もしもハンコックがルフィと同い年で幼馴染だったら   作:夏月

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12話

 深い眠りは時間の経過を加速させる。一晩が明けた頃、誰よりも早く目覚めたのはハンコック。昨夜は寝入りは良かったものの、慣れぬ場所での睡眠だ。

 

 日光が射し込んで眠りが浅くなったのだろう。部屋の中にはイビキをかくダダン率いる山賊たち。ヒグマの一味よりは幾分、善人よりの面構えだと感じる。

 

 なんというか精々がチンピラ程度の小悪党といった印象。

 

 

「ルフィは……まだ眠っておるな?」

 

 

 ルフィもまたイビキが激しく、喉を痛めないか心配になる。手を繋いだまま彼とは眠っていたので、ハンコックが目覚めた今になっても至近距離は保たれたままだ。というか触れ合っている。

 

 

「そこの(わらべ)よ。先より何を視ておる。気づかぬとでも思うてか?」

 

「…………」

 

 

 しかめっ面で目つきの鋭い少年(エース)へ向けて不快感を示す。

 

「お前もジジイ(ガープ)の孫なのか……?」

 

「血の繋がりは無いが、(おおむ)ねそうじゃ」

 

「……起きたなら早く帰れよ」

 

「そういうわけにもいかぬ。わらわはこの子(ルフィ)と一緒に居たい。だからこうしてフーシャ村から足を運んで来たのじゃ」

 

 

 頭ごなしに帰れと言われれば腹も立つ。理由も知らない輩に、自身の感情をバカにされたようで反論もしたくなる。

 

 

「して――そなた名をなんと?」

 

「お前なんかに名乗る名前はねェ」

 

「まあよい。ダダンから勝手に聞けば良いだけのこと」

 

 

 会話はそこで途切れる。別段、ハンコックは彼に興味を抱いているわけではない。ただ不快な視線に対しての抗議をしたまでだ。

 

 さて、日が高くにつれてダダンやルフィも目を覚まし始めた。唐突にやってきたハンコックに対して、ダダンは何と言うであろうか。

 

 

「で、お前はどうしてまたこんな山賊の根城になんか来た? あたしらは村の連中みたいに優しかねェ」

 

「単純な話じゃ。わらわはルフィの身を案じて村を抜け出してきた。文句は受け付けぬ」

 

「文句なんて大アリだよっ! お前みたいな小奇麗なガキが此処に居ちゃァ、誘拐を疑われちまうっ!」

 

「その時はおじいちゃん(ガープ)が揉み消すじゃろう」

 

 

 尤も、ハンコックもガープのお叱りを受けることだろう。なるべく抜け出してきた事を隠したいが、今頃村長は大慌てだろう。朝起きてみればガープより預かっている娘子の姿が忽然と消えているのだから。

 

 

「ししし! おれは嬉しいぞっ! ハンコックが来てくれてっ!」

 

 

 一晩寝ただけでケガの癒えたルフィが朝から喜びを表すように小躍りする。微笑み返してハンコックもルフィに合わせるように手を繋いで踊った。

 

 

「昨日はホントありがとなー! いやー、谷底で狼の群れに襲われた時は死ぬかと思ったっ!」

 

「なに……? あの谷には狼などいたのかっ! ルフィっ! 見えぬ場所にケガなどは無いか?」

 

「へへ! 狼の群れならぶん殴って追い払ってやったぞ。噛まれたりもしてねェからへーきだ」

 

 

 ルフィの体を確認するようにペタペタと触れてゆく。本人の言う様にケガなどは先ほども治癒を確認した時と変わらず問題は見受けられない。

 

 

「あーっ! 今日もどっか行くのか、エースっ!」

 

 

 ダダンへ「行ってきます」の挨拶も無く、エースは外へと向かう。

 

 

「エースというのじゃな、あの(わらべ)は」

 

「ハンコック、あのガキはお前より3歳上だよ。なにを童とかガキ扱いしてんだ。大人ぶりたい年頃か?」

 

 

 ダダンの言うようにハンコックはその指摘を否めない。ただ弁明くらいはしたい。

 

 

「あの童は子どものように意地っぱりじゃ。よそ者に対して排他的――。分かり易いほどに敵意を向けてくる」

 

 

 エースから飛んでくる痛むほどの敵意。無論、ハンコックから何か危害を加えようという意思など無いのだ。

 

 

「あ、おいっ! ルフィのやつ、エースの後を追いかけていきやがったよ」

 

「なっ……! 待つのじゃ、ルフィー!」

 

 

 虚を突くようにルフィは外へと駆け出していた。エースを追うルフィを更に追うハンコック。コルボ山の奥深くへと進んでゆく。背後からダダンの制止する声が耳に入ったが、そらこいらに捨て置く。

 

 

「ルフィー! 警戒も無しに立ち入っては危険じゃ。せめてわらわと行動をすべきじゃろう!」

 

「おう、そうすっかっ!」

 

 

 ようやく追いついた頃にはエースの姿は見えない。凹凸の激しい地形を難なく進むエースは明らかに日常的に歩きなれているようだ。

 

 

「エースのやつ、見失っちゃったよー」

 

「なぜあの童に固執するのじゃ? 友だちならわらわがいるじゃろう」

 

「うん、そうだけどな。あいつとも友だちに成りてェんだ」

 

「そなたがそう言うのであらば、わらわは反対せぬが……」

 

 

 ハンコックが思うに、あの手の人間は一筋縄ではいかないだろう。人を視線だけで殺さんとする子ども。あれが素直に心を開くなと到底考えられない。

 

 

「しかし此処はどこじゃ?」

 

 

 追いかけることに必死になる余り、周囲の景色の変化を意識していなかった。木々や草花が生い茂って似たような風景が続いている。引き返そうにも方角が把握出来ていない以上、取るべき行動も定まらなかった。

 

 

「まーどうにかなるだろ」

 

「そなたは楽観的じゃな……。じゃが、ルフィとなら――。うむ、どうにかなる気がしてきた」

 

 

 励まされる恰好となり、ルフィの存在が活力となった。とはいえ闇雲に動き回っても無為に体力を消耗するのみ。何か森を抜ける足がかりとなるものがあれば話は変わるのだが。

 

 と、ここで都合の良い事に水音が聴こえた。水辺が近くにあるのだろう。もしかすると川が流れているのかもしれない。川に沿って下れば人里へと辿り着ける。期待して、ルフィと共に音のする方角へと駆けた。

 

 

「これは……」

 

「ワニだーっ!」

 

 

 川などではなく、ワニの生息する沼地。どす黒く濁った水の中を優雅に泳ぐ数匹ものワニが、ギロリと大声を上げるルフィを睨んだ。

 

 

「危険じゃ、ルフィ。ここは早々に去るべきじゃ」

 

「えー? ワニ、カッコ良いのに」

 

「噛まれてはケガだけではすまぬぞ?」

 

 

 少し乱暴だがルフィの頬を鷲づかみにして引き摺ってでも、その場を離れる。ゴム人間の名に恥じない伸び様のルフィの頬っぺた。痛みはないらしいが、ハンコックの横暴さにブツブツとルフィは小言を漏らす。

 

 その後、ルフィの勘に頼って、ひたすら森を真っ直ぐ歩くとダダンの住処へと戻ることが出来た。猿のような少年ルフィの野生の勘とでも称すべきだろう。

 

 

「やっと帰ってきたか、バカガキ共っ!」

 

「うん。でもエースがどっか行っちまった!」

 

「んなこたァより、お前は雑用をやるんだよっ!」

 

 

 

 ルフィはどうもダダンより言い付けられている仕事をサボっているようだ。エースを追いかけるばかりでロクに言う事も聞かないのだろう。だがそれでこそルフィ。傍に居て彼の自由奔放さを知るハンコックは、ダダンの説教など無駄であると理解している。

 

 

「お前もおまえだよ、ハンコック! とっとと村に帰りなっ……!」

 

「イヤじゃ。わらわは此処に居る。何と言おうがこれは覆らぬ」

 

「くっ! 聞けばお前も義理とはいえ、ガープの孫だって言うじゃないかっ!」

 

「ならば言っても聞かぬと分かっているのではないか?」

 

「ああっ、本当にロクでもねェガキばっか押しつけやがりがってっ!」

 

 

 逆上したダダンは手下のドグラとマグラに宥められて、ルフィとハンコックへの説教を中断した。少し悪い事をしてしまったか? そう罪悪感を抱くハンコックだがルフィと一緒に居る為とあらば、避けられぬ事として開き直る。

 

 そういった経緯でハンコックはダダンの住処に居座るようになり、ルフィと共にエースの後を追う日々を送り始める。

 

 エースを尾行する中で様々なトラブルがあった。落石に始まり、蛇や鳥獣の襲撃、岩場から水辺へと落下。その度にハンコックはルフィの世話を焼き、はっきりと言って彼の行動の数々に振り回されていた。

 

 ルフィという男に付き添うだけで寿命が10年は縮む想いである。とはいえ、こういった苦労もハンコックにとって感じ方は少し特殊。ルフィと共に超えた修羅場の数だけ愛情が深まったと実感するのだった。

 

 恋は盲目の極地とも言えようか。頬を紅潮させてルフィに抱きついたり頬ずりしたりと愛情表現は数あれど、困難を乗り越えた体験はそれにも勝る恋愛イベントだ。

 

 

 そんな恋愛混じりのコルボ山での冒険。期間にして3ヶ月を超えた頃に変化が訪れる。

 

 

「森を抜けたぞっ!」

 

 ルフィの言葉の示すようにコルボ山とその中間の森を北へと進んだ先――2人とって新しい世界が広がっていた。

 

 一言で表現するのならその場所は――ゴミの山。鼻腔を刺激する悪臭は想像を絶する域にあり、涙ぐませるほふどの痛みを生み出す。視界中に汚れた色彩は見ているだけで吐き気を催す有り様だ。

 

 ゴミの種類は素材を問わず山を構成し、無法者と思しき男達の姿もチラホラと存在する。中には人間の血で身に付ける衣類を真っ赤に色付かせてる者も居た。人殺しなどの法から逸脱した犯罪者が、このゴミ山を住居としているらしく、一目で子どもが居るべき場所ではないと察する。

 

 

「可笑しきは匂いでだけではない。見よ、ルフィ。煙が立ち込めておるわ」

 

「ああ、なんか燃えてんなっ!」

 

 

 ゴミ山の至る箇所から白煙が上がっている。可燃性のゴミの宝庫であるその場所は、火種には事欠かない。日光が降り注ぐだけで自然発火し、常に小規模な火災を起こしていた。

 

 ここらの住人は、ボヤ騒ぎすら日常の風景の1コマと言わんばかりに気にも留めていない。明らかなる異質。別世界に来たかのような錯覚を起こしてしまう。

 

 ゴア王国の国民は、このゴミの吹き溜まりを指して『不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)』と呼ぶ。

 

 

「んー、ここは臭ェな。森に戻ろうぜ」

 

「そうじゃな……。あまりこの場に留まっても良いことなど有りそうにも無い」

 

 

 ルフィの提案はこの時ばかりはケチのつけようの無い程に妙案。率先して不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)とコルボ山の間に位置する中間の森へと引き返す。そしてその行動は思わぬ収穫をもたらす。

 

 

「見ろよ、ハンコック! あそこの木の上にエースがいるっ!」

 

「ホントじゃっ! あの童、こんな場所に通い詰めておったのか」

 

 

 ルフィの指差す方向には鉄パイプを片手に握り、見慣れぬ()()()()()と談笑するエースの姿が在った。歯の抜けた金髪の少年は、エースが持ち込んだとされるベリー紙幣の枚数を数えてご満悦。

 

 2人の会話に耳を傾ければ、海賊船を購入する心積もりらしい。海賊船という単語はルフィという少年を興奮させるに相応しいものであったらしく、彼は自身の存在を喧伝するかのように叫ぶ声を上げた。

 

 

「海賊船~~~~!! お前ら、海賊船を買うのかっ! やっぱり海賊になるんだよなっ! おれ達も同じだよーー!!」

 

 

 同じ志を持つ者同士で分かり合える。そう信じて疑わぬルフィは心底嬉しそうに雄叫びを上げる。隣のハンコックはその無邪気さに再び惚れ直す。これまでもう何千回と惚れ直してきてもなお、興味の尽きぬ少年である。

 

 

「サボ、悪いな。コイツに尾けられてるのは知ってたが、まさかここまで来るとは思わなかった……」

 

「それは良いけど、もう1人ガキが居るぞ? しかも女だ」

 

 

 困惑するエース、そしてサボと呼ばれた少年は何か隠し事でもあるのか、ルフィとハンコックを警戒している様子。隠されれば気になるのが人の(さが)。興味津々に木の上へと登ろうとするルフィに付き合う形でハンコックも急ぐ。

 

 

「こっちに来るなっ! お前らが見て良いもんじゃねェ!」

 

 

 近づくことさえ拒絶するエース。これまで見せた事の無い感情の変化にハンコックは、彼にも人並みの感情の起伏があるのと感心する。

 

 

「サボっ! おれはルフィっていうガキの方を止める。お前はハンコックっていう女を頼む!」

 

「あぁ、この場所を知られた上に金の在り処だってバレたら不味いっ!」

 

 

 木の上から飛び降りてきた悪童達。応戦の意思アリ。ならばルフィとハンコックも抵抗するまでだ。

 

 エースが手に握った鉄パイプでルフィを強打する。力の限りの込められたフルスイング。まともな人間であれば負傷を免れぬ攻撃だが――まともさから外れたルフィの体に打撃など通じようも無い。平然とした様子で立つルフィは、エースの度肝を抜いた。

 

 

「こいつ……。ジジイ(ガープ)の言ってた通り、悪魔の実の能力者かっ!」

 

 

 驚愕するエースは事前にガープよりもたらされた情報と照合した上で異形の存在(ルフィ)への警戒を強める。

 

 一方でハンコックとサボ――。

 

 エースと同じく鉄パイプを武器として振るうサボ。女やこどもとて容赦はしないとばかりに、ハンコックを標的に鉄パイプを叩き付けた。

 

 しかし、その害意の込められた衝撃はハンコックに届きはしない。正確には通用などしていなかった。

 

 

「は……は? 脚で防いだ……?」

 

 

 サボのぼやき。されど事実として目の前に起きている現象。ハンコックは鉄パイプの軌道に合わせて脚を振り上げ、(すね)で受け止めていた。

 

 本来ならば脛とて人間の急所として悪い意味で機能するはずだ。されどハンコックにいたっては機能不全を起こしているらしい。

 

 

「女だと侮ったがそなたの不覚よ……」

 

 

 ここぞとばかりに態度を大きくするハンコック。さながら未来の女帝といった印象。覇王色の覇気を発したわけでもないのに、空間を圧倒するほどの気迫。どのみち彼女は、自身の覇王色の覇気をはっきりと認識しているわけではないので、任意に発動のしようもないのだが。

 

 

「わらわはな、過去に山賊に手酷くやられた事があるのじゃ……。ゆえに強さを得るべくして鍛練を続け、わらわの脚は矛へと昇華したのじゃっ!」

 

「いや、意味わからねェよ!」

 

 

 当然の反応だ。人外染みた所業を目の前で見せつけられたサボは動揺の余り、ハンコックを化け物認定する。これでは入り江を根城にする海賊らと同等に脅威的だ。

 

 この戦い、どう収拾をつけたものかとサボは思う一方で、珍しく調子に乗ったハンコックは、いかにルフィへとカッコイイ姿を見せられるかと考えを巡らせていた。

 

 だが、そんな戦線に闖入者アリ。

 

 

「森の中から子どもの声が聞こえたぞ!」

 

 

 大人の男の声だ。腕をケガしたチンピラ風情の男を引き連れて、この森へと足を踏み入れている。

 

 

「おまえら一旦戦いは終いだっ! ここに隠してる宝がバレたら不味い」

 

 

 エースが警鐘を鳴らすように叫び、戦闘を中断する。慌ててルフィとハンコックは、茂みへと身を隠すエースとサボに続く。忍びながら大人の男の様子を観察する。

 

 

「いま確かにガキの声がしたんがな。エースとサボ。ここいらじゃ有名な悪ガキだ。お前から金を奪ったのはそいつらで間違いないな?」

 

「へえ、背後から突然やられてしまい……」

 

「大した根性だ。ウチの金に手を出す命知らずなガキ共が。ブルージャム船長の耳に入れば、おれもお前も命は無い。けじめをつける為に殺されるのが関の山だ」

 

 

 その男は海賊で、傍に控えるのは海賊の小間使いをしているチンピラなのだろう。鋭利な刀を携えた大柄な男。ハンコックをして、見た目だけならヒグマ以上に凶悪な男に映る。

 

 

「(ポルシェーミだっ……! あいつ、ブルージャム海賊団の船員(クルー)で完全に頭がイカれてやがんだ!)」

 

 

 声を忍ばせながらも怯えた顔でハンコック達へ言い聞かせるサボ。自分たちの居場所を死んでも悟られるなと注意を呼びかけているらしい。

 

 

「(あの男が怖いのは分かる。しかしなにを過度に恐れておるのじゃ?)」

 

 

 ハンコックは問う。異常なまでに気を張っいるサボは何か隠しているように思えて。

 

 

「(この際だから教えてやる! あいつ、戦って敗けた奴を……生きたまま頭の皮を剥がしちまうんだっ!)」

 

「(なんと……っ! なんとおぞましい男じゃ。とても人のやる事とは思えぬ)」

 

 

 納得の答えだ。サボの反応は極めて正しい。そんな人間とあっては子どもでなくとも恐怖感を抱くことだろう。

 

 

「(なァなァ、エース! あそこに宝物を隠してんのか?)」

 

「(っち、知られちまったか……。ああ、だけどアイツにだけはバレちゃいけねェんだ。おれとサボが5年間も掛けて貯め込んできた海賊船の資金なんだよっ!)」

 

 

 事情を知ったルフィは数秒間ほど考え込んだ末にひとつの解答を導いたらしい。エースとサボに自身の答えを教える。

 

 

「(じゃあ、おれがあの海賊をぶっ倒せばいいんだっ!)」

 

 

 なにをとち狂ったのか、ポルシェーミを倒すと宣言するルフィ。そのぶっ飛んだ答えに、さすがのハンコックとて賛成は出来ない。

 

 

「(ルフィっ! このサボとかいう童の話を聞いていたじゃろう。ヤツは危険すぎる男じゃ。いつだったかの山賊の比ではないのだぞっ!)」

 

「(うん! でもバレたらイヤなんだろ、エース達は。友だちになりたいヤツが困ってるんだ。助けねェと!)」

 

 

 さも当然のように語る。が、その思考回路もバカにできるものではない。なにせハンコックは、ルフィのそうした人格にも惚れる一因としているのだ。

 

 

「(そうであるのならやむを得ぬか……。いいじゃろう、わわらも助太刀しよう)」

 

「(ししし! やっぱりハンコックは良いやつだ!)」

 

 

 意気込むハンコックとルフィ。対してエースとサボは顔面蒼白。余計な真似をしようとする2人を止めにかかろうとするも――既にルフィはポルシェーミの前へと飛び出し、ハンコックも彼に続いていた。

 

 

「あのバカっ……!」

 

「エースっ! あいつらメチャクチャだ!」

 

 

 しかし賽は投げられた。否が応でも騒ぎは起こる。

 

 

「やいっ! 海賊っ! ここはおれたちの縄張りなんだぞっ! ここから出て行けっ!」

 

 

 ルフィなりに宝物の存在が露見しては不味いと配慮しての発言。ここは宝物とは無縁であり、あくまでも自分らの縄張りであると強調する。同時にエースとサボとは無関係の子どもであるとも。

 

 

「なんだこのガキは。エースとサボではなさそうだが。お前、コイツを知ってるか?」

 

「いえ、おれにはさっぱり」

 

 

 チンピラに確認するポルシェーミだがルフィの素性を知ることはなかった。

 

 

「不敬じゃぞ。ガキなどという蔑称でわらわ達を呼ぼうなどとはのう」

 

「ん、もう1人ガキが居たのか。いまおれ達大人は忙しいんだ。ガキの相手をしている場合じゃない」

 

 

 要らぬ手間を避けたいのか、意外にもサボにイカれた男だと評されたポルシェーミはルフィらを煙たがるだけで済ませていた。が、それではルフィの腹の虫が収まらない。

 

 

「いいから出てけよっ! おれは怒ってんだ! 言うことを聞かないとぶっ飛ばすぞ!」

 

「ケガをしたくなければ即刻去るがよいわっ! わらわの機嫌をこれ以上、損なわぬうちになっ!」

 

 

 怒りの余り、ポルシェーミ達を指差して背中を仰け反らせるハンコック。身長の関係上、元から大の大人であるポルシェーミを見上げていたが、今に限っては姿勢のせいで更に低い位置から見上げている。

 

 本人としては見下しているつもりなのだろう。しかし実態は見下しすぎて、逆に見上げている。見下しすぎのポーズとでも呼ぶべきだろうか。

 

 

「うるせェガキだ。そんなに秘密基地を荒らされるのが嫌らしい」

 

「ポルシェーミさんっ! こんなガキ、放っておいて早くエースとサボを捜しましょう! じゃねェと、ブルージャム船長に殺されちまいますっ!」

 

「そんなことは分かってる。おれだって命が懸かってるんだ。こんなガキに何を言われようが相手なんてしてられねェ」

 

 

 そう言い残すとポルシェーミは足早にこの場を去る。チンピラも彼の背を追って姿を消した。海賊相手に過剰な発言をしたルフィの奇策ハマったりと言った結果だ。

 

 

「おいおい……。あのルフィとハンコックってやつ、言葉だけでポルシェーミを追い払ったぞ……!」

 

 

 サボがルフィとハンコックの偉業に驚嘆する。

 

 

「っち……。いけ好かねェバカだとばかり思ってたけど、今回ばかりはコイツらに救われちまった」

 

 

 素直ではないエースでさえも恩くらいは感じる模様。罰の悪そうな表情でルフィ達へと向き直る。

 

 

「一応、礼は言っておく……。お前らのおかげでバレずに済んだ」

 

「おれもエースと同じだ。ありがとな」

 

 

 エースとサボの礼の言葉――。感謝の念をひしひしと感じたルフィは我慢出来なかったのか大声で喜びを口にした。

 

 

「ししし! エースがおれにお礼を言ってるぞおォォォォっ!!!!!」

 

「バ、バカっ! そんなに大声で叫んだらポルシェーミの奴らが不審に思って戻ってきちまう!」

 

 

 サボが慌ててルフィの口を塞いで地面へと引き倒す。が、時既に遅し……。

 

 

「おい……。こりゃどういうことだ。ガキが増えてんぞ?」

 

「こ、こいつらですっ! おれから金を奪ったエースとサボってガキはっ!!」

 

 

「ああ、そういやァ見覚えのある顔だ。思い出してきたぜ……」

 

 

 ポルシェーミとチンピラの2人は案の定、ルフィの叫び声に呼び寄せられてしまった。最悪の結果を生み出したルフィはというと――。

 

 

「うおォォォォ!! ごっめ~~~~んっ! エースゥ! サボォ!!」

 

 

 涙を滝のように流して謝っていた。

 

 

「ルフィ……。そなたはわらわの想像をはるか上をゆく大バカ者じゃ……。でもそんなルフィも、わらわは愛しておる。ふふふ、罪深い男じゃな、そなたは」

 

 

 ハンコックもまたバカ者である。窮地に立たされてもなお、愛する男への言葉を惜しまない。愛に生きる女は空気すらも無視するらしい。

 

 

「コケにしてくれたもんだ。海賊を手玉に取ったつもりらしいが、バカなガキで助かった。お陰で盗まれた金を取り戻せそうだからな」

 

「ポルシェーミっ! くそっ! ルフィのアホのせいで結局居場所がバレちまってんじゃねェか! 礼を言って損したっ!」

 

 

 エースの怒りはルフィだけではなく自身にも矛を向けていた。ルフィを一時でも人として信用した己がバカであったと。

 

 

「エース! どうするっ! 逃げるのか?」

 

「ダメだっ! ここで逃げちゃ、宝物まで盗られちまう!」

 

 

 引き下がれないエースは、サボに対して応戦の意思を告げる。サボもそんな彼の気持ちを察したのか、手に握る鉄パイプの感触を確かめた。

 

 

「ならば……。わらわたちも戦おう。ルフィの犯した失態を取り戻すのも、わらわの役目じゃ! ルフィ、そなたも戦えるな?」

 

「おう! 泣いても謝ったことになんかならねェ! おれはァ……この海賊を今度こそぶっ飛ばしてやるんだ!」

 

 

 意気込みは良し。後は戦うのみだが――。

 

 

「おれに刃向かうつもりなのか? 命は粗末にするもんじゃねェ。だが、楯突く以上は殺すしかない。おまえら、覚悟は出来てんのか?」

 

「お前なんかの相手すんのに覚悟なんていらねェ。おれはお前をぶっ倒して、エースとサボと友だちになるんだっ!」

 

「意味の分からねェことを……。ブッ殺すっ……!!」

 

 

 その後は無我夢中であった。鉄パイプを振り回すエースとサボ。伸びる拳を飛ばすルフィ。凶器と化した脚で応戦するハンコック。数の上では勝るものの自分達は子ども。力のある成人、それも海賊相手ともなれば命懸けは必至。

 

 だが退けぬ戦いがそこにはあった。戦闘と呼べるのかも怪しいポルシェーミの一方的な蹂躙。殴り飛ばされるルフィとエース。蹴り飛ばされるハンコックとサボ。巨悪を相手取るには明らかに実力が伴わない。

 

 

「エース! コイツはヤバイっ! 1度逃げて体勢を整えようっ!」

 

「先に行け!」

 

「なに言ってんだっ! お前も逃げるんだよっ!」

 

 

 刃物で切られ血を流して意識を失ったルフィを抱えるサボ。殿戦のつもりなのか交戦し続けるエースとハンコック。サボは状況の不利を悟り、エースへと逃走を提案した。

 

 

「1度向き合ったら――おれは逃げない……!!!」

 

 

 固い意志と力強い眼で発するエース。傍で聴いていたハンコックはその言葉に感じるものがあったのか、感想を漏らす。

 

 

「良い決意じゃ。ルフィが友だちに成りたがるのも頷ける。ならばわらわも逃げぬ」

 

「おまえ……。死んじまっても良いのかよ? ムリしておれに付き合う必要はねェんだ」

 

「ふふふ、愚問じゃ。童――いや、エース。そなたに付きあわされて戦うわけではない。わらわは確固たる自分の意思で戦うのじゃ。他でもないルフィの為にっ!」

 

 

 ルフィが火蓋を切ったこの戦い。始末をつけるのは身内の役割。ゆえに逃げない。責任だって取ってみせる。ただそれだけの理由である。

 

 

「っち……。死んでもおれのせいじゃねェぞ!」

 

「承知しておる。この命はわらわが捨てるも拾うも自由じゃ」

 

 

 そして、その言葉を薄れゆく意識の中で聞いたルフィ。バカでアホだけど友だち思いの彼が、このまま倒れてなどいられまい。

 

 

「お、おれはまだ戦えるっ! おろせ、サボッ! おれもエース達と一緒に戦うんだっ!」

 

「おい、お前までっ! ちくしょうっ! もうやるしかないっ!」

 

 

 ルフィに引っ張れる形でサボも再び参戦する。もはや自分だけが逃げるなどという無様は晒せまい。

 

 

「ゆくぞ、皆よ。わらわに続くのじゃっ!」

 

 

 ハンコックが指揮を取る。王者としての資質がそうさせたのか。

 

 

「お前が仕切るんじゃねェ!」

 

 

 吠えるエース。彼もまた我の強い少年。他人に従うような玉ではない。

 

 

「ししし! おれがあいつをぶっ飛ばすんだ!」

 

 

 楽しそうに歯を剥いて笑う、好戦的なルフィ。

 

 

「おまえらまとまりがねェんだよっ!」

 

 

 3人のハチャメチャ加減に辟易するサボ。

 

 此処に(のち)に――コルボ山の悪ガキ4兄弟妹と呼ばれる子どもたちが爆誕する。


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