もしもハンコックがルフィと同い年で幼馴染だったら   作:夏月

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18話

「「で……?」」

 

 

 だからどうした、そんな事情で勿体ぶった言い方をしたのか? そう伝えたげに鼻を鳴らしながらふてぶてしい態度で短く返すルフィとハンコック。リアクションとしては薄く、緊張の面持ちであったエースとしては拍子抜けも良いところ。

 

 

「それだけなのか……? おれは鬼の血を引いてんだ。もっとこう言うことがあるかと思ってたが……」

 

 

 存在を否定されたわけではないし、むしろありがたくはある。だが、予想外の態度に逆に不安を煽り立てた。

 

 

「親なんか関係ねェ! おれはエースとだから友だちに成りたいって思ったんだ! 兄弟にもなったんだから、今更知ったことか!」

 

 

 フー、フーと興奮気味に息を吐きながらルフィは不機嫌そうに言った。

 

 

「自惚れるでないぞ、エースよ。わらわなど親の顔も名前も知らぬままに人攫いに遭った。 今でこそおじいちゃんに保護され、此処に居るがな? 話を戻そう。語弊はあるが、まだ出自の知れたそなたの方が恵まれておるわ」

 

 

 サラっと、自身の生まれた経緯をぶっちゃけたハンコック。励ましの意味も込めての発言だったが、ハンコックも親の血筋などではなく、エース個人として人となりを見ている。

 

 でなければ血筋など持たぬも同義のハンコックの立場が無いではないか。そんな心情も少しばかり有った。

 

 

「それともなんじゃ……? そなたは同情でも引きたいというのか」

 

「いや、同情なんて要らねェ」

 

「元より同情などしてやらぬわ。よもや自分だけが特別だと思い違いなどしておらぬな?」

 

 

 海賊王の子であることが特別――。エースにとっては悪い意味で特別なのだろう。ただしハンコックが伝えたい意図は別だ。

 

 海賊王の血を重荷に感じず、縛られることなく自分らしく在れ――。そう伝えたいだけなのだ。

 

 

「ああ、おれは確かにおれという人間だ。お前の言う通り、特別だって勘違いしてる場合じゃねェよな」

 

「ならば思い悩むのも阿保らしいとは思わぬか? それでもまだ自分を貶めるというのなら、盃を交わしたわらわ達への侮辱に他ならぬ」

 

「もういい、降参だ……。おれはサボやルフィ、それにハンコックと盃を交わした事に悔いはねェ。むしろ誇るべきことだ」

 

 

 意外と熱い一面を垣間見せたハンコック。そんな妹の存在に元気付けられたエースは両手を上げて降参を告げる。

 

 

「なんだよ。おれの言いてェことは全部、ハンコックが言ってくれたな」

 

 

 ルフィもハンコックと同じ想いを擁していた。エースに懸ける気持ちは単なる兄弟の域を超えている。互いの生き死にさえも人生を左右する極めて重大な要因。我が身と同等に大切に想い、窮地に陥ったのなら海の果てからでも駆けつけることだろう。

 

 

「思った通り、ルフィとハンコックはエースを認めている。なァ、エース。話してみて損は無かっただろ?」

 

「ああ……。サボ以外にもおれの存在を許してくれる人間が居たんだって知った」

 

「許すもなにも、エースはまだ世界に対して何もしておらぬではないか」

 

「だったら、これからしてやるんだ。いずれ海賊として大暴れしてやるさ」

 

 

 意気込みは良し。世間からの目や悪評などものともしない程の偉業を実現する意思――。大罪人の息子などというレッテルなど知ったものか。ならばそれにも勝る悪名を自ら上書きすれば良いのだ。

 

 極論に近い答えだが、エースの中で既に決意は固まった。男として生まれたからには1度決めた己の旅路を変えたりはしまい。

 

 

「サボ、手っ取り早く海賊として凄い男だって認めさせるにはどうすりゃァ良いんだ?」

 

「そりゃァ、あれだろ。世界最強の男と呼ばれる――白ひげを討てばいいんじゃねェか」

 

「なるほど、白ひげって男か」

 

 

 海軍、海賊、民衆――誰もが口を揃えて最強と評する人物――エドワード・ニューゲート。かつて生前の海賊王ロジャーと互角に渡り合ったとされる男。海賊王亡き今、最もその席に近いと目される人物でもあった。

 

 

「だけどよォ、エース。四皇――それも最強の名を冠するような男だ。生半可な覚悟や力量じゃ、白ひげの前に辿り着くことも出来ねェぞ」

 

 

 白ひげほどの強者だ。彼を取り巻く多くの部下や傘下の海賊といった障害がエースの前に立ちはだかることだろう。もしかすると彼に仁義を通すと称して番犬のようにエースをくい止める海賊が現れるかもしれない。ひょっとすれば王下七武海の一員である可能性も有り得るか――。

 

 

「ほう、白ひげの首を狙うということは――そなたも海賊王の座を狙うつもりじゃな?」

 

「別にそんな座は要らねェ。だけど、白ひげをぶっ倒せば……。ついでに海賊王の称号も手に入るかもな」

 

 

 欲が無い割には結果だけに着眼点を置けば野心家だ。

 

 

「であればわらわとルフィの競合相手となるわけじゃ。海で出会えば何も酒を酌み交わすだけで済ますわけではあるまいな?」

 

 

 海賊同盟を結ぶという手もあるが、海に出た以上は全ての責任が自分自身に圧し掛かる。敵対するも味方するも自由。気に入らないという理由だけで、生死に関わる戦闘への移行とて考えられる。

 

 

「海賊だからな。命を取り合うような喧嘩くらいはするだろ。けどまあ、おれ達の間柄だ。その喧嘩は兄弟喧嘩ってやつだろう」

 

「ならば仲直りも必定というわけか。ふふふ、悪くは無い関係じゃ」

 

 

 何も兄弟妹間で争うことも無い。仮に争うにしても競い方など幾らでも思い浮かべられる。ルフィとエースに限れば大食い対決なども競争としては適しているだろう。 

 

 

「でも海賊王に成るのはおれだからなっ! わかったか、エースっ!!」

 

 

 先ほど、会話上での発言に有った海賊王という単語に過敏なルフィ。大声の後にこうも付け加える。

 

 

「海賊王ってのは、強いだけで成れるもんじゃねェんだ! この海で一番自由でなきゃ意味がねェ!」

 

 

 彼の抱く海賊王の理想像。いや、理想ではなく実現すべき未来の自分自身の姿だ。ルフィの中では既に確定したも同然の将来である。絶対的な自信があってこそ、千の海をも超えてゆける。

 

 だからこそ他者に先を越されるわけにはいかない。自分こそが海賊王に相応しい――などという傲慢さは欠片も無い。ただ自由であり続ける自分の行く着く先こそが海賊王の王座。ゴール地点を占拠しようというのなら殴ってでも押し退ける意思である。

 

 

「喧嘩だっておれはエースに勝ってやるんだ!」

 

「へへ、言ったなルフィ? 模擬戦じゃまだおれに一度も勝ててないクセに。だがもう引き下がれねェぞ? 男に二言はねェだろうな!」

 

「ねェ! 見てろよ! 今にぶッ飛ばしてやるからなっ!」

 

 

 そう言って目の前のエースに飛び掛るルフィ。会話の流れからして、なにもいま争うこともないだろうに。サルのように直情的になって兄を襲う弟。不意打ち染みた拳がエースの顔面を標的に定めている。

 

 

「甘いな、ルフィ。お前がそういうヤツだっておれは知ってんだ」

 

 

 予見していたのか、彼はいたって冷静に対処に努める。突き出した手はルフィの顔を鷲掴みにし、振りかぶってから地面へと投げ付ける。土砂を巻き上げる程の衝撃。近くで観戦していたハンコックとサボにまで飛散した土が降りかかる。

 

 

「ぐえェっ……!」

 

「ゴムの体を持つお前だ。痛くはねェだろうが、まだおれには勝てないって身に染みて理解出来ただろ。これに懲りたら無謀な勝負を挑むな――。と言ってもお前のことだから忠告は聞かないんだろうな?」

 

 

 兄としての威厳を示したエースは、浅慮な弟へ向けて勝利を宣言しつつもアドバイスを送る。ただしルフィの性格を熟知する彼は、人の言うことに従うような弟ではないとも知っていた。

 

 

「また一段と強くなったようじゃな……。ルフィも成長したはずじゃが、一歩及ばずといったところか」

 

「一歩じゃねェ。最低でも百歩は足りない」

 

「ふふふ、(そび)え立つ壁は高いものじゃな。ならば、その壁を超えるに当たって、わらわはルフィを強くすべく協力を惜しまぬ」

 

「ちくしょー! またエースに勝てなかった! でもこっちにはハンコックが居るんだ! 負ける理由がねェ! いつか勝つんだ!」

 

 

 地団太を踏むルフィ。年相応に微笑ましい挙動。保護者としての立ち位置に在るハンコックとしては、このまま鑑賞していたい。見守り甲斐の有る愛らしい弟的存在だ。そして弟と言えば――ひとつの疑問が急浮上する。

 

 

「そういえば――わららたち4兄弟妹の生まれた順はどうなっておる? エースとサボが兄なのは確定しておるが、わらわとルフィについてはどちらが上で、どちらが下なのか曖昧じゃ」

 

 

 誕生日で判断しようにもハンコックの生まれた正確な日付は不明。知っているであろう母親とも生き別れの状態ゆえに聞きようが無い。

 

 

「おれは5月5日が誕生日だぞ!」

 

「ほう……。一応、わらわの誕生日は便宜上では9月2日ということになっておる」

 

 

 9月2日とはハンコックが初めてアマゾン・リリー皇帝グロリオーサを題材とした絵本『海賊女帝の冒険』を読んだ日に該当する。ハンコックが生きていく上での目標を定めた日でもある為、特別視しているのだ。お役所手続き上でも9月2日を誕生日としている。

 

 

「じゃあ、おれの方が兄ちゃんだな! そんで、ハンコックは妹だ!」

 

「むむ……! なんという違和感! なんという敗北感! わらわはルフィをお兄ちゃんと呼ぶべきか?」

 

 

 傍目から見るとハンコックが姉で、ルフィが弟。そのような振る舞いであり、それが常であった間柄。蓋を開けてみれば兄妹の関係として確定してしまった。

 

 

「お、お兄ちゃん……! だ、大好きっ……!」

 

 

 喉から絞り出して紡いだ言葉。我ながらあざといものだと羞恥心に襲われるハンコック。呼ばれた当人は、さして感じるものが無かったのかポカーンとしている。

 

 

「おれもハンコックのことは好きだけぞよォ。そのお兄ちゃんって呼び方はなんか変な感じだ。よく分からねェけど、おれとハンコックはどっちが上とか下とかの関係じゃないと思うぞっ!」

 

 

「そ、そうじゃな! わらわ達は対等な関係じゃ。すまぬ、ルフィ。わらわはボケていたようじゃ」

 

 

 まあ、ハンコック自身もお兄ちゃん呼びには抵抗があったので忌避感を持って貰えて都合が良い。けれど心の何処かで、ここでお兄ちゃん呼びを捨て去ることにも名残惜しさを感じている。

 

 妹属性など自分には不要のはず。しかしルフィという少年はいざという時は頼れる男。兄貴肌という柄でもないが、彼に甘えたい欲求は常日頃から強い。

 

 誕生日の順番的にもルフィは自身が兄で、ハンコックを妹だと、その口で確かに言った。ならば妹として存分に甘える権利を主張しても罰は当たるまい。

 

 

お兄ちゃん(ルフィ)……! 抱き締めてはくれぬか!」

 

「うわっ……!」

 

 

 磁石のS極とN極が引かれ合うようにハンコックはルフィへと引き寄せられる。というよりも一方的に距離を詰めて、その身を飛び込ませた。トンッ、という軽い衝突音。ハンコックは強引にルフィの胸板へとへばり付いて離れない。

 

 

「妹って、こんな感じなのか? 妹って不思議だなー。おれに抱きついてくる生き物なのか!」

 

「ふふふ、その解釈で相違あるまい。ゆえにルフィよ。贅沢は言わぬ、わらわをギュッと抱き締めて欲しい」

 

 

 十分に贅沢な要求。しれっと己の欲求を満たす少女の計略にルフィはまんまと掛かる。傍で年少組を眺めていた年長組も、ハンコックの貪欲さにある意味では敬意を表する。

 

 

 

「あははは! 愚妹(ハンコック)のやつ、愚弟(ルフィ)相手に形無しだな! こりゃ傑作だ!」

 

「外野は黙っておれっ! 女っ気無しの非モテ男の言葉など意味も価値を持たぬわっ!」

 

 

 醜い嫉妬心を紛らわす為に人を下に見るサボ。その愚行を看過など出来ようか。からかいのネタとされるのはどうにも腹が立つ。この雪辱、いかにして晴らしたものか。考えるのも億劫なので、無心になってサボの脛を爪先で蹴る。

 

 

「痛てっ! そこは止めろ、普通に痛い!」

 

「わらわのように美しい女からの仕打ちじゃ。男とは女に痛めつけられて喜ぶ習性があるのじゃろう? これを褒美として受け取るが良い」

 

「おれにそんな特殊な趣味嗜好はねェよ! 高町の貴族のおっさん連中には、その手の輩もいるって風の噂で聞いたけどよォ」

 

 

 やはり貴族ともなれば庶民とは別格な性癖を持つ者が存在するらしい。なるべく関わりたくはないものだ。尤も、住む世界が違うのだ。自分から近付かない限りは無縁だろう。

 

 

「おい、サボ! 妹に負けて兄貴として恥ずかしくねェのかよ!」

 

「恥ずかしいに決まってる! けどコイツ、なんか怖ェ! ほくそ笑みながら蹴ってくるんだ!」

 

 

 サディスティック気質というわけでもあるまい。単純に兄への意趣返しを成功させた点に満足しているだけである。

 それにこの結果はひとつの関係性を表している。エースはルフィより強く、ハンコックはサボよりも強い。兄組と弟妹組とで勝敗のバランスが取れている。実質的に力は拮抗していると見て間違いない。

 

 

「可愛い妹を恐れたな? なんと腰抜けな男じゃ。わらわはこんな男(サボ)を兄として仰がねばならぬのか……」

 

「盃を交わしたんだから、おれが兄貴って事実は覆らねェ。それとな、自分から可愛いって言う女に可愛げがあるとは思えないぞ。見た目の話じゃなくて性格の話な?」

 

「そうかそうか……。少なくとも、容姿についてはサボも認めるのじゃな? それと安心するがよい。性格の悪さは自覚済みじゃ」

 

 

 どこにも安心する要素は含まれておらず。されど自信満々に主張する彼女の有り様は見る者にそう信じ込ませる魔力染みたものがあった。

 

 

「今日の勉強会はお開きだ。あまり根詰めても頭に残らないだろうし。続きは明日だ。これからもしばらく続けるから、そのつもりで居ろよ」

 

 

 サボの終了の宣言により、ハンコックにとっては有意義、ルフィにとっては退屈極まりない勉強会は閉会。今日の予定は残すところ夕飯の確保のみ。

 

 適当な獲物を見繕ってダダンへと引き渡せば、夕飯と入浴を済ませば1日は終わりを迎える。

 

 

 

 

 そんな代わり映えのしない日々が十数日ほど続き、勉強嫌いで集中力の無いルフィを除けば、(みな)、一端の海賊並の知識を身に付けるに至った。

 

 海軍本部所属の名だたる海兵、世界政府公認の海賊『王下七武海』など、興味の尽きぬ内容が盛り沢山。ただし念押しするが、ルフィは授業の内容の大半を聞き流している。

 

 よって必要に迫られた時に応じて、ハンコックが解説する事になるだろう。ルフィにとってはハンコック様々と言える。彼の右腕的存在よりも更に上、半身とでも喩えるべきか。

 

 

「なァ、サボ。話に出てきたボア・ダリアって女海賊だけ手配書は無ェのか?」

 

 

 とある日のお昼頃。1日のサイクルにすっかりと組み込まれた勉強会でのことだった。現在の王下七武海の顔触れを一覧にすべく纏めた手配書の束。七武海であるのに6枚しか見当たらない。欠けている1枚こそボア・ダリアの手配書。

 

 授業の一環で手配書を纏めたは良いが、プレミアの付いたボア・ダリアの手配書のみ準備出来なかったというのがサボの言。

 

 

 名声だけが世に知られた女海賊。絶世の美女であり、この世で最も優れた美貌を持つとされる人物。気品高く、七武海へ加盟後は新世界の並み居る大物海賊を単独で撃破した実績を持つ。

 

 かつてロジャー海賊団の船員であったことは世間的にも近年になってからは有名である。他にも四皇・赤髪のシャンクス及び現王下七武海の一角・鷹の目のミホークとも、伝説的な決闘を繰り広げたことで、海賊として確かな実力を世界に示した。

 

 ただその知名度の高さと美貌の評に反して、世間ではほとんど顔を知られてはいない。

 

 

「ボア・ダリアは懸賞金を懸けられて間もなく王下七武海に加盟したからな。手配書がほとんど発行されてねェ。だからあまり流通してねェんだ」

 

 

 サボの説明の通り、発行枚数の少なさから希少性価値が非常に高い。王下七武海に加盟したその瞬間から指名手配は取り下げられ、海賊として重ねてきた罪も免罪されるのだ。当然ながら追加での手配書の発行は無い。

 

 よってマニアの間では、ボア・ダリアの手配書は高値で取り引きされている。状態にもよるが、1億ベリーは下らないとか。もはや悪魔の実の相場価格の域に達している。

 

 そういった事情に加えて、ボア・ダリアは隙を見せぬ海賊としても有名。'炎のアタっちゃん'こと本名アタッチなる敏腕カメラマンのシャッターからも逃れ、新聞沙汰になるような事件を起こしても写真は一切撮られないという鉄壁ぶり。

 

 

「ルフィが世話になった赤髪のシャンクスと渡り合う女海賊――。へェ、気になるなァ」

 

「美人という触れ込みに鼻の下を伸ばしておるな、エースよ」

 

「伸ばしてねェ……。女にもそんなに興味ねェし」

 

 

 可愛いだの綺麗だの、そういった類の美醜感自体は備わっている。ただじその感覚が恋愛や情欲へと直結するかは別問題。

 

 

「なに、そなたはまさかの男色家?」

 

「可笑しな勘違いをしてんじゃねェ。というかまだチビの癖に、妙な知識を身につけんな!」

 

 

 ハンコックの不純さを指摘する。それはさておいて――。事実、エースは女性への関心は薄い。身近な女性と言えばダダンとハンコックくらいのもの。ダダンは育ての親、ハンコックは妹であるからして女性としては見ていないのだ。

 

 

「興味が有るってのは海賊としてだ。四皇と互角の女。懸賞金の高さだけがそいつの強さってワケじゃねェだろうが、まずは額が気になるな?」

 

 

 サボへと質問を飛ばすエース。さぞ高額賞金首だったのだろうと思いを()せる。

 

 

「たしか――元懸賞金は8千万ベリーだ。思っていたより低いって感じたろ?」

 

 

「本当かよ、サボ。四皇相当の実力を持つような女が億未満の賞金首なのか? 海軍ってのも見る目が無いんだな」

 

 

 サボの話によると、ダリアが表だってシャンクスやミホークと覇を競い合ったのは王下七武海に加盟して以降。ロジャー海賊団の一員であった過去の発覚も同様。

 

 つまり懸賞金額が低い時点から世界政府及び海軍本部に脅威と見なされる程の実力を持っていたのだ。仮にその事実と力が七武海に成る以前に露見していたのなら、その首に懸けられたであろう額は計り知れない。大雑把な試算でも20億ベリー以上は確実か――。

 

 

「九蛇の皇帝――。是非、その尊顔に拝したいものじゃ」

 

 

 尊敬する女帝グロリオーサ――。彼女のような歴代皇帝の地位に名を連ねる人物。ハンコックとしても興味の尽きぬ対象。美貌を誇るというのだ。彼女も自身の容姿の良さを自信の源としているがゆえに、まだ顔も知らぬ相手をライバル視する。

 

 

「さて、わらわとどちらがより美しいものか――」

 

 

「ハンコックに決まってる!」

 

 

 そう断言したのは今の今までウトウトとしていたルフィ。ことハンコックにまつわる話であれば目覚めもこの様にバッチリだ。

 

 

「ふふふ、お世辞でもなんと嬉しい」

 

「おれはお世辞とか言わねェぞ」

 

「それはまことじゃな? 言っておくが本気にしたわらわは、喜びの余りに妹としてお兄ちゃん(ルフィ)に甘えてしまう」

 

 

 

 ここぞとばかりに妹へと身をやつす。その身代わりの早さは目を見張るものがあった。

 

 

 

「ハンコックはおれにベタベタし過ぎだ」

 

「なんじゃ、冷たい……。わらわ()を泣かせるつもりか?」

 

「んー、ハンコックが泣くのは嫌だ! じゃあ、いくらでも甘えていいぞ!」

 

「え!? なんと優しいお方――。わらわの惚れた殿方に間違いはなかった……」

 

 

 甘やかされて付け上がる。涙が頬を伝い、至上の歓喜に身を震わせる。ルフィの肩に押し付けられたハンコックの顔からは涙が流れ、彼の服を濡らす。

 

 

「本望じゃ……。こうしてそなたの傍に居られるのなら、喜んで妹の身に甘んじよう」

 

 

 ただし程ほどにだ。あまりにくどいと、それこそルフィに嫌われかねない。タイミングと頻度の見極めには細心の注意を払わねば。

 

 

「ハンコックのやつ、ひょっとしたらルフィよりもバカなんじゃねェのか?」

 

 

 サボがポツリと呟く。煩悩だらけの少女。欲望に忠実であるがゆえに頭の中に穢れた花々を咲かせた。その穢れは人の目からでも見て取れる。目を瞑れと言われても鮮明過ぎるほどに存在を主張するソレは、無視出来ぬほどの異彩を放っていた。

 

 

「ああ……。ハンコックに比べりゃァ、まだルフィは食い意地が張ってるだけでまともな人間にさえ思えてきた」

 

 

 エースから見ても一目瞭然。最早、幼子同士の戯れの領域を超え、ハンコックにより好意の押し付けに等しい。だがそんな異質な好意さえも受け止めてみせるルフィの度量。成るほど――これほどの男気があってこそ海賊王に足る器なのだろう。

 

 だからこそハンコックは彼の前では1人の恋する女として振る舞い、ルフィに愛情を求めた。欲するモノがそう易々と手に入るものでもない。しかし、ルフィを心の拠り所とするハンコックは、だた傍に居ることで心に空いた穴も埋まるというもの。

 

 

「ししし! ハンコックが妹って変な感じだけど、なんか面白れェな!」

 

 

 

 事柄の良し悪しを面白さで決める彼の思考回路。正常な倫理観など投げ捨てるどころか元より持ち得ていない。生まれてこの方、そんな生き方をしてきたから、ハンコックのような風変わりな少女を惹きつけてしまったのだろう。

 

 しかし悪い事ではない。意図せずして生涯最高の友だちにして海賊王の相棒となる少女を手中に収めたのだ。ルフィの人生に限りなくプラスとなったはず。

 

 そしてハンコックの胸中も毛色は異なれど近いモノがある――。ルフィが友だちであることは勿論。恋焦がれる相手が居てこそ、人生に張り合いが生まれる。彼との出会いで得たモノは両手の指で数え切れぬほど。

 

 ああ、もうこの胸から湧き起こる衝動を抑え切れない。高鳴る鼓動が脳内へと直接響き渡り、悪魔の囁きへと変貌する。もっとルフィに甘えよ――。さもなくばその身を業火に包まれるだろう。

 

 

 ならば仕方があるまい。恋患いで船出よりも前に命を落とすなど馬鹿げているし、何も対策を打たぬなどルフィの夢を妨げる愚行。建前でもなく、大義名分を得ただのと後ろめたさを隠すこともなく――。

 

 ただ単純に自信の気持ちのままにハンコックはルフィへと、その身を委ねる。彼になら、なにをされても構わない。いっそ彼の所有物になってしまいたい。飛躍する妄想は、いたいけな少女をどこまでもバカにしてゆく。

 

 でも恋する女がバカだって良いのではないか――?

 

 

「ルフィ……ルフィ……ルフィ――」

 

 

 その名を呼ぶだけで、この世の全ての苦痛から解放される。夢と現実の狭間。幻想の世界に少女の心は行き着く。

 

 

「うわっ……。面白ェけど、やっぱりハンコックは変だっ!」

 

「それでも良いのじゃ……。ふふふ、すーきっ!」

 

 

 年相応に無邪気な笑みと共に、より一層ルフィへの密着を強める。彼の心音に耳を済ませる。彼の胸から聴こえる真実の声。読み取れるものは――。

 

 拒絶ではなかった。ただ伝わり切らないだけ。ルフィに非など無いのだ。彼も本心ではハンコックを愛しているはずだ。決してハンコックの思い込みではない! ――という解釈を彼女の中でのみ成立させていた。真相はルフィに直接聞かねば迷宮入り。

 

 しかし許そう。ハンコックはこの心地の良さゆえに寛大となる。聖母めいた母性でルフィを包み込む。

 

 妹属性を内包した欲張りな乙女ハンコック――。恋をするがゆえにその姿は最早、海賊女帝ボア・ダリアよりも美しくもあった。


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