もしもハンコックがルフィと同い年で幼馴染だったら   作:夏月

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6話

 マキノの酒場にてルフィはハンコックを伴って憤慨していた。

 

 

「シャンクスのケチっー!」

 

 

 その一言にはどれ程の感情が込められているのだろう。ハンコックの指導の甲斐あって泳げるようになったルフィは、シャンクスに次の航海に連れていってもらえるように直談判していた。

 

 が、そう易々と事は運ばず断られてしまう。もう一人、この場に居る海賊志望の少女はルフィとは違い、妥当な判断であろう納得していた。

 

 ただし、内心ではハンコックも航海に付いていきたい。自身の願いを必死に抑圧しているのだ。ガープから海の恐ろしさを教えられているだけに、その辺りについては現実的な考えなのである。

 

 

「悪く思うなよ、ルフィ。友だちだから心配して乗せてやらないんだ。それにお前の身に何かあったら、村長さんに顔向け出来ない」

 

「村長は関係ないだろー!」

 

「ルフィ、ここでワガママを言っても無駄じゃ。業腹ではあるが、シャンクスの言うことにも一理有る」

 

「シャンクスを庇うのかよ? ハンコックが止めるんなら、今日のところは我慢するけどよォ……」

 

 

 素直に諦めたルフィの心変わりに諌めたハンコック自身が驚く。なにか思うところでも有るのだろうか?

 

 

「その代わりと言っちゃなんだが、冒険の土産話に期待してくれ。なんならウマイ酒でも持って帰ってやろうか?」

 

「酒なんかマズイから嫌いだっ!」

 

「そうか……。ガキにゃあ、まだ早かったな」

 

 

 落胆した様子のシャンクス。だが酒をエサに宥めようなど、褒められた行為ではない。

 

 

「シャンクスよ。わらわ達は未成年じゃ。酒など端から飲めたものではないわ。そんなものを勧めるど大人の風上にも置けぬ」

 

「おれだって海賊だ。無法者だしガキに悪いことだって教えるさ。未成年の飲酒とかな」

 

 

 結果としてその目論見は頓挫したわけだが――。何はともあれ、今回の航海についてはお留守番が決定。シャンクスたちが村を離れている間、何をして遊ぼうかと、ルフィとハンコックは相談する。

 

 

「そうだそうだ、ガキは遊んでるのが一番健全だぜ?」

 

「横やりを入れるでない。それと海賊が健全性を説くなど片腹痛い」

 

「時々思うんだが、ハンコックと話してるとまるで大人を相手にしているみたいだ。会話の内容といい、本当にお前は子どもか?」

 

「ルフィがバカ(こんな)だから、わらわがしっかりせねば。そう考えている内に、色々と言葉を覚えたに過ぎぬ。辞典も読んでおるし、わらわに抜かりはない」

 

 

 相対的に大人びて見えるというわけでもない。基本的に成熟した精神を持つハンコックたが、一応は年相応の子どもっぽさも備えている。ルフィと一緒になってはしゃぐ行為が、その最たるものだ。

 

 

「うちの副船長のベックマンもガキの頃は神童なんて呼ばれてたらしいが、ハンコックもそのクチかもしれねぇな」

 

「ほう、わらわが副船長(ベックマン)と同じと?」

 

 

 ベン・ベックマン――。彼の知能の高さはハンコックとて認めるところ。ちゃらんぽらんな船長(シャンクス)を補佐する、いわば赤髪海賊団の屋台骨を支える必要不可欠な人物。将来、ルフィの立ち上げる海賊団においてのハンコックが就くポジションなだけに、参考とすべき点は多い。

 

 

「まあなんだ、お前はルフィの為に副船長を張るんだろう? おれ達はたった1年しかこの村に滞在しないが、盗めるもんは何でも盗んどけ」

 

 

 それは海賊としての心得であったり心意気であったりとか――。ハンコックをして、赤髪海賊団とは唯ならぬ海賊であることは薄々と感づいている。

 

 

「ルフィはいずれそなたをも超える男じゃ。今の立場に胡座をかいておると、気付いた頃にはルフィとわらわは遥かその先を行くぞ?」

 

「そいつは面白い。おまえらが大物になったら是非とも一緒に宴でもしたいもんだ」

 

「ふふふ、その頃にはわらわ達の一団も曲者揃いな仲間を集めておることじゃ。ベックマンやルウ、ヤソップにも負けぬ仲間を」

 

 

 既に船長(ルフィ)からして、ぶっ飛んだ逸材だ。そんな彼の下に集う人間ともなれば、自然と常人離れした人材となることだろう。

 

 

「ルフィ――。そなたはどんな仲間を欲する?」

 

「んー、まずは10人は仲間が欲しい。そんでなー、面白くて自由なやつが良いな。あとは一緒に宴をしてくれるやつっ!」

 

「わらわも該当しているのか?」

 

「ああ、ハンコックと一緒に居るとおれは楽しいっ! だからもう仲間だっ!」

 

 

 嬉しいことを言ってくれる――。屈託の無い笑顔で言われてしまっては応えたくもなる。けれどいまのハンコックに出来ることは未熟さゆえに数少ない。

 

 だから最大限の好意をルフィへと示す――。

 

 

「ルフィ――。わらわはそなたのことを愛しておる」

 

 

 求愛の言葉と共にルフィをそっと抱き締める。抱擁は少しずつ力強くなり、腕の中のルフィは窮屈そうに顔を歪めていた。知らぬ内に迷惑となっていることに、ハンコックは気持ちの高ぶりのせいで気付かない。

 

 

「野郎どもの前で見せつけてくれるな、ハンコック。女日照りのおれらには目に毒だぜ」

 

「ふんっ! 男ばかりむさい、そなたの一味への当てつけじゃ。精々、羨むがよいわ。悔しければシャンクスも女を作ればよい」

 

 

 成長すれば天から舞い降りた女神の如き美を体現するであろうと推測出来るハンコック――。そんな美女を独占するルフィは、世の男の何割を敵に回すことか。

 

 

「ハ、ハンコック……!! ぐるじィ……!!」

 

「ル、ルフィー!! すまぬ、苦しかったのか?」

 

 

 苦しさにあえぐルフィを解放する。けれど自身の腕の中に捕らえておきたいほどの輝くモノが彼にはあるのだ。抱き締めても、どれ程求めても焦がれてしまう。

 

 

「なあ、ハンコック。おまえのことは好きだけどよ、ちょっとベッタリし過ぎだ」

 

「はうあっ……!」

 

 

 ルフィとしてはたいした意味も込めていない一言。しかしハンコックはその苦言を必要以上に重く受け止めてしまう。そのショックから次なる行動へ出るのも致し方ないだろう。

 

 

「いやじゃっ! いやじゃっ! わらわはルフィに嫌われとうないっ! ルフィーっ! わらわを嫌いにならないでおくれっ!」

 

 

 より強く、より苛烈に、より熱情を持ってルフィを抱擁する。

 

 

「ぐえっー! ぐ、ぐるじぃ……ハンコック……」

 

「だっはっはっはっ! なんてザマだよ、ルフィ!」

 

 

 息の根が止まりそうなルフィ。人の苦しみも知らずに笑い声を上げるシャンクス。最も周りが見えていないハンコックは、自分の船長(ルフィ)の命を船出前から奪いかねない。

 

 

「ギ、ギブアップ……!」

 

 

 降参とばかりに、ハンコックの背中を手の平でパンパンと叩くルフィ。ようやくルフィの状態を理解したハンコックは、慌てて抱擁を解いた。

 

 

「わらわは……なんということをっ! よりにもよってルフィを苦しめてしまうだなんて……」

 

 

 悲しみに暮れる原因は自分に有る。なればこそ後悔の念は際限無く膨れ上がる。

 

 

「気にすんな! おれはなにがあってもハンコックをキライになったりしねェよっ!」

 

「それはまことじゃな……? ルフィ……」

 

 

 けれど彼はハンコックの行いを許すという。いつものように『ししし!』と笑う彼の度量の程を垣間見る。

 

 

「あァ、おれはハンコックにウソは言わねェ!」

 

「ならば信じよう。わらわもルフィを疑わぬ」

 

 

 ルフィの懐の深さに感服した。やはりルフィはルフィなのだ。ハンコックの知る少年は、大抵のことは笑って許してくれる。

 

 

「ルフィ、お前も船長の器だな?」

 

「ししし!! だろ?」

 

 

 シャンクスにも認められたことに喜びを隠せない。浮かれるルフィをハンコックは、ウットリとした目で見ている。注がれる視線には熱がこもっていた。

 

 

 

 

 

 

 村の大人や赤髪海賊団の一味に見守られながらルフィとハンコックは変わらぬ日々を送る。赤髪海賊団が航海の度に持ち帰ってくる土産話。

 

 聞かされてワクワクを押さえきれずに興奮するルフィ、表情には出さずとも冒険心を刺激されウズウズするハンコック。なるほど、やはり聡明なハンコックとて童心を持っているのだ。

 

 そんな幼子も7歳を迎え、気の引き締まる思い――とはいかない。相変わらずの調子で、ハンコックはルフィにゾッコン。周囲の目にも(はばか)らず、ルフィへと熱を上げていた。

 

 さて、そんな子ども2人は赤髪海賊団の遠征中、暇をもて余して村を離れていた。とはいえ、獰猛な野生動物や山賊が出没するとされるコルボ山は危険なので今回は避けている。比較的、フーシャ村に近い山の麓へ足を運んだのだ。

 

 

「パンチを鍛える……?」

 

 

 ハンコックが疑問を口にする。ルフィが唐突にそう言い出したのだ。

 

 

「おれはどうもシャンクスに弱いって思われるてるみたいなんだ。だからパンチを鍛えてギャフンッと言わせてやるんだ!」

 

「話は理解できた。して……どう鍛えるのじゃ?」

 

「んー、特に考えてないっ!」

 

「威張って言うことではないぞ」

 

 

 胸を張ってそう言い切るルフィ。呆れつつもルフィの保護者的な立場を自称するハンコックは、いたって真剣に話を聞く。

 

 

「こうなー、おれのパンチは威力が足りないんだ」

 

「子どもだし、それも仕方がないじゃろ」

 

 

 今のルフィに誇れるのは人一倍の勇気。赤髪海賊団がフーシャ村へ来訪してきた折、ハンコックを守るためにシャンクスへと立ち向かった。その勇気だけは村の誰に聞いても口を揃えて肯定するはずだ。他でもない守られた本人のハンコックだって同じこと。

 

 

「でもよー、ガキだからってナメられるのはもうゴメンだ。それに――おれはハンコックを守りてェ。だから強くなるんだっ!」

 

「ル、ルフィっ……! そなたはどこまでも……わらわを惚れさせてくれるのじゃっ!」

 

 

 女としての幸せは今此処に――。鮮烈な言葉を受けて、ハンコックの頭の中のお花畑は満開となった。咲き乱れる花々は、ハンコックの視界へフィルターをかける。普段の3割増しでルフィを魅力的に映すのだ。

 

 満足のいくまでルフィに甘えるように抱きついた後、鍛練へと移る。具体案は無いにしても、まずは行動せねば何も始まらない。

 

 なにやら気合いを入れた様子のルフィ。ハンコックが何事かと質問するよりも前にアクションを起こした。

 

 片腕をグルグルと回したかと思えば、『うりっ!』と、短く声を上げてから拳を樹木へと打ち込んだ。ドシンッと揺れ、葉を散らす樹木。威力の程を見て取れる。

 

 

「どうだっ! おれの本気はまだまだこんなもんじゃないぞっ!」

 

「たいしたものじゃ。いつもルフィの傍に寄り添っていたつもりでいたが、まさかここまでの成長を遂げていようとは――」

 

 

 想像の上をいく成長に、まるで自分のことのように歓喜する。まあ、ハンコックにとってルフィは我が身同然ではあるのだが。

 

 

「わらわもルフィに追いつかねばっ!」

 

 

 触発されたハンコックも行動を起こす。幼女相応にか細い脚を樹木へ向けて振るう。彼女の爪先が鋭く刺さり、樹皮が捲れあがった。

 

 

「おおすげェっ! ハンコックの方が強いんじゃねェか?」

 

「かもしれぬが、脚の筋力は腕の3倍以上とも言われておる。結果に違いが出るのも当然じゃ。ゆえに、わらわとルフィの能力に別段の優劣があるわけではない」

 

「そっか? だけど、やっぱりスゲェよ」

 

 

 ルフィの顔を立てるために説明口調で述べる。真に受けたのか、ルフィはそれ以上は何も言わなかった。ただし、素直にハンコックの脚力に感嘆の声を漏らしていた。

 

とはいえ、ハンコックも自身の蹴りの威力に驚いていた。何かを意識したわけでもないし、特別な技術・技能を持っているわけではない。自惚れるつもりではないが、もしかすると自分には戦闘面における素質があるのかもしれない、そんな仮定をする。

 

 

 

「んじゃー、もっとパンチを打って鍛えるぞっ!」

 

「わらわも日が暮れるまで付き合おう。心ゆくまで、やり込むとよい」

 

 

 熱中し始めると時間が経つのも早い。日は傾き、夕刻へと突入する。数時間にも渡る鍛練は一定の成果を挙げ、ルフィとハンコックの心を満たす。

 

 

「強くなった気はすっけどよォ、手が痛てェや」

 

「もう百発以上は打ち込んでおるしな? もうそろそろ、手を休めるべきじゃ。体を(いたわ)るのも鍛練の一環だと知っておくとよい」

 

「じゃァ、続きは明日にすっか」

 

 

 

 根詰めても効率が落ちる一方だとして本日の鍛錬の切り上げが決定する。ルフィは拳を真っ赤に腫らしており痛々しい。擦過傷も生じて血が滲んでいた。心なしかハンコックには彼が涙目に映る。

 

 

「ではな、ルフィ。明日もまたわらわは、そなたとの時間を楽しみにしておる」

 

「あァ、またな」

 

 

 フーシャ村の入り口付近でルフィと簡潔に別れの挨拶。この一年間を暮らしている村長宅へと帰宅する。村長夫婦は既に食卓に着いており、出来立てホヤホヤと(おぼ)しき夕ご飯からは湯気が上がっていた。あとはハンコックが着席すれば、食事が開始されるだろう。あまり待たせるのも申し訳ないので、手早く手洗いとうがいす済ませる。

 

 

「ただいま帰った、村長」

 

「お帰り、ハンコック。今日もルフィと遊んでおったのか?」

 

「今日は遊びではなく鍛錬じゃ。ルフィはカッコイイ。わらわを守る為に強くなりたいと言っておったのじゃ」

 

「なるほど、ガープのやつが聞いたら喜びそうじゃわい。あやつはルフィを立派な海兵にしてやると息巻いておったからな」

 

 

 実は海賊になる為――というのは伏せておく。村長の性分からして無法者の筆頭である海賊に成りたいなどと言えば、一晩は説教が続くことだろう。

 

「念の為に確認じゃがな……。ハンコック、お前は海賊などに憧れてはおらんよな? ルフィと共にあの船長と仲の良いお前じゃ。近くで見ていて心配になるわい」

 

「そ、そんなことはないっ! わらわがシャンクスのようなダメな男に憧れなど抱く筈がない」

 

「ならばいいんじゃがな。一応、あの男も海賊としては大物じゃ。悪党を手本にされるとわしも困る」

 

 

 世間的には海賊など信用とはかけ離れた存在。村長の懸念も全うなものだ。が、ハンコックもシャンクスの人柄の良さは癪ながらも認めつつある。手本にするかはともかくとして、無意識下に影響くらいは受けていても何ら不自然ではあるまい。

 

 

 

 

 

 

 ――そして一晩が明ける。たった一夜寝ただけで拳が回復したと言い張るルフィ。半信半疑でハンコックで彼の手をまじまじと見つめると、驚いた事に本当に傷一つ無く治っていた。この馬鹿げた回復力は祖父譲りなのだろうかと戦慄する。

 

 

「ルフィはスゴい。いつなんどきも、わらわの想像のはるか上をゆく」

 

「ししし! 強くなるって決めたんだ。ケガくらい、すぐに治すさっ!」

 

「ほう、根性論もバカにできぬな。わらわも見習うべきか」

 

 

 以前、彼は転倒して顔面を地面に強かに打ちつけて歯が折れたことがある。その際、牛乳を飲んだだけで即時、折れた歯は再生した。折れた歯は乳歯だったので、放っておけば永久歯へと生え変わっていただろうに、それすら待ち切れず自力で完治させたのだ。本当に同じ人間なのかと疑う。

 

 そんな科学的根拠のことごとくを無視した少年。いっちょ自分も人間を辞めようかと冗談交じりに考え始める。まぁ、それこそ世間でまことしやかに存在を囁かれる悪魔の実でも食せば手っ取り早いのだが。

 

 

「んじゃ、今日も頑張るぞっ!」

 

「よし、わらわもルフィには負けぬぞっ!」

 

 

 お互いに気合を入れあって鍛錬を開始した。そうした日々をハンコック達は両手の指では数え切れないほど過ごす――。フーシャ村からそこそこ離れた海へ遠征に向かった赤髪海賊団が帰ってくるまでの続く。その間にガープが年に1度の帰省を果たすが、偶々シャンクスらが不在で事なきを得た。ホッと胸を撫で下ろしたのはハンコックだけでなく村長も同じ。村の秩序を護る者としての平穏が保たれたのだ。

 

 そしてある日の事だ。ルフィはハンコックに向けてこう言い出した。

 

 

「おれのパンチは銃のように強くなった!」

 

 

 実演するように虚空へ拳を打つ。誇らしげに打たれた拳はなるほど――7歳の少年にしては破格の威力を帯びている。かくいうハンコックの健脚から繰り出される蹴りも尋常な幼女のそれを凌駕する。

 

 

「ここまで強くなったんだ。1回くらいはシャンクスに航海に連れて行ってもらうぞ!」

 

「なんじゃ、そなた。まだ諦めておらんかったのか?」

 

「当たり前だ。おれは海賊なんだぞ。簡単に諦めたりしないよ」

 

 

 自身を鍛え上げたうえでの発言。その覚悟は本気のものだ。ならば止めるというのも野暮である。ゆえにハンコックは今回ばかりはルフィの意志を最大限にサポートすると決める。

 

 

「とはいえ、あのシャンクスが素直に認めようものか」

 

「認めなくても認めさせるっ!」

 

 

 強引に押し切るつもりらしい。だがそれもルフィらしさではある。

 

 

「それにさ、おれには考えがあるんだ」

 

「考え? ではその秘策を訊こう」

 

「へへ、まぁ黙って見てろって。きっとハンコックはビックりすんぞっ!」

 

 

 いったいなにをやらかすつもりでいるのやら。ハンコックに着いて来るように促したルフィは、たった今港に帰着したレッド・フォース号に乗り込んだ。シャンクスやベックマンも何事かとルフィへ関心を隠せない。見世物気分でいるようだ。

 

 

「船首などに上ってどうするつもりじゃ、ルフィよ」

 

 

 どこから調達したのか、その手には短剣が握られていた。そして高らかに宣言する――。

 

 

「おれは遊び半分なんかじゃないっ!! もう、あったまきた!! 証拠を見せてやる!!!」

 

 

 歯を剥き出しにして怒りを露にするルフィ。甲板からは船員(クルー)も面白そうなモノが見れるなどと笑い声を上げている。

 

 

「何をするつもりか知らんが、面白そうだ。だっはっはっは! おう、やっちまえ!」

 

「わらわは不安なのじゃが……」

 

「なんだよ、ハンコック。ルフィはお前の船長なんだろ? 信じてやったらどうだ」

 

「そうしたいのはわらわとて山々じゃ。けれど男の子というものは時にムチャをする。わらわはそれが心配でコワイ」

 

 

 ハンコックの不安をよそにルフィは深呼吸をひとつ――。そして……短剣を自らの顔へと突き立てた。グッと押し込まれた切っ先は、容赦なく少年の顔を穿つ。

 

 

「ル、ルル、ルルルルフィィィィィィっ……!」

 

 

 ハンコックの悲鳴が青空に響き渡る。それだけに留まらず、赤髪海賊団の誰もが、ルフィのその奇行に度肝を抜かれる。しまいには当の本人までも痛みで悲鳴を上げていた。

 

 

「いっっってェ〰️〰️〰️っ!!! いてーーーーよーーーーっ!!」

 

 

 地獄絵図である。血がドクドクと左目の下辺りから流れ、ルフィは顔面蒼白で泣き散らしていた。慌てて駆け寄ったハンコックはすぐさま船内にあった医療キットで応急処置を施す。

 

 

「そなた……いったいなにをしておる。この……阿呆め。いくらなんでも、わらわの想像のはるか上をゆき過ぎじゃ……バカッ……! 本当にバカッ……!」

 

 

 自傷行為などあってはいけないこと。いくら向こう見ずのルフィとて、ここまでの愚行を犯すとは考えもつかなかった。だからこそ説教をする。本気で怒りもするし悲しみもする。ルフィを責め立てながらもハンコックは涙を流している。それこそルフィ以上に大粒の涙を――。

 

 

「ご、ごめん。ハンコックッ……! またお前を泣かせちまった」

 

「わらわが泣く程度のことはどうでもよいのじゃ。わらわが怒っておるのは、そなたが自らを(ないがし)ろにしたことじゃ」

 

「う、うん……」

 

 

 さしもの自由奔放なルフィも、この場においてはハンコックに頭が上がらない。されどハンコックは1度怒りきったところで、何も言わず彼を抱き締める。

 

 

「もうこんなことをしてはならぬぞ? わかったな、ルフィよ」

 

「あァ、わかった。おれは自分も大切にするよ」

 

 

 ハンコックの涙の説教が相当に堪えたらしいルフィは素直過ぎるほどに彼女と約束する。そして思うのだ。ハンコックを悲しませることは自身の悲しみに直結するのだと。アホなルフィでもそれくらいのことは直感で理解する。

 

 

「ルフィ……。愛しておる――」

 

 

 どさくさに紛れて愛の告白をするハンコックを責める言葉はルフィには用意出来ない。だから受け入れるしかないのだ。そしてハンコックもその心情を予想していたりする。恋に生きる乙女の策略だ。

 

 

 ハンコックの抱くルフィへの気持ちは、東の海(イーストブルー)よりも深く色濃く、さりとて平和とは程遠い激情であった――。


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