もしもハンコックがルフィと同い年で幼馴染だったら   作:夏月

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ルフィとハンコックの出逢い
1話


 その少女は自分というモノが無かった。およそ自己や自我と呼べるような個性は形成されていない。

 

 ただ呼吸をして与えられた食事を取るだけの日々。それでは家畜や愛玩動物と変わらない。日常の在り方としても異質。

 

 けれど少女は現実を受け入れるほかにない。他にどんな人生があるのか、どれほどの可能性が世界にはあふれているのかを知らない。

 

 ゆえに惰性的に反抗心も持たずに、生きているだけの時間は過ぎ去っていく。この世に生を受けて4年間をそう生きてきたのだ。

 

 少女の端整な顔立ちから、将来はきっと華美な女性へ育つことだろうと予感させる。

 

 しかし今はその未来すら消えかかっていた。背中まで伸びた黒髪は本来の艶やかさを覆い隠すように薄汚れている。長い睫毛も虚ろな瞳によって魅力を帳消しにしていた。

 

 閉じ込められ窮屈な部屋での時間は人間としての尊厳すらも踏みにじる。

 

 だが変化は唐突に訪れる。赤子の頃に人攫いに遭ってから天竜人の奴隷(ペット)となった人生。その陰鬱な日常も間もなく終わりを告げるのだ。

 

 

 薄暗い小部屋に押し込められた少女は外の騒がしさに気付く。地響きが起こり、銃声までもが鳴り響いていた。少なくとも穏やかではなさそうな音の連続。人々の悲鳴も幾度となく聴こえてくる。

 

 人の死ぬ声――断末魔が絶え間なく、外の世界で広がりを続けていた。

 

 

 さりとて少女は恐怖しない。そもそも感情というモノに対して無知であったから。揺れる心が無くては恐れようもない。

 

 その為、少女は異変に対してどこまでも鈍感であり、気にも留めなかった。

 

 だからだろう、たとえ少女の目の前に老齢に差し掛かった海兵が騒々しく現れようと表情に変化が起こらないのは。

 

 

「おォ、ここにも生存者がおったか。よし、嬢ちゃん。ここに居っては危険じゃ。安全な場所まで連れていってやろう」

 

「…………」

 

 

 その老兵は少女が無言であることなど気にした様子もなく、小柄な躯体を持ち上げた。抱き抱えられた少女であったが、漠然と外の世界へと連れ出されるということだけを理解する。

 

 

「怖かったじゃろう。あんな狭くて暗い部屋に閉じ込められとったらな」

 

「…………」

 

「なんじゃい、お前話せんのか?」

 

 

 老兵は大して追及することもなく、少女を抱えたまま小部屋を出た通路を進む。途中、律儀に建物内を歩くことが煩わしくなったのか、豪快にも壁を拳で撃ち抜いた。

 

 壁に生じた穴から外の景色が覗けた。半壊した建造物、粉塵の舞う荒れ狂った戦場。平穏とは程遠い血生臭さに包まれている。

 

 

「おォ、やっとるのう。天竜人(ゴミクズ)から解放された奴隷(やつら)が派手に暴れ回っとるわい」

 

 

 世界貴族とも呼ばれるこの世界に君臨する20家の貴族。庶民が逆らう事は禁じ、機嫌を損ねれば命をも容易に奪う悪辣の象徴。

 

 この老兵は所属上、仕方無く天竜人に従う立場があるのだが、目さえ届かなければ少女を救出したように民間人にも手を差しのべるのだ。

 

 

「嬢ちゃん、歳はいくつじゃ?」

 

 

 少女が話せないことを知っている筈なのに老兵は懲りずに問う。

 

 そもそもの話、少女に年数の概念は無い。なので訊かれたところで答えようが無かった。

 

 

「見たところ4、5歳ってところか? わしの孫と同い年くらいじゃな」

 

「…………」

 

 

 老兵には孫がいるらしい。それも少女と変わらぬ年頃。一方的に少女へ対して親近感を持っているのだろう。少女の髪が乱れるのも構わず、乱暴に頭を撫でる。

 

 ゴツゴツと硬い手の平だが、温かみを帯びていた。不思議と不快感は無く、少女には理解出来ない言い知れぬ心地よさがあった。老兵からすれば『愛情』とも言える感情。

 

 生まれて初めての愛情を受けた少女は気持ち良さ気に目を閉じて、そのまま眠りに就くのであった。

 

 

 

 

 

 どれほどの時間が過ぎたのだろうか。身体を揺られる感覚、潮風の香り――陸ではなさそうだ。となれば少女はいま海上に居るということになる。

 

 そっと目を開けば青い海が水平線まで広がっていた。いつの間にやら少女は海軍の船に乗せられ、甲板に置かれた椅子に座らされていたらしい。

 

 周囲には大勢の海兵らが慌しく作業をしている。怒号混じりの指示が将兵より海兵へと飛ぶ。この船はどこかへと向かっているようだ。

 

 

「おう、起きたようじゃな。この船は海軍本部に向かっておる。正確にはマリンフォードという街じゃがな」

 

「…………」

 

「行くアテも無さそうじゃしな。とりあえず保護してマリンフォードで暮らしてもらおうと思う。まあ、悪い場所ではないぞ」

 

 

 少女の次に生きる場所はマリンフォードなる土地らしい。そこがどんな街なのかは知らないが、老兵の口振りからして衣食住には困らぬのだろう。

 

 

「ところで嬢ちゃん、名前はあるのか? わしはモンキー・D・ガープじゃ」

 

「……ハン……コック……」

 

「おぉ、やっぱり喋れるんじゃなっ! なるほど、ハンコックか」

 

 

 かろうじて紡ぎ出せた言葉は自身の名前。少女――ハンコックを奴隷として所有していた天竜人が、彼女をそう呼んでいた。何度もうんざりするほど名前を呼ばれてきたのだ。さすがに幼子であろうとも自分の名前くらいは覚える。

 

 

「じゃが無理して喋らんでも良いぞ。いまはゆっくりと休んでおれ」

 

「……うん」

 

 

 ハンコックは老兵への警戒心を解いたのか徐々にだが会話を始める。いや、始めから警戒するほどの脅威など感じていなかった。感情すら湧き起こらぬほどに閉鎖的な場所で4年間を生きてきたのだから。

 

 だが心を開きつつあるのもまた事実。これまでハンコックへ優しくしてくれた者など誰一人としていなかった。何も知らない自分に優しさを教えてくれたのは紛れもなくガープなのだ。

 

 だからこそハンコックは反応は薄くあっても、彼を信頼する。

 

 これはひとえにガープという海兵の人間ジゴロな性格の成す結果なのだろう。再びハンコックの頭をゴシゴシと撫でるガープ。その光景はさながら祖父と孫のスキンシップ。

 

 

「うむ、落ち着いたらわしの孫にも会わせてやろう」

 

「うん……」

 

 

 数時間後、ガープの話していたマリンフォードへ到着する。ガープの腕に抱えられたままハンコックは下船する。三日月型の湾頭には何隻もの軍艦が停泊しており、名のある海兵が何人も見受けられた。

 

 先程まで聖地マリージョアで起きていた騒動より帰還したばかりなのか疲労を隠せない様子だ。

 

 

「フィッシャータイガーによる聖地マリージョア襲撃事件。その事後処理でわしもまだまだ忙しくなるじゃろう。だからハンコック。お前さんの相手はあまりしておれん」

 

「そうなの……?」

 

「じゃがまァ、1日1回は会いに行く。それで寂しくないじゃろう?」

 

「うんっ!」

 

「良い返事じゃ、ハンコック!」

 

 

 その後、ハンコックはマリンフォードの孤児院へ引き取られる。マリンフォードには海兵の家族の他に、海賊などによって家族を失った孤児などが暮らす。

 

 ハンコックは少々特殊な出自ではあるが、似たような境遇の子どもらが大勢居た。

 

 口数の少ないハンコックではあるが、施設では周囲の配慮やガープの訪問などによって助けられ穏やかな日々を送る。

 

 一年もの時が過ぎた頃には、ハンコックもまともに人と会話が出来るようになった。快活な少女といったところ。

 

 

「おじいちゃんっ! よくぞ、参った!」

 

「おう、ハンコック。元気にしておったかっ!」

 

 

 マリンフォードへ来たばかりの頃に約束したように、ガープは1日も欠かさずにハンコックに会いに来てくれていた。

 

 傍目から見ても祖父と孫娘にも遜色無い関係。ガープの同僚や部下たちも、ハンコックを彼の孫として扱っていた。

 

 

「おじいちゃんっ、わらわは自転車に乗れるようになった!」

 

「ほう、やるのう!」

 

 

 ガープと会うたび何かしらの報告をする。日常の中でのイベントの連続。嬉々として話す内容に枚挙に(いとま)がない。

 

 

「しかしちっと変わった口調じゃな。いったい、どこで覚えたんじゃ?」

 

「図書室で『海賊女帝の冒険』という絵本を読んだのじゃ」

 

「なるほどのう。九蛇の女帝に憧れて口調を真似ておるのか」

 

 

 女ヶ島アマゾン・リリーという女しか生まれず、女だけが暮らす国が凪の帯(カームベルト)に存在する。その島の住人には屈強な女戦士が多く、君主として皇帝が君臨する。

 

 対外的には女帝とも呼ばれ、九蛇の戦士を率いて外の海へ遠征する。外海にて海賊行為を行い国の収入源としている。

 

 通称『九蛇海賊団』――歴代の皇帝より脈々と受け継がれ、いまの時代においても健在。絵本になるほどまでに、この海では認知され有名なのだ。

 

 

「まァいい。お前さんが楽しいのならな」

 

 

 絵本などに影響を受けることは幼い子どもにありがちだ。成長してゆく内に尊大な口調にも飽きてくるだろうとガープは判断した。

 

 けれどハンコックはいたく気に入っている。絵本の中で活躍する『海賊女帝グロリオーサ』。現皇帝より数えること2代前の皇帝。

 

 アマゾン・リリー史上でも五指に入る強者とされ、絶世の美女とも呼ばれた女性。絵本の中では多くの海戦を経て、多くの大物海賊を屠った最強の女戦士。戦いの中でとある男性に恋をし、恋煩いから皇帝の地位を捨てた。絵本上ではそう物語は締めくくられていた。

 

 

 ハンコックはなにもグロリオーサの強さと美しさだけに憧れを向けているわけではない。恋――1人の男に恋をする女。その在り方が尊く映り、自身も愛する男が居たのならと――そう羨望しているのだ。

 

 

 

「わらわもいつか恋をしたいっ!」

 

「ぶわっはっはっはっ!! いきなりなんじゃ、愉快な事を言うのう。なんならわしの孫の嫁にでもなるか?」

 

「おじいちゃんの孫は男なのじゃな?」

 

「うん? 言うておらんかったか」

 

 

 敬愛する祖父代わりのガープの孫。それも男児ともなればハンコックは俄然興味が湧く。その人柄は実際に対面しなければ分からないが、そこらの有象無象の男と比すれば会いたいという気持ちも強い。

 

 

「そういえばハンコックが保護されてから一年は経った。1度、わしの故郷のフーシャ村にでも行ってみるか?」

 

「わらわは行きたいっ! おじいちゃんの孫に会いたいっ!」

 

「ぶわっはっはっは! 食いつきが良いわい。よし、分かった。早速じゃ、今から行くぞ」

 

 

 思い付きから実行に移すまでが早いとハンコックは若干の困惑。けれど彼女にとっては都合の良い話。

 

 ガープの孫――ハンコックが恋をするに相応しい男なのか。まだ恋に恋する幼女(5歳児)には判断できぬ事だ。名前どころか顔や声も知らない、そんな相手に向ける気持ちではないのだろう。

 

 とはいえ――予感するのだ。ガープの孫とは特別な関係になれると。

 

 

 

「待っておれ、おじいちゃんの孫よ」

 

「ちなみにわしの孫の名前は――」

 

「よい、わらわが直々に名を訊くつもりじゃ」

 

 

 なんのこだわりなのか、ガープの口から名前を聞くことを拒否する。譲れないモノが彼女にはあった。ハンコック自ら見定めるのだ。お膳立てくらいはしてもらうが、恋愛とは戦争だ。

 

 代理戦争などという恰好の悪い手段、プライドが高く育ちつつあるハンコックが好むはずがない。ゆえにこそ、この戦争の主役としてハンコックは戦場に立ちたい。

 

 

「海賊女帝に!!!! わらわはなるっ!!!!」

 

 

 意気込みは良し。高揚感に包まれながら、ガープの手配した軍艦に乗り込むハンコックであった。

 

 そして――この船出から、海賊女帝ハンコックの伝説が幕を明けるのだ――。


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