オシュトルもなんだかんだ言ってお人好しなところありますよね〜
ネコネがこの世界に来てから一週間が経った。
あれ以来、雪泉殿達は、ネコネと仲良くしてくれている。ネコネも満更ではないようで、あの子達と一緒にいるのが楽しいみたいだ。兄としては少々、複雑な気分ではあるが……ネコネが幸せなら某はそれでいい。
そんなことを思いながら、書簡をまとめていると、扉の向こうから気配を感じた。
「兄さま……その」
「ネコネか。遠慮することはない、入るといい」
「し、失礼するです」
ネコネは扉を開けて政務室に入ってきた。
「ご、ごめんなさいです。兄さまは今日もお忙しいのに……邪魔したですか?」
「そんなことはない。ちょうど一息つこうと思っていたところだ」
書簡をまとめている手を止め、ネコネと向き合う。そこで、あることに気付いてしまった。よく見ると、ネコネの口元に菓子を食べた痕跡があった。
(このまま眺めるのも悪くはないが、指摘してやるのも兄としての務め……悪く思うな、ネコネ……)
「さては其方、先程まで美野里の作った菓子を食べていたな?」
「えっ! どうしてわかったのです!?」
「口元を触ってみるといい」
「口元――ッ!///」
食べた菓子はおそらくケーキだろう。ネコネは口元を確認すると、生クリームがついているのに気付き、手拭いで口元を慌てて拭いていた。
拭き終わると、ネコネは顔を赤くしてこちらを睨んでいた。
「そ、そういうことは早く言って欲しいのですっ!///」
「ふふ、すまぬな。某も今気付いたのだ」
「うぅ〜……」
「時にネコネ、某に何か用があったのではないか?」
「ハッ! そうだったのです……兄さま、私に何かできることはないですか?」
(成程、ネコネも誰かの役に立ちたいというわけか)
ネコネはこちらの目を真っ直ぐに見つめている。
気持ちはわからなくもない。そういえば、帝都でいた時はよく某の手伝いをしてくれていたな。この世界に来たばかりだというのに、随分と殊勝なものだ。だが、それ故にネコネはまだこの世界の事をあまり知らない。言うならば、空っぽの状態だ。今のネコネに執務を手伝わせるのは、流石に無理がある。となると……一から教えるしかないだろう。
「……やっぱり、私は兄さまにとって邪魔にしかならないですか? あの時も……私が出しゃばったから兄さまは……」
目に涙を浮かべ、ネコネは俯いてしまった。
(ネコネ……まだ引きずっているのか)
ヴライと対峙したあの日のことを、ネコネは未だに負い目を感じている。しかし、それはお前のせいではない。
泣いているネコネを優しく抱きしめた。
「ネコネ、其方にも辛い思いをさせてしまったな。だが、今度は簡単に死ぬつもりはない。だからもう、泣くのはやめて笑ってほしい。ネコネには笑顔が似合う」
「あ、兄さまぁ……兄さまぁぁ!!」
それから一時間が経過した。
泣き疲れたのか、ネコネは某の腕の中で眠ってしまっている。
「すー……すー……」
(ここで寝かせて風邪を引かせるわけにもいかぬ。部屋まで運ぶとしよう)
ネコネを起こさないよう、おんぶする。
(こうしていると、昔に戻ったみたいだな。そういえば、まだ幼かったネコネを、よく背負っていたな)
ネコネを部屋まで運び、布団を被せた後、某は静かにネコネの部屋を出た。
(ふむ、気晴らしに少し歩くとしよう。この世界の執務も慣れてきて順調であるからな)
そんなことを思いながら、しばらく歩いていると、中庭で詠殿の姿を見かけた。
「ふっふ〜ん♪ もやし〜♪ もやし〜♪」
どうやら、この中庭でもやしの世話をしているようだ。相変わらず、彼女のもやし好きは舌を巻く。
上機嫌で歌を歌っている詠殿に、某は声をかけた。
「詠殿、もやしの栽培の調子はどうだ?」
「あら、オシュトル様! もちろん順調ですわ! 私、もやしの収穫が今から楽しみでなりません!」
ウコンとオシュトルが同一人物だと知りつつも、詠殿は態度を変えずに接してくれている。某としては嬉しいことだ。今でも時々、もやしのことについての熱弁を聞かされているという点を除けばだが……
「見てくださいまし! これが今日収穫したもやしですわ!」
「ほぅ、これはまた見事な量であるな……」
詠殿が籠いっぱいの量のもやしを見せつけてくる。今までどれくらいのもやしを栽培したのだろうか。
「オシュトル様、今お時間よろしいでしょうか?」
「? 何をするつもりだ?」
「ふふふ、一緒にもやし料理を作りませんこと? オシュトル様の手料理、私も口にしたいですわ」
「予め言っておくが、女官達のように大したものは作れぬ。それでもよいのであれば、構わぬが」
「ありがとうございます! それでは早速、厨房に向かいましょう!」
詠殿はそういうと、こちらの手を掴み、引っ張るように歩き出した。
(前から思っていたのだが、見た目とは裏腹に、詠殿は少々強引なところがあるな)
二人で厨房に行き、それぞれもやしを使った料理を作った。
そして今、某は厨房で詠殿の作った『もやし炒め』を口に入れ、咀嚼する。
「オシュトル様、私のお皿はどうでしょうか?」
「ふむ……もやしの良さを十分に引き立てている。流石だな、其方は」
「そ、そうですか? ありがとうございます///」
「さて、次は某の番だ。其方の期待に添える品かどうかはわからぬが……」
そう言って、今度は詠殿に某の作った品を出す。
「こ、これって……もやしうどんではありませんか!?」
「またうどん屋に連れてってやると言いながら、結局行かず仕舞いであったからな。あの店主の味には程遠いが、不味くはないと思う」
無論、しっかりと味見はしてある。某が味音痴でもない限り、不味い品ではないはずだ。
「それでは……いただきます!」
詠殿は某の作ったもやしうどんを食べ始めた。自分で作った品を人に食べてもらうと言うのは、少し緊張するものがある。
「……んん〜! オシュトル様の作ってくださったもやしうどん……とても美味しいですわ!」
「そうか。それなら良かっ――」
「ふぅ〜、御馳走様でした♪」
見ると、器にあったもやしうどんが綺麗に食べられていた。
「……そんなに腹が空いていたのか?」
「ハッ!? 実は私、このもやしが収穫できるまで野草しか食べてなかったので……」
(そういえば、飯時に詠殿の姿を見かけたことがない。此処に来てからもずっと野草を食べていたと言うことか?)
そんな生活をしていたら、体に良くないだろう。何だか詠殿の体が心配になってきた。
「詠殿、もしも今から戦が始まったらどうするつもりだ? 無理をして戦場に向かうつもりなのか?」
「そ、それは……」
「其方らは実戦はあまり経験したことがないのであろう? そのような生活をしていては、真っ先に戦場で死ぬことになる」
「うぅ……ですが、贅沢は――」
あくまで引き下がらないつもりらしい。ならば、こちらも考えがある。
「ならば、其方の飯は某が作ることにしよう」
「え?」
「さっき、某の作った品を其方は食した。ということは、詠殿にとって某の料理は贅沢に入らないはずだ」
「え、あ、あの……」
詠殿の前に立ち、真っ直ぐ詠殿の目を見る。
「某は、其方に死んで欲しくないのだ。どうか分かってくれ」
「あ、え……///」
この子も今は仲間なのだ。早死をせぬよう、栄養価のある物を食べてもらう。
心なしか詠殿の顔が赤いような気がする。やはり、栄養が足りていないのか……こんなになるまで詠殿をほっておいた自分を情けなく思う。
「そ、それではオシュトル様の負担が増えるだけですわ! ただでさえ、いつも夜遅くまで仕事をしていますのに……それに、私もオシュトル様には死んでほしくありません……」
「詠殿……」
「……わかりました。私も今度からは食堂に行くことにします」
その言葉を聞いて、思わず頬が緩んでしまった。
「ありがとう、詠殿」
「い、いえっ! 別にお礼を言われるようなことは///」
(これで詠殿が倒れるという事はないだろう。本当に良かった)
「あ、オシュトル様、今となっては言いにくいのですがその……」
「どうした?」
「もやしうどんのおかわり、よろしいでしょうか?///」
「ああ、構わぬよ。其方が満足するまで、いくらでも作ってやろう」
この後、某はもやしうどんを五回作ることになった。詠殿の食欲に少々驚いたが、彼女が幸せそうに食べていたのでよしとしよう。
♢♢♢♢♢♢♢
「今日はここまで――皆、良く頑張った」
今日の稽古が終わり、皆がその場で崩れた。今回の鍛錬は特に厳しいものにしたが、しっかりと雪泉殿達はついてきていた。皆も最初の頃と比べると、成長しているのがわかる。
ちなみにネコネも鍛錬に出ており、一生懸命に頑張っていた。
「ふぅ〜……疲れたのです……」
「ネコネちんの術、マジで凄かったよ! あたしも負けてらんない!」
「そ、そうですか? 四季さんの動きもキレがあったですよ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃん♪ 月閃に入って欲しいくらいだよ〜」
「うむ、流石はオシュトル殿の妹……月閃に入れば選抜メンバーも夢ではない」
「うんうん! ネコネちゃんが入れば百人力だね!」
「わしもそう思います。でもそうなると中等部からになりますね……」
「どちらにせよ、その頃には私は卒業していますね……残念です」
月閃の選抜者達がネコネと話している中、飛鳥殿と焔殿が硬い握手を交わしていた。
「今日のところは引き分けだな。次こそは決着をつけてやるぞ、飛鳥!」
「それは私の台詞! 絶対に負けないからね!」
(この二人を見ていると、一兵卒の頃にミカヅチと剣を交えていた時のことを思い出すな)
好敵手――
飛鳥殿と焔殿にぴったりだ。なんだか羨ましく思う。どうやら半蔵と焔紅蓮隊の皆にはそれぞれ色々あるようだ。
すると、焔殿は今度はこちらに目を向けて指をビシッと差しながら言った。
「おいオシュトル! 今日は負けたが、いつかは必ず私が勝つ!」
「ああ、その時を楽しみにしている。某も精進せねばな」
「いやいや……今でさえ強いのに、これ以上オシュトルさんが強くなったら勝てる気がしない……」
「うるさいぞ飛鳥! 私の好敵手がそんなんでどうする!」
(本当に仲が良いな、この二人は)
今日の訓練でかいた汗を流すべく、女性陣は早速、皆で風呂に入っていた。
「わ〜い! みのり、いっちば〜ん!」
「あ、美野里ちゃんずるい! 雲雀も雲雀も〜」
「こら二人とも! 湯船に浸かる前にちゃんと体を洗わんか!」
「……」
皆さんが風呂ではしゃいでいる中、私の視線は皆さんの体のある部分に注がれていた。
(どうして皆さんそんなにも大きいのです……?)
自分の胸と雪泉さん達の胸を交互に見る。その差は圧倒的だった。なんと美野里さんまでもが大きいので、思わず気にしてしまう。
すると、不意に後ろから肩に手をポンと置かれた。
「ネコネ、あたしはあんたの味方だから! 仲良くやりましょ!」
「み、未来さん……」
「ほんと世の中不公平よね。神様ってのがいるならあたしは運命に抗ってやるわ! あたしだっていつかは――」
「ふふ♪ だったら私のとっておきの秘薬があるけどどう?」
私と未来さんの話を聞いていた春花さんが、怪しげな笑みを浮かべてこちらにやってきた。
「秘薬って……春花さんは薬師なのですか?」
「薬師、なんか良い響きね〜。そう、私は薬師なの。私に作れない薬はないわよ♪」
「春花様はマッドサイエンティストよ! ネコネも気をつけて! 変な薬を飲まされて――」
「ま、まっど……?」
「……未来? ちょっと話があるんだけどいいかしら?」
春花さんはにこやかに笑っているが、その表情はどことなく怖かった。未来さんもすっかり怯えてしまっている。
「ひっ! いや〜!」
ずるずるずる……
未来さんは春花さんに引きずられ、何処かに行ってしまった。今の私にできることは、未来さんが無事なのを祈るだけなのです。
私は体を洗い終わり、湯船に浸かっている雪泉さんに声をかけた。
「あの、雪泉さん」
「なんでしょうか、ネコネさん」
「その……隣、いいですか?」
「はい、構いませんよ」
「あ、ありがとうございますですっ」
雪泉さんは笑顔で了承してくれた。やはり、この人は優しい方なのです。兄さまの命の恩人が、雪泉さんで本当に良かったのです。
お湯に浸かり、雪泉さんの隣に座る。
(もし兄さまが雪泉さんとお付き合いすることになれば、雪泉さんは私の姉さまに……)
すると、私の視線に気がついた雪泉さんが、こちらに話しかけてきた。
「ネコネさん? 私の顔に何かついてますか?」
(……思い切って聞いてみるのです!)
私はこの人にあることを聞く決心をすることにした。
「雪泉さんは兄さまの事、どう思ってますか?」
「えっ! お、オシュトル様の事をですか……?///」
「はいなのです。正直に答えて欲しいのです!」
私は思わず、雪泉さんににじり寄る。
「う、うぅ……///」
「あれ? 二人ともどうしたの?」
声のした方に振り向くと、飛鳥さんがこちらにやってきていた。
隠しても仕方がないので、私は飛鳥さんに事情を説明することにした。
「ふ〜ん、そっかぁ。ネコネちゃんだから言うけど、雪泉ちゃんはオシュトルさんの事が――」
「わーわーわーわー!! 言ってはいけません、飛鳥さん!///」
「むぐっ!?」
雪泉さんは慌てた様子で、飛鳥さんの口を手で塞いだ。雪泉さんの顔が心なしか赤い。意外とわかりやすい人なのです。
「……成程、今の反応で雪泉さんは兄さまに恋愛感情を持っているということがわかったのです」
(流石は兄さま……この世界でもモテモテなのですね……)
「ね、ネコネさん……? もしかして……気を悪くしましたか?」
「いえ、雪泉さんなら……兄さまとお付き合いしても良いと思うです///」
「そ、それって……どういう?」
「私も兄さまの事は大好きなのです。ですが、貴女になら……兄さまを任せられるのです」
「ネコネさん……」
「お願いします……兄さまをどうか、支えてあげて欲しいのです」
私はその場で雪泉さんに頭を下げてお願いした。今言ったことは私の本心なのです。兄さまに悪い虫がつくより遥かに良い。
すると、雪泉さんは神妙な面持ちで言った。
「……確かに私は、オシュトル様のことをお慕いしております。ですが、オシュトル様の方は私をどう思っているか……」
「雪泉さんは十分、素敵な女性なのです! 私が保証するのです!」
「ふふ、ありがとうございます、ネコネさん。では二人で支える、というのは如何でしょうか?」
「それは良い考えなのです! 雪泉さん――いえ……雪泉
「はい! ネコネさん! お互い頑張りましょう!」
「――ん〜! ――んむ〜っ――!!」
「あ、飛鳥さんっ!? すみません……忘れていました」
そう言うと、雪泉姉さまは飛鳥さんの口を抑えていた手を退けた。飛鳥さんの顔が違う意味で赤い。
「ぷはぁ! なんだか良い話をしてたけど、先に手を退けて欲しかったよ……すごく苦しかった……」
「私もすっかり忘れていたのです……ごめんなさいです、飛鳥さん」
「ううん、ネコネちゃん気にしないで! そうだ! 雪泉ちゃんがどれだけオシュトルさんの事が好きか聞きたい?」
「飛鳥さん、一体何を言うつもりですか!?」
飛鳥さんはニヤニヤした表情で私に聞いてきた。これは是非とも聞きたい内容なのです!
「聞きたいのです! 聞かせてください!」
「これはね、このお屋敷に来る前のことなんだけど――」
「飛鳥さんっ!!///」
それから私は、飛鳥さんから色々な話を聞いた。話を聞いていた最中、傍らでは雪泉姉さまが顔を赤くしていた。どうやら雪泉姉さまは、飛鳥さんと会う度に兄さまのことばかり話していたようで、飛鳥さんは苦笑しながら聞くしかなかったらしい。想像するだけで笑みが溢れてしまうのです。
このあと、飛鳥さんは雪泉姉さまに正座でお説教をさせられていた。怒った時の雪泉姉さまはとても怖かったのです……
(怒ると怖いのは姉さまだけではなかったのです……)
書いてて思ったんですが、そろそろウルサラ枠が欲しいところですね〜
閃乱カグラで双子(ご奉仕要員)と言ったらあの子達しかいない!(いつ出せるかはまだ未定)