Re:START of “DECADE” ~輝きの世界より~ 作:私だ
AZALEAのライブも振り替え公演やる予定みたいだし…善きかな善きかな
その日、ダイヤは己の目を疑った。
「鞠莉さん!?これは…!?」
送られたメールには、1つの動画が添付されていた。
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「あの馬鹿…。」
そのメールは果南にも送られており、彼女はそれを見て送信者に決して届かぬ暴言を吐く。
それは実際の距離からしても、心の距離からしても…。
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「おい…これどういう事だ!?」
そしてツカサもまたその日、懐疑の声を上げて鞠莉に詰め寄っていた。
「どうって…見ての通りじゃない。」
しかし当の本人は悠々と椅子に座りどこ吹く風といった様子。
そんな彼女の態度がますます腹立たしいが、まだ感情を爆発させる時では無いとし、ツカサは改めて彼女に見せられた問題の動画を食い入るように見つめる。
「“沼津から始まる
「中々上手に出来てるでしょ?」
彼女がツカサに差し出したパソコン画面、そこにはスクールアイドルとして歌う鞠莉の姿があった。
衣装も機材も何もかも、一体いつ用意したのだろうか…。
「他の奴等はどうするつもりだ!?まさか今になってソロで歌うつもりじゃ…!?」
いやそれよりもだ、彼女はこれまでAqoursというグループとしてのスクールアイドル活動にこだわっていた筈…それがどうして単独で動画を挙げるなどという暴挙に出たのか。
まさかあまりにもスカウトに応じない2人や活動停止している現Aqoursに嫌気が差したとか…!?
「よく見て、私はその動画で”ソロ活動をする”なんて一言も言ってないわよ?」
しかしツカサのその反応こそ、彼女の作戦の内なのだ。
「これを見たら果南もダイヤも、それにあの子達だって黙っていない筈…皆が私に接触してきたその時こそ、浦の星
そう、彼女が行ったのは自らを餌に鯛を釣ろうとする誘き出し作戦だ。
そんな仲間を騙すような真似をしてまで成功するものかと過去の経験から危惧するツカサ。
しかしそんなツカサの思いとは裏腹に、鞠莉の携帯に1通のメールが届く。
それを見た彼女は何やら勝ち誇ったかのような表情を浮かべ、ツカサにそのメールの内容を見せる。
…釣れてしまったようだ、でっかい鯛が。
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「お姉ちゃん、出掛けるの…?」
「えぇ、少し。」
ダイヤが家から出ようとしたその時、彼女はルビィに声を掛けられた。
振り返ってみれば、相変わらず暗い雰囲気を纏っている愛妹の姿が目に写る。
別に出掛ける事などそう改まって声を掛ける程珍しい事では無いというのに、彼女がわざわざ声を掛けてきた理由。
それは…。
「…理事長さんの所?」
あの動画は既にネットで公開されている。
どうやらルビィもあの動画を拝見したようだ。
そしてそのタイミングで自分が出掛けるという事は、何も告げなくても彼女の下へ行くと言っているようなもの。
しかしそれだけが声を掛けた理由で無い事をダイヤは知っている。
「一緒に来ますか?」
彼女の下にはツカサが居る…その彼の事を思っての発言だ。
しかし付いてくるかと問うてみれば、彼女は途端に下を向いてしまう。
心配もして、帰ってきてほしいとも思っているのに、行動に移せない。
「…ルビィ、少し耳に留めておいてもらいたい話があります。」
「えっ…何…?」
人の心というものはかくも難しきものか…それを意地っ張りとして貫き通す親友2人と自らの姿を重ねながら、ダイヤはルビィにある理想を語った。
どこかの誰かさん達が馬鹿みたいに掲げている、とても実現する事が無理で、無茶で、無謀な理想を…。
自分もその誰かさん達の中に入っている事など棚に上げて。
「お姉ちゃん、それって…!?」
「ルビィ…自分の為すべき事を見つけ、そしてそれを為しなさい。私は私の為すべき事を為しに行ってきますわ。」
全てを語り終えたダイヤは何かを言いたげだったルビィを残して家から去っていく。
そうして残されたルビィは自らを論した姉の姿と、もう1人別の人物の姿を思い浮かべる。
ある日突然スクールアイドルに対して嫌悪感を露にした姉。
小さい頃は沢山スクールアイドルに成りきって一緒に遊んでいたのに…。
嫌いになったのだろうか…否、嫌いであったのだろうか…。
それを知りたくて、でも聞く勇気が湧かなくて、ずっとモヤモヤしていた。
それが高校に入ってスクールアイドルに誘われて、親友が、そして先輩達が後押ししてくれて、スクールアイドルを始めて、そして今の話を聞いて…やっぱり姉はスクールアイドルの事が好きなのだと察した。
あの日拒絶の意を示したのには、何か理由がある…。
それを聞くのはやはり憚られたし、聞く勇気もまだ全然足りなかったけど…。
でもいつかそれを聞いて、そして願わくば力になりたかった。
でもそんな姉は、どうやら自力で答えを見つけたようだ。
あの日と同じく、自分は何も知らないまま…。
彼だってそうだ…突然自分の世界に現れた、異質な存在。
自分の夢を手助けしてくれる人だとは分かっていても、やはり自分の中では知らない人であって…。
だから初めて出会った日に彼に恐れおののいて拒絶の意を示してしまった時の彼の姿は、今でも覚えている。
言葉にするのは難しいが、何とは無しに彼からは自分と同じような雰囲気を感じたのだ。
彼もまた、不器用で人見知りで…そんな言葉で片付けて良い程単純な話では無いのだろうが、少なくともルビィにはそう思えて、そして実際にそんな単純な話では無かった事を知った。
あの日自分達と同じ姿をした知らない人達と、血みどろになりながら争いあった彼の姿…。
恐い人だと突き放すのは簡単だった、しかしルビィはそれをしたくなかった。
病院から戻ってきた彼の姿はどうしたら良いかととても困惑していて、それでいて内面はとても怯えているようで…。
その気持ちは、ルビィには良く分かった。
自分でもどうしたら良いか分からなくて…だからそんな不安定な自分の事など、きっと誰も受け止めてもらえない。
だから誰かと話をするのを躊躇ってしまって…自分にとってはいつものパターンだ。
だから…何か出来た筈なのだ。
いつもそうなる自分だからこそ、そうじゃないよと声を掛けたり、手を差し出したり…。
それでも彼は行ってしまった…自らの思う所を何も告げず、ただ1人自分達の下から去っていってしまった。
彼の気持ちを理解していた筈なのに、自分は1つの声さえも出す事が出来なかった。
色んな人達と出会って、スクールアイドルを始めて…少しは変われたと思っていた。
でも実際は、何にも変われていなかったのだ。
それを自覚した時、ルビィの中で湧いた感情は…悔しさだった。
「ルビィの…やるべき事…。」
力になりたかったのに、出来なかった。
それは自分という存在が、まだ彼女達の力になれる程の器に至っていないから。
ではその器に足り得るには、どうすれば良いか。
―ルビィちゃんはもっと自分の気持ち、大切にしなきゃ…。
―ルビィちゃんはスクールアイドルになりたいんでしょ?だったら…。
いつしか親友に言われた言葉が胸の内に去来する。
スクールアイドルになりたいと…そう願うだけの自分に手を差し伸べてくれた親友の言葉の、その続きは…。
「前に…進まなくちゃ…!」
黒澤 ルビィはまだまだ子供だ。
それでも子供なりに精一杯色んな事を考えて、答えを導きだしていく。
それを教えてくれた人達に、そしてその先に居るであろう姉や彼に報いる為に、自分の為すべき事を為そう。
ルビィは意を決して部屋へと戻ってスマホを手に取り、メッセージアプリを開く。
その宛先は…Aqours。
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「ダイヤぁ~!今日も
ホテル前の噴水広場、メール通りに来訪したダイヤを鞠莉がいつものテンションで出迎える。
しかしそれはダイヤが鼻先に自身の携帯を突き付けた事で不発に終わってしまった。
「…動画、拝見致しましたわ。」
そんな携帯の画面には、鞠莉から送られたメールの内容が写されており、ダイヤは改めてそのメールを見るや溜息を吐く。
「貴女はそうまでして、私達に賭けますか…。」
そう言うと今度は海辺の方まで歩いていき、手すりに手を掛けながら海を見る。
「…仕方ありませんわね。」
「ダイヤ…?」
その様子が今までの彼女とは明らかに違うと、鞠莉もツカサも首を傾げる。
するとダイヤは一度目を閉じ、やがて意を決したかのようにくるりと鞠莉へ向き直った。
「このまま鞠莉さんを1人で暴走させる訳にはいきませんからね。」
突拍子も無く言われたその言葉に一瞬ポカンとしてしまったが、すぐにその言葉の意味を察した鞠莉の瞳に、嬉し涙が溢れる。
「ダイヤぁ…!」
主語など無く分かりづらいが、長年彼女と親友をやっていた鞠莉なら分かる。
それはスクールアイドル参加への肯定の意。
つまり鞠莉1人だと不安だから自分も同じ立場で付き添うという彼女なりの答えなのだ。
やっと願いが1つ叶った。
小さな1歩だけれど、それは大きな1歩でもある。
鞠莉は溢れる喜びを隠しきれず、再びダイヤに抱き付こうとするも…。
「ただし、1つだけハッキリさせておきますね。
これから先どれだけの手を尽くしたとしても、Aqoursが貴女の望む通りのメンバーになる事はありません。」
ダイヤから発せられた宣言にピタリと動きが止まる。
やっと願いが1つ叶った。
しかし同時に願いが1つ断たれようとしていた。
そして断たれようとしているその願いの正体は、既に分かりきっていた。
「…果南は?」
先程とは打って変わって低い声で鞠莉がダイヤに問い掛けるも、彼女は声を出そうとしない。
しかしそれだけで答えとしては十分であった。
鞠莉はその答えに顔を怒りに染め歯軋りするや、何も言わずにその場から駆け出してしまった。
「あっ、おい…!」
行き先は恐らく彼女の所だろうが、今の状態で行ってしまって、その後どうなってしまうのか。
未来の見えぬ危惧にツカサは鞠莉を追い掛けようとするも…。
「行かせてあげましょう、こういうのは本人の口から直接語ってもらわないと…。」
ダイヤがやれやれといった様子でそれを制した。
その口振りからこうなる事は予測済みだったようだが、果たしてこれで良いのであろうか?
未来が見えぬ故、ツカサの中には最悪のパターンが連想されて止まないと言うのに…。
「それよりも、今は他にやるべき事をやってしまいましょう。」
「他…?」
だと言うのにダイヤはまた呆れたように溜息を吐くや、ツカサ目掛けて指を差す。
「貴方ですよ、あの子達のAqoursを復活させるんです。」
未来が見えぬと嘆くなら、何故見えている未来から目を背けるのだと。
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ダイビングのインストラクトから帰ってきて早々、果南は目の前の現実から目を背けたくなった。
「…何してんのさ。」
「遅い!!」
「いや遅い言われても仕事だからこっちは。」
何せ自宅件ダイビングショップの出入口の前に、鞠莉が体育座りで勝手に門番していたからだ。
最近は変な客が多いと思っていたが、ここまで変な奴に当たるとは。
後ろに居るお客さんの視線が痛い。
「とりあえず邪魔だから、しっしっ。」
「ヤダ。果南が
「訴えるよ?」
そんなテコでも動かなさそうな彼女ではあったが、交渉()の結果とりあえず横にずれてもらった。
姿勢はそのままにちょこちょこと…器用なものだ、お客さんの奇異を見るような目線がそれを証明してくれている。
店の評判に障るような事だけは止めてほしいのだが。
「全く…それで、またスクールアイドルのお誘い?それなら前から何回も断ってるでしょ…いい加減しつこいよ?」
仕方無くその後の仕事を一旦切り上げて鞠莉の面倒を見る果南。
とは言え彼女がここに来た理由は大体察する事が出来る。
故に早々にお帰り願いたいものなのだが…。
「…ダイヤはやるって言ってくれた。」
「…そっか。」
その一言だけでそれは叶わぬ事だと察した。
黒澤 ダイヤ…やはり彼女はその道を選んだか…。
思えば彼女は昔から自分と鞠莉が突拍子も無い事をやろうとしたり、喧嘩しそうになったりした時、いつも仲介に入ってくれた。
ダイヤは昔からいつも自分達の仲を取り持ってくれる、そんな立ち位置に居たのだ。
「でもダイヤは、果南は絶対やらないって言ってた…。」
「そうだね…。」
そのダイヤが、今自分の側を離れて鞠莉の側へと寄った。
だから果南は同時にもう1つ察した事があった。
とうとう“その時”が来てしまったんだなと。
「果南、もう一度言うわ。私と…ううん、私達と一緒に、“スクールアイドル”をやって!!」
立ち上がり、こちらへと手を伸ばす鞠莉。
いつものふざけた調子などどこにも無い、彼女の本気の勧誘。
その手を取れば、また彼女と…いいや、今度はもっと多くの子達とあの日の夢を追い掛ける事が出来るだろう。
あれだけ拒絶していたのに、それでもこうして手を差し出してくれる彼女はまさに、自分にとっての
「…私は、スクールアイドルはもうやらない。」
だからこそ、果南はその光が当たる事を許せなかった。
「ッ…何でよ!?あんなにスクールアイドルの事が好きだった果南が…私をスクールアイドルに誘ってくれた果南がどうしてそこまで嫌がるの!?あの日歌えなかった事がそんなに気になる!?そんなもの…私達なら乗り越えられる!!今度は3人じゃなくて、9人で!!」
頑なな、あまりにも頑ななその精神に鞠莉は遂に我慢の限界が来たと声を荒らげる。
一体彼女は何を思ってそう言っているのか、もう完全に分からなかったのだ。
「…その様子じゃ、ダイヤからは何も聞いてないんだね。」
それを見た果南は親友が最後に残した意地悪に呆れながら、おもむろに1冊のノートを机の上に置いた。
「これは…!?」
彼女がここに来た理由は、大体察する事が出来た。
故に話をする前に部屋から持ってきたのだが…どうやら持ってきて正解だったようだ。
「…懐かしいでしょ、これ。」
それは彼女達がスクールアイドル時代に取り行おうとしたパフォーマンスを記した1冊。
果南や鞠莉にとっては決して忘れられない、ある意味での思い出。
「こんな無茶な事をやろうって言い出したから、私は鞠莉に怪我をさせた。もしかしたら、一生付いて回るかもしれなかった怪我をね…私はそれが、何よりも許せないの。」
このパフォーマンスをライブに組み込もうと言ったのは自分だ。
そしてこのパフォーマンスは成そうとしても簡単に成せる程優しいものでは無い。
それを当時無理に押し通した結果、彼女は足首に怪我を負った。
それがちょうど、東京でのイベントの時であった。
「私はね、別に鞠莉にスクールアイドルをやって欲しくない訳じゃないの。むしろ鞠莉がやりたいって言うのなら、私はそれを全力で応援する。でも私が側に居て、また鞠莉があんな風になるんだとしたら…。」
あの時ライブを披露しなかった事で、彼女は今こうして自分の前に立ってくれている。
でももしあの時構わずライブを行っていたとしたら…。
そんな可能性を生み出してしまったのは、他ならなぬ自分だ。
果南は自分が許せなかったのだ…何ものにも代えられない存在である彼女の未来を奪おうとした自分自身が。
それが、果南の真実であった。
「果南、それは…!!」
「鞠莉、スクールアイドル頑張って。ダイヤの言う事ちゃんと聞いて…それと、千歌達の事もよろしくね。」
それを目の当たりにした鞠莉は何か言葉を紡ごうとして、しかし果南にそれを遮られてしまう。
席から立って家の中へ入ろうとする果南を、鞠莉は止めようとした。
ここで行かせてしまえば、もう二度と彼女と会えなくなってしまう…そんな予感がして…。
それでも、彼女に手を伸ばす事は叶わなかった。
閉めきられた扉の前で、鞠莉はしばし呆然としていた。
言えば良かったではないか、そんな事気にしていないと。
また怪我しそう?大丈夫。ダイヤも居るし、後輩達も居る。
そう言って、手を伸ばせば良かった筈なのに…何故この手は動かなかったのだろうか。
行かせてしまえば、もう二度と焦がれていた願いは叶わないと分かっていたというのに…。
「違う…違うのに…!!」
その否定の言葉は果たして彼女に対してか、それとも自分に対してか…。
鞠莉は扉の前で泣き崩れ、同時に果南も扉の向こうで涙を浮かべる。
本音を言えば、今すぐこの扉を開けて彼女を抱き締めてあげたい。
でもそうしてしまえば、自分はまた彼女を傷付けてしまう。
だから、これで良いんだ。
光が当たれば、そこには影が出来る。
その影の中が…私の居場所だ。