鬼滅の刃~幸せのために~   作:響雪

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瑞山陽吉津の呼吸

「……気を付けてくださいね」

 

 まだ朝なのか夜なのか微妙な時間帯。俺は門の前でアオイさんに見送りをしてもらっていた。

 

 因みになぜアオイさんだけなのかというと、しのぶさんとカナヲはそれぞれ任務で屋敷を空け、きよちゃん、すみちゃん、なほちゃんたち三人はまだ眠っている。

 

 というか本当ならアオイさんの見送りもなかったはずだった。

 

 俺は最初任務の知らせを受けた時一人で出発しようとしていた。だから物音も立てずに玄関まで来たのに、そこには既にアオイさんが待ち構えていたのだ。少し怖かった。

 

「わかってますよ」

 

 何だか今日のアオイさんは様子がおかしい。今までも見送りをしてもらう機会はあった。だけど今日は何というか……。

 

「アオイさんは何を怖がってるんです?」

 

「っ……」

 

 あからさまに肩を跳ねさせた。わかりやすい人だな。

 

「もしかして俺が帰って来ないとか思ってるんですか? そういう夢でも見たとか? だからわざわざ朝早いのに見お──」

 

「違います」

 

 いつもみたいに叫ぶでもなく静かにアオイさんは俺の言葉を否定した。

 

 本当はわかっている。アオイさんが怖がっているとわかった時から。

 

「……陽吉津さんだけの呼吸、できてるんですよね」

 

 アオイさんの言うとおりだ。一応呼吸は完成している。

 

 だけどそれはまだしのぶさんにもカナヲにも言っていない。なのに何でアオイさんがそれを知っているのかと思ったが、他ならぬアオイさんの助言があったからこそこの呼吸は完成したようなものだ。だからアオイさんには何となくわかったのだろう。

 

「それを今回の任務で試す。違いますか?」

 

「……お見通しかぁ」

 

「……鬼は倒せるんですか?」

 

「そのはずだと俺は思ってる。まぁ死ぬ気はないから大じょ──」

 

「当たり前です! ちゃんと帰ってきてくださいよ!」

 

 早朝に似つかわしくない怒鳴り声だ。だけどアオイさんにとってはそれほどのことだということ。

 

 少しだけ耳がキーンとしたが、それすら俺は受け入れないといけない。

 

「陽吉津さんは蝶屋敷のかけがえのない人なんです。陽吉津さんがいなくなればしのぶ様も悲しみます。しのぶ様だけではありません。カナヲも、きよ、すみ、なほだって……私だって……」

 

 ほんと、暖かい。心がポカポカするみたいだ。

 

 これが家族の温もり。

 

 帰ってくる場所があって、帰りを待ってくれてる人がいて、また帰りたいと思える存在。

 

「うん、わかってる。わかってるから」

 

「本当でしょうねっ」

 

「当然! アオイさんたちを悲しませたりしたくないからね。大丈夫。アオイさんのくれた助言のおかげでこの呼吸はできた。だから絶対に鬼に負けないさ」

 

 そろそろ行かなければいけない。もう少しすれば寝ている子たちも起きてしまうから。

 

「それじゃ、いってきます」

 

「っ、絶対帰ってきなさい! 帰らなかったらしのぶ様とカナヲに言いつけるからっ!」

 

 それは恐ろしい。これはぜひとも五体満足で帰って来なければ。

 

 振り返るとまだアオイさんはこちらを心配そうに見ていた。

 

 そうして俺はアオイさんに姿が見えなくなるまで見送られながら新しい任務へと向けて出発した。

 

 

──────────────────―

 

 

 今回俺が受けた任務の内容はこうだ。

 

 北の方に今は廃れてしまった昔の関所の跡地があるらしい。そこは関所としては廃れたものの、旅の疲れを癒すにはいい休憩地になっていたのだが、ここ最近そこを通る旅人や商人たちが皆帰って来なくなったという。

 

 当然これは鬼の仕業だろうから、こうして俺が討伐に向かうこととなったわけだ。

 

 それにしても北の方にあるだけあってとてつもなく寒い。

 

 一応防寒着としては着れるものは何枚か持ってきたものの、それらすべてを着こんだうえでまだ寒いのだからどうにかならないのか。こうも寒いと動きも鈍りそうでそれはいただけない。

 

「あー、寒い、寒い」

 

 口に出したせいで余計寒く感じる。何やってるんだろうか俺は。

 

 でも寒さを嘆いてばかりもいられない。もうすぐ件の元関所だ。

 

 ここに来るまで周りに建物のようなものは見当たらなかった。なるほど、確かに野宿をするよりは関所として使われていた建物を利用した方が安全だろう。だけど皮肉にも今はその建物の方が危険になってしまってはいるが。

 

 そもそもこの辺りには雪が積もってしまい野宿しようものなら翌朝には凍死しているだろうな。

 

 そして俺の視界にはようやく元関所の建物が見えてきた。

 

 遠目で見る限りごく普通の何の変哲もない建物だ。屋根があるだけこの周辺では極楽浄土のような場所だろう。

 

 だけどこれは厄介かもしれない。言った通りこの辺りは雪が積もっている。高さは膝まではいかないくらいだ。歩く分には問題ないが、これが鬼との戦闘になると話は変わってくる。身体能力は鬼の方が高く、こういった場所での機動力は相手に軍配が上がるだろう。

 

 逆にあの建物内で先頭になるとしても厄介なことに変わりない。旅人や商人はあそこの建物で休息を取るのだろうが、その休息の場所で鬼に襲われていると考えていいだろう。そうすると建物内には鬼どもの住処、もしくは人間を捉えるための罠があるとみれる。

 

「この任務、思っていた以上に危険かも」

 

 だけど例え危険でも俺が鬼を倒してアオイさんたちの待つ蝶屋敷へと帰ることに変わりはない。

 

 慎重に、慎重に建物へと近づく。

 

 変化はない。

 

 これは旅人を装って建物内で休憩しないといけない可能性が出てきた。わざわざ敵地に身を晒していくような真似だが仕方ない。

 

 案の定建物のすぐ傍まで来ても鬼は姿を現さなかった。

 

「……よし」

 

 意を決して建物の中へと入りこんだ。

 

 建物内は特に外と気温が変わっているわけでもなかった。それでもやはり雪を免れるだけここを利用する価値はある。

 

 こうして油断しきっているところを鬼どもは狙っているわけだから腹が立つ。

 

 俺はあくまでも旅人の振りをして腰を落ち着けた。

 

「ったく、こうも雪が酷いと参っちまうね」

 

 警戒は解かない。しかし傍目には油断しきっているように見せかける。こういう演技は苦手だから早く鬼に引っ掛かってほしい。

 

「はぁあ」

 

 来い、来い……。

 

「ちょっくら休んだらまた残りの道歩いてかねぇと」

 

 来い、来い、来い……。

 

「しかし寒いからか眠たくて仕方ねぇ。横……は寒そうだし壁に寄りかかって少し休むか」

 

 来い、来い、来い、来いっ! 

 

「ふわぁ~」

 

「キシシシシッ!」

 

 俺があくびしたように見せかけた瞬間、その時はきた。

 

 天井から降ってくる鬼。それをしっかり捉えた俺は刀は抜かずに思いっきり避けた。

 

 鬼が床と衝突した衝撃で土ぼこりが舞う。

 

 だがそんな中でも俺は鬼の気配を感じ取っていた。

 

「キシッ、キシッ? あれ~? ご飯はどこだ?」

 

 鬼はこちらに背を向けている。その様子からして俺のことは見失っているようだ。

 

 これならいけるっ! 。

 

 岩の呼吸 弐ノ型 天面砕き

 

「キシャッアアァァ!?」

 

 俺に突っ込んできた鬼はあっけなく頚を切られて灰となった。

 

 まず一匹。まだ他に鬼はいる。

 

 そう直感していた通り、何かを感じ取ってすぐさま建物から脱出した。

 

 俺が飛び出すと同時に建物が何かによって吹き飛ばされる。

 

 危なかった。

 

 内心冷や汗を流しながらその犯人をさがす。

 

「オイオイ久々の肉と思ったらこんなところまで鬼殺隊ですか? ああっ?」

 

「だいじょぶ、ころせば、肉」

 

 声のした方向を見ると鬼が二匹。片方は長身の鬼だ。高さは二メートルに近い。そしてもう片方は男性の平均的な身長だが、全体的にずんぐりとしていた。

 

「お前らがここで人間を襲っている鬼どもか?」

 

「そんでもって今からオマエを殺す鬼だぜぇ?」

 

「肉、早く殺す」

 

 さっきの鬼みたいにあっさりやられてくれると楽なんだが、そうもいかなさそうだ。

 

「そうか。ならお前らに殺されるより早く俺が頚二つ切れば済む話だな」

 

「へっ、ムリだろな」

 

「へぇ?」

 

 俺は刀の柄に手をかけながら鬼めがけて走り出した。だが……。

 

「オセェよ、遅ぇな!」

 

「弱い? 弱い?」

 

 俺の攻撃はあっさりと避けられてしまった。原因はわかりきっている。

 

「くそっ、やっぱり足場が悪いか」

 

 積雪による足場の悪さ、そして肺に入ってくる凍てついた冷気。この二つのせいで呼吸がうまくいかず、更には動きも鈍くなってしまっている。

 

「こりゃ、ラクショウだな!」

 

「ワハハッ、ワハハッ」

 

 完全に舐められている。

 

「それじゃ、サクッと死んどけ!」

 

「喰らえっ、死ねっ」

 

 鬼たちの口元が膨らむ。そして吐き出されたのはよくわからない液体と恐らく先ほど建物を壊したであろう衝撃波の塊だった。

 

「その程度……っ!」

 

 だが俺を驚かせたのはその次だ。

 

 液体の方は全然早くないから避けることは容易そうだった。だが衝撃波の方はかなりの速度があるし警戒していたのだが、衝撃波に液体を乗せたのだ。

 

 それにより二つの攻撃が迫ってくる。

 

 咄嗟に避けるが行動が遅すぎた。直撃は免れるも着弾した衝撃に俺は吹き飛ばされる。

 

「ぐっ」

 

 だが逆に積雪が役に立って吹き飛ばされて負った怪我はほとんどない。だが問題は他にあった。

 

「なっ、なんだこれは!」

 

 何と来ていた服の所々が氷漬けになっていた。

 

「ヒャハッ、どうだ自分が氷漬けにされる恐怖は? 安心しろよ。凍ってもオレらが最後まで食ってやるからよぉ!」

 

「肉! 肉!」

 

 何で服が氷漬けにされたのか。恐らくあの長身の鬼の方の血鬼術だろう。それしか考えられない。

 

 あの液体は触れたものを氷漬けにする能力がある。しかし早さがないために実際の脅威はそれほどない。だがそれは早さがない場合の話だ。

 

 あの鬼はその欠点を隣のずんぐりとした鬼の血鬼術で補っている。更にあの衝撃波が着弾と同時にはじけることで乗せている液体も一緒にはじけ飛ぶ。それにより直撃を逃れても広範囲に飛び散るそれによりじわじわと氷漬けにすることもできるというわけか。

 

 鬼のくせにいやらしい戦い方だ。いや、鬼だからこそか。

 

「今回もトリブンは変えねぇ。お前が下半身でオレが上半身だ」

 

「オウツ、足はコリコリ、食べよう!」

 

 そういうことか。鬼が徒党を組んでいることに疑問を感じていたが、それぞれで好みの部位があり、利害が一致しているゆえの共闘体制なのだ。

 

「チッ、腹立たしい」

 

 だけどこの状況をどうしたものか。動けば体が温まってくるから冷気の方は問題ない。問題なのは足場と、あの鬼たちの血鬼術だ。特に血鬼術の方は直撃だけは避けないと取り返しのつかないことになる。

 

 再びあの攻撃が飛んできた。どうやら早めに決着をつけに来るようだ。

 

 血鬼術を避ける。また余波で少し凍った。

 

 血鬼術を避ける。また余波で少し凍った。

 

 避ける。凍る。避ける。凍る。避ける。凍る。

 

 直撃は避けているが、その余波だけは完全には避けきれない。

 

「いいねぇ、イイネェ! 凍れ、凍れっ、もっとコオレ!」

 

「フッ、フッ、肉、肉だ!」

 

「……そろそろか」

 

 もう俺の服はほとんど凍っていて、手足も部分的に凍てしまっている。

 

 だけどもう体は温まった。これでようやく動くことができる。

 

 俺へとどめを刺そうと一層攻撃が激しくなる。俺はそれを避けつつも悟られないように近くの木へと近づいていく。

 

「くっ、イイカゲンニしろぉ!」

 

「逃げるなっ、雑魚!」

 

 今しかない。

 

 鬼の一瞬の隙を見逃さずに俺は呼吸を整えて木の幹を足場とすべく飛び上がった。

 

 そして……。

 

「これが俺の呼吸法だ」

 

 スゥゥゥ。

 

 全集中──

 

 見ていてくださいアオイさん。これが俺が完成させた呼吸法です。

 

()の呼吸 伍ノ型 無剣山(むけんざん)

 

 木の幹を思いっきり踏みつけて高速で鬼の下へと肉薄する。そのまま繰り出すのは放てる限りの突き。

 

「ぐああぁぁ!?」

 

「痛い痛い痛いっ!?」

 

 体中を刺された鬼どもはその痛みに動くことすらできなかった。

 

 スゥゥゥ。

 

 山の呼吸 玖ノ型 回山倒海(かいざんとうかい)

 

 無防備に頚を晒す二匹の間に立ち、構えた刀を俺自身を軸に一回転させる。刀の軌道上に鬼の頸はあり、二匹の頸は切り飛ばされた。

 

 宙を舞う鬼の頸はそれでも痛いとひたすらに叫んでいたが、その頸は地面に落ちるより先に完全に灰となって消えた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

 鬼は、もういない。

 

 新しい俺の呼吸は、鬼に通用した。

 

「や、やりました、アオイさん」

 

 だけど今の俺の状態は危険だ。服が凍っていたことで暖められた体が急激に冷やされている。鬼の消滅で血鬼術による効果はなくなったが、奪われた体温と手足の感覚は戻ってこない。

 

 実は刀すらしっかり握れないほど冷たさで手が痺れている状態だったりして。

 

「と、とにかく急いで戻らないと凍死してしまうぞっ」

 

 俺は自分の体を抱きかかえながら蝶屋敷へ戻るべく来た道を引き返した。

 

 だけどどうにも体にうまく力が入らない。足を前に出してはいるが、地面を踏みしめた感覚がしない。というかどんどん寒さが体を突き刺すようになってきた。

 

「ぅ……」

 

 振り続ける雪は心なし勢いを増しているように思える。というか実際どうなのだろうか。

 

 俺、前にちゃんと進んでいるのか? 

 

「ぁ」

 

 たぶん、こけた。

 

 だってしかいがまっしろ。

 

 それにしても寒いなぁ。

 

 おきあがらないと。はやくかえって……あんしんさせて……。

 

 目をとじちゃ、いけない、のに……。

 

 ね、むい……。

 

 ……。

 

 ──。


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