鬼滅の刃~幸せのために~   作:響雪

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舞い込んだ任務

 機能回復訓練を終えてからはまたいつもの日常に戻った。

 

 鎹鴉から伝令を受け、任務に赴き、鬼を切って帰ってくる。

 

 カナヲと共にしのぶさんの稽古を受け、手の空いた時はアオイさんたちの手伝いをする。

 

 任務があること以外でいえば、およそ平和と呼べる日々だ。

 

 だけどある時、いつものように鎹鴉から伝令を受けた時だった。その内容が問題だ。

 

「カアァッ! 任務! 任務! 場所ハ北東ォ! 地域一帯ヲ根城ニスル鬼ヲ倒セェ」

 

「北東の地域一帯? それはまた随分と広いな……」

 

「十分ニ気ヲツケロッ! 既ニ先遣ノ隊士ガヤラレテイルゾォ!」

 

「なっ……」

 

 既に鬼殺隊が向かってやられているのか!? 

 

 俺が今まで倒してきた鬼はどれも一般の人しか食べていないような鬼ばかりだった。それは言い換えると戦いの経験が乏しい鬼ばかりだったということ。

 

 だけど鬼の中には鬼殺隊の隊士を殺して生き残る鬼もいる。例えば鬼殺隊に入っていれば一度は耳にする『十二鬼月』がいる。その鬼たちは普通の鬼とは桁違いに強く、並の隊士では到底敵わない相手と言われている。

 

 既に隊士が向かい、殺されている。どうも今回の任務は一筋縄ではいかなそうだった。

 

 でも大丈夫だ。今までの経験は俺の中に確かな糧として積み重なっている。

 

 油断せず、慢心せず、慎重に慎重を重ねて任務に臨めばいいだけのことだ。隊士を殺した鬼はどんな鬼かは現時点でわからないが、俺は死ぬわけにはいかないんだ。

 

 それは俺の目標のためでもあるが、悲しませたくない人たちがいるからでもある。

 

 確か今はしのぶさんがいたはずだから一言、任務に出る旨を伝えてすぐにでも出発しよう。鬼の恐怖に怯えている人がいるんだ。その人たちの恐怖を一刻でも早く取り除いてあげたい。

 

 俺はいつも任務に出られるようにある程度の支度は事前に済ませている。今回も必要なものを取り出すだけで支度は整った。

 

「これで後はしのぶさんに挨拶するだけか」

 

 しのぶさんならいつもの部屋にいるだろう。俺は荷物を部屋に置いたまましのぶさんの下へと向かった。

 

 

────────────────―

 

 

「失礼します。陽吉津です」

 

「はーい。入っていいですよ」

 

 入室の許可が出たのでしのぶさんの部屋へと入った。

 

「どうかしましたか?」

 

 しのぶさんは薬品の調合作業をしていた。任務のない時くらいたまにはゆっくりと休んでほしいものだけど、それを言っても聞いてはもらえないだろう。

 

 それにしのぶさんは柱でもあり、鬼殺隊の医療分野でも重大な役割を担っている。鬼を殺すのも、怪我を負った隊士を治療するのもしのぶさんの役割だ。俺なんかでは想像できないほど忙しいのだろう。

 

「さっき任務の伝令を受けたので出発の前に一言挨拶をと思って」

 

「まぁそうですか。今回はどんな任務なんです?」

 

「北東方面に鬼が出る地帯があるそうで、その討伐に。先遣の隊士がやられているそうです」

 

 任務の内容を伝えると僅かにしのぶさんの作業する手が止まった。しかしそれは一瞬のことですぐに止まっていた手は動き始める。

 

「そうなんですね。……決して無茶だけはしないでください」

 

「心得てます」

 

「……気を付けていってください。陽吉津君の帰りをカナヲたちと待っていますから」

 

「はい。それでは」

 

 しのぶさんも俺の心配をしてくれている。ただ柱としての立場もあるからいくら継子といえどあまり過度の肩入れはできないのだと思う。そんな感じがした。

 

 大丈夫ですしのぶさん。大切な人を失う悲しみを知っているからこそ、たとえ這ってでもここに帰ってきますから。

 

 しのぶさんの部屋を後にした俺は、置いてきた荷物を取るべく自室に向かっているとアオイさんと出くわした。

 

「アオイさん、おはようございます」

 

「おはようございます。どうかしたんですか?」

 

「いや、任務が入ったからしのぶさんに挨拶してから出発しようかなと思ったんで」

 

「そうですか。くれぐれも気を付けてくださいよ」

 

「わかってます。任務の間、アオイさんも蝶屋敷のことよろしくお願いしますよ」

 

 アオイさんにも挨拶することができたし遅くならないうちに早く出発しよう。

 

 部屋に戻った俺は準備していた荷物を背負い、南東へと向かった。

 

 

────────────────

 

 

 鎹鴉の案内の下、隊士を殺したという鬼が潜む地域までやってきた。街道がずっと伸び、俺はその街道に沿って歩いてきたわけだが、草花や木々しか見当たらない。

 

「なぁ、鬼がどこにいるとか情報はないのか?」

 

 改めて思ったが範囲が広すぎる。付近に村や町もないから聞きこもうにもそれができない。これでは鬼に遭遇するのは困難だ。

 

 だけど鎹鴉は「探セ!」としか言わない。

 

 もう少し有能な鴉であってほしかった。

 

 先遣で任務にあたった隊士はどうやって鬼を見つけ出したのだろうか。いや、そもそも鬼と戦ってやられたかもわからない。不意打ちでやられた可能性だって充分考えられる。

 

「……地道に歩き回って探すしかないか」

 

 手がかりがないなら探すしかない。他に何も頼れるものがない以上は自分の足だけが頼りだ。

 

 それから俺はどこかに鬼の居場所を特定できる痕跡がないか探し回った。ただし場所が広すぎる。ある程度の範囲で区切って日をまたぎながら探していくことにした。鬼を一刻も早く見つけたいが、闇雲に探して同じところを探してしまうよりは効率がいいだろう。

 

「しっかし民家一軒すら見当たらないぞ。こんなところに鬼がほんとに出るのか?」

 

 まだこの街道付近を人がよく通るならわかるが、その様子もない。何でこんなところに鬼が出るんだろうか? 

 

 街道からは外れて林や森の方にも足を向けても鬼のものらしき痕跡は一切見当たらない。

 

 これはいよいよおかしい。ここまで痕跡は見つからないものだろうか? 

 

「血鬼術の可能性もあるか」

 

 隠蔽、もしくはそれに付随する何か。そう考えるのが妥当かもしれない。これは先の隊士も不意打ちでやられたのだろう。だがそうなるとかなり苦戦を強いられそうだ。

 

 姿の見えない鬼との闘いなんて経験したことがない。

 

「はぁ」

 

 先のことを考えると思わずため息が漏れた。

 

 空は段々と暗くなっていっている。夜は鬼たちの時間だ。その中を出歩くのは鬼殺隊であろうと危険なことに変わりないのだが、だからこそ鬼と遭遇しやすい。

 

 俺はその可能性にかけてそのままさらに調査を続けた。

 

 ただでさえ厄介な血鬼術を使うかもしれない鬼なんだ。朝や昼に痕跡を探し回るだけじゃなく夜も費やすぐらいじゃないと。

 

 だけど俺の頑張り空しく、辺りを妙な静けさが包んだまま時間だけが過ぎていく。並行して痕跡も探すが成果はない。

 

「……ん?」

 

 何かを踏んだ感触がする。石とか枝ではない独特の感触だった。

 

 足をどかして暗闇の中、目を凝らして今しがた踏んでいた場所を見ると、そこには思ったより早く鬼に関する痕跡を見つけた。

 

「……指か」

 

 それは鬼に食い千切られたのであろう人の指だった。

 

 血は既に凝固しており、赤黒く変色している。数時間前とはいわないくらい前からここにあると考えていい。そして指の皮は硬くささくれだっている。もしかするとやられた隊士のものかもしれなかった。

 

 ここに鬼の食べ残しがあるということは存外近づいているのかもしれない。

 

 俺は気を引き締め直して辺りを注意深く探った。

 

 何か、何か手がかりはないのか。

 

「? 何か妙だ」

 

 この食べ残しの痕跡以外には何も見つけていない。

 

 だけど何かを感じた。それは違和感となって俺に何かを知らせようとしている。

 

 謎の違和感の発生源を探すべく少し辺りを散策する。生い茂る草。それが見える程度には間隔が空いて生える木々。

 

 そして少し周囲を見て回って一つのことに気付いた。それはほんの些細なことなのかもしれなくて、単に俺の気のせいの可能性もある。

 

「この周辺だけ木が生えている間隔が狭い?」

 

 普通なら気が付かない。というか気にしない。

 

 森なのだから木が生えているのが当たり前。人が植えたものでもないのだから、密集具合にばらつきがあってもおかしなことではないのだ。だけどどうも気になってしょうがない。

 

 ふと、何の気なしに木の幹に手を掛けた時だった。

 

「っ!」

 

 木の幹に置かれるはずだった俺の手はそこをすり抜けたのだ。

 

 これには驚愕だった。今見ているこの木は幻覚の類で見せられているものだったのかと。

 

 詳しく調べるために引っ込めた手で再度木の幹へと触れる。やはり、すり抜けた。

 

 今度は横に動かす。すると何かにぶつかった。温度は感じられない。

 

 訳もわからず手を引っ込めた。だが、木の幹の中へ突っ込んでいた手にはべったりと血が付着していたのだ。別に俺が怪我をしているわけではない。俺の手が垂れている血に触ったことで付着しているんだ。

 

 そこでハッとなって辺りの景色が変貌していることに気が付いた。

 

 周囲は変わらず森の中。だけど俺が違和感を感じた木々、さっき触れていた木も含めて、外見が木ではなくなっていた。

 

 それは地面へと打ち付けられた杭。そしてその杭に縛られた死屍累々の悲惨な光景だった。

 

 首がないもの。四肢が欠損しているもの。まだ人の形ではあるものの、既に事切れているもの。

 

「うっ……」

 

 咄嗟に鼻を抑えた。人が死んで放置されたことによる悪臭が漂ってきたのだ。むしろなぜ今までこの腐臭に気付かなかったのかが不思議でならない。

 

 俺がさっき手で触れていたのは腹部を大きく齧られ、四肢を欠損している女の死体。血が手に付いたことから恐らく一番新しい犠牲者だ。

 

 何て悪趣味だろうか。こんなのは正しく外道がすることだ。到底許されることじゃない。

 

「……た、けて」

 

「まだ生きてる人が!?」

 

 微かに声が聞こえた。助けを求める声が。

 

 急いで声のしたであろう方へと駆け寄った。

 

 すると見た目はまだ十代の若い女の子だろう。周りと同じように杭に縄で張り付けられている。弱ってはいるが、見たところ怪我はなく息もしっかりとある。

 

「待ってろ! すぐに助けてやるからな!」

 

 言うが早いか刀を抜き、縛っている縄を切る。無理やり張り付けられていた縄から解放され力なく倒れこもうとしている女の子を抱きとめた。

 

「大丈夫か!?」

 

「……う、ん」

 

 意識はあるが、衰弱が酷い。早急に医者へ診てもらわなければ命に関わってくるだろう。

 

 これは鬼の調査を中断して一度女の子を連れて戻らなければ。

 

 女の子を抱きかかえてこの場を早く去ろうとした時だった。

 

「ん? どうして俺の術が解けてるんだ? ……そこのお前、誰だ?」

 

 良くない出来事はいつも何の前触れもなくやってくる。

 

 俺は件の鬼と出くわした。


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