Re:START of “DECADE” ~輝きの世界より~ 作:私だ
まぁ要するに今まで以上にオリジナル要素が詰め込まれますよという事です
「良かったわ、今日の内に退院出来て。千歌ちゃんやお友達も心配していたわよ?」
「…。」
ツカサが2度目の変身を行ったあの日、偽者達を倒したツカサはその場で意識を失って倒れてしまい、病院へ運び込まれた。
幸い怪我という怪我も無く、次の日には退院する運びとなり、彼は今志満の運転の下、旅館へと帰ってきた所だ。
「よっ、居候君。階段から転げ落ちるだなんて災難だったね?まぁ怪我が無いようで何よりさ。」
車から下りて旅館の玄関を開けると、美渡がツカサの事を出迎えてくれた。
どうやら当事者以外には学校の階段から足を踏み外して転倒し、意識を失ったという事になっているようだ。
そのような事実の相違はきっと、あの日病院へ連絡をしてくれたという彼女達の機転によるものだろう。
すると奥の方から人の気配が。
そちらへ目を向けると、そこには今しがた玄関へ顔を出した千歌が居た。
「…おかえり。」
「…ただいま。」
交わした挨拶はお互いに暗いものであり、玄関には少し重たい空気が立ち込める。
志満や美渡も2人の様子がおかしいと感じたのか訝しげな表情を浮かべる。
「…来て。」
すると千歌はおもむろにツカサの手を掴むと、強引に旅館の奥へと引っ張っていく。
「お、おい…!」
「良いから…!」
されるがままに千歌に連れていかれるツカサ。
やがて辿り着いた場所は彼女の部屋。
千歌の手によって勢い良く開かれたその部屋の中には、千歌以外の他のAqoursのメンバーが集まっていた。
千歌はそこでツカサの手を離し部屋の中へと入ると、そのまま彼に対してある問いを投げ掛ける。
「何で言ってくれなかったの…?」
それはあの日彼女達が見た、彼女達の知らない真実について。
「千歌ちゃん…!」
「この馬鹿千歌!!こいつは今病み上がりで…!!」
その事情を知らぬ千歌の姉2人が突然ツカサを連れ出した千歌を咎めようと玄関から追い掛けてきたのだが…。
「ツカっちがあんな事やってるなんて知らなかった!!」
それは突然の千歌の怒号によって阻まれてしまった。
普段とは明らかに違う彼女の姿に、志満も美渡も思わずたじろいでしまう。
「ツカっちは昔の記憶が無くて何にも知らなくて!!なのに言う事はいっつも何か人の事知ってるみたいに馬鹿にするような言い方で!!でもいつだって私達の傍に居てくれる優しい人で…!!」
そのまま捲し立てられた千歌の語気は、最初こそ激しい憤りによるものであったが、最後の方にはどうしようもない感情へと変わっていく。
「ツカっち…あれは何?何だったの…?私達と同じ人が居て、ツカっちもおかしな姿になって…。」
やがて千歌は涙混じりにツカサの方へと向き直り…。
「教えてよ…ツカっち…。」
彼にその真実を懇願した。
問い掛けから懇願へと変わった彼女の悲痛な姿に、ツカサはどうすれば良いか見当が付かない。
何故なら彼もまた、その真実を追い求めている者の一人であるからだ。
「…俺にもよく分からないんだ…ただ、奴等は俺を狙っていて、俺にはああいう力がある…それだけだ。」
「…いつから?」
「…お前達が初めてライブをした時に1回、その後は昨日ので2回目だ。」
他ならぬ自分の事であるのに、その自分が何も知らないなど…。
これほどまでに自分が記憶喪失である事を恨んだ事は無い。
「千歌…俺は…!」
それでも何か言わなくてはと、ツカサは必死に頭の中から彼女に掛けるべき言葉を模索する。
「何で言ってくれなかったの…?」
「っ…!」
だが、それも彼女の一言によって意味を無くす。
「あの日ライブが終わって…ツカっちの様子がおかしいって…ずっと心配してたのに…!」
何故なら彼女はもっと早くその言葉を聞きたかったのだから。
今ではもう、遅いのだ。
「昨日だって今日だって…ずっと心配してたのに!!」
彼女の想いが木霊する。
その想いに応える事は、仲間も、家族も、そしてその思いを向けられている彼にも出来なかった…。
―――――――――――――――――――――
「ツカサさんには、ああいう力がある…。」
「それでツカサさんを狙う人達が居る…。」
それからどれだけの時間が経ったか…。
いつの間にか志満も美渡も、ツカサの姿も居なくなった部屋の中で、梨子と曜がぽつりと呟いた。
「何であの人達、ルビィ達と同じ恰好してたの…?」
するとそれに続くようにルビィも自らが思う事を口にする。
「ううん…格好だけじゃなくて、顔だってルビィ達そっくりだった…。」
口にして、しかしそれをした事によって当時の光景が思い起こされたのか、ルビィは小さく身震いする。
ツカサもあの者達については何も知らないと言っていた。
何故あの者達が自分達と同じ姿をしていたのか…。
それを紐解く鍵となりそうなのは、ツカサが持つ一連の力のみ。
「私達が…ツカサさんと関わっているから…?」
梨子が口にしたその言葉は、それらの情報から推測した、ただの言葉遊びのようなもの。
自分達の偽者が現れ彼を襲ったのは、彼という特別な力を持つ存在と関わっているからという、整合性の全く取れないただの臆測だ。
だが、それを聞き逃さなかった者が居た。
その言葉を真実であると悪く捉えてしまった者が。
「それって…私達がツカっちを危ない目に会わせてるって事!?」
「そうとは言ってないわ!!でもファーストライブの時が初めてで、その後がこの前の撮影の時だなんて…おかしいに決まってる!!」
鎮まっていた千歌の憤りがまた沸き上がり、思わず梨子へと食って掛かってしまう。
それに対して梨子もまた声を荒らげてしまった事で場が一触即発の空気となってしまうが…。
「落ち着きなさいよあんた達!らしくないわよ!」
「善子ちゃん…。」
善子の一喝によって一旦は収まる事となった。
善子はそのまま場を一度見渡すと、千歌に向けて自身の考えた推測を述べる。
「あの人があの力を手に入れたのは記憶を失う前から、そう言ってたわよね?」
「うん…気が付いた時にはもう持ってたって…。」
「なら必ずしもその“初めて”がファーストライブの時だとは限らないでしょ?もしかしたら記憶を失う前からああいう事をやってたのかもしれない…下手にあいつらと私達を結びつけない事ね。」
ツカサは千歌達と初めて出会った時から既にあの力の源を手にしていた。
ならば彼が記憶を失う前からあの力を行使していた可能性は非常に高い。
その時から、彼は奴等の相手をしていた。
奴等が自分達の姿を模していたのは、単に今彼にとって一番近い場所に居るから。
だから自分達が原初の原因では無い…記憶喪失という彼の事情を汲んで考えた善子の言う事も最もな意見だ。
だがその考えも、今の千歌にとっては火に油となりかねない。
「でも…あの人達は私達と同じ格好をしてた!!私達が関係無いなんて事無いよ!!善子ちゃんの言い方じゃ…ツカっちの事見捨ててるみたいだよ!!」
「なっ…そんな風には言って無いわよ!!ただ私はそんな簡単に物事結びつけないでって言いたくて…!!」
自分達が原因じゃないから深く考えない方が良いなど、それではまるで自分達は全くの無関係だからと彼を突き放しているようなものだと、千歌は善子に激しく詰め寄ったのだ。
「千歌ちゃん、一旦落ち着こう?大丈夫だよ、ちょっと皆混乱してるだけだから…。」
「でも…でもツカっちはあんなに苦しんでたのに…私は!!」
見かねた曜が仲裁に入るも、千歌の想いは収まる事は無い。
このままでは彼女はまた誰かに当たって、それが火種となって争いが起きて…。
「もうやめてぇ!!」
そんな危うい場を鎮めたのは、普段とはかけ離れた大声を上げた花丸であった。
「もうやめて…せっかく集まった皆がバラバラになっていくの…オラ、見たくない…!!」
花丸にとってAqoursは新たな自分の夢を開いてくれたかけがえの無い大切な仲間。
その仲間の心が別たれてしまう姿など、彼女にとっては拷問に近い。
悲痛な叫びと共にその場に崩れ落ちた彼女の姿は、この場に居る誰しもの高ぶった憤りを鎮めるには十分であった。
「…千歌ちゃんがツカサさんを心配してる気持ちは、良く分かるよ。でもそれは私達も同じ…それだけは分かって、千歌ちゃん。」
曜もまた、花丸によってただ千歌を宥めようとしていた自身の心に整理が付いた。
ただ宥めるだけじゃない…ちゃんと論して、彼女自身が納得してもらわなければと。
それを聞いた千歌の心もまた、先程までの激情が嘘のように消え去っていた事でその言葉をすんなりと受け止め、自身がしていた事の過ちに項垂れた。
「うん…ごめん皆…私、どうかしてた…。」
「平気だよ千歌ちゃん、皆も…ね?」
曜がそう言うと、皆優しく首を縦に振る。
あれだけ迷惑を掛けたと言うのに、皆優しい。
その優しさに、千歌の心は綺麗に洗われたのだ。
「…ごめん皆、私ちょっとツカっちに謝ってくる!」
その心なら、きっと彼ともまた仲良くなれる。
先程までの険悪な関係を、早く終わらせたい。
千歌は逸る想いを抑えず、部屋から飛び出してツカサの居る部屋へと向かう。
「ツカっち、居る…?」
そして彼の部屋の前まで辿り着くと、千歌は一度深呼吸してから部屋の中に居るであろう彼に対して声を掛ける。
彼からの返事は、無い。
相手の言う事を聞かず、一方的に罵って…きっと嫌われてしまった事だろう。
でも、今度はちゃんと話を聞こう。
お互いの思う所を、全部話そう。
そうすれば、きっとお互い、また笑いあえる。
「入るよ…?」
千歌は再び彼と話をする為に、部屋の扉を開けて…そして後悔する事となる。
普通に謝って、普通に仲直りして…。
そんな“普通”な事さえも許されない程の事をしてしまったのだと…。
「ツカっち…?」
部屋の中に、彼の姿は無かった。
部屋だけでない、旅館の中にも、彼女達の知るどこの場所にも、彼は居なかった。
この日少女達の前から、ツカサという男は忽然と姿を消してしまったのだ…。
海岸沿いに拡がる浜辺を、1人の男が歩いていた。
彼の行く先に、目的地など無い。
彼は…ツカサはただ、当ても無く行く道を彷徨っていた。
あの偽者達は自分を狙っていた。
だから自分しか傷付かない、そう思っていた。
―何で言ってくれなかったの…?
だがそれは違った、傷付くのは決して自分一人だけでは無かったのだ。
―昨日だって今日だって…ずっと心配してたのに!!
彼女は…彼女達はきっと、自分達にも何か原因があると思う事だろう。
だがそれはツカサが望むものでは無かった。
もし彼女達がそれで負い目を感じて、気負うばかりに彼女達のやるべき事が疎かになるのだとしたら…。
「これで良かったんだ…いつまでも居候が居て良い訳でも無いしな…。」
あの日校庭から見えた彼女達の姿が、閉じた瞳の裏に写る。
そう、あのような血に濡れるのは…自分だけで良い。
書き置きも残さず出ていってしまったが、むしろ正解であったかもしれない。
これで彼女達が自分の事なぞ忘れて、スクールアイドルの活動にだけ目を向けてくれれば、それで良い。
ツカサはもう決して近くで見る事の無いであろう彼女達の輝く姿を想像しながら、いつの間にか止めていた脚を踏み出す。
「ん…?」
すると何処からかヘリの音が聞こえたきた。
上を見上げてみると、ちょうど頭上を白とピンク色の機体色をしたヘリが飛んでいた。
あぁ小原家のヘリか…と彼は気にせず放浪を再開しようとして、再度頭上を見上げる。
ヘリは先程より少し先の方を飛んでいたが、やがて反転して進行方向をこちらの方へと向ける。
そして気のせいだろうか、段々ヘリの高度が下がっていっている気がする。
「まさか…!?」
デジャヴ…そう感じたのも一瞬、そのヘリはツカサのすぐ目の前で停滞し始めたのだ。
ヘリのローターが巻き起こす突風に目を細めていると、機体のドアが開いて中に居た少女の姿がツカサの目に留まる。
「
ツカサが旅館を飛び出してから2日。
彼の身柄は小原 鞠莉によって保護された。
しかし鞠莉は彼を千歌達の下へは返さず、自身のホテルへと招いたのだ。
彼女が何の目的で彼を保護し、また自身の側に置いたのか…。
何れにせよ、彼はもう運命の輪から逃れられないのだ。