もしもハンコックがルフィと同い年で幼馴染だったら   作:夏月

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17話

 正式に義兄弟の盃を交わして以後のコルボ山での4兄弟妹の日々は、より鮮烈で充実したものであった。野生動物を狩っては素材を街へ売りに行き、その都度ゴロツキらと言い争いの末に血と暴力を交えての大喧嘩。

 

 生傷の絶えない血生臭い日々だが、誰がピンチに陥ろうとも兄弟妹全員が一丸となって全力で助けた。その度に絆は強固なものとして仕上がる。

 

 

「その肉はおれのだっ!」

 

「いいや、おれのだっ! 兄貴に譲れよ! 胃袋の大きさが違うんだっ!」

 

 

 夜の食卓の一幕。

 

 ルフィとエースにより肉の奪い合い。森で獲った野牛の肉。大皿には山のように盛られ、まだ量としては十分に残っている。しかし、運の悪いことに2人が手を伸ばした先に掴んだ肉が被ってしまった。争いの発端としては馬鹿げたものだ。

 

 押し退け合い醜く見苦しいレベルの低い争い。見かねたハンコックが喧嘩両成敗とばかりに2人の頭に拳骨を落とす。

 

 

「阿呆者どもっ! 兄弟で何を低次元な喧嘩をしておるっ!」

 

「いてェ! おれ、ゴムなのに何で痛いんだ?」

 

「愛ある拳は防ぐ術なしじゃ。おじいちゃんなら、きっと同じことを言うことはず」

 

 

 涙目で疑問を口にするルフィ。その理不尽さに不満たらたらである。

 

 

「なんでおれまで拳骨で叱られるんだよ。おれは一応、お前の兄貴だぜ?」

 

「兄貴だからこそじゃ。ルフィはご覧の通りアホじゃ。手本となれるよう兄として努めよ」

 

「っち、妹の癖に姉貴みてェなことを……」

 

 

 ハンコックに頭の上がらないルフィとエース。この4兄弟妹でのヒエラルキーのトップは、どうやらハンコックらしい。

 

 

「あははは! お前らはもう少し大人になるべきだ」

 

 

 愉快気に3人のやり取りを安全圏から眺めていたサボ。母親のように2人の少年を叱りつけるハンコックに畏敬の念さえ抱いていた。彼女の前では下手にバカな真似は出来まい。まあ、彼女も時々と言わず、兄弟妹に混じっておふざけの過ぎる場合もあるのだが。

 

 なんだかんだ言って皆似た者同士なのだ。だからこそ人間として惹かれ合って、実の兄弟妹以上の絆を築けたのだろう。

 

 

「って、おいっ! おれ達から取り上げた肉を食ってんじゃねェよ!」

 

 

 エースの怒りの主張。あろうことか喧嘩の仲裁に入ったハンコックその人が、2人から没収した肉を頬張っていた。

 

 

「美味じゃな。そなたの悔しがる顔こそ最高のスパイスと成り得る」

 

 

 憎たらしく言い、エースの神経を逆撫でする。

 

 

「性悪女めっ! なんて嫌な性格の妹を持っちまったんだァ、おれはっ!」

 

「肉ならまだ其処にいくらでもあるではないか」

 

 

 山盛りの皿を指して、ご立腹なエースの気を収めようと図る。が、ここでひとつ極めて重大な問題が発せする。ハンコックとエースが言い争っている間に、なんと皿に盛られた肉が忽然と消えていたのだ。

 

 

「ぶへー! もう腹いっぱいだァ!」

 

 

 丸太のように胴を太くしたルフィが大の字で床に転がる。ひと目で分かる。肉を消し去った犯人はルフィなのは明白。

 

 

「おい、てめェ! よくも肉をっ! まだおれは食い足りてねェんだぞっ!」

 

「いやー、ごめん! 旨かったっ! 許してくれ!」

 

 

 謝罪の(てい)を成していない感想を付け加えるルフィ。これにはエースもブチ切れると思いきや、またもやハンコックが介入する。

 

 

「すこし頭を冷やすがよい、エースよ。わらわに争う意思など無い」

 

「それをお前が言うのか? 良い性格してんな、ハンコック」

 

 

 ともあれ、エースも多少なりとも精神的な成長を遂げたようで、事を構えることもなく怒りを鎮めた。彼にもハンコックの兄という自覚が芽生え始めたのだろう。まだ怒りっぽさは残るものの、尾を引くようなことは無くなった。

 

 

「ほう……」

 

 

 このエースの反応にはハンコックも感心し、兄として敬う心が僅かながらも生まれる。無論、表立って尊敬の念を口に出す事はしないが。

 

 

「なァ、ハンコック!」

 

 

 ルフィの呼びかけ。無視など出来まい。

 

 

「どうしたのじゃ、ルフィ。まだお腹が空いておるのか?」

 

「腹は膨れたけどな! 明日はハンコックの味噌汁が飲みてェ!」

 

「み、味噌汁っ! つまりプロポーズっ!」

 

 

 ハンコック恒例の早合点である。実に短絡的な解釈。されどルフィという甘い蜜に魅入(みい)られた少女は、いとも容易く恋愛脳に支配されてしまう。

 

 とある島国のプロポーズの常套句のひとつでも耳元で囁かれようものなら、瞬く間に()とされてしまう。

 

 以前はハンコックの意思で味噌汁を彼に作ってあげようと決めていたが、今回はルフィたっての希望。ならば腕によりをかけようではないか。

 

 おめでたい恋愛脳で明日の朝食の献立を決めたハンコックは、胸がポカポカするのを感じた。ルフィの為に作る味噌汁は特別な味。

 

 栄養価(愛情)満点。ルフィを惚れさせるまたとない好機。彼の心を逃さずにいられようか。

 

ひとり燃え上がる少女をエースとサボは遠巻きに眺め、内緒話をしている。陰口ではないだろうが、ルフィに夢中になり過ぎて知能が低下したハンコックを哀れんでいるようにも思える。

 

 ――そして翌朝――

 

 ルフィの希望通り、誰よりも早起きしたハンコックは味噌汁を作る。調理時間にして20分弱。味噌汁はこれまでに何度も作ってきた為、手際も初期と比べてかなり良くなってきた。

 

 寝坊助な兄弟達を叩き起こすと、ネチネチと文句を垂れるものなので眠気覚ましに蹴りの1発でも入れてやる。隙間だらけの壁をぶち抜いて吹き飛んだエースとサボ。

 

 無事なのはルフィくらいだ。ハンコックも最愛の人だけは文字通り足蹴に出来なかったのだ。彼を起こす際は無難に体を揺さぶって優しく意識を覚醒させた。

 

 

「あれ? なんでエースとサボは外なんかで寝てるんだよ」

 

てめェの女(ハンコック)に訊けっ!」

 

 

 あえて子細までは語らぬエース。傍若無人な振る舞いをする少女ハンコックの監督義務はルフィにある。だからこそルフィ自身がハンコックの全ての行動について責任感を自覚すべきなのだ。

 

 

「いてて……。兄貴達に対してこの仕打ち。さすがにおれも怒るぞ!」

 

 

 腰を強かに打ち付けたサボは患部をさすりながらハンコックに警告を発する。

 

 

「どういうこったァ! 誰だよ! ウチの壁に穴なんか開けやがったのはっ!」

 

 

 ことのほか響いた音によって目覚めたタダンが惨状を目の当たりにして叫ぶ。

 

 

「ダダン、わらわは知っておるぞ。エースとサボが犯人じゃ。寝相の悪さが極まって壁に穴を開けてしまったようじゃな」

 

 

 すかさず冤罪を被せる悪女なハンコック。迫真の演技ゆえにダダンもこれを信じかける。

 

 

「バカ言えっ! ダダン! こいつは嘘ついてやがるんだっ! どこの世界に寝相の悪さだけで壁を壊すやつが居るんだよっ!」

 

「そりゃそうだ! よくよく考えりゃァ、ハンコックは信用ならねェ!」

 

 

 エースの弁明をあっさりと受け入れるダダン。やはり赤子の頃から育てたエースという少年への愛着は深いらしく信頼も厚いのだろう。

 

 一方でハンコックはというと……。年齢の割に言動が大人びている癖に小生意気な子どもといった印象。ダダンからすればトラブルの種だ。ルフィが絡んだ途端、急に悪い部分が表に出てくる。

 

 人目を省みずにルフィへ甘えだし、その為ならば周囲への迷惑も厭わぬ。その姿勢はある意味ではハンコックという少女の個性を表していた。愛に生きる少女の煌めきは、何者にも屈しないのだと。

 

 

「バレてしまっては仕方があるまい。しかし許して欲しい。このわらわの可愛さに免じて」

 

「それが謝る人間の態度かよ! おれとサボは危うく犯人にされかけたんだ」

 

「妹のワガママ程度にいつまでも根に持っていて恥ずかしくはないのか?」

 

「どうしてこっちが責められてんだ?」

 

 

 理不尽を吹っ掛けるハンコックは、盃を交わしてから以前にも増してワガママが増えた。やはり名実共に兄弟妹になった事で遠慮が無くなったのだろう。

 

 

「エースは知らぬやもしれぬが、こう見えてわらわは性格が悪いのじゃ」

 

「どこからどう見ても性格が悪りィだろ!」

 

 

 悪童として有名なエースの口から認めさせるハンコックの性悪さは折り紙付き。彼女が優しく接する相手はルフィだけに限られるだろう。

 

 あとはフーシャ村の大人たちに対しては世話になっている分、多少は良い子ちゃんぶっている。まあ、同じく世話になっているダダンに関しては、あまりよろしくない態度を取っているが。そこは素の自分を曝け出せる気の置けない間柄とでも言えよう。

 

 

「ハンコック! あとでちゃんと壁を直しとけよ!」

 

「何故じゃ? わらわが何をしたというのじゃ」

 

「何もかもだよォ! まったく……。口の減らねェガキだよ」

 

「ふふふ……!」

 

「なに笑ってんだ! お前は、わざと言ってやがったな?」

 

 

 手に終えないとばかりに降参の意を表すダダン。ハンコックも少しおふざけが過ぎたかもしれないと、ここらで引き下がる。

 

 

「ダダン、早起きをして味噌汁を作っておいた。ルフィの為だけに作ったつもりじゃが、皆にも分けてやろう」

 

「へえ、殊勝なことじゃねェか。お前もそういう心掛けを普段から出来りゃあお淑やかな女の子なのによ」

 

「お淑やかでなければ、わらわは何者だと言いたい?」

 

「じゃじゃ馬娘ってところさ」

 

 

 たしかにハンコックは誰かに手綱を握られるような人間性ではない。精々がルフィに尻尾を振るくらいだろう。

 

 

「おー! ハンコック! 本当に作ってくれたんだなっ! ありがとう!」

 

 

 味噌汁の香りに食欲を刺激されたルフィが、調理場の鍋に興味津々。このままでは彼ひとりで平らげてしまいかねないので、急いで個別によそわねば。

 

 とはいえ最初の一口は是が非でもルフィに味わってもらいたい。もう何度もルフィには味噌汁を作ってきた実績がある。その都度、彼は笑顔で旨いと言ってくれて――毎回のようにハンコックの胸はいっぱいになる。

 

 ルフィの喜ぶ姿、美味しそうに食べたり飲んだりす?表情こそがご褒美。そして翌朝今も彼はハンコック手製の味噌汁を啜り――。

 

 

「うめェっ!」

 

 

 簡素に一言コメント。その直後には喉をゴクゴクと鳴らしてあっという間に飲み干してしまった。

 

 

「おかわりは自由じゃ。満足のゆくまで堪能するとよいぞ」

 

「おう! 全部おれが飲み干してやるっ!」

 

 

 皆に分け与えると言った手前、ルフィだけに味噌汁を独占されると不味い状況。しかして、ルフィの為とあらば約束を反故にするのも致し方無し。埋め合わせは何か別の形ですれば、さしたる問題には成るまい。

 

 

「おいおい、ルフィのやつが全部飲んじまうよっ! 元々、ハンコックの味噌汁を朝食のアテにしてたわけじゃねェが、ムザムザと一人占めされるのを見てろってか!?」

 

「すまぬ、ダダン。わらわの見通しが甘かったようじゃな。ルフィの胃袋はおじいちゃん譲りであった」

 

「まあ良いけどよ。そういや、ハンコック。お前、他に何の料理が作れんだ?」

 

 

 埋め合わせの要求だろう。言われずとも別の料理で希望に応えるつもりであったので、ダダンの意見に耳を傾ける。

 

 

「スイーツ系ならばプリンやケーキも作れる。しかし、この家の設備では難しい。冷蔵庫もオーブンも無いのではな?」

 

「そりゃァ、村に行かなきゃムリだな。気持ちだけ受け取っておくとするかい」

 

 

 期待に応じられず遺憾である。とはいえ、これを機にハンコックだけでなくルフィも連れてフーシャ村へ帰郷するのもアリだろう。

 

 

「ルフィ、そなたもそろそろフーシャ村へ顔を出してはどうじゃ? マキノや村長も会いたがっているはず」

 

「んー、そうだな。でもなぁ、じいちゃんが何か言ってきそうだぞ」

 

「あ、失念していた……」

 

 

 万が一、村に滞在中にガープと出会すような事態となれば一騒動に発展することだろう。経験則で分かるのだ。こういう時に限って、その万が一を引いてしまうことを。

 

 

「でもおれは自由にやるって決めたんだ! やっぱりじいちゃんなんか関係ねェ!」

 

 

 躊躇いなどなんのその。ガープへの恐怖を打ち消したルフィは、ハンコックと共にフーシャ村へ向かうことを決意。

 

 

「お前ら村に行くつもりか? 今日はダメだぞ。海賊の勉強会を開くって約束だろ」

 

 

 ここでサボが止めに入る。彼の言った海賊の勉強会とは、その名の通り。現代における海賊界のルールや常識について学ぶ集まりだ。

 

 義兄弟妹の盃を交わした理由にも海賊が深く関わっている。ゆえに今日予定されている勉強会は決して外せない。

 

 

「じゃあ、フーシャ村は明日にしよう! マキノの酒場でジュースを飲みたかったけどな、海賊の方がもっと大事だ!」

 

 

「嘘じゃ……。ルフィが勉強を優先するなど」

 

 

 少なくともハンコックがルフィと出逢ってから一度として彼が勉強に励む姿を目撃したことはない。読書すらしないルフィにあるまじき意欲である。

 

 

「失敬だぞ、ハンコック! おれだって勉強くらいするっ!」

 

「いやしかし……。つい先日、わらわが算数を教えようとした際に、勉強など放ったらかしにして抜け出しではないか? それも虫取りに夢中になって」

 

「カブトムシがいっぱい捕れて楽しかった!」

 

「今は感想を求めてはおらぬ……」

 

 

 とはいえ海賊関連ともなれば彼も考えくらいは変わるようだ。ならばそのやる気に期待してハンコックも信用したい。

 

 

「では信じよう。少しでもルフィを疑ってすまなかった」

 

「気にしてねェから、そんな暗い顔すんなって! ししし! 今度、虫取りに連れてってやるから元気出せっ!」

 

 

 捕獲したカブトムシで相撲を取らせる光景が、閉じた瞼の裏側に浮かぶ。

 

 

 

 

 

 さて、勉強会の時間を迎える。主催者はサボ。教師役もサボである。彼は海賊となる己の将来を考え、4兄弟妹の中でも先んじて勉強していた。まずは持ちうる知識の共有から始めたいそうだ。

 

 

「よし、皆! 居眠りは無しだぞ! 見つけ次第、ぶっ叩いてでも起こすからな」

 

「くかー…………」

 

 

 と、ここで寝息がひとつ。発生源はルフィ。隣り合って座るハンコックにもたれ掛かるようにして眠る。

 

 

「って、おい! ルフィ、言ったそばから寝るんじゃねェ!」

 

 

 早々にペナルティとしてサボにぶたれるルフィ。例によって愛ある拳による制裁は、ルフィのゴム体質を貫いて痛みを与えた。

 

 

「痛てェっ! ひどいぞ、サボっ! 寝たくらいでぶっ叩くなんてよォ」

 

「海賊になるんならちょっと痛む程度でガタガタ言ってられねェぞ。予行練習とでも思え」

 

 

 やたら教師役が板についたサボ。真面目に徹した彼にはハンコックさえも茶化したりは出来まい。

 

 

「ルフィ、ここはグッと堪えて勉強に集中するのじゃ。自分の将来の為でもある。海で自由にやるには、まずは今のうちに不自由を克服せねば!」

 

「なるほどなー」

 

 

 本当に理解しているのか大いに疑問が残るところだが、掘り下げても埒が明かない。気を取り直してサボ先生の授業を受ける姿勢へと入る。

 

 

「エースは既に知ってることばっかだけど、復習って事でひとつよろしく頼むよ」

 

「ああ、このバカ達には必要なことだしな。おれは復習でもなんでも構わねェ」

 

 

 というわけでエースの復習も兼ねて授業は進行する。海賊とはなんぞや――。導入からして堅苦しく感じるが、サボが噛み砕いた内容へ変えて指導する。

 

 海賊とは――世界政府の許可を得ずに指定外の航路を進み、政府や民間人に被害を及ぼす者達の総称である。

 

 極端な話、たった一人で航海していようとも罪を犯せば、その時点で海賊認定されるのだ。例に挙げれば世界最強の剣士と謳われる『ジュラキュール・ミホーク』であったり――。

 

 他に海賊の定義としての条件について。世界政府としての見解では海賊旗の掲揚は直接的に海賊の認定とは関係無いということ。

 

 海賊旗とは海賊達の命であり誇りだ。ただしその存在意義は海賊達自身の都合で主張する為の道具に過ぎず、世界政府の規定したルール外の代物。

 

 海賊旗を掲げようが掲げまいが、世界政府としてはどうでも良いことなのだ。指名手配もされていない海賊船の旗など、ただ海賊を自称する集団でしかないと喧伝するようなもの。

 

 まあ実際問題、海軍としては海賊旗を掲げていた者達を問答無用に捕縛に動くのだが。自称とはいえ犯罪者を自ら主張するなど危険思想である。海賊ではないにしても目の前の犯罪者を野放しになどしないだろう。

 

 

「ここまで分かったか?」

 

 

 長々とした解説に区切りを付け、サボが確認する。

 

 

「わらわは概ね理解した。しかしルフィは……」

 

「ぜんぜん分からんっ!!」

 

 

 上の空で授業を受けていたルフィはこの有り様だ。

 

 

「はあ……。まあよい。ルフィがこんなでも最悪の場合、わらわが副船長としてフォローする」

 

「ししし! 頼りしてるぞっ!」

 

 

 他人事のように語るルフィ。呆れつつもルフィらしい反応に和むハンコック。ダメな男の世話を見るのも楽ではないが、頼られているという点では誇らしくもあった。

 

 これは……ハンコック自身にも問題があるのだろう。まともな感性ならば、この時点でルフィを見放す場面だ。でもそうしないのは、ひとえにハンコックがルフィを愛しているから。

 

 愛がゆえに破滅への道も恐れずして突き進む。だがルフィという少年の懐の深さや夢に懸ける想いの強さを知るハンコックの身にとって、破滅もまた乗り越えるべき試練のひとつに過ぎないのだ。

 

 

「くかー……」

 

 

 再び寝息が聴こえる。サボは即座に反応し、ルフィを咎めようとするが――。

 

 

「なんだよ、サボ! おれは寝てねェぞ!」

 

 

 きちんと意識を保つルフィの姿がある。ともなれば犯人はルフィではなく、消去法で次に疑うべきはハンコック。

 

 

「わらわではない。ルフィの為の勉強で寝ようものか!」

 

 

 ハンコックも目覚めた状態。ここまでくれば居眠り犯の正体は割れたも同然。

 

 

「まさかエースかよ……」

 

「くかー……」

 

 

 落胆するサボを嘲笑うかのようち眠りこけるエース。どうやら授業の内容が退屈だったらしく、サボの信頼を裏切る行為に及んでいた。

 

 

「エース! 起きろっ!」

 

 

 容赦なくエースの頭をはたくサボ。

 

 

「痛てっ! なんだっ! 敵襲か?」

 

「何を寝惚けてんだ……。弟と妹に示しがつかねェ真似をすんなよ」

 

「ああ、勉強会の最中だったのか? 悪りィ、退屈なもんで寝てちまった」

 

「退屈なのは認めるけどよ、ハンコックにつけ入れられる隙を与えんなよ?」

 

 

 注意喚起するが既にハンコックはエースの堕落しきった姿を目撃してしまった。これをネタに弄くられることは必至だろう。

 

 

「話が進まねェよ! この場で真面目に授業を受けてるのはハンコックだけかっ!」

 

 

 遅々として進まぬ勉強会に苛立ちを隠せない少年は、ハンコックに救いを求める視線を送る。だが、ハンコックは同情気味に苦笑いを浮かべるだけで手を差し伸べなかった。

 

 兄弟妹の中でもとりわけルフィとエースは問題児。個々で見ればハンコックとサボも、真面目人間とは程遠いが、それでも一般的な感性や倫理観は持っている。

 

 それだけにルフィ及びエースのハチャメチャ具合には振り回されがち。今だって2人の扱いに戸惑っている。

 

 

「ルフィとエースは段々似てきたのではないか? ともあれ気にするだけ無駄じゃ。わらわが聞くから続けるがよい」

 

「ああ、おれらまでこんな調子に染まったら、収拾がつかなくなるもんな」

 

 

 時と場合さえ選べばハンコックとサボもボケ通し。たが4人が全員ボケっぱなしというのは終わりが見えなくなるので自制する。

 

 

「次は代表的な海賊についてだ。将来、海で生きていくからには無視できない存在だ」

 

 

 サボ曰く、天候も生息する生物も異常な偉大なる航路(グランドライン)の更に後半部――新世界と呼ばれる海には、4つの強大な海賊団が日々しのぎを削っているとのこと。

 

 

 1つ、シャーロット・リンリンが率いるビッグマム海賊団。

 

 

 2つ、カイドウが率いる百獣海賊団。

 

 3つ、エドワード・ニューゲートが率いる白ひげ海賊団。

 

 そして4つ、シャンクスが率いる赤髪海賊団。

 

 4つの海賊団を総称して四皇と人々は呼ぶ。あまりの脅威性から、いずれも海軍ですらアンタッチャブルとして扱う。

 

 広大な支配域と強力な戦力を保有するがゆえに、もはや一国の軍隊では太刀打ち出来ぬほど。

 

 海軍本部が総力を挙げても、ようやく四皇の一角と五分五分程度。いかに海の覇者として君臨するのか――。その天災染みた兵力の程がうかがい知れる。

 

 

「シャンクスが四皇の一角……じゃと?」

 

 

 ハンコックが声を絞り出し、自身とルフィの友だちの名を復唱する。赤髪のシャンクス――村長の口ぶりからして、彼は尋常ならざる海賊であることは薄々ながら察していた。

 

 だがサボから教えられた海賊界の勢力事情で疑問が確信へと転じた。

 

 

「やはりシャンクスは凄い海賊じゃったのか……」

 

「どうしたんだよ? まるで面識があるような言い方だぞ

 

「サボよ。仮にわらわとルフィが四皇・赤髪のシャンクスの友だちであると言ったら、そなたはそれを信じるか?」

 

「…………」

 

 

 沈黙は肯定か否定、どちらを意味するものか。思案するサボの返答を待つこと十秒。

 

 

「お前とルフィなら何でもあり得そうだ。おれはハンコックの言葉を信じるよ」

 

 

 あっけらかんとサボは言う。意外な反応、しかしどこか予想していた部分は実のところ有った。

 

 サボが自らの素性を貴族の家の子と明かしてハンコック達が受け入れたように、彼も一見して突拍子もないほら話染みたカミングアウトを信じてくれたらしい。

 

 

「お、なんだなんだ! シャンクスの話をしてんのかっ!」

 

 

 シャンクスというワードに食い付いたルフィが会話に参加する。彼の人生の転機となった人物。いずれはシャンクスをも超える海賊に成ると誓ったルフィは、嬉々として語らう。

 

 

「シャンクスは強ェんだ! それにカッコ良い!」

 

「ルフィのこの言動。ハンコックを信じるとは言ったけど、もっと信憑性が増したな」

 

「なァ、サボ。そのシャンクスってやつは、そんなに凄いやつなのか?」

 

 

 エースが疑うように質問する。

 

 

「凄いなんてもんじゃない。略奪や殺人の横行する海で悪い評判は一切聞かねェのに四皇として君臨してるんだ。ってことは、たしかな腕っ節を保証されてるようなもんだろ」

 

「へェ……。いずれ海に出たら挨拶に行くのもよさそうだな」

 

 

 ルフィやサボからの評の良い海賊シャンクス。エースの興味をそそるには十二分な要素である。

 

 

「ふふふ、気になるのならエースとサボにも、わらわ達とシャンクスの出会いと話を聞かせてやろう」

 

「ししし!」

 

 

 シャンクスと友だちであることが誇らしいとばかりにハンコックは饒舌になる。シャンクスが四皇という身分であるから自慢しているのではない。彼の海賊としての器そのものに憧れを抱くからこそ、友だちという関係が

自慢になるのだ。

 

 そして出逢いのいきさつの全てを語って聞かせる。脚色抜きのあるがままを――。途中、話している本人(ハンコック)が感極まって言葉を詰まらせたりもしたが、ほぼ滞りなく話を終えた。

 

 

「そりゃァ、ルフィとハンコックが目標にするわけだ」

 

 

 聞き終えたサボの第一声。

 

 

「ますます気になるな、シャンクスって男が」

 

 

 エースもまた、必ず挨拶に向かうと決意する。この出来の悪い弟と妹が世話になったのだ。義理を果たしたい。

 

 

「とんだ暴露だったな」

 

 

 サボの貴族発言、ルフィとハンコックのシャンクスとの友だち発言。連日の重大事実の発覚に退屈しない。

 

 

「なァ、エース。こいつらになら教えてやっても良いんじゃねェか?」

 

「ああ……。おれもちょうどそう考えていた」

 

 

 なにか隠し事をしているようだが、その秘密をルフィとハンコックへと打ち明ける寸前。

 

 義兄弟妹の関係を結んだ今、隠し事などする己が許せない。そんな面持ちでエースは、胸が締め付けられるような気持ちで向き合う。

 

 

「何を改まっておるのじゃ? そなたらしくもない湿気た顔をしておる」

 

「そうだぞ。エースはもっとこう、しかめっ面をしてんだっ!」

 

「真剣な話だ。良く聞けよ……。おれの父親のことだ――」

 

 

 父親――。孤児としてダダンへ預けられたエースの実の父親についての話だろう。

 

 

「前置きとしておれの母親の名前は『ポートガス・D・ルージュ』。おれの本名としては『ポートガス・D・エース』ってことになる」

 

 

 産後間もなく亡くなったそうなので顔を見たことは無いとも語る。

 

 

「今から話す内容で重大なのはおれの父親についてだ」

 

「エースの父親とな……?」

 

 

 口渋ることから大罪人でも片親に持つのだろうかと疑う。今さら何が起きても驚きはしないし、受け入れる覚悟は出来てはいたが身構えてしまう。

 

 

 だが心して聞こう。切れぬ兄弟妹の絆が何ものにも屈しない心へと成長させた。

 

 

「海賊王――ゴールド・ロジャー――。その男が血の繋がったおれの実の父親だ」

 

 

 そして……。世界の真実は――ルフィとハンコックを時代のうねりへと飛び込ませる――。


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