もしもハンコックがルフィと同い年で幼馴染だったら   作:夏月

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14話

――フーシャ村――

 

 ハンコックは長らく不在にしていたフーシャ村へと一時帰省していた。書置き一つ残さずに抜け出して3ヶ月以上。さすがに身の危険を疑われるのは避けられまい。

 

 久方ぶりに目に映る風景は変わらず平穏そのもの。コルボ山の猛獣や食人植物などのような危険要素は一切見受けられない。人間以外の生物といえば牧場の乳牛くらいだろう。

 

 さて、懐かしむのも程ほどにハンコックは真っ先に村長宅へと足を運ぶ。筋を通す相手はやはり村長を優先すべきである。なにせ彼はハンコックの義理の祖父ガープから孫を託されている。

 

 一番迷惑を掛けている相手として謝罪の一つくらいするのは義務である。親離れをするにはあまりに早い7歳という年齢。長すぎる家出はここいらで終わらせて、正式にダダンの家でやっかいになることを伝えたい。

 

 

「村長、久しいな」

 

「ハ、ハンコック……!!」

 

 

 玄関先に設置したテーブルと椅子に掛けて新聞を読みふける村長へと挨拶。彼はまるで死人を見るかのような目で硬直していた。どうも村長はハンコックがとうの昔に命を落としているものと考えていたようだ。

 

 

「本当にハンコックなのじゃな……!」

 

「見たがままじゃ。わらわは正真正銘、ハンコックよ」

 

 

 手を腰に当てて仁王立ち。威張るような場面でもないし、胸を張るような状況でも無い。しかし自身が元気であることを強調するには打って付けである。

 

 

「今までいったい何処に行っておったんじゃっ! わしはてっきり、お前はもう……」

 

 

 それより先は口にするのも憚れる内容らしい。

 

 

「村中を捜した。近海も捜した。もしやハンコックの容姿を見込んで貴族が攫ったのかと高町まで捜索の手を伸ばした……」

 

「そうか、わらわの行方を追って……」

 

 

 実際にはコルボ山や中間の森、その周辺のジャングルなどでルフィと共に野生児同然の生活を送っていたのだが、今は黙っておく。内容があまりに奇天烈だ。彼のした苦労が滑稽に映りかねない。

 

 

「言いたい事は幾らでもあるし、一度の説教で済ませるつもりもないっ! じゃが……」

 

 

 少し溜めて村長は言う。

 

 

「まずは――おかえり。元気そうで良かった……」

 

「ただいま、村長……」

 

 

 湿っぽい空気だが村長はそっとハンコックの頭を撫でる。撫でられて猫のように心地良さ気に瞼を閉じるハンコック。ガープと同じくらい、彼女は彼をおじいちゃんとして敬愛している。だからこの再会は申し訳なさと共に喜びも内包していた。

 

 村長宅には村の大人が十数名とマキノが急遽集まっていた。ハンコックの帰省とあってか、こじづけるように宴が始まったのである。かつて滞在していた赤髪海賊団に影響された部分もあるが、この村の風土として元々こういう気質なのだろう。

 

 

「それでハンコックちゃん。ルフィはまだコルボ山に?」

 

「おじいちゃんが無理やり連れていったゆえ、わらわの一存では村に連れて帰れなかったのじゃ。わらわ1人ならば多少の無理は利くだけに惜しい思いじゃな」

 

 

 マキノの問い掛けに自身の気持ちを添えて答える。ルフィも変に祖父に対して律儀であり、自分からフーシャ村へ戻る意思が無い。帰郷の許可が下りるのは一体どれほど先へと延びることか。

 

 

「コルボ山というとダダンの奴が根城にしておったな」

 

「村長は知っておるのか、ダダンを?」

 

「奴がまだ若い頃に少しな……」

 

 

 何か含むような口振りだが、小さな声で断片的に過去を語る村長。

 

 曰く、ダダンの若かりし頃は大層な美人であり、今以上に気性が激しかったそうな。

 

 元々はフーシャ村の住人であったとも。何かしら問題を起こして村のゴロツキを束ねた上でコルボ山に住み着いたそうな。

 

 

「わしから見ても目に余る無法者じゃったが、ガープの奴が睨みを利かせてからは落ち着いておる。ルフィも死ぬような事はないと信じておるが……。やはり不安じゃ」

 

「ならば問題あるまい。ルフィの傍にはわらわがおるし、歳の近い友だちも2人増えた」

 

「なんじゃと? ルフィに友だちが……。それは自体は喜ばしいことじゃが、聞き捨てならんことがある」

 

「なんじゃ、申してみよ」

 

 

 なにやら不穏な空気。

 

「ハンコックっ! この期に及んでダダンの下で暮らすつもりかっ!」

 

「ダメなのか?」

 

「ダメに決まっておるわっ! わしゃあ、ガープに何と言えばいいっ!」

 

「村長から話を通しておいて欲しい」

 

 

 面倒事を押し付けるように依頼する。ガープという男はそもそも交渉の席にすら着かない。力ずくで自分の考えをゴリ押してくるゆえに、ハンコックとて自身の愛嬌の良さを駆使しても太刀打ち出来ぬ相手。

 

 ならば端から他人任せの方が気が楽だ。万が一失敗に終わっても自分は何ら苦労をせずに済む。

 

 

「自分の身のことなんじゃ。ハンコック自身でどうにかせいっ!」

 

「いけずな村長じゃ……」

 

 

 協力は仰げなかった。ともすれば、ガープと直接対峙して説得しなければいけないのかと考えると、嫌気が差す。

 

 

「ではこういうのはどうじゃ? 此処にわらわが来たことを秘匿し、未だにわらわは行方知れず。おじいちゃんには捜索中とでも話しておけば良い」

 

「根本的解決になっておらん……」

 

「解決などする必要もあるまい。自由にやるのが海賊。わらわも海賊の卵。予行練習として大目に見るべきじゃ」

 

「大人として見過ごせん」

 

「ならばもうよい。今日ここに参ったのは、わらわの無事を知らせる為と今後はコルボ山で暮らすことを告げる為。義理は通したつもりじゃ」

 

 

 これ以上は話すことなど無い。そんな態度が滲み出ている。

 

 

 

「ええいっ、この不良娘っ!」

 

 

 素行不良を犯す不良娘ことハンコックを叱る村長だが、有効的な手立てなど持ち合わせていない。つまるところ、この戦いはハンコックの勝利ともいえる。

 

 

「では、わらわはもう発つ。いずれまた来るので、そのつもりでよろしくじゃ」

 

 

 現れるのも突然だが去るのも突然。顔だけ見せに来たハンコックは、村長の制止を難なく振り切ってコルボ山の方角へと消えた。

 

 まさに海賊に相応しい身勝手さ。彼氏に影響される女の如く、ルフィの色に染められたハンコック。これでもかと輝く栄華を極める彼女の人生はまだまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 さて、コルボ山ではルフィ、エース、サボによる模擬戦が繰り広げられていた。ハンコックがフーシャ村へ出掛けている間に、少しでも水をあける気で臨んでいた。

 

 

「ちっ……。手足が伸びるなんてヘンテコな体だな」

 

「うるせー、おれは気に入ってんだっ! ハンコックだって褒めてくれてんだぞっ!」

 

 

 エースの片頬に伸びた腕、更にその先の拳をめり込ませたルフィが、自身の体質の優位性の根拠にハンコックを挙げる。

 

 

「だけど伸びるから何だってんだっ!」

 

 

 拳の衝撃をものともせず、エースは伸びきった腕を掴んで引っ張り、引き寄せられたルフィの顔面を蹴り上げる。

 

 

「ぐぇっー!」

 

 

 蹴られたルフィだが、痛みはゴムゆえに無い。だが不意を突いた衝撃は視界を揺さぶり吐き気を催す。

 

 

「おれの勝ちだ」

 

「悔しいっ! もうちょいで勝てそうだったのに!」

 

 

 駄々をこねるルフィに冷淡な態度のエース。今の試合も戦績へと数えられる。傍で審判をしていたサボが記録を得点板へと記入した。

 

 

「ルフィもめげないな。エース相手だけじゃなくておれにも負け越してんのに」

 

「サボにだってもう少しで勝つっ! 見てろっ! 今におれがサボも負かしてやるからなっ!」

 

「おもしれェ。でも言っておくけど、おれとエースはお前よりも3歳も年上だ。経験値だって差があるんだぞ」

 

 

 年期の違いというものだろう。地力の差がそのまま結果へと直結し、ルフィの連敗という有り様が生まれたのだ。

 

 

「ところでルフィ。ハンコックが居ない今だから聞くけど、あいつのことが好きなのか?」

 

 

 サボが脈絡も無しにルフィへと問いを投げる。

 

 

「好きだぞっ! 一番最初の友だちだし特別だっ!」

 

「ああ、そうか。ルフィはまだ恋愛を知らないんだな? まあ、おれも男女の付き合いとか分からねェけどな。でもそうなると、ハンコックの奴が不憫に思えてきた」

 

「違ェねえ。こいつ、バカで鈍感とか救いようがねェもんな。ルフィに御執心のハンコックが憐れだ」

 

 

 ハンコックとはまだ完全に打ち解けたわけでもないエースとサボだが、男女の関係を近くで観察する位置に居るだけあって、見たままの感想くらいは漏らしてしまう。

 

 

「エースまでおれのことをバカにすんなっ!」

 

 

 2人にいいように言われて物申すルフィ。漠然とバカ扱いされているという事だけは野生の勘にて感じ取った。

 

 

「でも冷静に考えてもみろ? おれたちで一番のバカはルフィだ。次点でハンコック。おれとエースは学はねェけど、悪知恵が働くって自信があるんだ」

 

「だからルフィ。お前は自分はバカだって認めた方が良いぞ。幸い、あのお節介なハンコックがお前にベッタリなんだしな。バカでも生きるには困らねェだろ」

 

「そっかー! ハンコックが世話見てくれんなら、おれは安心だっ!」

 

「こいつ……。バカにされてるって気づいてないのかよ?」

 

 

 純粋無垢と言えば聞こえは良いが、その実態は貶されても理解出来ぬ愚か者だ。とはいえ、本人が上機嫌なのだ。わざわざツッコミを入れて水を差す必要性もあるまい。

 

 と、ここでルフィ達の下へと可愛らしく鳴る駆けてくる足音。息を切らしながら立ち止まった黒髪の少女は、話題にも上がった、ルフィ限定でお節介なハンコック。

 

 

「盛り上がっているようじゃな。ムサい男たちで恋バナでもしておったのか?」

 

「おお、ハンコック! なんかなー、エースとサボが言ってたんだ。おれバカだけどハンコックが世話みてくれるから大丈夫なんだってよ!」

 

「それは事実ではあるが……。そなた、バカにされているのに無自覚? ふふふ、バカな子ほど可愛いと言うが、あながち間違いではないらしい」

 

 

 本心ではエースとサボに怒りをぶつけたいところだが、ルフィの天真爛漫さに毒気を抜かれてしまったハンコック。振り上げかけた拳は行き場を失い、和やかな空気へ紛れるように溶け込んだ。

 

 

「というわけじゃ。わらわは、ルフィのお世話役として今後も生きてゆく」

 

「自分から苦労を買うなんて変わった女だな……」

 

 

 エースの言葉にハンコックは即座に反論する。

 

 

「苦労などとは思わぬ。これはわらわだけに許された生き甲斐じゃっ!」

 

「こいつ、まるでルフィの母親(オカン)みてェだ。過保護にも程があるだろ」

 

 

 過保護で結構である。過干渉なのは自覚済み。けどルフィは嫌がってなどいないし、ハンコックも空虚な心が満たされる。持ちつ持たれつの関係性。誰も損をしていないし、良いこと尽くしである。

 

 

「わらわたちに醜い嫉妬心をぶつけるでない。見苦しいのではないか?」

 

「妬いてねェよっ!」

 

「愛に飢えていそうな顔をしてよく言えたものじゃ」

 

 

 興の乗ったハンコックは、ついエースをからかってしまう。ドライな性格のエースだが、少し攻めかたを変えてしまえば、こうも脆い。なんと弄り甲斐があるのだろうか。

 

 

「エース、あんまし反応が過ぎると思うツボだ。悪い癖だぞ、そうやってすぐに頭に血が上るところとか」

 

「サボっ! お前は年下の女にナメられて黙ってられるのか!」

 

「場合によるとしか言えねェ。でもハンコックが相手だ。年下相手にそう腹を立てることもないんじゃないか? 疲れるだろ」

 

 

 年長者ならば落ち着きをみせろ。キレ易いエースにそう言い聞かせているサボの方が、よっぽど大人に見える。

 

 

「そうだな……。少し頭を冷やすか」

 

 

 サボの言葉とあってか、エースはすんなりと受け止めた。2人の間柄に上下関係は無い。

 

 されど今のやり取りを目の当たりにしたハンコックは、対等でありながらエースを支えるサボの行動にある種の尊敬の念が芽生える。

 

 

「(わらわもルフィを支えるというのなら、こう在るべきじゃ)」

 

 

 見習うべき点は今後も出てくることだろう。自分にとってプラスになる要素は貪欲になって吸収しようという腹積もりである。

 

 

「さて……。模擬戦の結果を確認する限りでは、ルフィの惨敗のようじゃな?」

 

「そうなんだよ、聞いてくれよっ! ハンコックっ! エースとサボにもあと少しで勝てそうなのに負けちまうんだっ!」

 

「よしよし、悔しいじゃろうな?」

 

 

 悔しげにハンコックの手を取って上下に振るルフィ。癇癪を起こした子供のような動作に笑いが生じる。そんな彼の頭を撫でながらあやす。

 

 とはいえ身内がこうも悔しがっているのだ。仇というわけでもないが、この陰鬱な気持ちを代わりに晴らすのも保護者(ハンコック)の責務。

 

 

「ならばわらわも模擬戦に参戦しよう。今こそルフィの味わった敗北の屈辱を、そなたらに返す時じゃ」

 

 

 勇よく宣戦を布告する。

 

 

「いいぞ、望むところだ。ただしエースは今、ルフィと勝負したばかりで疲れてる。だからおれが相手になってやるよ」

 

 

 ハンコックの申し入れた勝負をサボが受ける。彼もまたエースに代わって戦う意思である。いわばルフィとエースの代理戦争。開戦は間もなくだ。

 

 

「3つ数える。数え終わった瞬間から模擬戦の開始だ。サボ、ハンコックに吠え面をかかせてやれ」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 

 信頼感を放つ2人の空間。出会ってから5年もの月日を経たエースとサボの固い絆は、ハンコックをして容易に崩せまいと難敵の出没を予感させた。

 

 

「ハンコック! 絶対に勝てよっ! おれはハンコックが勝つって信じてるんだっ!」

 

「その信頼には是が非でも応えたいものじゃ。安心せよ、勝算はある」

 

 

 こちらもまた、強固で深い絆が自分達に勝利を掴ませんとして鼓舞している。友情と愛情の混じり合った心の繋がりは、ハンコックをどこまでも強くする。

 

 生半可な心持ちでは相対することすら、ままならぬだろう。それほどの闘争心が彼女からは噴き出していた。

 

 

「カウントを開始するぞ。3・2・1・始めっ!」

 

 

 エースの合図と共に模擬戦は開始。ハンコックに先んじてサボが跳躍して飛び掛かってきた。

 

 砲弾のように破壊力を纏ったサボの肉体。そこから生じたエネルギーを右腕へと収束し、ハンコックの端正な顔へと容赦の無い一撃を入れようとしている。

 

 対してハンコックはサボの挙動に反応がワンテンポ遅れ、何も対処しなければ一打で意識を刈り取られることだろう。

 

 だがそんな勝負の流れなど織り込み済み。たった1つの手段で戦況を覆す秘策が彼女には有った。

 

「メロメロ甘風(メロウ)っ!」

 

 

 突き出した腕、その先端で組まれたハート型の両手。射出された桃色の光線が、宙を直進するサボへと着弾する。

 

 

「しまったっ……!」

 

 

 身動きの取れない空中ゆえ、全身に満遍なく魅了効果を持つ光の帯を浴びたサボ。別段、ハンコックを異性として意識などしていないが、ごく一般的な美醜感覚に照らし合わせて彼女を可愛いと感じてしまった。

 

 その感情はハンコックの能力による裁定により邪心認定され、ものの見事に石化へと至る。宙で殴りかかる途上の体勢でサボは動きを止め、数十センチだけだが落下する。

 

 地面にゴロリと転がるサボは、物言わぬ置物に成り下がっていた。

 

 

「サボが敗けた……!?」

 

 

 審判役のエースは模擬戦の勝敗を告げる心の余裕が無いのか、呆然と親友の敗けに受け入れがたいショックに(さいな)まれていた。

 

 時間にして数秒足らずの決着。勝負の幕切れにしてもアッサリし過ぎている。

 

 

「これがわらわの実力よっ……!!」

 

 

 固まったサボの頬をペチペチと手の甲で叩きながら石化を解除。自由を取り戻したサボはというと、キョトンとした顔でだらしなく口を開けていた。

 

 

「あれ? いまおれ、なにをしてたんだっけ?」

 

 

 前後の記憶が欠落しているのか、キョロキョロと周囲を見回して混乱の真っ只中をさ迷うサボ。そのあまりの滑稽さにハンコックは口を押さえて笑いを堪える。

 

 

「わらわの勝ちじゃ。この勝利はルフィのものでもある」

 

「たかが1度勝ったぐらいで――」

 

「何が言いたいのじゃ、エース? 男ならハッキリと申してみるがよい」

 

「ちっ…………べつに」

 

 

 他人の勝利にケチをつけようとするエースを一睨み。言いかけた言葉は喉の奥へと消えたようで、ハンコックは文句の付けようもない完全なる勝利を得た。

 

 

「すっげェー! あのサボに勝ったぞっ! ハンコックはやっぱり強ェなァ!」

 

「わらわが強いのではない。サボが弱いだけじゃ。それはそれとして、ルフィに褒められてわらわは嬉しい!」

 

 

 この期に及んで追い討ちをかけるようにサボを名指しで弱い発言。ただしサボは混乱中ゆえに憤ることはない。

 

 

「この際じゃ。エースもわらわの面貌に見惚れるものか確認するというのはどうじゃ?」

 

「これ以上、お前の遊びに付き合ってられるかっ!」

 

「子どもには遊びが必要じゃ」

 

 

 蠱惑的な笑みをエースへと浴びせかける。エースとてハンコックが容姿美麗な少女である事実は認めるところ。ただし、人として信用しているかは別問題だ。

 

 生来が人嫌いのエースだ。同性異性問わず心を開く事など稀有なケース。サボとの出会いから打ち解けるまでにもそれなりの期間を要したものだ。

 

 ましてやハンコックなど初めて顔を会わせてから3ヶ月と少し程度。彼女の小生意気な性格も災いして毛嫌いの部類に収まっている。

 

 だから何かとハンコックの発言の数々に噛みついてしまう。それだけに彼女の美貌を認めてしまう自分が、エースは堪らなく許せなかった。

 

 

「なァなァ、エース。怒った顔してよォ、なにかあったのか?」

 

 

 馴れ馴れしくエースの肩に手を乗せて問い掛けるルフィ。ウザさで言えばルフィは、ハンコックと比較して相対的にマシに感じる。

 

 ルフィは人との距離感が短くバカなだけで基本的には人畜無害。ハンコックの存在により想定外にも際立ってしまったようだ。

 

 そうなれば自然と態度を軟化させてしまう。エースはルフィの手を払い除けることもせず、いたって普通に返事をする。

 

 

お前(ルフィ)(ハンコック)が目上の人間に対して生意気な口を利くから苛立ってんだ」

 

「そっかー! そりゃごめんなー! ハンコックはおれの(友だち)だもんな! おれが謝らねェとな!」

 

「はあん……♡ またルフィは的確にわらわの心を射抜く!」

 

 

 その場に力無く崩れ、腰を抜かすハンコック。ルフィの『おれの(ハンコック)』発言は、『おれの友だち』と変換される意味合いだ。

 

 理解の及ばぬルフィは毎度のようにハンコックの心を無自覚に(もてあそ)ぶ。気遣いのつもりか、ハンコックの肩を支えて立ち上がらせるルフィ。

 

 心臓の高鳴りによってフラフラとするハンコックは、不意の体の密着に、ますます胸の鼓動が速まるのを感じる。

 

 

「まじかよ……。ルフィのやつ、おれとサボには勝てねェくせに、ハンコックを秒殺しやがった」

 

「ししし! よく分かんねェけど勝ったぞ!」

 

「わらわはルフィとの相性が悪いようじゃ……。あ、恋愛面での相性は抜群であると弁明させて欲しい」

 

 

 抜け目無く自らをフォロー。そんな不純な思考の下でも至福の時を全うする。善意から肩を貸すルフィには悪いが、私欲から彼の胸へと身をあずけた。

 

 自然とハンコックを受け止める格好となったルフィは、急な荷重でよろめくものの持ちこたえてみせる。

 

 だが、やたら意味も無く、くっついてくるハンコックの動機など分からずに首を傾げた。これもハンコックの仕掛ける好意を示すアピールだが、微塵も気付く素振りはみせない。

 

 

「ハンコック! 引っ付きすぎだぞ!」

 

「すまぬ、迷惑であったな。しかし許して欲しい、ルフィ。時々でもこういった安らぎの時間が必要なのじゃ」

 

「ハンコックはおれとくっついてると安心すんのか?」

 

「するっ! そなたを最も近くに感じられる場所こそ、わらわの安住の地。すなわちルフィの腕の中じゃ」

 

「へー、そっか。じゃあ、しょうがないよな」

 

 

 巧みな話術――と呼ぶにはあまりに不出来だが、頭の中がほぼ空洞なルフィ程度であれば騙すのも造作無い。悪そうな顔をしたハンコックは、自重すること無く欲張って手まで握り締める始末。

 

 

「おれたちの存在をガン無視してっけど、周りが見えてねェのか?」

 

 

 サボの呟きは果たしてハンコックの耳に入っているのか――。否、2人だけの世界に入り浸り、外界からの情報の一切合財を右から左へと素通りさせている。

 

 

「これで分かったろ、サボ。ハンコックもルフィと同じくらいバカな奴なんだ。こんな女にお前は模擬戦で敗けちまったんだ」

 

「え、ホントか? 記憶が曖昧なんだが、やっぱりおれはハンコックに敗けてたのか」

 

「そうじゃ、そなたはこんな女(わらわ)に敗けた。それはそれとして、そなたらの会話は聴こえておるぞ」

 

 

 バカの(そし)りを受けては黙ってなどいられまい。

 

 

「とはいえわらわはルフィの女――。バカということはルフィとお揃い。ふふふ、悪い響きと言い捨てるには惜しいものだ」

 

 

 有頂天となったハンコックに歯止めは利かない。

 

 

「失敬だぞ、ハンコック! おれをバカって言うなっ!」

 

 

 寛大な心の持ち主であるルフィもこれには反発する。最も親しい友人(ハンコック)から、そのような謂れをされてはいきり立つというもの。ハンコックへの反抗心として彼女を体から引き剥がそうとするが。だがしかし、がっちりとルフィの腕をホールドしている為か、ハンコックは接着剤の使用を疑ってしまう程に剥がれない。

 

 

「た、助けてくれよ! エース! サボ!」

 

 

 助けを求めるルフィであったが、エースは冷ややかな目、サボは愉快気に事を見守っている。救いなどこの世には無いのだと絶望の淵に立たされるルフィ。

 

 

「ルフィ。いまのわらわはテコでも動かぬ。観念するとよい。女というものは時には強情なのじゃ」

 

「おれ、いまのハンコックが怖いし嫌いだっ!」

 

 

 ルフィにすらそう言わしめるハンコックの行過ぎた好意。私欲を満たす為ならば当事者の意思すら寄せ付けない。

 

 

「許して欲しい、ルフィ。そなたの器ならば女のわがままのひとつ受け止められる筈。今こそ、男の度量を示す時じゃぞ」

 

「そういうもんなのか?」

 

「そういうものじゃ。わらわがこれまでルフィに嘘などついた事はあったか?」

 

「ねェっ!」

 

 

 言いくるめられたルフィは即答。その回答に満足げにほくそ笑む悪女が此処に1人。

 

 

「では――もうわらわの事は怖くはないし、嫌いではない。そうじゃな?」

 

「うんっ!」

 

 

 誘導の仕方が最早、悪魔染みている。小悪魔系女子のそれとは比にならぬ手管だ。青ざめた顔で成り行きを見ているエースとサボは、人として付き合う相手を誤ったのでは? そう自身らの選択に迷いが生じていた。

 

 

「ししし! なんかおれっ! ハンコックと一緒ならエースとサボにも勝てそうな気がすんだっ!」

 

 

 手を絡ませあってルフィは声高に言う。

 

 

「バカが勝手に言ってろ。ハンコックと同時に掛かってこようが、返り討ちにしてやる」

 

 

 真っ向から勝利宣言を受け止めるエース。少々捻くれた返しだが、彼なりの誠意である。

 

 

「わらわもルフィと同じ。今なら誰にも敗ける気がせぬ。サボよ、そなたとてわらわたちの射程圏内におるのだぞ」

 

「おお、言ったな! ハンコックに教えてやるよ。出る杭は打たれるってな」

 

 

 サボもハンコックに煽られて熱くなる。年長者としての余裕など、この際に放り捨てたのだろう。自身の湧き上がる気持ちに従ったのだ。

 

 やがて休息は十分とばかりに、ルフィとハンコック、エースとサボの2陣営に分かれて早々に模擬戦は再開される。どちらとも戦意に不足無し。

 

 奇しくも能力者と非能力者との対決となったが、ルフィとハンコックはまだ戦う者としては未熟。確実に勝利を掴める保証は無い。

 

 ゆえに今こそ問われるのだ。ルフィへの愛が。愛する人との絆を証明する為に、ハンコックは負けられぬ戦いに臨むのだった。


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