理雄は不思議な夢を見ていた。
目の前に白い雲に続く階段があり、それを目指し歩く。
誰に階段を登れと言われたわけでもないのに何故か身体はその階段を登ろうと動く。
「理雄」
一段目に足を掛けた時、懐かしい声が彼を呼び止めた。
「お母さん……」
そこに立つのは紛れもなく幼少の時、身を呈して守ってくれた母親の姿だった。
「……お母さん!」
もう会えないと思っていた母親との邂逅に感極まり理雄は母親の元へ駆け寄る。
涙を流す我が子を母親は抱きよせ優しく頭を撫でた。
「久しぶりだね理雄……。こんなに大きくなって。お父さんにソックリね」
「ありがとう……でも、もうお父さんには会えないよ。殺されたんだ、俺」
母を悲しませてしまったか、と思ったが母からは意外な答えが帰る。
「ううん。理雄は生きてるよ。だからまだ戻れる」
「本当に?」
「えぇ」
あの時と変わらない優しい表情が理雄に向けられる。
諭すように母親は続けた。
「だからまだ理雄がここに来るのは早いわ。彼女の玲里ちゃんも守ってあげないとね」
ウィンクしてみせた。
理雄の顔が赤くなる。
「なんで……お母さんが知ってるのさ」
「天国からちゃんとあなた達を見てるんだよ。……さぁ、戻ってまた頑張れる理雄?」
「お母さんに言われたらやるっきゃないよ」
苦笑しながら理雄は答えた。
「くれぐれも無理しない範囲でね。それじゃあね大きくなったあなたに会えて良かった。またね」
「うん。またねお母さん。このことはお父さんにも伝えておくよ」
互いに手を振りながら母子は別れた。
=====
「……うぅん。お、れ……生きてる……お母さんの言った通りだ」
確か自分は心臓を貫かれ……。
―――あの死(激痛)が夢だと言うのか。
「何処だ……ここは?」
身体を起こしてから場の空気が異なることに気づく。
辺りを見ると、場所は遊園地では無くなっていた。
ひんやりと冷たい瓦礫が敷き詰められた人工的な床の上に小さな塔が3つ立ってる。
地球の何処かの世界遺産なのか、少なくとも18年の人生の中で理雄はこんな建造物を見たことなかった。
こんなに大きければ航空写真や、インターネットを通じて発見されそうなものなのに。
なんで騒ぎにならないんだろう。いや、それより先ず俺が考えなければならないのは……何故俺が生きてるかってことと。
「玲里ちゃんの安否だ」
心臓を貫かれ殺されたのに生きている。
こんな生命の法則に逆らうことが常識的に考えれば起きるわけがない。
でも、現に自分は生きている……どんな魔法が働いたのか傷は完全に治癒した状態で。
「銀陽、瑠奈……君らの言う通りどうやら俺達は本当に常識の範疇を越えた事態に巻き込まれたかも」
あの二人の読みが当たったんだと実感するしかない。
心臓に激痛が走ったのを最後に意識が急に途絶え次第に自分の感覚が『冷たく』なっていったのに。
視覚も、聴覚も、痛覚でさえ……冷えて消失していき、何も感じなくなり暗い闇に襲われ最後に行き着いたのは死という現象。
生命活動の終焉である。
頭はハッキリと心臓を貫かれ死んだのを記憶している。
嫌な感覚だったな……。
実に恐ろしいものだ。
どこまでも真っ暗で、出口はなく迎えたら最後……。
身を呈して理雄を守った母親もこの恐怖を味わったのかと考えると、何ともやるせない。
その死という事実を味わったのに、何故か自分の身体からは怪我が消え去った。心臓に大きな風穴を開けられたはずなのに、だ。
若しくはここは死後の世界で、死んだから傷を負う前の姿になったのでは。と疑問に思うも……腕も、足も、身体も温かく、鼓動も正常のリズムで脈打っている。
「つまり……」
常識の範疇を越え、世の理から外れた出来事が続いた中冷静に起きてる事態を考察していく。
一つの答えが導かれた。
心臓を貫かれ死んだ俺が生きてるんだから、玲里ちゃんだって恐らく生きてる。……そして多分彼女もここにいる。誰かが俺達をこの未知の場所へ連れて来たんだ
常識的には絶対に考えつかない答えだったが、非常識的なことが連発してる今、理雄は自身の考えをすんなりと受け入れられた。
「……フゥ」
恐怖感と警戒が混じった溜め息をつく。
自身の生存が確認出来たとは言え常識を逸脱した生存と自分達を招いた存在に不気味さを感じる。
「あなたの彼女ならここに居るわよ」
「誰だ!?」
声を荒げながら言うと、バサッバサッと翼が羽ばたく音が上空で聞こえた。
「なっ……!」
見上げると、背中から純白な翼を生やした少女が玲里を抱き抱えながら地べたへと降りたとうとするところだった……その翼から溢れる神秘性に理雄は目を奪われる。
しかもあの少女は正に理雄が夢の中で会った存在だ。
「色々と教えてあげるわ。あなた達の身の回りに起きてることと勾玉のことをね」
真っ赤な双眸を向け、悪戯的な笑みを溢しながら少女は話し出した。