もしもハンコックがルフィと同い年で幼馴染だったら   作:夏月

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4話

 ルフィとハンコックはフーシャ村一番の友だち関係。村長のような老人から生まれたばかりの赤子まで周知の事実。よってシャンクスを村長へ紹介する際も、2人は仲睦まじげに肩を並べていた。

 

 シャンクスから注がれる視線は困惑の色が含まれていたが、ハンコックはどこ吹く風。人の恋沙汰に干渉さえされなければ文句など出まい。

 

 

「はじめまして、村長さん。突然の寄港で驚かせてしまって申し訳ない。おれはシャンクス。世間からは赤髪のシャンクスなんて呼ばれてる」

 

「赤髪のシャンクスじゃと……? ええいっ、よりにもよって何故ガープの不在の時に限って、四皇ほどの海賊がこの片田舎にっ!」

 

 

 村長は村フーシャ村における史上最大の危機を迎えたとして警戒レベルを最大まで引き上げた。ハンコックとルフィは知らぬことだが――赤髪のシャンクスと言えば、この大海賊時代を代表する海賊。

 

 広い海にさながら皇帝のように君臨する四つの海賊団のひとつ、赤髪海賊団の船長こそがシャンクス。民間人からの評判は賛否両論と言ったところだが、新聞などで彼の名を聞く限りでは民間人への被害はほぼ0と言える。

 

 海賊に関しての知識の薄いハンコックとルフィは、四皇という単語にピンとこないようで、聞き流していた。とはいえ村長の反応から察するに、それなりに名の通った海賊なのだろう。関心を持たないでもない。

 

 さて村長は赤髪海賊団について情報としては知っていたが、実際のところ所詮は海賊なのだ。どこまで信用して良いものか怪しい。報道されていないだけで悪事を働いていても何ら不自然ではない。

 

 

「赤髪のシャンクス、お前さんを信用するわけではないが――ルフィとハンコックの友だちだというのなら、猶予を与える。数日間、港に停泊している船から降りないでもらいたい」

 

「構わないが、それはどうして?」

 

「ちょっとしたテストじゃよ」

 

 

 欲に忠実な海賊。酒や飯のある村を目の前にしてお預けをくらって、ばか正直に従う堪え性の有無を試す。

 

 ルフィとハンコックの保証が無ければ、本来ならこんなテストすら機会として与えなかった。けれど英雄ガープの孫、そして今や我が家で暮らす孫同然のハンコック。2人の存在が村長に賭けに出させた。

 

 村の長として誉められた行動ではない。だが、それでも信じてみたいモノが在ったのだ。

 

 

「暫定的に交渉成立ってところか。あァ、港を勝手に使わせてもらってるんだ。停泊料を払わせてくれ」

 

 

そう言ってシャンクスは正規料金の三倍の金額を村長へと握らせる。

 

 

「いや、受けとれん。海賊と金銭の授受など、海軍から賄賂を疑われてしまう」

 

「海賊相手に商売をする店だってあるんだ。漁港だって似たようなものだろう? 村長さん、これはおれからの詫びも含まれてるんだ。受け取ってくれ」

 

「では、担保として受け取っておこう。ただし無事に数日間を大人しく出来たのなら、正規料金分を差し引いて返金させてもらう」

 

「悪いな、村長さん。恩に切るよ」

 

 

 握手を交わして穏便に事を済ませる。傍らで2人のやり取りを眺めていたルフィも満足げに笑う。

 

 

「シャンクスッ! 腹減ってねェか? おれ、旨いメシを食える場所を知ってんだっ!」

 

 

 ルフィがシャンクスへ空腹か否かを尋ねる。海賊という稼業上、長い船旅をしてきたのだろう。食事に誘うことがルフィなりの気遣いなのだ。

 

 

「減っちゃいるが、村長さんと約束したからな。蓄えもあるし、メシの誘いは辞退させてもらう。それに船には仲間が居る。あいつらを差し置いて自分だけ良い思いをするのは申し訳が立たない」

 

「そっかー。そんじゃ、またこんどな」

 

「楽しみにしておく」

 

 

 食事の約束はお流れになったものの、ルフィはまだ諦めていない。妙にシャンクスに(なつ)くルフィの姿に、ハンコックは嫉妬心を募らせた。女相手ではないので、かろうじて自制が利き暴走せずに済んでこそいたが……。

 

 

「ところでシャンクスよ。先程は()()()()()()などと口走っておったが、それはいったい何を指しての言葉じゃ?」

 

 

 港での一件、決して忘れたわけではなし。極度の興奮状態にあったハンコックが引き起こした不可解な現象。シャンクスを鋭い眼光で貫いた途端、威圧したハンコックを発生源として衝撃の波が生じた。あれは明らかに超常に属する現象だった。

 

 

「ありゃあ、おまえにはまだ早い。もうちっと大きくなったら――素質のありそうなハンコックだ。世界の流れが自然と教えてくれる」

 

「なにを適当な虚言であしらおうとしておるのか。まァ、よいわ」

 

 

 海賊相手に真面目な対話を試みようという考えが、そもそものあやまちであった。そう即断して会話を打ち切る。

 

 

「それじゃあ、ルフィにハンコック。おれは1度船に戻るんでな。またな」

 

「おうっ! シャンクス、次こそは一緒にメシだぁっ!」

 

「ルフィがそのつもりなら、このわらわも食事に付き合うのもやぶさかではないわ」

 

「だっはっはっはっ! ハンコック、お前はルフィにべったりだな。まるで金魚のフンだ」

 

「きさまっ! わらわを侮辱したなっ!」

 

 

 光の速度で激昂。やはりシャンクスという男は気に食わない。ルフィはやたら気に入ったようなので仕方がなく付き合ってはいるが。

 

 

「怒るなよ。良い意味で言ったんだぜ?」

 

「良いも悪いもたとえが不相応であれば、わらわはそれを侮辱とみなす。即刻、謝罪を要求しよう」

 

「ガキはイジリがいがあっておもしれえっ! だっはっはっはっ!」

 

「ぐぬぬぬっ!」

 

 

 海賊とは皆こういう人間なのか? 自身の憧れる海賊女帝は違うと信じたいところ。たが分かることがひとつ。男の海賊はガサツでデリカシーの無いテキトーな生き物だということだ。

 

 停泊する海賊船へ戻るシャンクスを見送ったハンコックとルフィは、遊び約束をしていたことを思い出す。元々、待ち合わせをしていたのだ。

 

 シャンクスとの一件で時間を浪費してしまった。遅れを取り戻すべく、普段から遊び場にしている丘の上へと走っていく。もちろん、習慣となっているようにルフィとハンコックによるかけっこという競技は忘れない。

 

 それから数日間が経過する。シャンクスは村長との約束を忠実に守り、船から降りることもなく過ごしていた。物珍しさから多くの村民が海賊船を見学し、中にはシャンクスや副船長のベン・ベックマンと雑談に興じる猛者まで居た。

 

 かくいうルフィもその1人。その隣には当然の如くハンコックの姿があった。海賊船を興味津々に眺めるルフィ。対して心配そうにルフィを眺めるハンコック。

 

 シャンクスを毛嫌いする理由は、自分(ハンコック)からルフィと一緒に居る時間を奪う為。その他にも野蛮な海賊がルフィへ悪影響を与えかねないなど悩みの種は尽きない。

 

 

「なぁー、シャンクス! この船に乗せてくれねぇかな」

 

「どうしたルフィ。この船は海賊船。コワイやつらが沢山乗ってるんだぞ? それでも平気なのかよ」

 

「しししし!! 船長のシャンクスがコワくねえんだ。だったら大丈夫だろ」

 

「ルフィッ! あんな男でも一つの海賊団の船長。侮っては何をされたものか分からぬぞっ!」

 

 

 注意を促すが、聞き入れる様子はない。まるで威圧感の無いシャンクスが相手では、ルフィに警戒心を抱かせるのも無理な話かもしれない。

 

 

「ハンコック、一緒に船に乗せてもらおうっ! 船内を探検しようぜっ!」

 

「わらわも興味が無いわけではないが……。わかった、付き合おう」

 

 

 同行するしか選択肢は無い。いかなる判断も最終的にはルフィへと委ね、その決定に従うしかないのだ。日頃の遊びとて同様。

 

 かくれんぼか鬼ごっこ、どちらで遊ぶか決めかねた際もルフィの直感から鬼ごっこへと決定した。まあ、鬼ごっこは文句なしに楽しめたのだが。

 

 そして今回もルフィの決定を了承し、シャンクスの船を見学させてもらう運びとなった。甲板には多くの船員(クルー)が並び、ハンコック達を歓迎しているのかバカ騒ぎ。

 

 勝手に酒を飲み始め、見せ物のつもりなのか曲芸を始める者までいた。不覚にもハンコックは曲芸に目が釘付けとなり、ルフィから目を離してしまう。

 

 するとどうしたことか、ルフィは猿のようにスルスルとマストを登っていき、てっぺんからハンコックへ向けて呼び掛けていた。

 

 

「おーい、ハンコックー! ここ、めちゃくちゃ高くて良い景色だぞー!」

 

「ルフィー! 黙って離れられては困るっ!」

 

 彼の姓にあるモンキーに相応しい猿っぷり。バカは高い場所を好むと言うが、よもや自身の好きな相手も該当するとは。

 

 それでも惚れた弱み。彼の行いのすべてが愛おしく思えてしまうのだ。恋する乙女もまたバカな部分があるのかもしれない。

 

 

「いまわらわもそちらへ行く。そこで待っておれ」

 

「わかった、早く来いよ。すっげェ良い場所だかんな」

 

 

 急かされるようにしてハンコックはルフィの下へと向かう。高所ゆえに体の動きは覚束(おぼつか)なかったが、程なくしてたどり着く。

 

 ルフィの隣に陣取ると、さりげなく彼と体を密着させて自身への(ねぎら)いとした。その意味に気付いていないのか、特に(とが)められることもなかった。

 

 

「たしかにここからの眺めは良いものじゃ」

 

「だろ? シャンクスのやつズルいよな。こんな良い眺めをいつも見てるんだぞ」

 

「ふふふ、同意しよう」

 

 

 別段、眺め単体に対して強い情景とまでは思わない。けれどルフィと一緒だからこそ()えるとは思うのだ。それだけで価値の有る風景。思い出のアルバムに収めるに相応しいだろう。

 

 

「次は船首だっ! ついて来い、ハンコックッ!」

 

「楽しそうじゃな、ルフィよ。わらわも負けてはおられぬっ!」

 

 

 アスレチックを楽しむように縦横無尽に駆け回るルフィの体力の底が知れない。ハンコックはルフィに付いていくのに精一杯。されどやはりルフィと行動を共にする以上は、疲れ知らず。一緒に居るだけでハンコックの体力は倍化する。恋愛脳な部分がアドレナリンの分泌を促進でもしているのだろう。

 

 

「うはっー! おれがこの海賊船の先頭に立ってるぞっ!」

 

「ふふふ、シャンクスを差し置いてルフィが船長のようじゃな」

 

「だろっ! これからはおれが赤髪海賊団の船長だっ!」

 

 

 船長を気取るルフィは興奮気味に宣言する。子どもの言うことだとして、船員(クルー)は温かい目で見ている。船長たるシャンクスも面白げにルフィの遊びに乗り始めた。

 

 

「ルフィ船長っ! 指示をくれっ!」

 

「よし、シャンクスッ! 九時の方向に敵船発見。大砲用意っ!」

 

「よし来たっ!」

 

 

 ノリの良い近所の兄ちゃんのようにシャンクスはルフィの海賊ごっこに付き合っている。

 

 

「おれが船長なら、副船長はハンコックだな」

 

「わらわが副船長……?」

 

 

 ルフィ船長からの直々の指名。ともなれば拝命しないわけにはいくまい。少し照れくさかったが、ハンコックは在り難く任命を受け入れる。

 

 

「はは、おれの役職も奪われちまったな」

 

 

 ベン・ベックマンがそう漏らすが、その表情は他の船員(クルー)と変わらず笑みを浮かべていた。シャンクス同様、船の上における地位を失っても、さほどの悲しみを感じていない。

 

 

「ルフィ船長より次の指示じゃ。傾聴せよっ!」

 

 

 ごっこ遊びとはいえ一時的に副船長となったハンコックは、船員(クルー)へと怒号を飛ばす。意外にも様になっていた事から一同は一瞬だけ驚きのあまり硬直してしう。

 

 

「へぇ、あの嬢ちゃん。もしかすると大物になるかもな。お(かしら)もそう思うだろ?」

 

「あぁ、先日の覇王色の覇気――。少なくともこの村だけに収まらない器だな」

 

 

 シャンクスとベンの密談――と言う程の話ではないが、ハンコックには確かな素質がある。王の資質が。そして、そんなハンコックを魅了するルフィという少年も只者では無さそうである。

 

 

東の海(イーストブルー)にも、まだこんな逸材が眠っていたとはな」

 

「それにルフィのやつはロジャー船長と同じくDの名を持つ男――。まったく――将来が楽しみだ」

 

 

 もし仮にルフィとハンコックが将来、海賊になるというのなら、きっとこの海に知らぬ者の居ない程にその名を轟かせるはずだ。実際に2人がどんな未来を歩むのかは、当人の意思や選択次第。それでも期待をしてしまうほどの可能性を秘めていた。

 

 

「ふー、満足だっ! 海賊やるのも面白そうだな」

 

「かもしれぬ。シャンクスの事はいまいち好かぬが、海賊とやらも悪くはない」

 

「ししし!! じゃあよ、ハンコック。今からおれたちだけの海賊団を旗揚げしようぜっ!」

 

「面白そうじゃ、乗ったっ!」

 

 

 どこまで本気なのかは定かではない。けれど子どもの思いつきとて、時にはバカに出来ぬこともある。資質ある者が宣言すれば、それは伝説の幕開けともなるのだ。

 

 

「なぁ、シャンクス。おれの仲間になれよ」

 

「だっはっはっはっ! ルフィ船長は海賊ごっこがお気に入りらしいな」

 

「ごっこじゃねェっ! おれは本気だぞっ! なあ、ハンコック!」

 

「さようじゃ。子どもだと高を括っておると痛い目を見るぞ、シャンクスよ」

 

「大したもんだよ、おまえ達は。でもいよいよバカに出来なくなってきたな」

 

 

 海賊ごっことはいえ、仲間になるとは明言しないシャンクスという男。海賊としての線引きなのだろう。友だちと仲間という関係には隔たりがある。どちらも時には命を預け合う関係にもなろう。さりとて、対等な間柄にも違いはあるのだ。

 

 海賊になると宣言したルフィを、シャンクスはやはり同じ海賊として対等に扱う。異なる海賊団同士、それぞれの旅があり、それぞれの自由がある。ルフィにはルフィの航海、シャンクスにはシャンクスの航海――その事を教えるのはこの場でもないしシャンクスでもない。ルフィ自身が気付くべきことなのだ。

 

 

「仲間にはなれん。だけど友だちで居続けるってんなら、おれは大歓迎だぞ」

 

「そっかー。じゃあ、冒険してく中で仲間を集めていくよ」

 

「けっこうあっさりしてんな、ルフィ」

 

 

 食い下がらないルフィに拍子抜けしたシャンクス。ハンコックもルフィが本気でシャンクスを仲間に誘っていたと信じていたので、驚きつつも内心では安堵していた。

 

 

「ルフィよ。悪く言うつもりではないが、そなたは自由過ぎる」

 

「自由なのが海賊だろ? シャンクスの海賊団を見てたら、そんな感じがしてきたんだ」

 

 

 ルフィの抱く海賊象。はたしてそれはハンコックの思い描く海賊女帝に合致するものなのか、不安にもなる。なればこそハンコックは思い描くのだ。この海で一番自由な女海賊――海賊王の名に劣らぬ海賊女帝に成る未来を。

 

 

「ハンコック――おれはできねぇことばっかりあるけどよォ。それでも一緒に船に乗ってくれねぇか?」

 

「ルフィ――。そなたがそれを望むのなら、わらわは……どこへでもゆきます」

 

 

 頭の中がルフィ一色となる。他でもないルフィに求められたのだ。これ以上に喜ばしく幸せな出来事は無い。

 

 

「ありがとう!! ハンコック、おまえが居てくれて良かった!!」

 

 

 感極まったルフィがハンコックの身体に腕を回して力一杯に抱きしめる。その抱擁は温もりだけではなく、ルフィの惜しみない愛を感じるものであった。恐らくは友愛。しかしハンコックは友愛以上の解釈をしていた。

 

 

「(こんなにも力強く抱き締められるとは……!! ――これが噂に聞く……!! 結婚……!!!?)」

 

 

 結婚がなんたるものかもロクに理解せずに極論に至る乙女。

 

 

「ルフィ、そなたはわらわのことは好きか?」

 

「おう、おれはハンコックが好きだぞ」

 

「はぁん……♡」

 

 

 ルフィからの告白に、その場へ崩れ去り撃沈。不思議そうにハンコックの顔を覗き込んでくるルフィの視線がどうにも耐え難く恥ずかしい。

 

 

「またなんかやってんな、ルフィとハンコックのやつ」

 

 

 シャンクスが呆れた顔で言うが、当事者たるハンコックは独身男の(ひが)み程度にしか捉えなかった。外野などはどうでもよいのだ。ルフィとハンコックだけの世界に浸れるのなら、それがまさしく娯楽浄土なのだろう。

 

 

「わらわはもう――海賊女帝なのかもしれぬ――」

 

 

 なにかを悟ったハンコックは天を仰いで、生涯をルフィへ捧げようと誓った。


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