もしもハンコックがルフィと同い年で幼馴染だったら   作:夏月

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コルボ山の悪ガキ4兄弟妹
11話


――コルボ山 山道――

 

 その突然の来訪者はハンコックの心に戦慄をもたらした。事前に連絡もなくガープがフーシャ村へと帰ってきたのだ。

 

 嫌な予感がする。良からぬ想像しか出来ず、これから待ち受けるひと騒動を思うと辟易してしまう。

 

 しかしもはや避けられぬ段階にまで来てしまった。ならばどっしりと構えて、ルフィと肩を並べて向き合うのだ。

 

 

「聞いたぞ、ルフィ。そして……ハンコック。お前ら、赤髪海賊団に感化されたそうじゃな? 2人揃って海賊になるなどと……。村長がそう話しておったわ」

 

「し、知らねェーしっ! なんか文句あるのか、じいちゃんっ!」

 

「な、なんの話じゃ、おじいちゃんっ!」

 

 

 いざガープと対面してみると、直前の覚悟などどこへやら……。後ろめたさに堪えかねて誤魔化しに走る。

 

 そして、村長を介して、ルフィとハンコックが海賊――それも海賊王と海賊女帝を夢見ていると知られてしまったようだ。海兵であるガープにとって相反する人種である海賊。

 

 そんな野蛮な犯罪者に自らなる愚行を断じて許さない、そんな頑なな意思をガープからは感じ取れた。

 

 

「それに悪魔の実を食ったじゃと? どんな実を食ったっ! 言ってみろっ!」

 

 

「おれはゴムゴムの実を食ったゴム人間だっ! すごいだろっ!」

 

 

 威張るように言い切るルフィ。であれば、ハンコックも彼を見習わなければ。

 

 

「わらわはメロメロの実を食した魅了人間。わらわの美貌に見惚れた人間を石化する――。その気とあらば、おじいちゃんをも物言わぬ石像にしてみせよう」

 

「なんじゃい、そりゃァ。わけが分からんわいっ!」

 

 

 試さずともガープには通用しない気がする。たしかに彼はハンコックを孫娘として猫可愛がりしているが、邪な感情など一切持たぬ人間。

 

 ハンコックに祖父として好意を向けてはいるが、魅了とはまた別次元の話である。

 

 

「なんと嘆かわしい。海賊にする為にルフィを厳しくしつけたわけじゃない。わしは屈強な海兵にする為つもりだったんじゃ」

 

「おれのやりてェことにケチつけるなよー!」

 

「ハンコック、お前さんにも言っておるんじゃぞ。お前にまで海兵に成れとは言わんが、人並みの人生と幸せを与えてやりたかった」

 

 

 祖父心を無下にしたとでも言いたいのか。

 

 

「わしの組んだルフィとハンコックの人生計画は、2人が夫婦となり子を成し課程を築くこと。それがどうして海賊などに……」

 

「そのアイディアは魅力的じゃ。しかしどうだ? ただ夫婦となり子を成すだけなら、海賊でも可能ではないか?」

 

 

 魅力人間が呆れたことに祖父の言葉に魅了されそうになるが、反論の余地は有る。すかさず言い返したが、まだご立腹な様子。

 

 

「ふんっ! 海賊に堕ちた人間がどれ程悲惨な末路を迎えるのか、ハンコックは知らんじゃろうっ!」

 

「ほう、訊こう」

 

 

 知らないからこそ無謀な事を考えるのだ。そう伝えたいのか、ガープはことさら顔を(けわ)しくして語る。

 

「わしの知る海賊()は子どもを作るだけ作って死んだ。無責任なことに人へ赤子を押し付けおった。まさか、ハンコックよ。お前も生まれ来る未来の子どもに対して非道な真似をするつもりか? だとすれば、なお許さんっ!」

 

「むっ…………!」

 

 

 耳年増なハンコックは子の成し方を詳細まで知る。いわば恋愛における最終段階だ。それだけに生命の扱いが軽いものでも簡単なものでもないという事も重々承知している。

 

 しかし、愛さえあれば多少の困難など乗り切れる。そんな考えが心のどこかにはあって、甘い認識でいた。それだけにガープの的確な指摘に、何も言い返す言葉が見つからない。

 

 

「まあ、子も孫も半ば放置してきた、わしのような男が言えた義理ではないんじゃがな……」

 

 

 我が身を責め立てるようにガープはゴツゴツと皮の厚い拳を握り締め、過去を視ていた。彼には何やら後悔があるらしい。少なくともルフィが関係しているようだ。

 

 深入りこそしないが、やけに印象的。ハンコックとしても先に述べたガープの言葉を、時間を掛けて理解に努めるべきだと考える

 

 

「というわけじゃ。今日からお前ら2人には離れて暮らしてもらう」

 

「えーーーーっ! なに言ってんだよ、じいちゃんっ!」

 

 

 その衝撃的な決定にルフィがたまげる。

 

 

「どういうことじゃ、おじいちゃんっ! なぜ、わらわはとルフィを離ればなれにする必要がある……? 事と次第によっては抵抗させてもらう」

 

「抵抗はさせんっ! だってお前ら、2人で居ると色々とやらかしそうじゃもん」

 

 

 鼻をほじりながら言うガープ。呑気な雰囲気を漂わせるが、ハンコック側からすれば死活問題である。

 

 

「ぐぬぬぬっ……」

 

「おお、そりゃそうだっ! おれ、ハンコックとなら何でもやれそうな気がするしなっ! ししし!」

 

 

 図星ゆえにガープを睨むことしか出来ないハンコックと、図星ゆえに空気も読まず素直に納得するルフィ。ただしルフィとてアホなだけで、このまま引き下がるつもりはない。

 

 

「ルフィにはコルボ山で、ハンコックにはこれまで通りフーシャ村の村長の家に住んでもらう」

 

「待つのじゃっ! コルボ山には獰猛な肉食動物と山賊が出没すると有名ではないかっ! そのような危険な場所に、ルフィ1人を行かせられぬっ!」

 

「まあ、待つんじゃ。ちゃんと預ける相手もおるわい。少々、気性の荒い連中じゃが、わしには絶対に逆らえん」

 

 

 余計に不安を(つの)らせる情報をつけ加えるガープ。

 

 

「昔からの馴染みじゃし、心配いらん。それにルフィとて、これまで殺す気で鍛えてきた。その上、ハンコックともトレーニングし続けてきたのじゃろう? やわな体の作りをしておらん」

 

「体を鍛えても限度があるっ! わらわは断固としてルフィを死地へ放り込むことを許さぬっ!」

 

 

 怒り心頭、鬼の形相でがなり立てる。ガープのやり方はもはや孫の為を想っての行動という範疇を逸脱している。もうルフィやハンコックは言われるがままに頷くような年齢ではない。ゆえにこの場では自分の意思というものをぶつけるべきだ。

 

 

「おじいちゃんは知らぬのか? ルフィはわらわが傍に居ないと死んでしまうのだと。本人がそう言うておったわ」

 

「知らんっ! ガキのわがままが通ると思うなっ!」

 

「……大人のエゴが通るものかと言い返そう」

 

 

 中々の切り返しが出来たものだとハンコックはドヤ顔を決める。ガープもまた、孫娘(ハンコック)の言い草に即座に切り捨てたりなどしない。

 

 

「そうか。ハンコックの気持ちはよーく分かったわい。じゃが、聞き入れんぞ。わしゃァ、もう決めたんじゃ。なあに、ルフィが海賊に成りたいなどと言わなくなれば、またすぐにでも会わせてやるわい」

 

「それがおじいちゃんの妥協点とでも?」

 

 

 子どもの夢路を塞いで諦めさせて――再会と人質にしたやり方には頭に来る。どう転んでもガープの思う壺ではないか。だとすれば今までの言い争いは徒労でしかなかった。

 

 

「ルフィ、このおじいちゃんはもう駄目じゃ。わらわたちの言葉が通じぬ」

 

「じゃあ仕方がねェな。よしっ、ハンコック! 一緒に逃げるぞっ!」

 

「愛の逃避行じゃなっ!」

 

 

 色ボケ思考でルフィの誘いに乗り、ガープへと背を向けて逃走を開始する。フーシャ村へは戻らない。ましてやコルボ山に留まるつもりも無い。ただ逃走ルートとして通り道にはなるが、進入は一時的なものだ。

 

 ルフィから差し伸べられた手を握り、歩調も合わせて一目散。景色を視界の端に置き去りにする程の疾走でガープを突き放した。遠くよりガープの『こらっ! 待たんかいっ! バカ孫共!』などと怒号が飛来するが、ヒラリと避ける。

 

 いくら海軍の誇る英雄といえど、足の速さはともかくとして、若さ溢れる子ども2人の体力には追いつけまい。

 

 だが――そんな思い上がりが油断を生んだ。迂闊である。背後を気にする余り、前方への警戒を怠ってしまっていた。

 

 

「どこへ逃げるつもりじゃ? お前らの行く先はもう決まっておる」

 

 

 目と鼻の先に巨人(ガープ)が立ち塞がっていた。見上げるほどの大男。厚い胸の筋肉、ハンコックの胴よりも太い腕。最強の海兵がルフィとハンコックの進路上に立つ状況。逃亡という意思をへし折るには事足りる。

 

 

「な、いまどうやって……。わらわ達の前に移動を……?」

 

「老兵じゃからといって侮ったお前らの不覚じゃ。伊達に何十年も海兵をやっておらんということじゃな」

 

 

 説明は一切無し。ただ目の前に居るという事実だけが確かな情報として脳へと届けられた。

 

 

「じいちゃんっ! そこをどけっ!」

 

「どかんっ! わしはなっ! お前らまで失うわけにはいかんのじゃっ! どら息子に至っては革命などに精を出して中々手紙も寄越さんしっ!」

 

 

 どら息子とはガープの実子のことか。革命に精を出すと言っている辺り、打倒世界政府を掲げる革命軍に参加しているのかもしれない。連絡のやり取り程度ならば頻度は低くも行ってはいるようだが。

 

 

「今はわしの息子の話などしている場合じゃない。とにかくルフィはコルボ山の知り合いに預ける。そしてハンコックはフーシャ村で平穏に暮らすんじゃ」

 

「やだよ、じいちゃん。おれとハンコックは一緒じゃないと意味がないんだっ! 強くなるのも海賊王になるのもメシを食うのもハンコックとじゃなきゃいけねェっ!」

 

「その羅列でメシも同列とは、我が孫とはいえ大したもんじゃい。じゃが諦めろ、ルフィにハンコック。わしも心苦しいんじゃ」

 

 

 悲しみを口にしながらガープは2人に歩み寄り、その逞しい腕で抱き上げて拘束する。まさに怪力、全力で拘束から抜け出そうとジタバタと暴れるが、ビクともしない。その老兵らしからぬ怪力に加えて、次は大気を押しのけるが如く神速でフーシャ村までひとっ走り。

 

 やがて村長宅へと到着すると、ガープは村長へハンコックの身柄を引き渡す。事情を聞いていたであろう村長は、申しわけ無さそうな顔で一言だけこぼす。

 

 

「すまん、ハンコック……。お前の為じゃ」

 

「村長……。おじいちゃん共々謀りおったな……?」

 

 

 ハンコックの将来を案じての行動なのだろう。その真心は理解出来る。しかし、その手段の内容がとても納得のいくものではなかったし、同意も無く強行された。信頼していた者からの裏切り。これほどに精神に堪えるとは、ハンコックも知らなかった。未知の感覚である。

 

 

「これでお別れじゃ。じゃがな、さっきも話した通りルフィ共々、海賊になるの事を諦めればすぐに会わせてやる」

 

「放せっ! 放せよ、じいちゃんっ……! 放さねェと、ぶっ飛ばすぞっ!」

 

「その体たらくで良く吠えるわい」

 

 

 未だにガープによって自由を奪われたルフィは目尻に涙を蓄えて祖父への反抗心を燃え上がらせる。されど報われることはなかった。

 

 

「ルフィっ! そんなっ……!」

 

 

 見かねてハンコックも加勢に入る。ガープの脛を狙って渾身の蹴りを打ち込むが、顔色ひとつ変えずに動じていない。

 

 むしろ蹴りを加えているハンコックの脚の方が痛み始めてきた。無抵抗のガープに敗北を喫する。

 

 

「ハンコック……。すまんのう、分かっておくれ……」

 

 

 その声音はなんと悲しげなことか。とても2人の仲を引き裂こうという大人のものではなかった。がもまた行動とは裏腹に、ルフィとハンコックを引き離したくなどなかったのだ。

 

 ただ諸々の事情や立場が重なって、そうせざるを得なかったのだろう。憎まれ役を買って出た彼も、心根は孫思いで優しい祖父なのだ。

 

 

「わらわはこれで収まりがついたわけではないぞ。しかし、この場だけはおじいちゃんの顔を立てよう……」

 

「すまんな。孫娘に悲しみを強いるなど……。わしはおじいちゃん失格じゃな」

 

 

 孫同然から最早、孫そのものとして接するガープ。息の根が絶えそうな程に苛烈極まりない苦心を重ねる。

 

 

「ハンコックっ! おれ、どうにかしてフーシャ村に帰ってくるからよォ! だから待っててくれェ!」

 

 

 ルフィも観念したのか、はたまた覚悟を決めたのかハンコックへと帰還を誓う。ならば応じるまでだ。彼の帰りを待ち続けるのだ。

 

 

「そなたの言葉――しかと受け取った。わらわはルフィのことを待っておると約束しよう。必ずやわらわの下(ここ)へ、帰ってくるのじゃぞ」

 

 

 いまこの瞬間に約束は結ばれた――。見届け人はガープと村長。結んだ先にはきっと再会が待ち受けている。そう信じて……ガープに連れられて遠ざかるルフィを見送る乙女(ハンコック)であった。

 

 

 

 

――1週間後の夜――

 

 

 ハンコックの現在地はフーシャ村ではなく――コルボ山の山中。見届け人まで立てた約束をしたまでは良いものの……約束は破る為に存在するという抜け道を見つけて行動に出てしまった。

 

 この1週間、ルフィ不在の日常は色褪せていた。何も食べても味を感じないし、何で遊んでも心は退屈。何も満たされず、人としての在り方や意味を喪失していた。

 

 何もかもルフィの存在が欠けてしまったことに起因する。

 

 堪えかねたハンコックは解決策として自らの足でルフィの捜索に出たのだ。それも村長や村の大人の目を忍んで夜間。コルボ山にて最も危険とされる時間帯に当たる。

 

 

「ルフィ……。やはりわらわは、そなたが居なければ生きてゆけぬ。そなたもそうであろう……?」

 

 

 木々の生い茂る道なき道を進む。足場の悪さから何度も転んでは擦り傷を作った。

 

 歩き続ければ腹も空く。そこらじゅうに群生するキノコでさえご馳走に見えてきた。さすがに毒の有無も分からぬキノコなど口にはしないが、選り好み出来ぬ段階にまで追い詰められているのも事実。

 

 偶然見つけた木苺で空腹を凌いで、ルフィの捜索を続行した。

 

 

「むっ、これは……」

 

 

 どれ程進んだのかは定かではない。されど注目に値する破壊の痕跡が目の前にはあった。切り立った崖が対面した谷。そこには本来、吊り橋が掛かっていたのだろうが、今は途中で切れてしまったのか、その機能を果たしていなかった。

 

 意図的に破壊されたようにも見える。もしたしたら……ここからルフィが落下したのでは? そう考えた瞬間、背筋が凍った。いかにルフィと言えど、目測で高低落差数十メートルもある崖から身を投げてしまえば無事でいられる保証は無い。

 

 落下の衝撃はゴム人間ゆえに無効化されるだろうが、這い上がれるような高さでもないし餓死の恐れもある。ましてや崖下に独自の生態系が構成されており、危険な生物が生息していないとも限らない。ならば放ってはおけぬ。

 

 

「この下にルフィが居るかもしれぬ……。いいや、わらわには分かるのじゃ……。必ず居る……」

 

 

 ルフィを渇望するがゆえにハンコックの直感は冴え渡る。ルフィの息吹を検知し、その存在を確信するのだ。

 

 

「いまゆくぞ、ルフィ……。わらわはそなたの王子様となろうっ!」

 

 

 さしづめルフィがお姫様役であろう。配役が逆かもしれないが些細な問題である。意を決したハンコックは、助走をつけて思い切りの良さで谷底へと飛び込んだ。

 

 落下の感覚は独特だ。自分の意思では動きが取れないし、空中では無防備。何もかも重力任せで不自由極まりない。

 

 されど10秒ほと落下した後に谷底が肉眼で見てとれた。岩壁から生える木の枝に手を掛けてぶら下がり減速。地面が数メートルに迫る程度の距離から飛び降りて着地を決める。

 

 

「ルフィーーーーっ! 居るのなら返事をせよっ!」

 

 

 谷中にハンコックの声が木霊(こだま)する。獣を呼び寄せかねないが、事は一刻を争う事態。危険など省みる余裕などない。

 

 

「ハ……ハン……コック……」

 

「その声は……ルフィっ……!?」

 

 

 か細い声がそう遠くない場所から聴こえる。耳を澄まして正確な位置の特定に神経を尖らせる。

 

 

「ルフィ、どこじゃー!」

 

「ハンコ……ック……。こ、ここだ、よー……」

 

「ル、ルフィ……? み、見つけたっ……!」

 

 

 視線の先には仰向けで倒れる死に体のルフィの姿。息はあるようだが、衰弱している模様。頭部からは流血し、着用している衣類も破けている。それほどまでに過酷な時を過ごしたのだと、その面影をルフィの容態に見つける。

 

 

「なんということじゃっ……! ルフィ、しっかり! 意識を保つのじゃっ!」

 

 

 何があったのか問い質したいところだが、そんなことは二の次で良い。今はとにかく彼の救護である。瀕死のルフィを背負って谷底からの脱出を試みる。

 

 ゴツゴツとした岩肌の出っ張りや凹みを素手で掴みながら登る。さりとて、ルフィ1人分の重さが負荷となり、思うようなペースでは上がれない。

 

 ルフィを発見するまでの探索も相まって疲労困憊。体力が尽きかけようという最悪のコンディションだ。

 

 だがここで挫けてはならぬ。自分だけではなくルフィの命が懸かっているのだ。ルフィを海賊王にしようという海賊女帝が、ここで死んでは――まだ海にも出ていないというのに航海は終わってしまう。

 

 

「ハンコック……。ごめ……ん、おれ……のせいで……」

 

「ええいっ! 謝るでない! 弱音を吐くでないわっ! わらわの惚れたモンキー・D・ルフィはそんな軟弱な男じゃったかっ!!」

 

「うぅ……。違げェ…………」

 

 

 否定したのならハンコックはそれを受け入れるまで。彼が弱気になるのは心情としては理解出来る。しかしここで気を弱くさせては生きる気力さえ失いかねない。

 

 だから多少厳しい当たりでも、ハンコックはルフィの為に強い態度で接する。それが効いたのかルフィは謝ることを止めて、ハンコックの背中に力強く掴まる。

 

 

「それでよいのじゃ。わらわの知るいつものルフィ……。ふふふ、素敵じゃ」

 

「ハンコック……ありがとう……」

 

「どういたしまして……」

 

 

 ルフィを叱咤激励することでハンコック自身も勇気付けられた部分が大きい。体力が回復したわけではないが、崖登りも苦ではなくなってきた。小一時間ほど過ぎた頃、ようやく谷の上まで登りきった。

 

 

「ふ、ふう……。さすがにわらわはもう体力の限界じゃ。根性うんぬんでも動けぬ……」

 

 

 どさりと地面へと転がるハンコック。荒い呼吸が収まるまでその場で身を休める。しかし、今からフーシャ村へ戻るとなると夜明けまで掛かりそうだ。

 

 険しいコルボ山の道を歩く気力も体力も、少し休憩を挟んだところで戻りはしない。

 

 が、ここに来てルフィが自分の足で立ち上がった。ハンコックを見つめたかと思えば、こう話を切り出す。

 

 

「助かった……ハンコック。あとはおれがどうにかする」

 

「そなた……。体はもう大丈夫――には見えぬのじゃが」

 

「気合だ」

 

「き、気合い……?」

 

 

 驚いた。ハンコックをして根性論では動けぬというのに、ルフィという少年は気合いひとつで瀕死の身でありながら立ち上がって見せた。

 

 

「おんぶするぞ、ハンコック」

 

「う、うん……」

 

 

 今のルフィはカッコ良い。普段からカッコ良いが、いつにも増して男らしいのだ。惚れ直すに足る理由である。というかハンコックはルフィが何か行動を起こす度に惚れ直している。ルフィ限定で非常に惚れっぽい性格なのだ。

 

 そしてルフィにおぶられたハンコック。歩く枯れ野背中で揺られながらコルボ山の景色を観察する。やはり平坦な道ではなく、いまもなおルフィの体力を根こそぎ奪おうとしている。

 

 だがルフィの心は折れない。守りたい少女に弱い部分を見せた汚名を返上すべく、男の意地のみで歩みを止めない。

 

 やがてたどり着いた先は、灯りの漏れる粗雑な造りの木造建築物。ガープの話にあった知人宅であろうかと、ハンコックは認識した。

 

 

「着いた……。おれ、ここに住んでるダダンっていう山賊の世話になってんだ」

 

「山賊じゃと……? いやしかし、おじいちゃんの知り合いと言うし……」

 

 

 ガープの知人とあれば何かしらの事情があるのだろう。以前、遭遇した山賊(ヒグマ)とは別のタイプであることを願う。

 

 

「お頭っ!! ダダンのお頭っ!!」

 

 

 建物の入り口に小柄な男が立っている。山賊という風体でルフィの帰還を山賊の頭領へと報告しているらしい。手下の知らせにより外に出てきたゴツい女性――彼女がダダンなる人物だろう。

 

 

「コイツ……。生きてやがったのかい!! しかも背中にえらく綺麗な顔のガキまで背負ってるっ!」

 

 

 ダダンは苛立ち全開でルフィの帰還に意外性を感じているようだ。

 

 

「ダダン、背中のこいつはハンコック。おれの大事な友だちだ。朝までハンコックも泊めてくれよ」

 

「そりゃァ、こんな夜に外へ放り出したりはしねェけどよ!! エースとルフィに続き、またガキが増えるんかいっ!!」

 

 

 咥えた煙草を地面へと吐き捨てて過度なリアクションを取るダダンに、ハンコックは少し可笑しく思いクスリと笑う。

 

 

「はじめましてじゃな、ダダン。わらわはルフィの紹介にあずかったようにハンコックじゃ。よろしく頼もうではないか」

 

「くそっ! お前(ハンコック)もムカつくガキっぽいけど、顔だけは可愛いじゃねェか!!」

 

 

 老若男女問わず心を奪うハンコックの女神と見紛う美貌がダダンには通用したらしい。

 

 

「まあいい。話は朝になってからだ。疲れてんだろ? 中でとっとと寝なっ!!」

 

 

 ダダンに招かれ中へと入る。屋内には雑魚寝する山賊ばかり。イビキをかいていて普段なら安眠できる状況ではない。

 

 が、今日に限っては体力を出し尽くした。よってルフィと向かい合わせに抱き合って、泥のように眠る。

 

 意識が睡眠へと沈みゆく中、ハンコックはルフィと目が合い――1週間分の温もりを彼に求めた。

 

 そしてルフィはハンコックの手を握り――

 

 

「ハンコックが隣に居るとポカポカすんなー。ずっとおれの傍から離れんなよっ! ししし!」

 

 

 ――求愛した。

 

 

 ハンコックはそれに対し――

 

 

「わらわもそなたの温もりで溶けてしまいそうじゃ!! もっとわらわを抱き締め、手も握って欲しいっ!」

 

 

 ―――欲望に忠実となった。

 

 

「ガキ共っ! やかましいわっ!」

 

 

 ダダンのお叱りを受けながらも、ルフィとハンコックは深い眠りへと就くのであった。

 

 ただ1人、片隅で寝たフリをするソバカスの少年は、ルフィとハンコックを疎ましげに見ていた。

 

 その少年――エースとハンコックとの邂逅は翌朝へと持ち越されたが、おそらく――ルフィの扱いを巡って、ひと波乱起きるだろう。


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