もしもハンコックがルフィと同い年で幼馴染だったら   作:夏月

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今回は狙ったように露骨な展開です。
苦手な方はご注意をお願いします。


15話

 結論から言えば模擬戦の結果は共倒れ――としか表現のしようがなかった。

 

 全10戦中、全試合にて引き分け。年齢差など関係無く伯仲した実力で衝突した挙げ句に、4人全員が仰向けに倒れていた。

 

 エースとサボは能力の有無に関わらず、ルフィたちよりも3年長く生きる経験の差ゆえにか堅実な力量を持っていた。

 

 若さと勢いだけなら負けず劣らずのルフィたちと言えど、その差を詰めるには一歩足りない。

 

 とはいえ差は縮まらぬにしても、ルフィの伸びる四肢や、ハンコックの石化能力への警戒心を誘うことで、一定の行動の制限には成功した。

 

 諸々の条件が重なり実力的にはかなり肉薄。最終的にほぼ互角の立ち回りを可能としていた。

 

 さて、ハンコックたちの状況だ。地面に背をつけて仰ぐ夕焼け空は、なんと眺めの良いことか。運動の後とあってか爽やかな気分で感傷に浸っていた。

 

 とはいえ決着が着かなかったという点では全員に不満の残る結末だ。なんとしても一勝くらいは上げたいと願うハンコック。

 

 たが、とうに日は暮れており、今日中での決着は困難。タダンも帰る気配の無いハンコック達を心配している頃合いだろう。

 

 

「うはーっ! 良い汗かいたなー!」

 

「しかし汗や泥でヒドイ汚れじゃ。不快で仕方ない」

 

 

 ハンコックは体のベトつきや土にまみれた衣服への不快感で苦い表情を浮かべる。一刻も早く入浴し、服も洗濯したいところ。

 

 

「よーし! エースとサボ。早く帰って風呂に入ろうぜ!」

 

「あァ、熱いお湯に浸かって疲れも取りてェ。今日はルフィとハンコックのアホが、バカみてェに勝負を挑んできたからクタクタだ」

 

「アホだのバカだの余計な一言を言わねば気の済まぬ性分か? 腰抜けのエース!」

 

「ノータイムで言い返しやがって。ガキか、お前は?」

 

 

 売り言葉に買い言葉。腰抜けだと罵倒したが、エースからは思うようなリアクションは得られなかった。

 

 

「風呂に入るのは構わねェ。けどそうなるとハンコックは独りで入浴だな。一応、チビでもハンコックは女だろ?」

 

「一応も何も紛う事なき女じゃ。サボの目は節穴か? しかし由々しき問題と言える。当然、わらわの素肌をルフィ以外の男になど見せとうない」

 

 

 ハンコックのこれまでの人生で裸身を見せたのは、まだ幼い頃のハンコックの入浴の介助をしてくれた孤児院の女性職員くらい。フーシャ村へ定住してからは、入浴は自分1人できちんと出来ている。

 

 意外なことにルフィとは未だに一緒に入浴した事実は無い。世帯が違うという事もあるが、大胆そうに見えて実は初心なハンコックの性格が、もう一歩先へ踏み出す事を拒絶した。

 

 段階を踏んでからでないと、いくら恋い焦がれる相手と言えど裸身を晒したりなどすまい。純情な乙女の微妙な心境。ハンコック自身も我が身ながら面倒な羞恥心を抱え込んだものだと考えさせられる。

 

 とはいえガサツな女よりは貞淑な乙女の方が男性受けは良いかもしれない。ルフィが女性の内面をどこまで重視するかは不明だが、マイナスとなりうる要素は極力排除したい。

 

 

「ハンコックだけが仲間外れなのは寂しそうだっ! よし、ハンコック! おれ以外に裸を見られたくないんならよォ、おれと2人だけで一緒に風呂に入ろうっ!」

 

「ル、ルフィ……! そなたは、わらわが気にしていることにお構い無く踏み込んでゆくのじゃなっ!」

 

 

 ルフィからの提案は、男女の性差や羞恥心といった厄介な制約を無視したもの。

 

 

「で、では……。そなたがそれを望むのなら、わらわは従います――」

 

 

 女の(かお)となったハンコックの声には、ルフィへ媚びるような甘さが含まれていた。念押しするがハンコックはまだ7歳。とても幼女の喉から出る類いの声ではない。

 

 恍惚としてルフィへ熱い視線を送るハンコックは、ハッキリと言ってチョロい女の子である。ただし、ルフィが人として大物であるという線も否めないので注意されたし。

 

 

「今のこいつらには触れない方が良さそうだな。関わると面倒事に巻き込まれそうだ」

 

「まったくだ。アホが移っちまう」

 

 

 サボの意見は至極全う。同意見のエースは呆れた顔で指を差す。まあ、関わるも何もハンコックは既に自分だけの世界に閉じ籠っている。外部から抉じ開けでもしない限りは、飛び火などはあり得ないだろう。

 

 場所を移して風呂場。ダダンの居城の裏手には掘っ立て小屋が建てられており、その内部に風呂場が設けられている。既に衣服を脱いだルフィは、はしゃぎながら風呂場へ飛び込んでいた。

 

 遅れること5分。ルフィ相手とて裸体を晒す事への抵抗感から脱衣すらままならなかったハンコックが追いつく。

 

 一糸纏わぬ瑞々しい姿を露としたハンコックは、緊張と恥ずかしさにより、顔だけと言わず首元にまで赤みが達していた。

 

 初雪の到来よりも早い目映(まばゆ)い純白の肌。女神よりも神々しく神秘性を帯びたソレは、ハンコックの着飾らぬからこそ主張する美しさを演出していた。

 

 体つきについては発育前ゆえに平坦な部分が多くの割合を占める。しかし、未成熟ゆえの青い果実は、いずれ実る春の訪れを予感させた。

 

 いや、青い果実よりも以前の段階。発芽にすら至らぬ種子と称するべきか。ならば殊更に無限の可能性を秘めている。

 

 

「ルフィ……。お、お待たせっ!」

 

「遅かったなー。服を脱ぐのに時間掛かり過ぎだぞ」

 

「すまぬ。決心がつくまでに長い葛藤があったのじゃ」

 

「まあ、いいや。しっかし、お前の体って綺麗だなー」

 

 

 まじまじとハンコックの裸を眺めるルフィの視線は、邪心など微塵も感じられない。けれどハンコックは、一方的にその視線に身悶えていた。

 

 更にルフィはハンコックの肌の手触りを確かめるべく、承諾も得ずに肩口を指でツンツンとつつく。

 

 

「あ……♡」

 

 

 瞬間、触れられた刺激が呼び水となって、ハンコックの頭の中で脳内麻薬が過剰分泌され始める。快感……とまではいかないものの、未知の感覚がハンコックの思考を占拠する。

 

ルフィの触れた先から感覚が過敏となり、彼の吐息が首に掛かっただけで脳髄が弾けるような錯覚に襲われた。

 

 沸騰した水のようにグツグツと体の芯からこみ上げてくる熱さ。まだ湯槽に浸かっていないというのに、のぼせてしまいそうだ。

 

 

「へェ、スベスベだな」

 

 

 触れる場所をハンコックの二の腕へと移動。ルフィに手のひらで擦られ、感触を精査される。少女の気も知らずのん気なものだ。

 

 

「ル、ルフィー!」

 

 

 堪えかねて身を捩ってルフィから離れようと試みる。ルフィの手から逃れて背中を向け、視界から彼を外してしまい無防備となった。

 

 まだ肉付きは薄いが、しっかりとした丸みを帯びた臀部が形の良さを意図せずしてルフィへと知らしめた。小振りであってもその曲線はハンコックの健脚へと流れるように繋がっている。

 

 

「あ、ちょっと待ってくれよ!」

 

 

 執拗にハンコックの体を目当てに狙いを定めるルフィ。彼の魔の手ならぬゴムの手から逃げ切る余力はハンコックに残されてなどいなかった。

 

 次なるターゲットはなだらかな曲線を描く背中。一点の穢れも知らぬ背中は、ハンコックの無垢な様と連動しているかのように純白の肌。

 

 背筋に合わせてルフィの指でなぞられる。そのほんの一動作で、体の奥底が甘美にうずく。こうなっては息も途切れがち。

 

 全身が蕩けそうな悦楽によって自重を支えることすら億劫となって、ハンコックはその場でへたり込んでしまう。尻餅をついたことで、いよいよ逃げ場を失ってしまった。

 

 にじり寄るルフィが今ばかりは悪魔に見える。詳細まで語るならば、悪気など無い癖に、良からぬ結果を導く無邪気な悪魔だ――。

 

 

「どうして逃げんだよ。もしかして急に触ったのが嫌だったのか? だったら、ごめんなー」

 

「嫌ではない。突然だったゆえ、驚いただけじゃ! ルフィに触れられると、どうにもくすぐったくてな」

 

「へェ、くすぐったいねェ」

 

 

 ハンコックの弱点をみつけたり。そう面白げに笑みを浮かべたルフィは、ついでにイタズラを思いついたらしい。

 

 身動きの取れないハンコックの弱味に漬け込み、彼女の両脇へと手を差し込んでコショコショと指先でくすぐる。

 

 

「ふふふ! あははは! や、やめよっ! ル、ルフィーっ! く、くすぐったいっ! ふふふ!」

 

 

 当然の帰結だが、くすぐられれば笑い出す。強引な手段によって引き起こされた笑いは、ハンコックの涙腺から涙をも引き出す。

 

 ハンコックは自身の弱い部分への責め苦に、ただ苦しみだけではなく、じゃれ合いによる温もりを得ていた。

 

 こうも気兼ね無く付き合えて心を通わせられる相手はルフィ唯1人に限られるだろう。だからこそ貴重な時間であり、貴重な機会だ。

 

 先程までの淫靡な空気は嘘だったかのように払拭される。和気あいあいとした雰囲気に塗り替えられ、ハンコックとルフィの顔からは笑顔があふれていた。

 

 

「やられてばかりは性分ではないっ!」

 

 

 反撃の時。ルフィの隙を縫ってくすぐり地獄から脱して、攻守一転。今度はハンコックがルフィの脇腹へ手を触れて刺激を与える。

 

 

「あひゃひゃひゃ!! ハ、ハンコックっ! く、くすぐってェ!」

 

 

 子どもに有りがちなくすぐり合い。興の乗ったハンコックは、新しい玩具をしばらく手放すことはなかった。

 

 

「負けてたまるかっ!」

 

 

 くすぐり合いの流れは更に一転。ルフィに押し倒されたハンコックは仰向けとなり、風呂場の天井を見上げる。

 

 ルフィの攻勢はそれだけに留まらず、再び彼の手がハンコックの鋭敏と化した脇や横腹をネットリと撫で上げた。

 

 

「ふふふ、あははは! ルフィ! し、しつこいぞ! わ、笑いが止まらぬっ!」

 

「ししし! ハンコックの反応がおもしれェから止められねェんだ!」

 

 

 それから何度も立場を入れ替えての攻防が続き、両者ともに笑い疲れたことでようやく終息する。結局、裸を見られて恥ずかしいだの、触れられて顔をカァーッと熱くさせたのもハンコックの一人相撲だったのだ。

 

 

「はァー! 楽しかった!」

 

「わらわも同意しよう。ここまで笑ったのは初めてかもしれぬ」

 

 

 まだ体を洗う前とはいえ余計に汗ばんでしまった。さっぱりしたいという欲求が押し寄せ、汗で湿り気を帯びたハンコックのうなじが(なまめ)かしく輝く。

 

 

「長風呂は他の者たちへ迷惑を掛けてしまう。手早く体を洗ってしまおう。ルフィ、わらわが背中を流そう」

 

「おう、頼む!」

 

 

 風呂椅子に掛けたルフィの背中に泡立ったボディタオルを押し付け、ゴシゴシと擦ってやる。気持ち良さげに声を漏らすルフィ。

 

 お礼とばかりに今度はルフィがハンコックの背中を、男らしく豪快な手付きで磨く。その力強さときたら、ハンコックの柔肌にはやや刺激が強すぎる。しかしそれでも彼女にとっては至福をもたらす魔法の手。

 

 さながら夫婦水入らずの背中の流し合い。そんな妄想をするハンコックを不純とするのは酷薄だろう。彼女とて初めての体験に冷静さを欠いているのだから。

 

 一通り体を洗い終えた2人は同時に湯槽へと足先から入り、ゆっくりと肩まで浸かる。能力者ゆえに体の力が抜けてしまうが、ここには外敵は存在しない。無防備deはあるが、警戒の必要もないのだ。

 

 さて浴槽に向かい合って座るハンコックとルフィは、必然とお互いの生まれたままの姿を視界に収める事となった。

 

 

「(ルフィの胸板……。なんと(たくま)しいっ!)」

 

 

 また幼い為かルフィの身には目立った筋肉は見受けられない。されど、これまでハンコックの身を受け止めてきた男の胸板だ。幾らかの補正が入り、ハンコックの瞳には逞しく映っていた。今も彼が実物以上に大きな男に見え、惹かれるに足る魅力を放っていた。

 

 

「いやァ、良い湯だなー」

 

「たしかにちょうど良い湯加減じゃ」

 

 

 チラチラと鎖骨をちらつかせて、さりげなくルフィを誘惑するが――眼中に無いのか彼の視線はハンコックの顔にのみ集中していた。会話の最中ゆえに相手の顔をしっかりと見る、そうガープより教育されているのだ。

 

 

「(わらわの体にはルフィの気を引くほどの魅力が無い……? むむ……! 今後の成長次第じゃなっ!)」

 

 

 女の威信に懸けて、ルフィへと挑戦してみたが結果はお察しの通り。肉体の芸術美と称するにはまだ色々と貧相。年齢を鑑みれば可愛らしいものだが、それで納得するほどハンコックは聞き分けが良くなかった。

 

 

「(いや、生き急いでも仕方がない。わらわのペースではなくルフィのペースに合わせねばっ……!)」

 

 

 自身の思い違いを正し、やり方を改めるべきだと考え直す。ではアプローチを変えるというのはどうだろうか――。

 

 

「(わらわがルフィを魅了するのではなく、ルフィにわらわが魅了されるのじゃっ……!)」

 

 

 逆転の発想。今までのやり口では行き詰まる事は目に見えている。ならばまだ蓋を開けていないルフィの側から、恋の駆け引きを進行すれば良い。

 

 もはや思考停止状態のハンコックは、血迷った判断を下す。ルフィがそんな深刻な少女の内面に気付く筈もなく、収拾がつかなくなった。

 

 さて、ルフィに事の成り行きを一任したハンコックだが――実際問題、これから先に何が待ち受けているのかは未知の領域だ。

 

 けれど何かしら停滞した状況を打破する出来事が起こるはず。良くも悪くも変化を求める。

 

 その末に吉と出るか凶と出るか――。いずれにせよ如何なる結果であろうと自分の選んだ道。受け入れる所存である。

 

 

「ルフィっ!」

 

 

 考えがまとまった所で、まずは想い人の名を呼ぶ。その一言を皮切りに、ハンコックの一世一代の勝負が開始する。

 

 

「あれ? どうしたんだよ、ハンコック。顔が真っ赤だけど大丈夫か?」

 

 

 もしや見抜かれている? ハンコックが尋常でない覚悟の下での行動と知って、赤面を指摘したのだとすれば大した洞察力だ。

 

 

「のぼせてんのか?」

 

 

 いや、ルフィは気づかず。単なる思い過ごしを過剰に意識した気苦労だった。なんであれ今さら引き下がれない。ルフィがどのような態度や行動を取ろうとも、ハンコックの指針はぶれない。

 

 だから告げるのだ。今の自分が彼にして欲しいことを――。

 

 

「ルフィよ。頼み事があるのじゃ。いま、わらわを抱き締めて欲しい」

 

「頼み事って、そんなことで良いのか?」

 

 

 あえてルフィに攻めさせる。衣服も何も着用していないこの状況。素肌と素肌がそのまま触れ合うとするのなら、ハンコックはこれから受ける衝撃に耐えられるであろうか……。

 

 すなわちルフィから与えられるダメージを受けきってみせたそのあかつきにはハンコックの勝ちとなる。勝利条件としては妥当なラインだろう。

 

 

「よし、いつもハンコックには面倒掛けてるからな。お礼になるかは分かんねェけど、抱き締めるくらいなら、いくらでもしてやるよ!」

 

「あ、ありがとうっ!」

 

 

 快く引き受けてくれたルフィに感謝。拝むような気持ちで彼の抱擁を受けるべく、身を小さくして待ち構える。

 

 腕を広げてハンコックへと迫るルフィ。良くもまぁ、乙女の挑戦とは名ばかりの私欲にまみれた要求に応えたものだ。

 

 そしてハンコックは背中に回されたルフィの腕の感触と熱に、体を火照らせる。彼の胸板がハンコックの薄い胸へと密着。お互いの心臓の鼓動が伝わり、やがて重なり合う。

 

 

「(こ、これはっ……!)」

 

 

 言葉にすることすらは烏滸(おこが)がましい尊い体験。記憶の中に生涯片時も忘れることなき至福が刻まれた。

 

 現実味の無さに身震いまで起こす。だがこうしてハンコックの置かれている状況は、彼女自身が招いたもの。誤魔化しようがない。

 

 

「わらわは……幸せじゃ……」

 

 

 妄想ではない。夢でもない。紛れもない現実だ。ならばこの幸福を味わい、噛みしめ、飲み込もう。

 

 情欲などといった邪な感情とは無縁。仮に存在したとしても切り離して考えるべき極楽。この境地に再び至ること可能だあろうか――。

 

 であれば今を存分に堪能するのみ。己へ課した試練や挑戦などの記憶は既にハンコックの頭の中からは抜け落ちていた。

 

 

「変な感じだなっ! おれとハンコック揃って素っ裸でくっついたりしてよォ」

 

「これが裸の付き合いというものじゃ。覚えておくとよい」

 

「なるほどな!」

 

 

 裸の付き合いとは異性間で抱き合う事では決してない。されどハンコックは、またひとつ誤った知識を植え付ける。これまでも同じ手口で洗脳染みた教育をルフィへと施してきたのだ。

 

 さて、このなんとも甘く香る時間も有限。入浴時間が長引いてはエースやダダンに怪しまれることだろう。たいへん惜しむハンコックだが、子どものワガママとして通すのにもムリが有るとして潔く諦めた。

 

 抱擁を解いてルフィと別離する。なんと近い距離感での別れだろうか。唯一の救いは、この先何度でもルフィと共に入浴する機会に恵まれていること。

 

 ただ、今日という日は特別だ。なにせ幼馴染み特有の『小さい頃はよく一緒にお風呂に入ってたよね?』という、かけがえのないシチュエーションを体験出来たのだから。

 

 一生物の思い出だ。この記憶だけでご飯三杯はイケるだろう。というよりもハンコックの認識としては主食と言っても過言ではない。

 

 

「うしっ! 風呂から上がるかっ!」

 

「その前にひとつよいか? ルフィよ、約束して欲しいのじゃ。またわらわとお風呂に入ってはくれぬか?」

 

「いいぞ! 明日でも1年後でもずっと!」

 

「おお! 望んだ以上の回答じゃっ!」

 

 

 なんと驚き。ルフィもまたハンコックと共に入浴する事を望んでいるではないか! これはもう相思相愛では?

 

 などと自身にとって都合の良い解釈で勝手に盛り上がるハンコック。ルフィとの入浴は、どうも彼女から正常な判断力を奪うようだ。

 

 

「隙だらけだぞっ! ハンコック!」

 

 

 意表を突いたルフィの指の(うごめ)きが牙を剥く。神経の集中し、感度の高い部位である(わき)を狙われては、ハンコックとて悲鳴を上げる他ない。

 

 

「ふふふ、あはは! ま、まだやるつもりかっ! ル、ルフィっ……!」

 

 

 汗が(したた)る。しかし嫌な汗ではない。好きな男の子に触れてもらえるだけで満足。その上、彼はハンコックを楽しませようという厚意。無償の愛を感じて、胸がいっぱいとなる。

 

 しばらくして、さしものルフィも飽きが来たようでくすぐり行為は終了する。ハンコックとしては、たとえ笑いにより疲労が蓄積しようとも望むところであっただけに残念極まりない。

 

 それはそれとして、せっかく体を綺麗にしたというのに上書きするが如く汗を掻いてしまった。子どもの思考では後先を考えずに行動してしまう落ち度も責められまい。

 

 

「また汗を掻いてしまったようじゃ。ルフィは先に上がってくれて構わぬ。わらわはもう1度体を洗う必要が出来てしまった」

 

「おれのせいなんだし、手伝わせてくれよ」

 

 

 男として責任を取ると、そう申し出たルフィ。彼の顔を立てる意味でもハンコックはその厚意を受ける事とする。時には人に甘えることも大事。まあ、ハンコックは言うまでもく常時ルフィに甘え通しではあるが。

 

 

「では頼もう。ふふふ、ルフィのそういう部分がわらわは好きじゃ」

 

「そっかー。なんかよくわからんけど、ありがとうっ!」

 

 

 彼は自分の行いが何を意味するのか自覚していない。天然な人間であるからして、純粋無垢という言葉こそ彼には相応しい。ハンコックよりもよっぽど心の綺麗な人物だろう。

 

 そしてハンコックはルフィにその身を委ね、頭のテッペンから足の爪先に至るまでの全てを彼の手によって洗浄される。不意にルフィの手が体の各部位に触れてしまった際には、思わず『あ…♡』などと実年齢に対して、おませな声を漏らした。

 

その都度、ハンコックはルフィへと色気の伴った眼差しを向けるが、彼は一切動じず。頑なにハンコックの仕掛ける色仕掛けをいなすルフィは曲者である。

 

 ルフィは色欲を持たぬ稀有な男なだけあって、ハンコックの身を張ったアピールはこの先も不発に終わりそうだ。けれど少女は愚直なまでにルフィにゾッコン。桃色の恋愛脳は知能指数を著しく低下させる。無駄と分かっていても、失敗すると理解していてもなお挑む事は止めない。

 

 とはいえルフィのことを差し引けばハンコックはただの恋する女の子。年の割に内面的に早熟な面もある聡明な少女。その評はマキノや村長の談によるもの。

 

 

「ルフィ、ありがとう。そなたも汗をかいておるな? わらわもお礼として背中を流そう」

 

「いやァ、おれはいいや。何度も体を洗ってたら磨り減りそうだっ!」

 

 

 子ども特有の素直な想像。たしかに一度の入浴で体を磨きすぎれば肌が荒れそうだ。潔癖症でも無い限りムリしてまで洗う必要もあるまい。

 

 

「むう……もう少しだけルフィと洗いっこしたかったのじゃが……。次の機会に楽しみを取っておくというのも良いか」

 

 

 渋々、手を引くが未練たらたら。足掻くようにルフィへと頬ずりをして欲求を収める。ハンコックはルフィの頬の感触をモチモチしていると評し、ルフィはハンコックの頬をスベスベしていると評する。

 

 湯船に使って上昇した体温の交換を済ます。双方共に熱された身だ。冷却などされずに湯当たりしてしまいそうだ。

 

 が、ハンコックの身にある変化が生じる。鼻頭が熱くなったかと思えば、次に意識した瞬間にトロリとした生温い流体の感触。その正体はルフィによって早々に特定された。

 

 

「あひゃひゃひゃ!!!! ハンコック、鼻血出てんぞっ! アホみてェな顔だっ!」

 

「鼻血じゃと……?」

 

 

 手で拭ってみれば、なるほど――。触れた手の平が真っ赤に濡れていた。湯に浸かったことで血流が促進されて鼻血を噴いてしまったのだろうか? はたまたルフィとの肉体の触れあいに興奮して、古典的なギャグのように鼻血を出してしまった?

 

 

「へへ、ハンコック! お前、おもしれェやつだっ!」

 

 

 感極まったルフィが血に塗れることを(いと)わずにハンコックへ抱きついてきた。ドンッという衝撃が、彼の接触を生々しく脳へと伝達する。

 

 

「ル、ル……ルフィっ……!」

 

 

 鼻先が更に熱さを増す。どうやらハンコックは後者の原因により、鼻血を噴いたらしい。ルフィとの度重なる肌と肌の接触が興奮の糧となった。蓄積した色情がハンコックを昇天させようとする。

 

 視界が明滅を始め、意識が飛びかける。されど薄れゆく意識の中でハンコックは思う――。

 

 ルフィに抱かれたままなら、たとえ鼻血を噴いていようが極楽へ逝ってしまっても――。一片たりともその生涯に悔いなど無いと思ってしまう。

 

 ゆえに幸せな心地で本日の入浴は締めくくられた。ルフィとハンコックの混浴が習慣化された記念日として――。


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