Armee du paradis ー軍人と戦術人形、地の果てにてー   作:ヘタレGalm

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ウェットワークス

 UMP45視点

 

『FALへ部隊指揮権を委譲』

 

『オーケイ、ここからは私が指揮をとるわ。ターゲットの本拠地は雑居ビルの屋上よ。残念なことにスナイプ対策をされているから、作戦は予定通り強襲殲滅』

 

 セーフハウスに潜伏してディビッドとFALの無線を聞く。

 そっとUMP45(己の半身)のコッキングレバーを引いた。

 

 現在自分の指揮下にある部隊は、AK-47、トンプソン、M500、そしてスレッジハマーの第4戦闘班だ。狙撃部隊である第3戦闘班がバックアップに入るようだが、ほとんど意味はないと見るべきだろう。

 

『作戦開始』

 

「各員突入ポイントまで移動。狙撃班、歩哨排除を」

 

 それぞれの銃を抱えひた走る。

 AK-47やトンプソンはこの作戦にあたってハンドガードにPEQを括り付けているようだが、普段の無改造で振り回している姿を見ている身からすると水中ゴーグルのようなデザインの暗視ゴーグルと相まって若干違和感があった。

 

 遠くでライフルの銃声が鳴り響く。

 

『歩哨排除を確認、突入班はブリーチングで突入せよ』

 

「I copy」

 

 無線機に小さく吹き込み、死体をまたいで勝手口の脇についた。

 コンクリート製のビルの壁は銃弾を防ぐが、扉、とくに蝶番や鍵はその限りではない。

 ハンドサインでM500にスラッグ弾の射撃を指示。破壊するべきは鍵だろう。

 AKとトンプソンがそれぞれの銃を握り締め、室内戦ということで消音器付きの大口径アサルトライフルに持ち替えたスレッジハマーがポイントマンを務める。

 

 私も、己の半身を小さく撫でた。

 

「ブリーチング……ナウ」

 

 M500が呟いた刹那、バガンッという腹に響く銃声が鳴り響いた。

 鍵にライフルドスラッグ弾がめり込み破壊。

 

「Move now! GOGOGO!」

 

 スレッジハマーがドアを蹴り破り、流れるようにM500が続く。雑居ビル特有の入ってすぐにある階段は無人だった。しかし、脇にある廊下と金属扉から物音が聞こえる。いるとしたら扉の先に2〜3人だろう。

 トンプソンとAKも建物内に踏み入り、クリアリングを開始する。緑色の視界を赤外線レーザーが踊る。

 

「なんだ!?」

 

 銃声に叩き起こされたか、金属製の扉が開かれて中からスーツを着たマフィアが数人現れた。間抜けにも銃を構えないで。

 

 シュカカカ! 

 

 すかさず火を噴くスレッジハマーのAsh-12。50口径というライフルとしては規格外の弾丸が容赦なく襲いかかった。

 瞬く間に2人の体を爆ぜさせたスレッジハマーは階段の前に陣取る。上から降りてくる敵を迎撃するためだ。

 

「M500、前へ!」

 

「了解っ!」

 

 ここからは可動シールドを持つM500がポイントマン、トンプソンとAKがアタッカーだ。私? バックガンとして扉に陣取るよ。

 

「何者だテメェらぁ!」

 

「シカゴタイプライターだ、夜露死苦っ!」

 

 連続した空気の吹き出すような音とともに、45ACP弾と7.62mm×39mm弾が吹き荒れた。手にした高性能なvector短機関銃を構える間も無く殲滅されるマフィアども。

 

 運良く生き残った1人が拳銃を構えるが、目の前にはM500の仄暗い銃口が突きつけられていた。

 

「なろっ……」

 

「ばぁか」

 

 銃声が轟き、壁を彩る血の染みが一つ、増えた。

 

 鮮やかな手腕だ、さすがこの悪徳の街で生き抜いてきただけはある。

 それに、出会った時に比べればAKもトンプソンも格段に技術は向上してた。さすがはディビッドってところかな。

 

「M1911、Five-seveN、どうせ暇してるでしょ? 観測はほかの連中に任せてエントランスの制圧よろしく」

 

『りょぉかい!』

 

 無線機に吹き込み、返事を聞いてから通信を切る。

 

「全員、上へ進むよ。ポイントマンはM500、スレッジハマーは続いて。AK、トンプソンもよ」

 

「45はどうするつもり?」

 

 マガジンをチェンジしているAK-47から問われた。それに対して私は嗤ってみせる。

 

「首取りに行くわ。エレベーターでカチコミよ」

 

「ヒュウ、やるねぇ」

 

『UMP45、できると思うならやって』

 

「了解」

 

 言うや否や、私はエレベーターのボタンを押す。

 それを確認したほかの面々は階段を駆け上がり始めた。

 

 無人のエレベーターに乗り込み、敵ボスがいるはずの4階を押す。

 敵がバカじゃなければ気がつくかもしれないが、その方がむしろ都合がいい。

 

 操作板の影になるように張り付き、銃口は扉に突きつける。敵に待ち構えられた時に対応できるように。

 

 ポン、ポンと階数表記が上へ進んでいく。

 

 3階で止まった。っち、流石に気がつくか、あるいは単純にエレベーターで移動しようとしただけか。

 

「おい、行くぞ……ぉ!?」

 

 扉が開いた瞬間状況を確認、シールド装備が2人いることを確認して近い方に撃った。しかし、盾の表面でむなしく火花が散る。くそったれ、NIJ規格でランク2以上はあるセラミックシールドだ。場末の()()()()ですらこんなものを持っているとはまさしく世も末だね。

 

 そもそも今が世紀末か、と思い直したところで唐突にフラッシュバックに襲われた。

 

 私は、こんな光景を見たことがある。自動扉の縁に隠れて銃弾を凌ぎ、強靭な盾を持った兵を相手に一人短機関銃で応戦する少女の姿を。いつの話だっただろうか。

 結局あの時は、()にレールガンで強引に道を切り開いてもらったはず────。

 

 頬を銃弾が掠ったことで正気に戻る。同時に愕然とした。

 今、この再上映(フラッシュバック)を自分のことだと考えなかったか? 

 私の、戦術人形UMP45-0000の電脳にはそのようなデータはない。いくら出自が特殊とはいえ、そのような戦いは経験した筈がないのだ。それなのに、それなのに────―なぜここまで胸が疼くのだろう。もどかしいのだろう。

 

「クソが!」

 

 いらだちを込めて吐き捨て、ベルトポーチからスモークグレネードを取り出す。安全ピンをむしり取り、後ろ手に投擲。

 

「グレネード!」

 

 馬鹿め、三流だから気が付かないんだよ。

 これがフラググレネードに見えるか? でかでかとスモークと書いてあるだろうに。

 

 怯んだ隙に飛び出す。

 義体性能を全力で発揮し、地面を蹴り飛ばして疾走する。スモークグレネードが効果を発揮する前だからまだ視界は制限されていない。

 

「なっ!?」

 

「立ったまま死ね!」

 

 叫んで、左手でUSP45を引き抜く。盾持ちどもが焦りながら手にした武器を撃つがこんな近距離での射撃など射線が見え見えだ。

 地を蹴り相手が構える盾の縁に着地する。パンチラ? 残念こんなこともあろうかとスパッツ装備だよ。

 ASSTと連動した旧式のFCSが、銃口をサングラスに突き付けた。ヘルメットすらかぶっていないならば、盾をかいくぐってしまえば何の問題もない。

 極限まで短く設定された1フレームの処理、自分の動きを対空攻撃方程式にぶち込んで右腕の角度を変数で制御する。続く1フレームで左目の視界に映るもう一人の推定相対座標を取得、左腕をそちらへ向ける。

 

 疑似的な、2照準射撃。

 FCSを使わないから精度は劣悪だろうが、こんな近距離だったら外すはずがない。

 2人の男が向ける恐怖と憤怒、そして懇願の視線をよそに、両の人差し指に収縮の命令を送った。

 

 頭が二つ、熟した果実のように弾け散る。

 

 

 

 

 

「UMP45より突入班各位、3階は私が血風呂にする。4階に突入し、迅速に目標を始末せよ」

 

『了解……怒ってる?』

 

「さぁ、私にもわからない。ただただイライラする」

 

 柄もなくそういって、私は金属扉を脚力だけで蹴破った。

 

 背後でようやく撒き散らされ始めた白煙を背に、居並ぶ敵を睥睨する。人間だけではなく人形もいたが些細なことだ。

 

 私は、全員を撃ち殺した。

 

『Move now!』

 

 上の階で爆発音が鳴り響き、銃声が聞こえてきた。おそらくは私が行ってもあまり意味はないだろう。

 

 しばらく鳴り響いた銃声は、やがて静かになる。

 少し間を置いてスレッジハマーから通信があった。

 

『対象を殺害。ミッションコンプリートだ』

 

「了解、ホットゾーンを陸路で離脱せよ」

 

 ため息をつきながら指示を下した私は、階段へと足を踏み入れた。

 フラッシュバックは、なかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ディビッド視点。

 

 所変わって、バー“オレンジビル”。

 アウトローズヘブンの数少ない安全地帯に建つ大きなバーだ。マフィアの抗争に巻き込まれたり強盗に襲撃されたり客がチンピラに反撃したりするなどして、6回もバー部分が全壊しているがめげずに再建されているという雑草よりも強い生命力を持つ建物である。

 

「おいエドワーズ、今失礼なことを考えなかったか?」

 

「失敬な、このバーの生命力について考えていただけさ……バカルディもう一杯頼む」

 

「バカルディモドキだけどな。アルコールにそれっぽい味付けただけだ」

 

「それでいい、元からこのご時世の酒の味には期待してない」

 

「俺の前で言うかよ……ほらよ、バカルディだ」

 

 マスターに礼を言って、ジョッキに注がれたラム酒(バカルディ)に口をつける。ナノマシンでアルコールを片端から分解するのはどうなのかとも思わなくもないが、この後の仕事があるため酔うのはまずい。

 

 そう、仕事だ。

 

「やぁ、PMCの指揮官ドノ」

 

「ペーシャ女史」

 

 後ろから現れたのは、ワインレッドのスーツを纏った妙齢の女性。しかしその頰には大きな傷跡があり、俺と同じ軍人崩れ(エクスアーミー)ということを告げている。

 なにより、纏う雰囲気は戦場を経験したもののそれだった。

 

「マスター、私にカルモトリンを。そうだな、弱めのやつで頼む」

 

「ほらよ。にしてもコレ、そのまま飲むものじゃねーぞ」

 

「いいんだ、ウォッカに似ているから」

 

 この場合、うちで細々とウォッカ生産が続けられていることは言わないほうがいいな。9A-91が自分のためだけに作っているんだが。

 

 まあ、それはさておきだ。

 ペーシャがカルモトリンを一口呷ったことを確認し、俺は本題に切り込む。

 

「さて、ペーシャ女史。本日呼んだのは他でもない、この街における我々の処遇です。ええ、単刀直入に言いましょうか────我々をあまり舐めないでください。確かに軍人崩れのPMCですが、この街くらいは簡単に消し飛ばせますよ? ねぇ、元ロシア連邦陸軍第6歩兵師団第52機動旅団第49中隊、通称ゴルボイ・グローザ中隊隊長ソフィア・S・ケレゾヴィッチ大尉」

 

 うちの情報部は優秀だ。AR-15とUMP45に依頼したらその日のうちに届けてくれた。

 案の定、目の前に座るロシアンマフィアの首領はわずかに目を見開いている。狼狽しないあたり元精鋭部隊ということも本当なのだろう。

 

「……その情報は、どこからだ」

 

「うちの情報部は優秀ですよ。ああ、そちらが私の名前や経歴を漁り────ディビッド・A・エドワーズという中尉が6年前に戦死したという情報を得たことも知っています」

 

「筒抜けか……それで、脅しをかけるために呼んだのか?」

 

()()。我々の目の届かないところでは自由にやってもらって結構ですが……我々に喧嘩を売るならば歓迎しますよ。鉛玉で」

 

「……今回の件はピエトロ・ファミリーの独断専行だ。あくまで我々には関係ない」

 

 あくまで逃げる気、か。

 まあいい、この先どうにか牙を抜けばいいさ。この空気さえ澱んだ街の悪意は今は手に余る。

 

「まあいいでしょう。────我々の部隊から通信が入りました。ピエトロ・ファミリー本拠地の強襲は成功、構成員24名と人形6体の全員死亡を確認」

 

「早いな。グリフィン空挺部隊か……あるいはレンジャーか?」

 

「ご想像にお任せしますよ。では、今日はこれで」

 

 マスターにバカルディの代金を払い、コートの裾を翻して席を後にする。

 ポーカーフェイスが微かに歪んでいることを知覚しつつ、粉雪の舞う地の果ての街へ踏み出した。

 

「……間違いない、奴は特殊部隊(カマーンダス)だ。しかも対テロ戦やら対特殊部隊戦に慣れていやがる。────デルタか、マリーンレコンズ、あるいはDEVGRUだろうな。NavySEALsというレベルじゃない」

 

 後ろから聞こえてくる呟きは、意図的に無視する。

 俺はもう軍の狗じゃないし、DEVGRUはもうない。俺は、ADPの指揮官、それだけだ。


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