隊だけあって潜入作戦、不正規作戦の能力も高い。しかし、俺は躊躇った。
「ほかの面々ならば断ろうと思っていたが、お前に言われると即断はできない。……少し考えさせてくれ」
「……私は、ナインを助けたい。それに、AR-15のような事態を考えたら私がいる方が得策だと思う」
「ああ、そうだろうな。だがすまない、潜入に当たって6人も投入した場合、発見されない保証がない」
問題はそちらなのだ。先の補給基地襲撃やその後の偵察、襲撃を通して彼女の実力は把握している。しかし、今回俺が考えている潜入ルートは6人も通れる保証がなかった。
「……それだったら可能です、指揮官」
9A-91がポツリと告げる。
作戦立案は俺と彼女で行なった。入手した情報の中には基地の図面もあり、それをもとにすれば監視カメラの予想配置位置や歩哨の動き、予想される迎撃行動まで想像がついた。いくつか不明な場所があったが、おそらくはそこからUMP9の居場所へと繋がるのだろう。
敵の資材搬送トラックに乗り込んで敵基地を目指すと言う方法は9A-91が立案した。スキャンニングなどは光学迷彩で容易に躱せるし、ハッキングすると言う手もある。あるいは故障を狙ってもいい。
「本来はこっそりすり抜けるつもりでしたが、次善策のハッキングを使用します。二重底を併用すればいけるはずですよ」
「なるほど……了解した。ならば、UMP45と416も潜入要員に加えよう」
「本当!? ありがとね、指揮官」
「まあ、感謝するわ。……それで、ナインの状態は?」
416の問いに、俺と9A-91が固まった。極力触れないようにやはり避けられない運命なのか。迂闊な問いだったと気がついた416も咄嗟に後悔の表情を浮かべる。
そんな俺たちに、UMP45が詰め寄った。
「指揮官、答えて?」
普段被ってる仮面を外し、黒滔々たる闇を覗かせる瞳で俺を見据えてくる。膨大な殺気に、思わず一歩引きかけた。
FALなどはブローニングHP拳銃のセイフティに指が掛かっている。
9A-91と顔を見合わせてから、観念して答える。
「鉄血の記録に、こんなものがあった。『捕虜1名特殊処置(MA)完了、特記事項MA』と『新型ハイエンドモデル試作開始、特記事項捕虜を素体とするため警備厳重化を依頼す』だ。そして、AR-15の方の記録を漁ると、『捕虜1名特殊措置開始、特記事項通常方式にて施行』ってのが出てきた。……これらを統合して考えると、なんらかの方法で精神を崩壊させられた可能性がある。そして、新型ハイエンドモデルの素体とされている可能性が高い」
瞬間、UMP45の顔が憤怒に染まった。全員が一歩引かざるを得ない殺気が押し寄せる。軽く俯き、小さく言葉をこぼした。
「……やっと見つけた、本当に殺したいヤツ」
あれから、UMP45は狂ったように武器をいじり始めた。
ADPが制式採用するものとはまた異なった大型ナイフを研ぎ、誰のものか分からないマチェーテまで取り出した。
ある日には射撃訓練場でバレルが焼けるまで撃ちまくり、またある日には野外でひたすら刃物を振るうといった奇行と態度の不自然さが目立つようになる。
保たれた能面の裏が憤怒と復讐心で煮え滾っていることは容易に想像がついた。
ある夜、ストレス発散と思しき一連の行為を流石に目に留めた俺は、彼女を部屋に招いた。
張り付けられた能面は以前よりも薄くなり、本性が滲み出ている。
そんな彼女を見て、胸が軋んだ。思い返せば初めて彼女と出会った時も胸が軋んだか。この既視感の正体は分からないが、自分にとってはパンドラの箱となる気がした。
開けてはならない、悪魔の箱だ。
「……部屋に呼びつけるなんて珍しいじゃん、指揮官。あなたも物好きだね」
胸の軋みに沈黙を保つしか出来ない俺を見て、UMP45は呆れたように言った。
「このままだと何処かで野垂れ死にそうだったからな……お前が」
どうにかして声を絞り出した。
深呼吸して息を整え、強引に心拍を正常に戻す。大丈夫、彼女はUMP45であってほかの誰でもない。
「ふぅん……まあ、確かにハイになってることは認めるよ。そして、溜まった衝動をどこかで発散しないとメンタルが焼ききれそう。なにぶん昔の事がフラッシュバックしちゃったからね」
「特記事項MA、か?」
「うん。それは『Marmot of Alchemist』……アルケミストのモルモットって意味だよ」
アルケミストという名前には聞き覚えがあった。
確か、軍内で回されていた重要目標情報に載っていたはずだ。そして、俺も戦ったことがある。大した強敵だ。
そして、モルモットという単語には聞き覚えがある。
「モルモット……実験動物というわけか」
「ほんと、ふざけた真似してくれるよね。……ただ、私が殺したいのはアルケミストじゃない。奴も殺したいけど、一番殺したいのは奴に精神崩壊を依頼した奴だ。十中八九、ドリーマーかな」
目の前の少女が、俺に向けて手を伸ばす。
「例えばの話だけど、あなたの親友が敵のスパイ……いえ、敵の作戦遂行のための道具にされていたとしたら、そしてもはやその親友を殺すしかなくなったら。殺さなければ自分が殺されるとしたら。貴方は引き金を引ける?」
究極の問いに、俺は即答できなかった。胸が軋んだ。
ジョナスが、FALが、スコーピオンが。彼らが敵に回ったら俺は引き金を引けるのか?
否、引き金は引けるだろう。でも、そのあと感情を保っていられるのだろうか。
「撃てるだろうな。……ただ、銃を握るたびに思い返してしまう気がする」
「……やっぱりあなたは私と同じなのね」
彼女は、ポツリと呟いた。
その瞬間俺は確信する。この話は、彼女が実体験した事なのだ。
だからこそ、彼女は非正規の人形なのだろう。
ここに来てから胸が軋む理由が少しだけ見えた気がする。
唐突に、UMP45が叫んだ。
「あーもう! ディビッド、辛気臭い話はやめやめ! それあなたが辛いだけでしょ?」
「部下に気遣われるようなら指揮官失格だな……じゃあ何するか?」
「ねえ、お酒ない? 辛いことは酒に流すに限るから」
「あるぞ。それもとびっきりが」
机の下から、本来は一人で飲むつもりだった20年もののウォッカを取り出した。それなりに有名な銘柄でアルコール度数は55パーセント、正直かなりキツイアルコールだ。ついでに言うと一本しか調達出来ていないため貴重すぎて飲む機会を見つけられなかった。
しかし、これ一本で彼女の気がまぎれると言うなら安いものだろう。
「うわ、それ9A-91が管理していたウォッカ……」
「ああ、倉庫に忍び込んで一本くすねてきた。よかったなUMP45、これでお前も共犯だ」
「よくないよ……コップ貰える?」
「これを使え」
ガラス製のウィスキーグラスを取り出し、ボトルと共に手渡した。
そして遠慮なくウォッカを注ぐUMP45。
しかも一気に呷った。
「おいおい、大丈夫か?」
「だいひょうふだいひょふ」
呂律が回ってない。酒に弱いとは意外だな……あの度数のウォッカを一気飲みすれば当然なのかもしれないが。
自分のコップにウォッカを注ぎ、丁寧に水割りしてから口をつけた。
喉を抜けるアルコールの味。
頭がぼう、としてきた。
「作戦開始は3日後、アルコールが残る心配はないが……これは、なかなか」
その気になればアルコールなど体内のナノマシンで高速分解出来るため杞憂なのかもしれないが、ナノマシンを使うと体への負担が大きい。しかし、今、この瞬間だけはアルコールが欲しかった。
目を閉じてウォッカの微かな甘味を味わっていると、膝の上に重みがかかった。
酒に酔ったUMP45がにじり寄り、抱きついてきたのだ。
ちなみに、この姿勢は非常に危うい。ナニがとまでは言わないが。
落ち着け俺、ステイクールだステイクール。
状況確認のために少しずつ目を開けると、子供のような寝顔で寝息を立てている彼女の姿が見えた。
「……ナイン、大丈夫だよ、ね……? あなたまで、あんなことにはならない、よ……ね……?」
酒気交じりのその寝言を聞いた瞬間、俺の体からふっと力が抜けた。
目の前の戦術人形が、路頭に迷う小さな子供のように思えてくる。
無意識に、背中に手を回してポンポンと叩いた。
「ありがとう……でぃびっど……」
補足
この作品のストーリーは原作をベースにしつつ捏造しています。AR-15離脱前から分岐したという感じです。
なお、UMP45の過去については完全に捏造しているのでご了承を……。
UMP45は指揮官に対して
-
現状の関係を維持
-
純愛
-
軽ヤンデレ
-
重ヤンデレ