Armee du paradis ー軍人と戦術人形、地の果てにてー 作:ヘタレGalm
M4被害者回です。
三人称視点
『きゃぁぁぁあああ!』
酸素マスクの中に、戦術人形M4A1が上げる悲鳴が響いた。
無論外に聞こえることはないが、口元のマイクに拾われたそれは同時に
『M4! 怖いのはわかるから静かにしてくれ!』
『だって! 落ちてる、落ちてるからぁ!!』
バディを組むM16A1が堪らず叫ぶが、軽いパニックに陥っているM4は聞く耳を持たない。
『M4、両手両足を広げろ、水泳と同じだ!』
『私泳いだことないよぉ!』
『知るか! 錐揉み降下からのマルファンクなんて金輪際ごめんだ!』
『きゃっほーいっ! 最高よ、M16!』
『なんでAR-15はそんなに楽しそうなの!?』
胸元の高度計がグルグル回り、ハーネスで繋がれた2人は地球の重力に引かれて猛烈な速度で落下する。
彼女たちは、今まさにHALO降下を体験しているところだった。
事の発端は数日前に遡る。
AR小隊最後の1人、M4 SOPMODⅡの居場所が判明した。鉄血のネットワークに潜入していたAR-15が掴んだ居場所は鉄血支配域深部、ADPが本拠地とする楽園から約100kmの場所だ。
それを聞いたM4は居ても立っても居られない様子だったが、該当施設には鉄血ハイエンドが数体纏めて駐留することも判明して意気消沈。
流石に、現有の戦力では手に余るのだ。
数々の特殊作戦に従事したディビッドも頭を悩ませる中、UMP45が少ない戦力でも奪還できる公算が高い作戦を立案した。
空挺進出と、潜入の組み合わせだ。
推定されるSOPⅡの精神状態を鑑みて潜入メンバーはディビッド、FAL、ジョナス、スレッジハマー、M4の5人小隊、救出はFALとM4で行うこととなった。他に、HALO降下の経験があるという404小隊とAR-15も降下し脱出ポイントの確保を行う。あとは陸路で脱出、危険区域を脱したらヘリを呼べばいい。
しかし、ここで問題が発生する。
旧DEVGRUの4人や元SASのスレッジハマー、404小隊は空挺降下に慣れているものの、元AR小隊所属のM4とAR-15はパラシュート降下の経験がなかったのだ。
苦虫を百匹ほど噛み潰した顔でクルーガーに相談したディビッドは、結局2人にはグリフィン空挺隊員とのタンデムで降下を行ってもらうという決断を下した。
悲しいことに、楽園にはラムエアパラシュートはあってもタンデム用のハーネスはなかったのだ。
グライダー降下よりも距離は出ないが、その分要求される技量は低い。隠密性と扱いやすさという点でラムエアパラシュートは優れていた。
というわけでM4とAR-15はバディの確認と予行練習のためにわざわざR地区本部基地まで出向いて降下訓練を行うこととなったのだが、その結果がこれである。
『回る、回ってる、止まってぇ!』
『落ち着けM4、力抜け! 錐揉みは加速すれば立て直せる! あれだったら抱きしめてやるから!』
『ぐすっ……もうお嫁に行けないよぉ』
『冗談言ってないで、立て直す、ぞ!』
『ぎにゃぁぁぁぁああ!』
愉快なやりとりを繰り返しながら、急速に高度を下げるM16とM4のペア。身体に叩きつけられる風は強く、その上実戦を想定して戦闘装備で降下しているため手を守る装備がない。もっと言えば装備の防御力も心もとない。遮熱効果を持つ人工皮膚のおかげでひんやりとする程度で済んでいるのだが、それが逆にエラーを吐き出させる。おまけに空から落ちるという恐怖が上回ってしまい、電脳がそれに埋めつくされていた。
結果としてパニック状態に陥り、捩り回ってしまったせいで錐揉み回転しているのが現状だ。
涙ぐましい努力によってどうにか安定した降下を取り戻したM16は、胸元の高度計を確認した。高度4000m、そろそろ酸素マスクを外しても大丈夫な高度だ。
M4がまだパニックから脱出出来ていないことを悟ったM16は、ここで突飛な行動に出る。どうせ空の上、無線を切って仕舞えば誰も知ることのできない青の密室だから。
自分とM4の酸素マスクをむしり取る。
「え? 姉さん、なにを……っ!!?」
そしておもむろに左手で抱きしめ、右手をM4の左頬に回しこちらを振り向かせ、その唇を塞いだ。
未知の感覚とM16にソレをされているという事実に、M4の電脳はエラーに埋め尽くされる。
ほとんどダウンした処理能力の最中、M4は姉の囁き声を聞いた。
「怖がらなくていい、私が守るから」
「……〜っ!!」
普段の彼女からは想像もつかない妖艶な声に、ビクッと震える。抱きしめられている腹部がじんわりと熱を持った。
「それとも不安か、M4? ……もう、放しはしないさ」
「姉さん、わたし、は……」
「ほらM4、叩きつけられたくなかったら深呼吸しろ。大丈夫だ、私が後ろにいる」
「うん……」
すぅ、と大きく息を吸い込み、吐き出す。
目を閉じると感じられる、自分を包み込んでくるようなM16の温もり。
「暖かい……姉さん」
「そうかい。なあM4、目を開けて周りを見てみろ。すっごい綺麗だ」
言われるがままに再び目を開く。
広がる真っ白い雲の群れに、空気の屈折のせいか地平線に近づくにつれて碧く染まっていく大地。
ちらつく、僅かな粉雪の、しろいろ。
「綺麗……」
ただそれだけをこぼした。
そんな彼女たちなど最初から眼中にないAR-15はハイテンションで叫ぶ。
『なにこれ、最っ高! もっと早くやればよかった!』
『前で騒がないで! ……もう、はしゃぐのはわかるけど』
タンデムで補助するWA2000が呆れ声を漏らすが、それすらも聞こえていない様子ではしゃぐAR-15は子供のようにも見えた。
『全く……それに比べてM16ときたら』
WA2000とM16の直通回線には、バッチリとM16のヴィスパーボイスが拾われていた。
ADPを統べるディビッドとその副官のFALに加え、UMP45や9A-91、そしてUAZを運転してきたリョータローだ。
「あ、指揮官! M4さんたち降りてきました」
双眼鏡で空を見ていた9A-91が告げる。その方向に目を凝らしてみれば、確かに軍用ラムエアパラシュートの黒い影が視認できた。グリフィン御用達の軽量かつお安いタイプだ。
ディビッドはM4やAR-15が無事に降下してきたことに安堵する。
自分も散々飛んできたから言える話なのだが、HALO降下は相当苛酷な降下方法なのだ。
高度10000メートルにもなると、気圧は地表の半分以下まで低下し気温は容易く氷点下へ達する。人間ならば酸素マスクと防寒服が必須、人形でもエネルギー維持のために酸素が必要となるため酸素マスクを着用しなくてはならない。
「M4は降下経験がないといっていたが、最初は4000mから降下する普通のスカイダイビングの方が良かったんじゃないか?」
「何言ってるんだエドワーズ指揮官、相手は人形だぞ。降下のデータを渡しておけば自動で調整できるからむしろ最初からHALOに鳴らした方が良いだろう」
「それもそうか」
R地区司令基地の指揮官と会話を交わしつつ、ディビッドは鮮やかな手つきでパラシュートをコントロールする少女たちを眺める。
ほどなくして、ちょうど目の前に戦闘装備を身に着けたM4、M16、AR-15、WA2000が着地してきた。ランディングの姿勢は百点満点だ。データを渡しておけばその動きをなぞることでほぼ完ぺきな動作ができることは人形の大きな特徴と言えるだろう。
「お帰り、M4、AR-15。空中遊泳は楽しかったか?」
「ハイ、すっごく! また飛びたいです!」
AR-15がいまだ興奮冷め切らぬという様子で、鼻息荒く詰めよってくる。
その迫力に若干気後れしつつ、M4へと視線を向けた。
「わ、わたしは……姉さんと飛べて楽しかったです……」
変にもじもじしており、顔も若干赤い。何があったのか気になるところだが、他人の事情は探らないが信条のディビッドは空気を読んでスルーした。
「M16とWA2000も、協力感謝する」
「あー、こっちとしてもHALOは久しぶりだったからいい機会だった」
「ふふっ、空中でのM16ときたら……くくくっ」
「どうした、WAちゃん?」
「な、何でもないわ指揮官……くくく」
WA2000が腹を抱えており、M16はおそらく内心で照れている。おそらくは空で何かがあったのだろう。
同様のことを考えたのか、R地区の指揮官が怪訝そうに問いかけるがWA2000はごまかした。
後日、楽園とR地区司令基地内にM16がささやいた音声データが出回ったことは言うまでもない。
まとめ:お前の飛び方はおかしい