とある魔術の虚構切断   作: rose

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幻想御手篇
常盤台の電撃姫


弾駆士道(たまかりしどう)は善人ではない。ヒロインの窮地に必ず駆けつけるヒーローでもなければ、地球を守るために戦う仮面ライダーでもない。かといって悪人というわけでもない。別に世界征服を企んでいるわけでもなければ、犯罪組織に身を置いているわけでもない。では一般人なのかと問われれば、残念ながらこれもまた首を横に振らざるを得ない。彼の手には人を殺せる"力"が間違いなく宿っているし、実際に自らを守るためにその手を他人の鮮血で染めあげたこともあった。

 

「おい、ガキによってたかって何してんだ」

 

そう、だから、中学生くらいの女の子を大勢で囲んでいる馬鹿どもに声をかけてしまったのも、別に大した意図があるというわけではなく、半端ものらしく気まぐれで起こしたことだった。

しかし気まぐれに普段しないことをするというのは、えてして良い結果を呼び込まない。現に士道はのちに後悔することになる。

 

ーーーああ、こいつが常盤台の電撃姫だと知ってれば声なんぞかけなかったのになぁ、と。

 

 

 

御坂美琴はひっそりとため息をついた。別に疲れているという訳ではないのだが。

彼女は今、大通りの端っこでチンピラに囲まれていた。

誰がどう見ても状況は一つ、ナンパである。中学生くらいに見える少女を取り囲むにはいささか人数が多い気もするが、その答えは彼女の纏う制服にある。ベージュのサマーベストに丈の短い紺色のスカート。それは、学園都市の中に存在する数多の学校の中でも名門校に位置付けられる女子校、常盤台中学の夏服なのだから。

常盤台中学では強能力者以上であることが入学の条件とされている。つまり生徒全員が強能力者以上。無能力者で彼女たちをナンパしようというのなら、この大人数も頷けるというものだった。実際には彼女は強能力者どころか学園都市に7人しかいない超能力者の一人なのだが。

そんなことを知る由もないチンピラのリーダーは、彼女に誘いを投げかけ続ける。大方、だんまりを決め込む彼女のことを恐怖におびえていると思っているのだろう。

 

(……馬鹿な奴ら)

 

美琴が無視を決め込んでいるのは、当然ながら怯えているからなどではなく、単純に話を聞いていないからだった。それどころか、チンピラ達を見てすらいなかった。彼女の目線が向けられているのは、通行人の方だった。

チラチラとこちらを窺いながらも、我関せずとばかりに通り過ぎていく。たまに行動に出ようとする輩もいるようだが、見張り役のチンピラに追い払われている。別に彼らが薄情だなどとは思わない。誰だって自分が一番可愛いものだ。たとえ見ず知らずの少女が大人数の男達に囲まれていたとしても、そこに割って入ってくるような馬鹿はいない。だからこそ、彼女は今までこういった問題は自力で処理してきた。常盤台の制服と飛び抜けて優れた容姿のおかげで、ほいほいと男が寄ってくる彼女だが、その全てを叩き潰してきた。今更彼らのような一般人に期待などしていない。

 

「おい、ガキによってたかって何してんだ」

 

だからこそ、その声を聞いた時には驚きで目を見開いた。声がした方向に目を向ければ、白いパーカーの上から学ランを羽織り、学生鞄を肩に引っかけるようにして持つ男子学生が突っ立っていた。

 

「おいおいなんだお前ぇ?ヒーロー気取りのお子様かなぁ?」

 

「質問してるのはこっちだクソ野郎。ガキ囲んでなにしてんだって訊いてんだろうが」

 

リーダー格の男のチャラチャラした答えに、ぴしゃりと即答する少年。その態度にリーダー格の男のこめかみがピクッと揺れる。どうやら琴線に触れたらしい。

 

「あ?てめぇに関係ねぇだろうが。とっとと失せろ」

 

「嫌だね。どいてほしかったら力ずくでやってみろよ」

 

というか自分はいつの間にか置いてかれてないだろうか。気づけば少年対不良という構図が成り立っており、美琴は知らぬ間に蚊帳の外だ。

パリッと前髪に青白い火花が散る。

 

(つーかコイツはさっきから人のことをガキ呼ばわりしてくれやがって……ッ!)

 

短気な電撃姫は既に限界だった。

 

「上等だ、今更後悔してももう遅ぇぞ。ーーーてめぇら、やっちまえ!!!」

 

「なに人のこと放置して話進めてんのよアンタらーーーッ!」

 

夜の街を電撃が青白く照らす。美琴が全包囲へ放った電撃は、その余波を周囲に撒き散らしながらチンピラ達のもれなく全てを穿った。手加減を加えていてもその威力は全員の意識を刈り取るのには十分だった。

 

「おいこら中学生。お前んとこの学校じゃ、助けてもらった人を能力で射抜けって教わんのか?」

 

あくまでチンピラ全員の意識を刈り取るには、だが。

 

「あーあ、こんな強い能力持ってるなら最初から出しゃばらなきゃ良かったかな」

 

「アンタ、なんで……」

 

「んぁ?」

 

今度こそ美琴は驚愕に打ち震えた。こんないかにも(口は悪いが)普通の男子学生が、超能力者である自分の一撃を受けてケロリとしているのだ。高鳴る鼓動と高揚感に彼女は獰猛な笑みを浮かべた。

 

「アンタ、なんで無事なわけ?」

 

「おいこら堂々と俺のこと狙ったの暴露してんじゃねぇ。……たまたま外れただけだよ」

 

それを聞いた瞬間、美琴は前髪から雷撃を放った。今度は威力も制限せず、少年の心臓ドンピシャを撃ち抜く軌道で。

その瞬間、美琴は自らの目を疑った。一挙手一投足を見逃すまいと彼女が視線を注ぐ先で、少年は素手で雷撃を切り捨てたのだ。一切表情を変えることなく、どこか冷めたような気怠げな顔つきのまま。

 

「アンタ……今何をしたの……?」

 

「あー……」

 

少年は煩わしそうに頭をガシガシと掻くと、ため息をついてから口を開いた。

 

「お前、門限は?」

 

「え……まだ大丈夫だけど」

 

美琴の返答を聞くと、彼は踵を返して歩き始めた。

 

「飲み物くらいは奢ってやる。暇ならついてこい」

 

嫌なら別にいいけどな、と振り返りもせずに告げて、少年はそのまま歩いていく。美琴は数瞬逡巡したのち、早歩きで少年を追いかけだした。

 

 

(あー……なーんでこんなことになっちゃったかなー……)

 

場所は移ってファミレス。学生が夕食を食べに大勢来店する中で、彼は隅の席で天井を見ながらぼけーっとしていた。

どうしてこんなことになったんだろう、と考えて向かいの席にちらと目を向けると、その元凶がジュースをちうーと吸いながらこちらをじっと見つめていた。というか睨んでいた。

 

(はぁ……アイツ風に言うなら……)

 

「不幸だー……」

 

「ちょっと、人の顔を見てその発言ってどういうこと?」

 

案の定、見るからに勝ち気そうな少女は噛み付いてきた。正直面倒くさいし、これからさっきのことについて色々聞かれるんだろうなぁと考えると胃が痛い彼だった。そんな彼の思考に少女が気付くはずもなく、彼女は続けて捲し立てた。

「大体、ナンパから助けたーとか言っておいて、自分から誘いをかけるってどういうことよ。手柄を横取りしようとしてたって訳?」

 

「……お前、ほっといたらあのままあそこでドンパチする気だっただろうが」

 

「うぐっ」

 

そう。彼がこの少女に誘いをかけた理由の一つがこれだ。高位能力者には割とよくある話だが、彼らは強敵との戦いを望んでいる節がある。その強い能力故本気を出せないため、強敵と戦うことで自分の全力を試したい、と思っているのだ。

 

(ま、こいつもそのクチだろうけど)

 

先ほどの少女の獰猛な笑みを思い出して、彼は再度ため息をついた。

 

「お前、名前は?」

 

「は?」

 

「名前だよ、なーまーえ。俺ら、初対面、自己紹介。アンダスタン?」

 

「わかってるわよ!ていうか、人に名前を尋ねる時はまず自分からじゃないのかしらん?」

 

したり顔で言う少女に多少のイラつきを感じつつも、いやいやここで年上の俺が冷静にならねば話が進まん、落ち着け俺、と自分に語りかけてから口を開いた。

 

「俺は弾駆士道。とある高校の一年だよ」

 

「私は御坂美琴。常盤台中学の二年生よ」

 

このクソガキ年上に対して敬語の一つも使えねぇのかとか、名門常盤台のお嬢様がこんなんでいいのかとか、色々と突っ込みたいのを我慢して、士道は自らの記憶の棚をひっくり返した。

御坂美琴。常盤台中学。

この単語の並びに、士道は見覚えがあった。さらに先ほどの電撃を検索条件にプラス。すると、士道の頭に一つの単語が思い浮かんだ。

 

「……お前、超能力者の第三位、超電磁砲(レールガン)の御坂美琴?」

 

「ご名答♪」

 

(えーマジでなんで俺声かけたんだろー全然必要なかったじゃーん)

 

釣れた魚が思ったより大きかったことに内心辟易しつつ、士道は姿勢を改めた。こいつが大物だとか関係なく、能力を使用したところを見られた以上はい解散という訳にもいかなかった。

弾駆士道は裏を生きる人間だ。表の顔として平凡な男子高校生という面も持っているが、本質は裏にある。表ではただの強能力者ということで通っているし、自分の秘密も知られていない。表の人間を巻き込まないというポリシーを彼が持っているからだ。そこにきて表裏両方に接点を持ちかねない御坂美琴というイレギュラーの誕生。よって士道のとりえる選択肢は三つだ。

殺すか、引きずり込むか、見守るかである。

一つ目は論外だ。たまたま彼の能力を知ってしまっただけの女子中学生を殺めることは、彼にはできない。そもそも彼は基本的に殺しはあまり好まないのでこれは即決で却下だ。

二つ目は一考の余地があるが、色々と弊害がある。裏の闇に堕とすのに何をされるかわかったもんじゃないし、何より純粋そうな彼女では心が壊れてしまうかもしれない。それでは殺すのと変わらないし、この案も却下となりそうだ。

三つ目は、これがまあ一番安全なのだが、士道の負担がマッハだ。彼の裏の顔を知ってしまった以上、彼女にも魔の手が伸びる可能性がある。それから守るために、彼女を見守る。正直面倒だったが、彼女の身の安全を確立するにはこれしかないなと思い直し、彼は覚悟を決めた。

 

「さっきの。俺が何をしたのか知りたくてここまでついてきたんだろ?」

 

こくこく、というかぶんぶんと美琴が頭を上下に揺らす。その存外子供っぽい仕草に緩んでしまった頬を引き締めて、士道は話を続けた。

 

「教えてやってもいいけど、このことは誰にも漏らすなよ」

 

「わかった」

 

士道は、ほんとなんでこんなことになったんだろうなぁ、とため息をつき、

 

「……俺の能力は《虚構切断(フィクションスライサー)》。あらゆるものを断つ能力だ」

 

そう、告げた。

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